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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.21 いじわるの方程式(1)「疑問」

 中学生になってから、算数は数学へと変わった。

 その中で「方程式」というものが存在する。

 方程式にはイコールがあり、その左右には等しくなるはずの数式が並んでいて、どちらかにはαだかXだかの正体不明のやつがいる。

 そいつの正体を暴くために、僕らは頭を悩ませる。


 でも、その正体不明のやつとやらは。

 黒板や教科書にだけ存在するものではないらしい。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 いじわるの方程式

(1)「疑問」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 7月の、スポーツ大会当日。

 体育委員である僕、小池隼人は、2年連続で務めていることもあり、中心となって動く忙しい立場にいた。


 体育委員長:

「おい小池、リレーの賞品の準備、しといてくれたか?」


 テントの下にいた3年の体育委員長である先輩は、通りかかった僕を引き止めてそう聞いてきた。


 小池 隼人:

「はい、今それを運んでいるところです」


 手元のダンボール箱には、もうすぐ始まる学年別対抗リレーの賞品が入っている。

 それをゴール付近に持っていく途中だったのだけど、先輩はそんな僕を手招きして呼び寄せる。

 何だろう? と思いつつも近寄った。


 体育委員長:

「それ、別のやつに頼むからさ。ちょっと確認してほしいことがあるんだ」


 小池 隼人:

「はい、何でしょう」


 体育委員長:

「さっき1年のやつに、倉庫から三角コーンの予備を持ってくるように言ったんだけど、なかなか帰ってこなくてさ。様子を見てきてくれないか?」


 小池 隼人:

「はい、わかりました」


 委員長である彼は悪いな、と手を前に合わせて笑った。

 小池はどうも頼みやすいんだよな、と付け加えたのは、フォローだったのかもしれない。


 僕に対する人からの印象というものは、幸いなことに「優しそう」「話しかけやすい」といった好印象なものが多い。

 でもそれは、裏を返せば少しなめられている、下に見られているのかな……なんて、最近は思ったり。

 ま、背が小さいから仕方ないんだろうけど。

 昔からのことだと、それはもう諦めている。


 小池 隼人:

「北倉庫ですよね?」


 体育委員長:

「ん、そう。よろしくな」


 体育委員長に場所を確認すると、そちらへと足を向けた。



 ・   ・   ・



 北倉庫はその名のとおり、グラウンドの北側にある。

 草垣が前にあるため、人目から少し隠れている。

 その垣根よりもこちら側に、体育委員の1年生である女の子が1人、ポツンと立っていた。

 僕はその子に声をかける。


 小池 隼人:

「どうしたの? 三角コーンは?」


 1年生女子:

「あ、小池先輩」


 僕よりも背の低いその女の子は、泣きそうな顔をしてこちらを向いた。

 垣根に隠れるようにして、こっそりとつぶやく。


 1年生女子:

「あの人たちがいるから、怖くて近寄れなくて……」


 小池 隼人:

(あの人たち?)


 女の子が指差す方をみれば、北倉庫の出入り口前に男子が3名ほど、たむろしていた。

 ごろんと転がったり、座り込んだり。

 ゼッケンの色を見れば、2年生だということがわかった。


 なるほど。これではこの女の子が近寄れないのは、無理もない。


 小池 隼人:

(しかも……金田くんまでいるし)


 1番奥、出入り口の扉に背中を預けて、腕を組み座り込んでいるのは、金田くんだった。

 1年生の頃に、僕と松宮茜さんをからかい、いじめていた元クラスメイト。

 今では金髪にしてしまって、ますます不良めいた雰囲気を作っている。

 僕はハァ、と息を吐いた。


 小池 隼人:

「わかった。コーンは僕が取ってくるから、君はテントに戻って委員長に報告してきて」


 1年生女子:

「え、でも……」


 小池 隼人:

「大丈夫。同じ2年生だし」


 1年生女子:

「あ、ありがとうございます!」


 女の子はぺこりと頭を下げると、そそくさと立ち去った。本当に困っていたのだろう。

 僕はそれを見送ると、よし、と気合を入れた。

 歩を進めて、垣根から姿を現す。

 倉庫前にいた3人は、すぐにこちらに気づいて視線を向けた。


 小池 隼人:

「ごめん、倉庫から出したいものがあるんだ。どいてくれる?」


 にこっと、なるべく平和的に解決できるように声をかける。

 寝ていたはずの金田くんは目を開けて、こちらをじとりと見てきた。


 男子生徒:

「何だよ、ゆっくりしてたのに」


 手前に転がっていた子が、面倒臭そうに身を起こした。

 しかし邪魔する様子もなく、ゆっくり立ち上がるとどこかへ行ってしまう。

 逆らうこともせずに、手前の2人は他の場所を求めて移動した。


 けれど、肝心の金田くんがどいてくれないと、扉を開けることはできない。

 金髪をキラキラと日差しに照らされて少し眩しい彼に、僕はあらためて声をかける。


 小池 隼人:

「えっと……金田くん、どいてくれるかな?」


 金田 信広:

「………」


 金田くんは無言のまま、背中を少し浮かせてくれた。

 どうやら邪魔はしないらしい。

 僕は少し安心して、扉を開けた。


 金田 信広:

「また、閉じ込めてやろうか」


 小池 隼人:

「!」


 倉庫に入る一瞬、金田くんがそうつぶやいた。

 思い出すのは、1年生の秋。僕と松宮さんを体育館倉庫に閉じ込めた、あの事件だった。

 森くんと一緒になって、僕らを罠にはめた金田くん。

 殴り合いにまで発展したあの事件以来、彼が僕や松宮さんにかまうことはなくなった。


 けれど、あの事実が消えたわけじゃない。

 僕は扉の狭間で立ち止まり、まだしゃがんでいる金田くんを見下ろし睨みつけた。


 小池 隼人:

「……松宮さんを、いじめてないよね?」


 金田 信広:

「……」


 松宮さんは、2年生も金田くんと同じ4組になっていた。

 それが僕は、どうも不安で仕方ない。

 しかも今、こんなふうに言われたら……。


 あの時閉じ込められて、不安げにしていた松宮さんの顔を思い出す。

 胸が少し、痛くなった。


 金田 信広:

「いじめねーよ。くだらない」


 そう吐き捨てた金田くん。

 くだらないことをしていた本人のくせに、と腹立たしく思った。

 その気持ちが表情に出ていたのか、金田くんはフン、と笑う。


 金田 信広:

「松宮をいびってたのは、森をつついてたからだし。あいつが率先して、松宮をいじってただろ」


 小池 隼人:

「森くんが?」


 1年生の時、金田くんとよくつるんでいた森くんを思い出す。

 彼は5組で、松宮さんと今は違うクラスだ。


 小池 隼人:

「何で森くん、松宮さんにいじめなんか……」


 そのせいで彼女が苦しい思いをしたのか、と唇を噛むと、金田くんはまた鼻で笑った。


 金田 信広:

「そりゃあ、好きだからいじめてたんだろ。くだらないよな」


 小池 隼人:

「え?」


 好きだから?

 予想外の言葉に一瞬、目を見開いた。


 金田くんはそんな僕に興味なさげに、あくびをしながら立ち上がる。


 金田 信広:

「小学生の頃ならまだしも、中学生になってもな。ま、あのバカとはもう、つるまねーけど」


 そう言い捨てて、金田くんは頭をボリボリ掻いて去っていった。

 本当に、僕や森くんのことはどうでもいいらしい。


 小さくなっていくその背中を見送りながら、僕はまだ出入り口で立ち止まり頭を悩ませた。


 小池 隼人:

(好きだからいじめる?)


 小池 隼人:

(……そんなの……そんなの変だよ)


 好きなら、優しくしたいもんじゃないのかな。

 よくわからない森くんの思考回路に、僕は頭を小さくかしげた。




 ◇ 続く ◇

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