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この空色バス、春先行き。【完結】  作者: 猪野いのり
第一章 ご乗車ください《1年生編》
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Ep.2 30センチ近い空 (5・終)「空に溶ける、大地を蹴る」

 その日の準備運動が終わると、坂本先生は「3年生対1・2年生」の練習試合をすることを告げた。

 2年生にはゴールキーパーがいないから、もちろん俺が1・2年生チームのゴールを守ることになる。


 試合では初めて立つ、ゴール前。

 ホイッスルが鳴った試合開始時。

 遠くに見えるチームメイトの頭上には、大きな空が広がっていた。



❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀


 30センチ近い空

(5)「空に溶ける、大地を蹴る」


❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀ ❀



 2年先輩:

「おい! 抜けられたぞ!!」


 大谷 圭介:

「──!!」


 体格も経験値も違う3年生を相手にすれば、押されるなんて当たり前だった。

 俺が守るゴール付近に、何度も頻繁にボールが運ばれてくる。

 その度に、俺の緊張は高まった。


 大谷 圭介:

(……こんな……)


 大谷 圭介:

(こんなに緊張すんのか! キーパーって……!)


 3年のミッドフィルダーは、1年のディフェンダーなんかいないように鮮やかにパスを送る。

 必死に追いつこうとする2年も、3年のフォワードに追いつけずあっさりとボールを取られてしまった。

 こうなってはもう、俺が最後の砦だ。


 大谷 圭介:

(来る!!)


 手足を大きく広げ、腰を落とす。


 どっちに蹴る!?

 どっちへ跳ぶ!?


 判断は一瞬だ。

 俺は、相手がさばく足の向きを食い入るように見つめた。


──右か?

──左か?


 土埃が舞い上がる。

 攻め入ってくる3年の地面を削る音。

 野外からの喧騒。

 チームメイトの声。

 うるさいはずだったのに、俺の耳には何も聞こえてこなかった。


 ただ丸いボールと、相手の体の動きを見た。


 大谷 圭介:

(──今だ!!)


 大地を蹴った。

 一瞬捉えた、3年のつま先の向き。

 それに呼応するかのように飛び出した俺の体は、宙を舞う。

 グンと全身を伸ばして、右上へ飛び上がる。


 空に溶ける。


 そう思った瞬間。


 手の先で、ボールが弾けた。


 大谷 圭介:

(やった!!)


 しかし。


 坂本先生:

「まだ生きてるぞ!!」


 どこからか、先生の大声が飛んできた。


 大谷 圭介:

「!!」


 俺が弾いたボールはまだ、コート内にあった。

 再び3年が、こちらに狙いを定めている。


 大谷 圭介:

(なろクソっ!!)


 俺はもう一度、体勢を整える。

 その一瞬をついて、3年がボールを蹴り飛ばした。

 水上を駆け抜けるボードのように、そのボールが地面すれすれにこっちに向かってくる。


 大谷 圭介:

「──っだあ!!」


 ヘッドスライディングを決めるかのように、地面に食いついた。

 がむしゃらに飛び込んだ俺は、今度こそは離すまいと、抱えこむようにボールを腹で受け止める。

 全身に、泥と土が染み込んでいく。


 中曽根 悠:

「大谷、ナイス!!」


 小池 隼人:

「ケイちゃん、さすが!!」


 遠くで、中曽根と隼人の声が聞こえた。


 俺の鼓動が跳ねる。

 息ができない。

 こみ上げてくる、この熱さはなんだろう。


 抱きしめたサッカーボールに、俺の鼓動が反響して、耳障りだ。


──でも、心地いい。


 大谷 圭介:

「………!!」


 ぶるっ、と全身が震える。

 空に溶け込んで、土に汚れるこの感覚。


 今までにない感情が、溢れてくる。


 大谷 圭介:

「──反撃いくぞぉお!!」


 気づいたら、大声を張り上げていた。

 こみ上げてくるものが止められない。


 1・2年生:

「おお!! いくぞ!! 」


 3年先輩:

「うわっ生意気! させっかよ! 」


 俺の言葉に、チームメイトと3年生が触発される。


 結局、後半は点数をボンボン入れられる羽目になるのだけれど。

 俺はあの感覚を思い出したくて。

 何度も空に溶け込み、大地で汚れた。



 ・   ・   ・



 後日。

 また花壇前で、しゃがみこんでいる望月を見つけた。


 望月の話によると、園芸部の活動は月・水・金だけだそうだ。

 でも土いじりが好きな望月は、毎日世話をしているらしい。

 てなことで、他の部員を気にせずに望月に話しかけられるのは、火・木となる。

 ちなみに今日は、木曜日だ。


 大谷 圭介:

「よう、望月」


 望月 美羽:

「あ、大谷くん」


 また軍手をはめたまま、雑草をつかんでいる。

 何度見ても似合わない様子だけれど、楽しそうに土をいじっている望月は嫌いじゃない。

 最近では、火曜日と木曜日だけ、こっそり中曽根と隼人を置いてこっちに寄ってから、部活へ向かっている。


 理由はまぁ……言わずもがな。


 望月も、いつもやってくる俺を、当たり前のように受け止めてくれている……と思う。


 望月 美羽:

「今日は苗を植えてるの!」


 大谷 圭介:

「へえ、何の?」


 望月 美羽:

「ミニトマト! きっと美味しいよ〜 」


 いつも通り「えへへ」と笑って土をいじる望月。

 俺はその横に一緒にしゃがみこんで、地面に近づいた。

 望月のちっこい手が、苗に土をかぶせるのを見守る。すると、望月が思い出したように言った。


 望月 美羽:

「大谷くん、ゴールキーパーなんだね」


 大谷 圭介:

「え?」


 望月 美羽:

「ここからね、サッカー部、よく見えるんだよ」


 なるほど。

 たしかに花壇は、グラウンド横にあるからよく見えるわけだ。

 後ろを振り向くと、まだまばらにしか運動部生徒が集まっていないグラウンドが見えた。


 望月 美羽:

「ゴールキーパー、楽しい?」


 大谷 圭介:

「えっ」


 突然の質問に、俺はグラウンドから視線を戻した。


 楽しい、かぁ。

 しばし考える。


 大谷 圭介:

「……そうだなぁ」


 考えて、空を見上げる。

 望月よりも、30センチ近い空。

 守るためジャンプした時、空に溶け込んだような感触は気持ちよかった。


 そして下を、ふと見れば。

 望月よりも、30センチ遠い地面。

 食らいつくように滑り込んだ地面は広くて、遠くて、でも追いつけた時は嬉しかった。


 もしかしたら。

 俺は両方に近いポジションに、つけたのかもしれない。


 大谷 圭介:

(なんて、望月の前向きが移っちまったか)


 苦笑して一人笑う俺を、望月が首を傾げて見つめていた。

 そんな望月に俺は今、胸を張って答えることができるんだ。


 大谷 圭介:

「うん」


 大谷 圭介:

「楽しいよ」


───てね。




 ◇ 終わり ◇

❀次エピソードへ続く

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