1.枕投げ大会
サリアは興奮していた。
(ついにチャンスが来たわ!!)
この数ヶ月、諦めずにメイドを勤めてきたかいがあった。
彼女はとある伯爵家の次女である。
王宮勤めというのは通常ある程度の由緒正しい家柄の人材が務める。彼女のまたそのうちの一人だった。
ただし、彼女の父親には別の狙いがあった。
現在独身である国王、サリアのことを彼の妻にするという狙いが。
(既成事実さえ作ってしまえばこっちのものよ!)
はじめから正妻に、というのは難しいかも知れない。しかし関係をもってしまえば愛人としてある程度の優遇を受けられるだろう。
(そしてゆくゆくは……)
男子を産めば、その子を跡継ぎとして国母となることも夢ではない。
しかしそういった間違いが起こらないように国王の周囲には常に監視があった。サリア自身も仕事が忙しく、なかなか一人になる機会もなかった。
しかし今は違う。
サリアは今まさに、掃除にかこつけて国王の私室の目の前まで迫っていた。
周囲に人影はーー、ない。
サリアは扉をそっと開く。
日もすっかり落ちた時間帯、灯りを灯していない部屋は暗かった。彼女は持参した魔石のランプを掲げる。
ベッドに小さなふくらみがあった。
(いた!)
ごくり、と唾を飲む。
今回は本当に関係をもつ必要はない。疑わしい状況さえ作ればいいのだ。
サリアはゆっくりと身につけていた服を脱ぎ捨てた。
たとえそのような関係になかったとしても、国王はまだ十三歳のこどもだ。状況と勢いで押し切れる。
彼女はとうとう下着も脱ぎ捨てた。
そして布団に手をかけ、その中にすべり込む。
「ふふ、大丈夫ですわ、陛下……」
身じろぎをする布団の中の人物に優しく声をかけながら抱きついた。
「なにも怖いことはありませんからね、わたしがいいことを教えてさしあげます」
もぞもぞとうごめく布団は、
「『いいこと』って?」
少女の声を話した。
思わずサリアの動きが止まる。そして勢いよくがばっと布団を引っぺがした。
「……誰?」
「こっちの台詞なんだけど?」
そこには黒髪黒目の少女がいた。
とたん、急に部屋に灯りが灯り、ムーディな音楽が流れ出す。
どんな技術の無駄遣いなのか、なんと音楽隊による生演奏である。
ついでに部屋の灯りは白だけでなく、魔道具でも使ったのか淡い赤や青、紫の光がせわしなく壁を駆け巡った。
そんな中、ひときわ激しい光が一人の人物のことを照らし出した。
ジュードだ。
彼は盛大な後光を背後に背負ったまま黄金の髪を手でかき上げると、おほんおほん、と咳払いをしてからマイクを取り出して口を開いた。
「それではぁ-、第七回、枕なげ大会開始ぃー!」
ぱちぱちぱちぱち、と小さな一人分の拍手が響く。
その拍手の主は小さな少女だった。否、少女と見まがうほどの美しい美少年だ。
彼はマイクを持って立つジュードのすぐ足下に膝を抱えてちょこん、と座っていた。
その少年を見て、サリアは目を見開く。
「へっ、陛下……っ!?」
「や、やぁ、いかにも我はこの国の国王、ヘリングだ」
座り込んだまま美少年は言う。
「え、えっと……、きみは誰だったかな? 我はきみに、み、見覚えがないんだが……」
にへ、と弱気そうな笑みを浮かべて国王は告げた。
「だ、誰の許可を得てここにいるのかな……?」
「……っ!! ご、誤解ですっ! 陛下っ……!!」
サリアは慌てたようにベッドの中から這い出ると、その足下の床に頭を擦り付けるようにしてひざまづいた。
「わ、わたしはっ! わたしはただっ! 陛下のご体調がいかがかと思いおうかがいしただけなんです! そのっ、陛下には幼少の頃より『呪い』があるとおうかがいしましたのでーー!」
「無礼者」
その言い訳に答えたのは幼い陛下ではなく、ジュードだった。彼は光に三色の光にせわしなく照らされるというとんでもないとんちきな状況ではあったものの、その静かな軽蔑の表情は凍てつくように周囲の気温を下げた。
「陛下に『呪い』? そのような戯言を言う人間がいまだに存在するとは忌々しいことこのうえない。いったい誰がそのような世迷い言をおまえに吹き込んだんだい?」
「……いえっ、いいえっ!!」
その冷ややかさにサリアは失言を悟る。陛下の『呪い』は彼が幼少のみぎりより有名な話ではあるものの、もう改善した、ということになっている。目の前の男がそういうことにした。だから彼が国王の座を継いだのだ。
この頼りなさそうな少年ーーヘリング・レンド・リシェスリアが。
「つまみだせ」
ジュードのその簡潔な号令と共に部屋の隅の暗がりから兵士たちがぬっと姿を現した。まばゆいばかりのジュードの姿に目がくらんでその存在が見えていなかったらしい。
「ま、まって! 誤解なのっ! そう、わた、わたしはなにもーーっ!!」
「悪いけど弁明は牢屋でお願いできるかい?」
言いつのる少女に、彼は無情にも告げた。
「これから枕投げで忙しくてねぇ」
サリアはそのまま兵士に捕らえられ、引きずるようにして連れ出された。




