3.ルカという人物
この国、リシェスリア王国には『真実の聖女』と呼ばれる存在がいる。
いわく、聖女は代々黒髪黒目の乙女である。
いわく、聖女はあらゆる真実を女神からの信託により見通すことができる。
そして今代の『聖女』は約一年ほど前、孤児院から偶然発見された平民である。
黒檀のような長い黒髪に黒曜石の瞳、そして『聖女の証』であるセレスフィアルのサークレットを身につけたその姿に、周囲は沈黙した。
その沈黙した人々の目からはみな、同じ文字が読み取れる。
「マジか」と。
(まぁ、『マジ』じゃないんだけど……)
いまだに意地汚くグラスに残った酒精をぺろぺろなめながら黒髪の聖女ーー、ルカは思う。
そう、ルカは『偽物の聖女』である。
とある事情から、とある人物に見いだされてルカは『聖女』に仕立て上げられてしまった。
だから『あらゆる真実を見通す力』などありはしない。
ルカに見えるのはひとつだけだ。
ちらり、と横目で青い髪の少女を見る。
あぜんとした顔でこちらを見る彼女の頭上には、『こいつが犯人』と赤いゴシック体で書かれた文字が踊っていた。
そう、ルカにわかるのはただひとつ。見聞きした事件の『犯人だけ』である。
それも犯人が目の前にいてくれないとわからない。
それ以外は動機も犯行方法もわからない。
つまり、犯人はわかるが説得力は皆無なのである。
(すっごく困る!)
ルカは目を閉じてうなった。
想像してみてほしい。よくわからんぽっと出の人物に「理由は知らんけどこいつが犯人です」などと言われて納得する人間などいるだろうか?
いない。少なくともルカがそんなやつに犯人だと言われても納得しない。
聞いた話では歴代の聖女たちはみんな本当に『なんでもかんでも見通した』というからなおさらである。
『犯人しかわからない』などと言おうものならすぐに『偽物』と断定されてしまうだろう。
しかもルカの今生きている世界は『貴族社会』である。
(我ながらとんでもない『世界』に生まれたなぁ……)
ルカは周囲を見渡す。
派手なドレスに礼服の群れ、楽団による生演奏、守衛の腰には本物の剣。今いる建物も耐震強度など考えられていないであろう石造りだ。
(日本じゃ考えられない……)
そう、日本。もはや懐かしい心の故郷である。
ルカには前世の記憶がある。
日本人として生きた記憶だ。
ことり、と音を立ててルカは空のグラスを近くのテーブルに置いた。ついでにすぐそばにあったグラスをおかわりとして手に取る。
(お、当たり)
そのグラスにのっていたのはシャーベットだった。
それは果実酒の使われたものだったらしく、一口ふくむと爽やかな果実の香りとアルコールが鼻に抜ける。
不幸中の幸いは、『これ』だ。
まるで昔のヨーロッパのような世界だが、実は絶妙にその技術の水準は高い。
こんなシャーベットを、貴族のパーティとはいえぽんぽん出せる程度には。
それが可能な理由は『魔石』にある。
魔石は様々な魔法のような効果をもたらす石であり、例えば炎を出したり、冷気を発したりすることができる。
そしてそれらを利用することでこの世界の人々は高水準な生活を行えているのだ。
要するにシャーベットを作れるような冷凍庫や冷蔵庫、簡単に火を起こせる道具やエアコンのような機能の物が存在している。
もちろん大量生産を可能にする工場のようなものはないからそれなりに高価だし、日本にあってこちらの世界には存在しない道具も多くありはするが、魔石そのものは武器に加工するような威力のあるものは稀少で高価だが、冷蔵庫に使うようなものはその辺の川辺に転がっていたりする。
つまり平民でも冷蔵庫くらいは持っていることが多いし、貴族などの富裕層ともなれば、かなり快適に生活できる世界といえるだろう。
(まぁたぶん、それらも『聖女』の恩恵っぽいけど)
ルカが目にした文献には、『発明に関して先見の名があった聖女』の逸話が書かれていた。
そしてそこに書かれていたのはいずれもルカが前世で目にしたことのある機械ばかりだった。
つまり『真実の聖女』の中には、ルカのような転生者がいたのだ。
あるいは女神からの信託により、異なる世界の道具を知ることができたのかもしれない。
その点だけをふまえると、ルカは『本物の聖女』と言われても差し支えない存在とも思えるかもしれない。
しかし『本物』と断じるには微妙に能力が弱い。
あと一歩足りない。もう一声おまけがほしい。
そんな中途半端な『偽物の聖女』がルカなのである。
(悲しい……)
前世でもそうだったが、今世でもルカは何者にもなれなさそうである。
はぁ、とため息をつきながら自分の残念さ加減に思いを馳せていると、「きさま」と第一王子クリスが再び口を開いた。
その表情は、けわしい。
「その言葉が騙りであった時は、どうなるかわかっての発言だろうな!」
「…………」
もちろん『騙り』である。そしてそれがバレた場合は良くて数十年の禁固刑、悪くて打ち首だろう。
なにせ国に対しての盛大な詐欺行為なのだから。
しかしそう正直に白状するわけにもいかないルカは、とりあえずシャーベットをしゃむしゃむと食べ続ける。
その態度に苛立ったようにクリスは地団駄を踏んだ。
「答えろ!!」
「えーと……」
本来なら、ルカはおとなしくしているべきだった。
こんな華やかな場所ではおとなしく、偽物だとバレないように隅で縮こまっているべきだったのだ。
しかしーー、
ルカはシャーベットをテーブルへと置いた。そして銀色の髪の少女を見る。
美しいビスクドールのような彼女はただ静かに感情のない目でその場にたたずんでいた。
「……リスクがあると知っていても、濡れ衣を着せられそうな人がいるのに黙って見捨てるわけにも行かないだろ?」
ルカの続けた言葉に彼女の瞳がわずかに揺れた。驚いたようにごくわずかではあるが目が開き、こちらを見る。
月のような銀色の瞳とそこで初めて目が合った。
「……なんだと?」
クリスがいぶかるように声を上げる。ルカは彼女から視線を外し、クリスのことを見た。
黒曜石の瞳が、真っ直ぐにその目を射貫く。
確かにルカが「聖女だ」というのは嘘である。けれど、
「『青い髪のお嬢さんが犯人だ』。この発言に一切のうそ偽りはない」
「…………っ!」
その言葉の強さに、クリスはたじろいだ。
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