5.いわくつきの令嬢
「ところで『いわくつき』ってなんだったっけ?」
謎の席順に気を取られてしまったが、先ほどのジュードの発言を思い出してルカは尋ねる。
ルカも彼女のことは見知ってはいる。なにせあの派手なリボンだ。
いろいろと噂が巡っていた気はするが、その詳細まではパッと出てこないのだ。
確か、あまり良くない噂だった気がするが……、
「彼女の名前はアニエス」
「アニエス・オベール伯爵令嬢ですわ……」
その返答は両隣から返ってきた。ミハエルとミシェルだ。
彼らはそっと囁くようにして、ミハエルはルカの耳元に口を寄せ、ミシェルはそっと口元に手を当てて内密の話でもするかのように話しだした。
「彼女は何件ものいじめの主犯として有名なんですわ……」
「でも証拠がないのでいつも容疑者止まりなんです。そのためお咎めを受けたことはいままで一度もありません」
「でも、どう考えても彼女が怪しいんですの……」
「どう考えても彼女が犯人である可能性が高いのです」
「あー……」
その説明に思い出す。確かにそんな話があった。
「いじめっ子ってやつか」
そうつぶやいたルカの言葉に、
「『いじめ』ねぇ」
憂鬱そうにそのアメジストの瞳を細めてジュードはつぶやいた。
「嫌な言葉だ」
「ん? まぁ確かに良い意味の言葉じゃないが……」
「そうじゃなくてねぇ、ああいったいわゆる『暴行』や『窃盗』を『いじめ』の一言でくくることに抵抗があるのさ」
彼はホットワインを口に運ぶ。その後にほぅ、と吐き出された息はワインで温められたのか白かった。
「どうにも子どものやることだから、とそれを免罪符に軽い言葉で誤魔化しているような気がしてねぇ。きちんと自身の行ったことがどういった行為なのかは適切な言葉で伝えるべきじゃないか」
「教育者っぽいな」
「教育者だからね」
アメジストの瞳がぱちり、とウインクをしてみせる。
それにルカはふむ、と腕を組んだ。
確かに物を取り上げるか隠せば『窃盗』だし、暴力をふるえば『暴行』だ。『いじめ』という言葉は定義が広すぎて行った行為が曖昧になり、なんとなく軽く聞こえてしまう印象を受ける。
しかし……、
「あんたも知ってるんだな」
くだんのアニエスが起こした事件のことだ。
彼女の行いが『暴行』や『窃盗』であると彼はしっかりと認知しているようだった。
その事実がルカには意外だ。有名とはいえ、たかが一生徒の事情を王族である彼が把握しているとは。
ルカの言葉に彼は肩をすくめてみせる。
「教師たちから報告があったからね」
「なるほど」
一応学園長として学園内の不祥事は把握しているらしい。
「そんなのよく覚えてるなぁ」
ルカといる彼はいつも暇そうに遊んでいるが、実際暇なわけではないだろう。書類の束をカフェテリアに持ち込むことも多々あるし、王宮での用事が忙しすぎて姿を見ないことも多い。
それにも関わらず教師たちからの報告もしっかり覚えているとはたいした記憶力である。
感心するルカに、彼は疑問だとでも言うかのように首をかしげた。
「この程度の単純な話、忘れるほうが難しいだろう? 僕はたいていの話は忘れないよ」
「……化け物の話か?」
「僕の話だよ」
きょとんとした無垢な瞳と目が合う。
その話しぶりからして、本当に純粋に忘れる人間の気持ちがわからない、といった様子である。
(天才ってやつは……)
ぜひとも一度は言ってみたい台詞だ。
とはいえ凡人のルカにはおそらく一生縁のない台詞だろう。なにせジュードよりも暇人なくせに学園内の噂すらうろ覚えなのだから。
「ーーで、『暴行』って具体的になにしたの?」
覚えていないことは素直に聞くに限る。ルカは背後に位置する南校舎の屋上で、いまだに戯れているアニエスたちのことをちらりと見上げた。
「小さな窃盗被害の報告はちらほらあるが、『暴行』は今のところ二件だけだね。一件目は階段から被害者の女生徒を突き落としたようだ。場所は東側の校舎裏の階段。二件目はまた別の女生徒の髪を切断したらしい。こちらの場所は南の校舎の教室だね」
ジュードもルカの目線を追って校舎を見上げた。その手元には資料などなにもないにも関わらず、彼は詳細な情報を読み上げるようにして説明してくれる。
「一件目に関しては目撃者がいたんだが、目撃者は『女生徒だったことしかわからなかった』と証言している。その場から立ち去る人物が女子の制服を着ていることは見えたが、後ろ姿で一瞬のことだったので顔までは見えなかったらしい。ちなみに被害者二人の証言はどちらも『犯人はアニエス嬢だ』というものだったのだけど……」
「けど?」
彼はちらり、と視線をルカへと下ろす。
「彼女にはその時間アリバイがあったんだ。二件の事件、両方ともね」
その言葉にルカは目を丸くした。彼は心得たようにうなずいてみせる。
「恋人といちゃつく姿が複数人によって目撃されている。確か一件目の事件が起きたのは今と同じ昼休憩の時間で十二時十五分頃、彼女は十二時から十二時四十分頃まで中庭の湖で恋人とボートで遊んでいたそうだ。二件目は放課後の午後五時十分頃に起きた。しかしその五分ほど前の五時五分頃に下校しようとした生徒によって、アニエス嬢が恋人と一緒に音楽室でピアノを弾いている姿が目撃されている」
「はぁ……」
「ちなみに中庭の湖にいる姿の目撃証言は多数あって、十二時十五分前後もばっちり湖で目撃されていたよ。途中でボートから下りた様子もなかったみたいだ。音楽室に関しては目撃証言は五時五分の一件だけだが、ピアノの音がその後五時三十分頃まで響いていたのを多数の生徒が聞いている」
「うーん……」
湖のボートにピアノの演奏。
(優雅だなぁ)
ルカにはどちらも経験がない。前世でも今世でも。
腐っても貴族のご令嬢、ということなのだろう。
(中庭の湖、ねぇ……)
ルカは視線を正面へと戻す。その湖はここからでも見えた。
中庭の北側に位置する人工湖だ。確かにそこにはボートが二艘あり、昼休憩などに遊んでいる生徒がたまにいる。
そして二件目の音楽室。音楽室は西校舎に位置している。東西南北の校舎は非常に広大で、西校舎の端から端まで移動するのに十分ほどは要するだろう。その上貴族の子息子女が通う学園なだけあって廊下を走るような輩は存在しない。もしも走るどころか早足でもしようものなら、悪目立ちして目撃情報が相次ぐことだろう。ということはもしもアニエスが犯人ならば、彼女は目立たないよう優雅な足取りで移動しなくてはならない。ルカの足で普通に歩いて十分なのだ。淑女らしく楚々として歩けばさらに時間がかかるに違いない。
「湖から東の校舎の階段にしろ、音楽室から南の校舎にしろ、校舎内を通っても中庭を突っ切っても、確実に十分以上はかかるしその場所以外での目撃情報はないんだよねぇ」
ルカの気持ちを代弁するようにジュードは言った。
「彼女には動機もあるから、とても疑わしいんだけどねぇ」
「動機?」
ジュードは呆れたように肩をすくめてみせる。
「彼女は自分より目立つ子が同じクラスにいることが許せないんだよ。その暴行事件の被害者は二人とも彼女と同じクラスで、かついずれも音楽祭やら舞踏会やらで賞を取ったり評判になった子なんだよ」
「そりゃわかりやすい」
「まったくねぇ」
彼はうなずくとワインを口に運んだ。しめった唇をぺろりとなめる。
「彼女には前科があってね。自分より成績優秀な子の机に悪口を書いたりして教師から叱責を受けているんだ。だからまぁ、被害者の証言もあり彼女が疑われたんだが、アリバイがある以上、疑わしくとも責められない。犯人はいまだに不明なままだよ」
「ふぅーん……」
ルカはもう一度屋上で戯れている恋人たちを見上げた。
相変わらず目立つ真っ赤なリボンは風にひらひらと舞っている。
赤みがかった栗色の髪がリボンに紛れて揺れていた。
そして、その二人の頭上には真っ赤なゴシック体で『こいつが犯人』の文字。
(……ふたりともかぁ)
ルカの能力は話を聞いただけでもある程度そろっていれば有効だ。つまり、話を聞いた途端に文字が出てきたということは、彼女たちは二件の事件の両方、あるいは片方に関与しているということだ。
そこまで考えて、ルカはふと気づく。
「なぁ、その目撃情報って今みたいな感じ?」
「うん?」
その言葉にジュードは一瞬考え、そしてすぐにうなずいた。
「そうだねぇ、聞いた話だと、ちょうど今みたいな感じだねぇ」
「ーーってことはさぁ」
ルカは頬杖をつく。
「まさに今、なんか起きてるんじゃね?」
その言葉にジュードはゆっくりと瞬きをしてルカの目を見た。ルカもそれを見返す。
彼は口元に手をあて、少し何事かを考えこみながら首肯した。
「……そうかもねぇ」
紫の瞳がこちらをみる。その赤い唇が囁くように動いた。
「どうする?」
「どうするって?」
「探しますか?」
ジュードの問いにきょとんとするルカに、涼やかな声がデュエットで差し込まれる。
ミハエルとミシェルだ。
ルカは二人のことを見る。二人とも静かな瞳でこちらの指示を待っていた。その瞳からは忠犬が主人の許可を求めている姿が連想される。
『探す』とは、今起きているかもしれない暴行事件を探しに行くか、という意味だろう。
三対の瞳がじぃっとルカのことを見た。
ルカはしばし考え、首を横にふる。
「いや、それよりも見に行こうぜ」
ぴっ、と親指で背後の屋上を指し示した。
「だれかアニエス嬢の顔、ちゃんと覚えてる奴いる?」
その言葉にジュードが軽くうなずく。ミハエルとミシェルもお互いの顔を見合わせた後、同時に深く深くうなずいた。




