2.聖女
一人はピンクブロンドの髪にサファイアの瞳をした少女だった。彼女は男爵家の出身ではあるが、その気立ての良さと学園での成績の優秀さから最近この国の第一王子との間に縁談が成立するのでは? と囁かれている噂の令嬢、マノン・ヒースである。
彼女はその可憐な顔立ちに涙を浮かべ、うずくまっていた。
「マノン、大丈夫?」
その側には彼女の友人らしき少女が寄り添いなぐさめている。青色の髪を綺麗に結い上げたその少女は、ブラウンの瞳に敵意を浮かべて『ある人物』をキッとにらんだ。
「なんてことをするの……っ! 信じられない! ドレスにワインをこぼすだなんて……っ!!」
その発言にマノンのドレスを見ると、確かにその淡い水色のドレスの一部には真っ赤な汚れがべっとりと染みついていた。
「……そんなもの、知らないわ」
その批難の言葉に応じたのもまた、彼女たちと年頃の変わらない十五歳ほどの少女だった。
美しく流れる銀の巻き髪に月のような銀色の瞳。雪のように白い肌にはしみひとつ存在しない。
つり目がちな瞳が冷たい印象を与えるが、その顔立ちは人形のように整い、まるで雪の結晶のように美しかった。
ミシェル・オーリア伯爵令嬢である。
その手には空のグラス。
青色の髪をした少女はその淡々とした態度に気色ばむ。
「嘘おっしゃいっ!! どうせ第一王子殿下との婚約が妬ましいんでしょう!! マノンがいなければあなたが婚約することになってたんですものね!!」
「…………」
ミシェルはその氷のような表情を変えず、無言のままだ。
「そうなのか?」
その時、三人の間に割って入る声があった。
「殿下……」
マノンは涙目で彼の敬称を呼ぶ。
そこには少年が立っていた。
輝く金色に淡いすみれ色の瞳。黒い礼服にはところどころ紫色の糸で飾りが施されている。
ここ、リシェスリア王国の第一王子、クリス・ラント・デオメルだ。
紫色の瞳はリシェスリア王国の王族の証であり、紫色は王族のみが身につけることを許される色である。
彼はマノンのそばに膝をつき、その背をなぐさめるように撫でると眉をひそめてミシェルのことを見た。
「ミシェル。本当におまえがマノンのことをねたんでこのような嫌がらせをしたのか?」
それは疑問形を取っていたが、あきらかにミシェルのことを疑った態度だった。
「……わたくしは、そのようなことは、」
「ミシェル」
彼女の言葉をクリスは強くさえぎる。
「本当のことを言ってくれ」
「…………」
彼女は無表情のまま黙り込んだ。その態度からは何の感情も読み取れない。彼はため息をついた。
「もういい、ミハエル!」
「はい」
側に影のように控えていた少年が応じた。銀色の髪に銀色の瞳、そして氷のような美貌。その姿は短く整えられた髪型以外はミシェルとうりふたつだ。
それもそのはず、彼はミシェルの双子の兄、ミハエル・オーリアだった。
クリスは告げる。
「ミシェルを捕らえろ!」
ミハエルはぴくり、と眉を動かした。クリスは続ける。
「おまえにとっては確かに妹だろう。しかし犯罪者だ。俺の騎士であるからには、ここは家族の情は捨てろ!!」
「…………」
ミハエルは動かない。しかしその表情は眉をひそめた以外は微動だにせず、無表情のままだ。
その顔からは、感情は読めない。
「どうした、ミハエル! おまえは俺の騎士だろう!!」
緊迫した空気がただよっていた。周囲の人々も息をひそめて成り行きを見守る。
駆けつけた守衛の男もその張り詰めた風船のような緊張感に、下手に刺激を加えると何かが起こるのでは、と口を挟むことも代わりにミシェルを捕らえることもできずに立ちすくんだ。
「どれどれ、ちょっと失礼」
しかしそこですべてを台無しにする緊張感のない声がする。
酔っ払いである。
黒い髪を揺らした赤ら顔の不審者は、手に持ったグラスをあおりながら、むんず、とマノンのドレスをわしづかんだ。
「お? 冷たいな」
「……っ!?」
「おい……っ!!」
突然のことに声も出せずに立ちすくむマノンをかばうように、クリスはそう怒声をあげた。そのままドレスをつかむ手を振り払う。
「うぉっと」
「貴様っ! 婦女子のドレスを触るなど、なんたる無礼なっ!!」
酔っ払いはその勢いにバランスを崩して尻もちをついた。その目の前にクリスは仁王立ちする。
「ミハエル! 何をしている! この不審者を即刻つまみ出せ!!」
その言葉にミハエルは初めてその場から動いた。そしてその肩に手をかけようとして、
「犯人はそこの青い髪のお嬢さんだよ」
その言葉に手を止めた。
「はぁ? なんだと……?」
不審そうにクリスが眉を上げる。
「ドレスにワインをかけたのは、銀色のお嬢さんじゃない。青い髪のお嬢さんだ」
それに再び酒をあおりながらその言葉は告げられた。
その内容にミハエルは静かに口を開く。
「あなたは誰ですか?」
その質問に尋ねられた当人は首をかしげる。
「うーん? 一応……」
シャラリ、と金色に輝く何かがその懐からこぼれた。地面に落ちたそれを酔っ払いは拾う。
それは美しいサークレットだった。
植物を模した優美な装飾の中央に配置されているのは、セレスフィアルという神聖さを象徴する濃い青色の宝石だ。
まるでよく晴れた日の星空のようなそれを額の中央にいただいて、神聖さとはかけ離れたその人物は空になったグラスを名残惜しそうにぺろりとなめて言った。
「聖女だよ?」
周囲の人々は顔を見合わせた。
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