第47話 涙の策略と籠絡の影
王立学園の夕暮れ、橙色の光が中庭を柔らかく染める中、キャサリン・フラン男爵令嬢はわざとらしく肩を震わせ、涙を浮かべて立っていた。彼女の視線の先には、いつも自分を守る忠実な側近たち――アルト・フォン・セルマ、ビンセント・フォン・クラレンス、ゲオルグ・ルッツ、ニコル・セルマ――が集まっている。
「う、うう……ひどいんです、マリアンヌに……!」
キャサリンは涙声で叫ぶ。口元を押さえ、声を震わせるその仕草は、まるで少女そのものだ。体を小さく丸め、無防備な姿を見せることで、側近たちの本能的な保護欲を刺激する。
「キャサリン……どうしたんだ!?」
アルトが駆け寄り、真剣な表情で彼女の肩に手をかける。彼の瞳には、心配と焦りが入り混じる。
「ビ、ビンセントも……ゲオルグも、ニコルも……!」
キャサリンは涙を拭うように手を顔に当てながら、声を震わせて呼びかける。側近たちは自然と彼女の周囲を囲み、無意識のうちに彼女を守ろうとする体勢を取る。アルトは片膝をつき、ビンセントは剣術場での立ち位置を思わせるような頼もしさを見せ、ゲオルグは不安げに視線を泳がせ、ニコルは資料の手を一旦置き、キャサリンのそばに駆け寄る。
「マリアンヌが……私を押し倒して……叩かれたんです……怖くて……助けてほしいんです!」
キャサリンは身を小さく震わせ、涙をぽろぽろと落とす。四人の側近たちは言葉を失い、動揺と焦りを露わにする。誰もが理性よりも感情で彼女を守りたいと思い、同時に怒りを募らせる。
「な、なんてことを……!」
アルトが拳を握り、怒りを露わにする。普段は冷静沈着で理知的な彼も、キャサリンの無防備さと涙に心を奪われている。
「私が……私が必ず、マリアンヌから守ります……!」
ビンセントも剣を手に取り、緊張のあまり肩を震わせる。彼の視線はキャサリンに釘付けだ。普段の剣術訓練では見せない、保護者としての忠誠心がその姿勢ににじみ出る。
「キャサリン……怖い思いをさせるなんて、絶対に許さない!」
ゲオルグは真剣な顔で声を張り上げ、キャサリンの手をそっと握る。その瞬間、身体的距離が極限まで縮まり、彼女の存在が無意識のうちに心に深く刻まれる。
ニコルも資料を片手に、キャサリンに駆け寄る。彼女の肩に手を置き、震える彼女を優しく支える。
「もう大丈夫です、キャサリン。俺たちがいる」
キャサリンは微かに微笑む。涙を流しながらも、身体の接触を通して側近たちの感情を完全に自分に向けさせる。この一連の行動は、涙と無防備な仕草による心理的籠絡であり、身体的距離を意図的に利用した戦略でもある。
その夜、王太子は側近たちの態度の変化に気づく。彼らはキャサリンの言葉と涙に心を揺さぶられ、理性よりも彼女を守る衝動に駆られていることを感じた。
「……やはり、キャサリンの影響力は深刻だ」
王太子は眉をひそめ、胸中に複雑な思いを抱く。マリアンヌの理性的で知的な影響とは異なる、感情と身体を通じた直接的な力が側近たちを操っているのだ。
翌日、学園の講義が始まる前、キャサリンは再び側近たちに接近する。彼女は軽く肩を触れ、手の温もりを感じさせながら、昨夜の涙の続きを装う。
「みなさん……昨日は本当にありがとう。怖くて、誰にも頼れなかったけれど、あなたたちがいてくれて……心強かった」
アルトは微かに顔を赤らめ、ビンセントは拳を軽く握り、ゲオルグは小さく頷き、ニコルは静かに笑みを返す。全員の視線が彼女に釘付けで、自然と従順さが生まれる。
「これで、学園でも王都でも、私の影響力はさらに強まる……」
キャサリンは心の中で計算しながら、夕暮れの中庭を見渡す。涙と接触による籠絡で、側近たちは完全に彼女の掌の中にある。マリアンヌがいくら威厳と知性を振るっても、この戦略には太刀打ちできない。
塔の上から月明かりに照らされた学園を見下ろすキャサリン。四人の側近たちの忠誠心と感情を完全に自分のものにした満足感が、冷たい夜風の中でひっそりと広がる。
「王太子も……側近たちも、誰も、私から逃げられないわ」
月光に輝くその瞳には、冷静さと計算、そして少しの挑発的な光が宿っていた。学園という舞台は、涙と策略、身体を通じた心理戦の渦に包まれ、キャサリンの野望はさらに加速していくのだった。




