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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第二章 安全運転にて走行中《2年生編》
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Ep.20 ずるいあの子 (後編)

 午前中に参加種目を終わらせていた私は、最後のクラス対抗綱引きまでは暇である。

 それならブラブラしててもいいか、なんて考えて、席に戻ることはしなかった。


 なんとなく足元は、校舎裏へと向かう。

 そこは去年、私が中曽根くんに告白してフラれた場所だった。


 林 和葉:

(やだ、私ってけっこう女々しい)


 とは思いつつ、人気のないそこにホッとした。

 スポーツ大会の今日は、グラウンドに人が溢れている。

 しかし、誰もいないと思っていたここにも人が来た。


 ?:

「あれ、カズじゃん」


 聞き慣れた声に振り返る。


 林 和葉:

「あれ……みーちゃん」


 その人物の登場に、私は目を丸めた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 ずるいあの子

(後編)


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 御手洗 満:

「みーちゃんは、やめろよな」


 みーちゃんこと御手洗満《みたらい みつる》は苦笑した。

 でも全然怒ってないように見える仏顔の彼は、相変わらず柔和に目を細めている。


 みーちゃんとは、去年クラスメイトだった。

 小学校は違うものの、話しやすい彼とはすぐに仲良くなった。

 苗字も名前も「み」から始まる彼に「みーちゃん」とあだ名をつけた私に、彼は仕返しとばかりに私を男の子みたいに「カズ」と呼ぶ。

 会話文だけ見れば、男女が入れ替わっているような呼び合いだ。


 林 和葉:

「じゃあ、そっちもカズはやめてよね」


 御手洗 満:

「あはは、気をつける」


 みーちゃんの笑顔は、相変わらず優しい。

 騒がしい男の子の中でも、みーちゃんは落ち着いていて、皆の一歩後ろにいるような男の子だ。


 そんな彼は、中曽根くんと同じサッカー部。

 じつは去年、恋愛相談に乗ってもらっていたりもする。

 でもみーちゃんに恋バナをしてたのは、何も私だけじゃない。

 話しやすい彼は、女の子にとってよき相談者なのだ。だから。


 林 和葉:

「もー、聞いてよ、みーちゃん!」


 御手洗 満:

「ん?」


 林 和葉:

「応援団の中曽根くん、すっごくカッコよかったの!!」


 誰にも言えなかった渾身の感想を、みーちゃんに叩きつけた。

 ぶるぶるとスマホのマナーモードみたいに震えた私に、みーちゃんは呆れ顔を浮かべる。


 御手洗 満:

「カズ、まだ好きだったの?」


 林 和葉:

「長い片想いだったし、なかなか踏ん切りがつかないの!」


 フラれてもう1年は経とうとしているのに、相変わらずな私。

 みーちゃんはやれやれと肩をすくめた。

 でも私だって、1年前と同じじゃない。


 林 和葉:

「今はもう、アイドルみたいな感じだよ」


 林 和葉:

「あの2人、超ラブラブだし……」


 5組の中曽根くんは、るりちゃんと私のクラスである1組に頻繁に来る。

 忘れ物をしたとか、忘れ物を返しにきたとか。

 そしてそれらはすべて、るりちゃんに会う口実なのだとは周知の事実。

 そんなの見せつけられちゃ、諦めざるを得ないじゃない。


 林 和葉:

「るりちゃんは、ずるいなぁ……」


 みーちゃんには、つい本音が出てしまう。

 ポロッとこぼれた感想は、素直な私の気持ちだった。


 御手洗 満:

「ずるいって?」


 そう言うみーちゃんの聞き方は、責めているというよりも、穏やかに尋ねてくれているものだった。

 だから、私は安心して本音を吐露できる。


 林 和葉:

「だって、私のが片想い歴長かったのにさ。あっという間に公認の彼女になっちゃうんだもん」


 御手洗 満:

「まぁ、恋愛は先着順じゃないからなぁ」


 そんなのわかってる! と頬を膨らませた。

 どうもみーちゃん相手だと、素直になりすぎて子どもっぽくなってしまう。


 林 和葉:

「しかもるりちゃん可愛いし、すごくいい子だし」


 それに加えて料理やピアノも得意だ。

 どこぞの令嬢か! と言いたくなるが、生まれは庶民の彼女は話しかけやすくもありどこか憎めない。

 完敗である。


 御手洗 満:

「カズも可愛いし、いい子だよ?」


 林 和葉:

「……ありがとう」


 みーちゃんに言われてもなぁ。


 そもそもみーちゃんは、恋愛相談を持ちかけてくる女の子全員に優しいスタンスである。


「恋する女の子って可愛いよね」は彼の口癖であり、彼の笑みは目の前に立つ者すべてに平等に与えられる。

 つい、拝みたくなるような少年だ。

 そんな仏様のようなみーちゃんは、じっとこちらを見て呟いた。


 御手洗 満:

「……てかさ。恋すると皆、ずるくなるよね」


 中2男子らしからぬ発言も、みーちゃんだとしっくりするのはなぜだろうか。


 御手洗 満:

「そんなカズに、朗報がひとつ」


 林 和葉:

「?」


 小さくみーちゃんは笑うと、ジャージの上着からスマホを取り出した。

 何やら操作してこちらに掲げる。

 するとそこには……。


 御手洗 満:

「じゃーん! 中曽根のスマイルアップ写真!」


 林 和葉:

「!! 」


 スマホの中になんと、中曽根くんの一人アップが写し出されていた。

 教室の机に伏せって寝ていたのだろうか。腕から顔を出して、見つかったのを照れているようにカメラ目線で笑っている。


 か、カッコ可愛い……!!


 林 和葉:

( キャアアアー!)


 みーちゃんは中曽根くんと今、同じクラスだ。

 しかもサッカー部仲間で仲がいいからこそ、こんなショットを撮れたのだろう。


 みーちゃん、よくやった!

 さっきよりもぶるぶる震える私に、彼は印籠のようにそれを掲げた。


 御手洗 満:

「データの転送代は五百円ね」


 林 和葉:

「お金取るの!?」


 御手洗 満:

「そりゃあ、慈善事業じゃないですから」


 ひどい! とみーちゃんをじとっと見つめた。

 やや私より背が高いみーちゃんに、恨めしげに目を向ける。


 御手洗 満:

「………」


 御手洗 満:

「ずるいのは、どっちだか」


 林 和葉:

「え?」


 小さくもらした彼の呟きを聞き取れず、首をかしげる。

 するとみーちゃんは、そんな私に痛くないデコピンをした。


 御手洗 満:

「後で送っとく」


 林 和葉:

「わぁ、ありがとう!」


 御手洗 満:

「お礼はアイス1週間分ね」


 林 和葉:

「さっきより高くついてない!?」


 なんて言いつつも、本気でみーちゃんが言ってないことを知っている私は、彼の優しさに甘えてしまう。


 ああ、神様仏様みー様、ありがとう!


 そして心の中でるりちゃんに、こっそり謝る。

 ごめんね。

 でも写真くらいだし、許してよね。

 なんてずるい言い訳をして。


 でもこの時の私は、まだ知らなかったのだ。

 みーちゃんから「ごめん、間違えて写真削除しちゃった」なんて、てへぺろメッセージがこの後に届くだなんてことは……。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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