9.真っ赤なリボン
投稿遅れました。申し訳ありませんでした。
「目撃者たちはみんなこの『真っ赤なリボン』を見てアニエス嬢だと勘違いしていたんだ」
とても大きくて目立つリボンだ。彼女を示す『記号』だと言ってもいい。この学園内で同じような真っ赤なリボンを同じように頭につけている生徒はいない。
「遠目からこの真っ赤なリボンをつけている姿を見れば、人は自然と『彼女』をアニエス嬢だと誤認する」
ルカがそのことに気づいたのは、カフェテリアにいた四人全員が顔が見えないほど遠いにも関わらず「あれはアニエスだ」という共通の見解を違和感なく受け入れた時のことだ。
「ついでに恋人であるアダンが『一緒にその場所にいた』と証言すれば、その勘違いはより補強される」
ルカは手に持っているリボンをゆらゆらと振った。
「だから自分たちは二つのことを確認した。ひとつは屋上にいる人物が本当は誰なのか」
そう言ってアダンとコリーナを見る。二人は気まずそうにうつむいた。
ルカたちが屋上まで行った時、屋上へと出る扉は開かないように外側に重い物かなにかで塞がれていた。
だから大きな声で叫んだのだ。「火事だ! 逃げろ!」と。
そうしたら二人は大慌てで扉を開けてくれた。
「もうひとつは……、アンナ嬢に説明してもらったほうが早いかな?」
ルカが彼女のことを見ると、それまでずっとお行儀よく椅子に腰掛けていた彼女はゆっくりと立ち上がった。
美しい黄色の瞳が、眼鏡越しに知性を宿して輝く。
「聖女様は被害を訴え出たわたしに、『暴行事件の時のアニエス嬢はリボンをつけていたか?』とお尋ねになりました」
彼女の視線は真っ直ぐにアニエスへと向かっていた。
アニエスは苦々しそうな顔で、しかし反論できないのか真っ青な顔をしている。
「わたしは『いいえ、彼女はめずらしくリボンをつけていませんでした』と答えました」
「うん、ありがとう」
ルカはうなずく。
一件目の突き落とし事件で、犯行時に逃げ去る犯人を目撃した人は『女子生徒の制服姿だったことしかわからなかった』と証言した。
つまりこちらも同様、アニエスを示す記号である『真っ赤なリボン』を外していたのである。
その『記号』がなければそれだけで、彼女はずいぶんと目立たず行動できたことだろう。
その上、二カ所で偽物と本物のアニエス嬢が同時に目撃されるということを防ぐこともできる。
「もしも犯行現場から逃げ去る本物のアニエス嬢を目撃した人がいたとしても、他の複数名が『他の場所でアニエス嬢を見た』と言えばきっとこう思うだろう」
ルカはわざとらしく小首をかしげてみせた。
「あれ? じゃああれは別の誰かだったのか。赤いリボンもつけてなかったし」
それは容姿も相まってずいぶんとかわいこぶった仕草だ。
しかしそのルカのわざとらしいぶりっこに誰も笑わない。
アニエスの顔を見る。彼女は顔を真っ赤に染めて、床をにらみつけていた。
「『いつも身につけている記号』がない状態で、他の誰かの意見をくつがえせるほど自分の目と記憶力に自信がある人間は少ない」
それこそルカの知る限りではそんな自信があるのはジュードぐらいのものだろう。
少なくともルカにその自信はまったくない。
「さて、なにか弁明はあるかな? アニエス嬢」
かたくなに目を合わせない少女に、ジュードは静かにそう問いかけた。その声の温度は凍える湖のように冷たい。
観念するかと思われた彼女は、しかしばっと勢いよく顔を上げた。
「コリーナよ!!」
そして叫ぶ。
指さすのは自らの恋人の横でずっと青白い顔をして立ちすくんでいた少女だ。
「わたしが服を切り刻むなんて非常識な真似をするわけないじゃない!! やったのはコリーナよ!!」
「そんな……っ、アニエス……」
濡れ衣を着せられたコリーナは弱々しい声で名前を呼ぶ。
(かわいそうに……)
彼女の家はアニエスの実家から融資という名の資金的援助を受けているらしい、というのはジュードからの情報だ。だから今回も逆らえず、アリバイ作りに加担したのだろう。
彼女はおろおろと助けを求めるように周囲に立つ人々に視線を送った。
しかし立場上、彼女の犯行を告げ口する決断はくだせないのだろう。そこから先はなにも言葉にならず、「だって……、わたしは……、そのぅ……」ともごもごとうなるだけだ。
「そうでしょ!? コリーナ!!」
対して、アニエスは語気強く彼女のことを責め立てた。
「自分がやったって言いなさい!!」
「やめなさいよ」
突如はじまった脅迫行為に、口を挟んだのはアンナだった。
彼女は琥珀のような澄んだ瞳で強くアニエスのことをにらみつける。
「いい加減にしなさい! 往生際が悪いわよ!!」
その批難にアニエスは後ずさった。そして逃げ場を求めるように周囲に目を走らせ、その視線は恋人であるアダンで止まる。
「……っ、ア……」
アダン、とおそらく名前を呼ぼうとしたのだろう。しかしその前に当のアダンは目をそらした。
「……っ!!」
ぎりり、と音が立ちそうなほどに強くその唇が噛みしめられる。ルージュで美しく整えられていた唇からわずかにだが血がにじんだ。
「観念しなさい」
最後通牒を突きつけるように、アンナが告げる。
「しょ、証拠はどこにあるのよ!!」
追い詰められたアニエスは、やけくそのようにそう叫んだ。




