3.宝冠窃盗事件
「陛下! 申し訳ございません!」
そのややひそめられた、しかし緊迫感に満ちた声に起こされたのは早朝のことだった。
どうやらヘリングとジュードはもう当に起きていたらしく、惰眠をむさぼっていたのはルカだけだったようだ。
(まぶしい……)
窓から差し込む光を避けるようにして眠たい目をこすっていると、ルカのいるベッドのすぐ隣の椅子にかけるヘリングに一人の女性が近づいてくるところだった。
ジュードはその対面の椅子に座り、優雅に紅茶をそそいでいる。
(あの人は……)
年の頃は五十代後半といったところだろう。綺麗に結い上げられた髪はしらがで真っ白だ。勤勉そうな眼鏡をかけ、その青い瞳には焦りがにじんでいた。
ヘリングの乳母クレエだ。
「ど、どうした?」
「申し訳ございません、ですがただいま見張りの者から報告がございまして……」
彼女は困ったように額をハンカチで押さえながら、ヘリングのことを見た。
「どうやら宝冠『無垢の魂』が盗まれたようなのです」
その言葉に、部屋の中の空気は止まった。
『無垢の魂』とは、前国王、つまりヘリングの父親が作らせた拳ほどあるダイアモンドの飾られたきらびやかな宝冠であり、そして今度の式典でヘリングが身につける予定だったものだ。
「そ、それは……、ま、まことなのか?」
「……はい」
動揺するヘリングに向き合ったクレエはしゅんとうなだれながら首肯した。
「陛下っ!」
ふらり、と天をあおいで倒れそうになるヘリングのことをとっさにジュードが支える。
「す、すまない……っ、叔父上……」
「陛下、どうかご無理をなさらず……」
彼がしっかりと椅子に座り直したことを確認すると、ジュードはクレエへと向き直った。
「犯人は?」
「……わかりません」
「……見回りの者は一体何をしていた?」
低く抑えられた声。しかしだからこそそこに含まれる怒りが如実にわかる。
クレエはその問いかけに怯えたように少し後ずさると、自らの失態にすぐに気づいたのか再び元の位置へと足を戻した。
「宝冠は式典の準備のために、一時的に宝物庫から移動しておりました」
そして先ほどまでの怯えを感じさせない冷静な声で話す。
「欠損などがないかどうかを職人に確認してもらっていたのです。そのため王宮の一室、職人の職場の金庫にしまわれておりました」
「……なんてことだ」
ジュードが呆れたように額を押さえる。それにクレエは「しかし!」と強い口調で続けた。
「職人の部屋とは言いましても、宝飾を扱う関係で宝物庫並みに厳重な部屋です。見回りもきちんと行われており……、なによりも、宝冠がその部屋にあることを知る者はごく一部の人間だけでした」
彼女の話によるとこうだ。昨日の夜……、というよりももはや朝に近い午前三時、職人は一通りの確認を終えて金庫へとその宝冠を戻した。宝冠の扱いは盗難や紛失を防ぐために、常に二人で行うことになっており、二人で金庫から取り出し、確認を行い、二人で金庫に戻したという。
その間、そのどちらかがすり替えた様子などはなかったという。
そして午前八時現在。警報が鳴り響いたのだという。それは職人の部屋で魔道具が使用された際に鳴る警報であり、見張りの兵が慌てて駆けつけたところーー、
金庫は開かれ、宝冠は忽然と姿を消していた。
「見回りは午前三時、四時、五時……、と一時間ごとに行われていました。とはいえそこまで規則的なものではなく、むしろタイミングを読まれないように一時間に一回は訪れる、という形です」
「なぜあなたがその報告を?」
ふいにジュードが尋ねた。それにクレエは力なく首を横に振る。
「式典に着る衣装の打ち合わせをしていて……、宝冠に合わせたものにしようと衣装係と様子を見に行ったのです」
乳母である彼女は今もヘリングの身の回りの世話をしている。ヘリングが吃音持ちで繊細な神経の持ち主ということもあり、様々な場面で中和剤として立ち回ることも多かった。その一環として衣装の相談も請け負っていたようだ。
「わたし達がいたのは職人の部屋から二つ隣の仕立て部屋でした。ですが当然、わたしは宝物庫に宝冠があると思っていましたから、宝物庫に入る許可をもらいに出て……、そこで職人に預けられていると聞いて慌てて部屋で待っている衣装係にそのことを伝えに戻ったのです」
そして衣装部屋に到着する直前に警報が鳴り響き見回りの兵士たちが職人の部屋に入るところを見て大慌てで衣装部屋に飛び込んだらしい。そこで衣装係に状況を説明して二人で一緒に職人の部屋を訪れたところ、
「金庫が開いていて、中に何が入っていたか心当たりはあるかと尋ねられたので宝冠のことを話したのです」
そこで警備の責任者などが訪れてばたばたと現場検証が行われる中を抜け出してヘリングの部屋まで来たらしい。
「ああ、ああ……っ! どうしましょうっ。宝冠がなくなるだなんて、式典の準備が……っ!」
「お、おお、落ち着けっ、く、クレエっ」
ヘリングが慌てたようにその肩をさする。
「とりあえず、至急現場に向かいましょう」
すばやくジュードは立ち上がった。
「ルカ、行くよ。……ルカ? 何をぼうっとしてるんだい?」
「え、あ、ああ、うん。行くよ……」
ルカは気まずそうに立ち上がる。
(うん、いや、どうしよ……)
というのも、この事件の犯人が目の前にいたからだ。
飛び込んできた時は文字がなかった。それはルカがまだ事件を知らなかったからだ。しかし話を聞くうちにだんだんとその文字はうっすらと盛り上がり、そしていまやくっきりと浮かび上がっている。
乳母のクレエの頭上に、『こいつが犯人』と。
(……。演技うまいな……)
彼女の名演技にルカは不覚にも感服してしまった。





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