6.ミシェルの証言
「わたくしは、父に付き添われて会場に入りました。わたくしはその後はずっと一人でこちらに……」
そう言って彼女は今立っている場所を示す。それにルカは眉を寄せた。
「ずっと? ダンスもせず?」
「はい……。みなさま、殿下に気をつかわれて、わたくしをダンスに誘ったりなどはなさいませんから……」
(なるほど)
ルカはうなずく。
第一王子の婚約者候補である彼女のことを不躾にダンスに誘える人間はなかなかいないということなのだろう。クリスとの関係が微妙とはいえ、いや、微妙だからこそ、なおさら声はかけづらい。
王子の婚約者に手を出す軽率な輩と思われても困るし、下手に手を出して彼女の味方をしていると勘違いされてクリスの不興を買うことも困る、といったところだろう。
そのため彼女はずっと壁の花でいたらしい。
「そうしていたら、みなさまがいらっしゃって……」
彼女は『みなさま』の部分でマノンたち四人のことを見た。
そしてグラスが空になってその場を離れようと思ったミシェルがそっと移動を開始したタイミングでエラが声をあげたらしい。
「エラ嬢が? マノン嬢ではなく?」
「ええ……、まず最初にエラ様が……。わたくしがワインをかけた、と……」
その声に反応して、続いてマノンが悲鳴をあげたようだ。
「ちなみにその時のエラ嬢の位置は?」
「たしか……、あちらのテーブルでした……」
そう言ってミシェルが指し示したのは、少し離れた軽食の置かれたテーブルの近くだった。
それはエラが示したテーブルと同じであり、二人の証言は一致している。
「……なるほど、ありがとう。ちなみにマノン嬢が悲鳴をあげた時の立ち位置にみなさん移動してもらっても?」
そう伝えると、ミシェルとマノン、クリス、ミハエルの四人はその場にとどまり、エラだけが先ほど示したテーブルへと移動した。
マノンの横にはクリスが肩を並べるように立ち、そのクリスの斜め後方にミハエルが控えるようにして立った。そしてマノンの背後にミシェル。
どうやらミシェルはちょうどマノンの背後のその位置を通過しようとしたらしい。
エラのいたテーブルはミシェルと同じくマノンたちの背後に位置しているが……、
(あの位置からドレスにワインをかけるのは無理だな)
距離が離れすぎている。
エラがワインをかけるには、マノンとの間にはさまるように位置するミシェルの頭上を飛び越えてワインをぶちまける必要がある。
あるいはミシェルの脇から手を伸ばしてうまいことかけることも、もしかしたら可能かもしれないが、それにミシェルが気づかないのは難しいだろう。
確かに状況的には、背後に立つミシェルがワインをかけたと言われたほうが納得できる立ち位置だ。
「マノン嬢、あんたはワインをかけられた瞬間がわかったか?」
「……え、いいえ。エラに言われて振り返ったらミシェルさんがいて……。気がつくとドレスが濡れていたの」
困ったように彼女は首をかしげる。その姿はなるほど、人の保護欲をそそるような頼りなさと愛嬌をもっている。
「なるほど。つまり誰がかけたかは見ていない?」
「うん、見てないわ」
彼女は快活にうなずいてみせる。
「……。他にマノン嬢のドレスにワインをかけた瞬間を目撃した人は?」
ルカは周囲をぐるりと見渡した。
会場でやりとりを見ていた人々はみな、顔を見合わせてざわめいた。しかし名乗り出る者はいない。
「うーん?」
「なによ!? わたしが嘘をついているとでも言うつもり!?」
(その通り)
などとはまさか言うわけにもいかず、ルカは怒鳴るエラに「まぁ、ただの確認なんで」とやんわりと返した。
「そ……っ!」
「ただいま到着いたしました!」
まだ文句を言いたげだったエラの声をさえぎり、明瞭な声が告げる。見るとそこには軍服に身を包んだ男たちが数人立っていた。
黒い布地に銀色のボタンのついたその軍服は、治安維持を司る憲兵のものだ。
鍛え上げられた体躯の男たちが一糸乱れずずらりと整列するその姿は、圧巻を通り越して一種異様な威圧感を与える。
「ご苦労」
しかしジュードはそんな圧力などどこ吹く風といったように、鷹揚に応じた。
「じゃあ確認よろしくねぇ」
「はっ!」
そして周囲を置き去りにしたジュードの軽い指示に従い、彼らは素早く行動を開始する。
緑色の魔石のついた銀縁のルーペを取り出すと、彼らはマノン、エラ、ミシェル、ミハエル、そしてクリスの検分を始めた。
「お、おい……っ」
「申し訳ありません、殿下。しかし御身の潔白を証明するために必要な対応なのです」
憲兵たちの中で一番年かさのおそらくリーダーだと思われる男が戸惑うクリスにそう弁明した。しかし言葉とは裏腹にその態度はあまり申し訳なさそうには見えない。
慇懃無礼とはまさにこのことだろう。
少しして彼の元へと部下たちは集まり、何事かを耳打ちした。それにひとつうなずくと、彼は敬礼をしてジュードへと向き直る。
(うーん……)
その態度ひとつを見ても、彼らが誰を重要視しているのかがわかる。
ジュードへの態度はどこまでも丁寧なのにもかかわらず、同じ王族であるはずのクリスは空気も同然の扱いである。
王族、というだけではない。ジュード個人に対する敬意や忠義がそこには込められていた。
「ご報告申し上げます! 確認をしたところ、この中に魔道具を使用した痕跡のある者はおりませんでした! また、ドレスのワインをかけられた場所に関しましても、同様に魔法の痕跡は認められませんでした!」
「うん、ありがとう」
その報告にジュードは軽くうなずく。彼らから捧げられるその畏敬の念を当然のものだと思っている者の態度だ。
(これが権力者か……)
何度も目にしたはずのそれに、しかし目にする度にルカはしみじみとしてしまう。
前世の日本ではしがない会社員であり、今世においても平民出身のルカにはなんとも縁遠い人物である。
そんな人物と今は『偽物の聖女だとバレてはいけない』という秘密をかかえたある意味で運命共同体なのだから、縁とは不思議なものである。
しげしげと見つめるルカに気づいたのだろう。彼はルカに目をとめると
「だ、そうだよ」
と簡単に言った。
「りょーかい」
それ以外に言うべき言葉もなく、ルカも簡単にうなずき返した。




