Ep.21 いじわるの方程式(1)「疑問」
中学生になってから、算数は数学へと変わった。
その中で「方程式」というものが存在する。
方程式にはイコールがあり、その左右には等しくなるはずの数式が並んでいて、どちらかにはαだかXだかの正体不明のやつがいる。
そいつの正体を暴くために、僕らは頭を悩ませる。
でも、その正体不明のやつとやらは。
黒板や教科書にだけ存在するものではないらしい。
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いじわるの方程式
(1)「疑問」
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7月の、スポーツ大会当日。
体育委員である僕、小池隼人は、2年連続で務めていることもあり、中心となって動く忙しい立場にいた。
体育委員長:
「おい小池、リレーの賞品の準備、しといてくれたか?」
テントの下にいた3年の体育委員長である先輩は、通りかかった僕を引き止めてそう聞いてきた。
小池 隼人:
「はい、今それを運んでいるところです」
手元のダンボール箱には、もうすぐ始まる学年別対抗リレーの賞品が入っている。
それをゴール付近に持っていく途中だったのだけど、先輩はそんな僕を手招きして呼び寄せる。
何だろう? と思いつつも近寄った。
体育委員長:
「それ、別のやつに頼むからさ。ちょっと確認してほしいことがあるんだ」
小池 隼人:
「はい、何でしょう」
体育委員長:
「さっき1年のやつに、倉庫から三角コーンの予備を持ってくるように言ったんだけど、なかなか帰ってこなくてさ。様子を見てきてくれないか?」
小池 隼人:
「はい、わかりました」
委員長である彼は悪いな、と手を前に合わせて笑った。
小池はどうも頼みやすいんだよな、と付け加えたのは、フォローだったのかもしれない。
僕に対する人からの印象というものは、幸いなことに「優しそう」「話しかけやすい」といった好印象なものが多い。
でもそれは、裏を返せば少しなめられている、下に見られているのかな……なんて、最近は思ったり。
ま、背が小さいから仕方ないんだろうけど。
昔からのことだと、それはもう諦めている。
小池 隼人:
「北倉庫ですよね?」
体育委員長:
「ん、そう。よろしくな」
体育委員長に場所を確認すると、そちらへと足を向けた。
・ ・ ・
北倉庫はその名のとおり、グラウンドの北側にある。
草垣が前にあるため、人目から少し隠れている。
その垣根よりもこちら側に、体育委員の1年生である女の子が1人、ポツンと立っていた。
僕はその子に声をかける。
小池 隼人:
「どうしたの? 三角コーンは?」
1年生女子:
「あ、小池先輩」
僕よりも背の低いその女の子は、泣きそうな顔をしてこちらを向いた。
垣根に隠れるようにして、こっそりとつぶやく。
1年生女子:
「あの人たちがいるから、怖くて近寄れなくて……」
小池 隼人:
(あの人たち?)
女の子が指差す方をみれば、北倉庫の出入り口前に男子が3名ほど、たむろしていた。
ごろんと転がったり、座り込んだり。
ゼッケンの色を見れば、2年生だということがわかった。
なるほど。これではこの女の子が近寄れないのは、無理もない。
小池 隼人:
(しかも……金田くんまでいるし)
1番奥、出入り口の扉に背中を預けて、腕を組み座り込んでいるのは、金田くんだった。
1年生の頃に、僕と松宮茜さんをからかい、いじめていた元クラスメイト。
今では金髪にしてしまって、ますます不良めいた雰囲気を作っている。
僕はハァ、と息を吐いた。
小池 隼人:
「わかった。コーンは僕が取ってくるから、君はテントに戻って委員長に報告してきて」
1年生女子:
「え、でも……」
小池 隼人:
「大丈夫。同じ2年生だし」
1年生女子:
「あ、ありがとうございます!」
女の子はぺこりと頭を下げると、そそくさと立ち去った。本当に困っていたのだろう。
僕はそれを見送ると、よし、と気合を入れた。
歩を進めて、垣根から姿を現す。
倉庫前にいた3人は、すぐにこちらに気づいて視線を向けた。
小池 隼人:
「ごめん、倉庫から出したいものがあるんだ。どいてくれる?」
にこっと、なるべく平和的に解決できるように声をかける。
寝ていたはずの金田くんは目を開けて、こちらをじとりと見てきた。
男子生徒:
「何だよ、ゆっくりしてたのに」
手前に転がっていた子が、面倒臭そうに身を起こした。
しかし邪魔する様子もなく、ゆっくり立ち上がるとどこかへ行ってしまう。
逆らうこともせずに、手前の2人は他の場所を求めて移動した。
けれど、肝心の金田くんがどいてくれないと、扉を開けることはできない。
金髪をキラキラと日差しに照らされて少し眩しい彼に、僕はあらためて声をかける。
小池 隼人:
「えっと……金田くん、どいてくれるかな?」
金田 信広:
「………」
金田くんは無言のまま、背中を少し浮かせてくれた。
どうやら邪魔はしないらしい。
僕は少し安心して、扉を開けた。
金田 信広:
「また、閉じ込めてやろうか」
小池 隼人:
「!」
倉庫に入る一瞬、金田くんがそうつぶやいた。
思い出すのは、1年生の秋。僕と松宮さんを体育館倉庫に閉じ込めた、あの事件だった。
森くんと一緒になって、僕らを罠にはめた金田くん。
殴り合いにまで発展したあの事件以来、彼が僕や松宮さんにかまうことはなくなった。
けれど、あの事実が消えたわけじゃない。
僕は扉の狭間で立ち止まり、まだしゃがんでいる金田くんを見下ろし睨みつけた。
小池 隼人:
「……松宮さんを、いじめてないよね?」
金田 信広:
「……」
松宮さんは、2年生も金田くんと同じ4組になっていた。
それが僕は、どうも不安で仕方ない。
しかも今、こんなふうに言われたら……。
あの時閉じ込められて、不安げにしていた松宮さんの顔を思い出す。
胸が少し、痛くなった。
金田 信広:
「いじめねーよ。くだらない」
そう吐き捨てた金田くん。
くだらないことをしていた本人のくせに、と腹立たしく思った。
その気持ちが表情に出ていたのか、金田くんはフン、と笑う。
金田 信広:
「松宮をいびってたのは、森をつついてたからだし。あいつが率先して、松宮をいじってただろ」
小池 隼人:
「森くんが?」
1年生の時、金田くんとよくつるんでいた森くんを思い出す。
彼は5組で、松宮さんと今は違うクラスだ。
小池 隼人:
「何で森くん、松宮さんにいじめなんか……」
そのせいで彼女が苦しい思いをしたのか、と唇を噛むと、金田くんはまた鼻で笑った。
金田 信広:
「そりゃあ、好きだからいじめてたんだろ。くだらないよな」
小池 隼人:
「え?」
好きだから?
予想外の言葉に一瞬、目を見開いた。
金田くんはそんな僕に興味なさげに、あくびをしながら立ち上がる。
金田 信広:
「小学生の頃ならまだしも、中学生になってもな。ま、あのバカとはもう、つるまねーけど」
そう言い捨てて、金田くんは頭をボリボリ掻いて去っていった。
本当に、僕や森くんのことはどうでもいいらしい。
小さくなっていくその背中を見送りながら、僕はまだ出入り口で立ち止まり頭を悩ませた。
小池 隼人:
(好きだからいじめる?)
小池 隼人:
(……そんなの……そんなの変だよ)
好きなら、優しくしたいもんじゃないのかな。
よくわからない森くんの思考回路に、僕は頭を小さくかしげた。
◇ 続く ◇




