4.リア充
まず視界に飛び込んできたのはバラのような真っ赤なリボンだ。まるで蝶々のようなそれは優雅に正午の風に吹かれて泳いでいる。
それが少女の髪に飾られたリボンなのだと気づいたのは少ししてからだった。
どうやら聞こえた声は彼女のものだったらしい。
この学園の校舎は口の字の形をしている。真ん中の空いているところは広い中庭になっており、ルカたちがいるカフェテリアはちょうど中庭の南側に位置し、口の字の下線の部分の校舎に併設されている。
そしてその隣接する南側の校舎の屋上に彼女たちはいた。
リボンの少女の目の前には、少し距離があってわかりずらいが、男子生徒と思われる人物がいた。四階建ての校舎の屋上に彼女たちは座っているためカフェテリアの二階にいるルカからは位置的に下半身は見えない。そのため男女の制服の区別はつかなかった。それでも彼が男子だと思った理由はすぐ側に座る少女よりも背が頭ひとつ分高く、髪が短かったからだ。
ーーそしてなによりも、
(リア充か……)
二人は明らかにいちゃついていた。
お弁当なのかなんなのか、それぞれに「あーん」をしあって何かを食べている。
そしてその合間あいまにハグをしてみたり、近い距離で囁き合っているような仕草がうかがえた。
あれでカップルでなければ世も末だ。
お世辞にも前世でモテたとはいえないルカはげんなりとする。
ルカが聞いたのは、どうやらカップルのキャッキャうふふとはしゃぐ声だったらしい。風にのって途切れ途切れだが、ここまで届いてしまったようだ。
(あの赤いリボン……)
ルカは目が悪い方ではないが、赤みがかった栗色の髪に隠されて顔まではよく見えなかった。しかしあの大きなリボンには見覚えがある。
(あの子は確か……)
「どうやら『いわくつき』の令嬢じゃないか」
突然背後から響いた声に、ルカはぎょっとして肩をふるわせた。
「……っ! ジュード!」
「やぁ、戻ってきたよ。寂しくはなかったかい?」
ひょうひょうとそう抜かす彼のすぐ近くでガタガタと音が鳴る。ミシェルが席から慌ただしく立ち上がった音だ。
彼女はすぐさま立ち上がり椅子を引くと、
「どうぞ」
「うん、ありがとう」
うやうやしくジュードへとその席を返還し、そして彼も当然のようにそこにおさまった。
「……」
確かに元は自分が座っていた席とはいえ、年下の少女からゆずられた席にのうのうと座るのがこの男のこの男たるゆえんである。
(いや、立場的には正しいんだろうけど……)
この国の実質的な支配者と王子をふった伯爵令嬢ではどう考えても前者のほうが偉い。しかし日本の感覚を引きずっているルカとしてはつい考えてしまうのだ。
子どもに気を遣わせるなよ、と。
精神年齢三十六歳ゆえの葛藤である。
ふと気がつくと、右隣に座っていたミハエルもいつの間にか立ち上がっていた。そして双子は素早く目配せをしあうと、静かな所作でミハエルは再びルカの右隣に、ミシェルはジュードの左隣の席へと移動した。
つまり、四人は中庭の方を向いて横並びに座ることになった。
「いやなんで?」
「なにがだい?」
ルカは思わず立ち上がる。
「なんで横並び? これだけ席があるのに!?」
大人数用の大きなテーブルの対面は寒々しいほどに空席である。
「お姉様、おかわりをどうぞ」
「学園長先生もこちらを……」
「やぁ、ありがとう。気が利くねぇ」
しかしルカの叫びを無視してのんびりとお茶会を三人は続ける。
「え? なに? これ自分が間違ってるの? これが普通……?」
元日本人にしてこの世界でも平民出身のルカにはわからない。自身の常識に一瞬疑念を抱いたが、
(いや……)
すぐに首を横に振った。
「自分が普通だろ」
「かしましいねぇ。どっちでもいいだろう、座る場所なんて」
「ええー……」
(貴族とかってもっと座る位置とか物の配置とかにこだわったりするもんじゃないのか……?)
少なくともなけなしのルカの知識では、サロンや晩餐会の席順はそこそこ重要だった気がする。しかしジュードは優雅にホットワインをたしなみながら、
「無礼講」
とのたまった。
「…………」
ルカは無言ですとん、と椅子に腰を落とす。
(なんだかなぁ……)
おまえがそれを言うのか。
年端もいかない少女に席を譲らせ、給仕をさせているおまえが。
ーー否。
彼はこの場で、そしてこの国で今最も権力を持った人物である。ゆえに彼が白と言えば白となり、黒と言えば黒となるのだろう。
このような意味のわからない席順すらも。
ミハエルとミシェルの銀の双子たちは恭順な態度で楚々として給仕を続けている。
(うーん……)
ルカはその光景を見ながらぽりぽりと頬をかいた。
先ほどの双子たちとの会話を思い出す。彼らはルカに「ジュードがおそろしくないのか?」と尋ねた。
ということは、彼らにとってジュードは『おそろしい存在』なのだ。
しかし先ほども双子に伝えた通り、ルカにとってはジュードはただの『どうやら偉いらしい若干自惚れやの若い兄ちゃん』である。
なのでルカの中の認識と現在の光景とのギャップが半端ないのだ。
「おまえ、自分の立場に疑問とか抱いたことある?」
ルカのその唐突な質問に、彼は一瞬きょとんとした後、髪をかき上げるようにして撫でつけながらその美しいかんばせで微笑んだ。
真っ白な歯がうさんくさくきらりと光る。
「うん? 僕がみんなから敬われ尊重されるのは当然のことだろう?」
「……聞いた自分が馬鹿だったよ」
ルカは諦めてホットワインをすする。
大変不本意なことに、先ほどまで感じなかったその温かさと味が舌に戻ってきていた。
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