3.彼は影の権力者
「さて、少し僕は席を外そうかな」
そんなことをジュードが告げて立ち上がったのは、それからすぐのことだった。
「え、今日なんかあったか?」
思わずルカは尋ねる。
この双子に詰め寄られた状態のまま立ち去られたら困るのだ。
ジュードがいたところで彼はルカのことをかばう気はないのでおそらく戦力にはならないが、それでも完全に二対一になるよりはマシである。
そういう意味も込めて視線を送ると、彼はふ、と憂いを含んだような表情を浮かべた。
「今日は暑いねぇ」
「は?」
今の季節は冬である。確かにテラス席のため日の光はあるが、冷たい風が吹き荒れていて普通に寒い。
そう、何もこの席を二人が独占できているのはジュードが権力者だからというわけではない。
夏は暑くて冬は寒いこの席は人気がないのだ。
しかしそんな戯れ言を吐いた男はいたって真剣な顔で神妙に告げる。
「少し涼んでくるよ。ああ、すぐに戻るから待っていておくれ」
「…………」
そのままそそくさと立ち去る後ろ姿に、
(……便所か)
ルカは直感した。
要するに排泄してすっきりしてくるから待っていろということを『涼んでくる』と表現しただけだ。
まぁ、こんな寒い場所でお茶をがばがば飲んでいればトイレにも行きたくなるだろう。
「お姉様は、あのお方と中がよろしいのですね」
そして彼が立ち去ったことで空いた席にスッ、と音もなく座る輩がいる。
ミシェルだ。
そしてルカをはさむようにして、反対側にミハエルが腰を下ろした。
(しまった……っ)
囲まれた。
気分的には追い込み漁をかけられて逃げ場のない魚の気分である。
「仲がいいって言うかぁ……、まぁ普通」
「『普通』、ですか。あのお方に対してそのようにおっしゃれるのは十分に仲がよろしいでしょう」
そう告げながら、ルカのティーカップが空なことに気づいたのか、ルカの右隣に座ったミハエルはポットに入ったホットワインをそそいでくれた。
そしてそのまま自然な仕草でティーカップをルカの口元まで運んでくる。
(……なぜ?)
なんだかそれが当然と言わんばかりの顔をしているが……、明らかにマナー違反である。
そして左隣に座ったミシェルはというと、やはり当たり前のようにテーブルに置かれていた焼き菓子をルカの口元へと運んだ。
(いやだから……)
なんで? とは、なんか怖くて口に出せない。
(なんか)
美人二人に囲まれて、凡人のルカにはなんか口に出せない。
「うん、自分で食べるから……、いいよ……」
なんとか絞り出した声は尻すぼみだった。
「そんな、ご遠慮なさらずに」
「ええ、ご遠慮なさらずに」
二人は整った顔で、しかしにこりとも笑わずに無表情で言う。
『どうぞ』
「……はい」
『遠慮させてくれ』と言うには双子の顔面の圧は強すぎた。
情けない話だが、ルカは美形に弱いのである。なんというか、美しさとはパワーだ。
凡人には魅力的であり、畏怖でもある。
「…………」
しかたなくルカは観念して口を開き、もそもそと焼き菓子をついばんだ。
「こちらもどうぞ」
すかさず差し出されたホットワインもちびっと飲んだ。
双子の表情がやわらぎ、笑顔になった。
(まぶしい……)
顔面から光が発せられている。
ただでさえたぐいまれなる美人たちなのに、笑顔になるとさらに美しい。
「おいしいですか?」
「まぁ……、うん」
甘い焼き菓子と香辛料の効いたホットワインの組み合わせは最高だった。冷えた野外で食べるというのがまた、ピクニックのようでいい。
しかし双子の圧力を前に、そのおいしいはずの味がしなかった。
「もっとたくさんありますよ」
「うん……。そんな一気には食べないから……、大丈夫……」
一口ふくんだ先から次から次へと供給されるそれらに、ルカはそっと降参するように手を上げた。
そんなルカのことをミハエルは静かな瞳でしばし見つめた後、
「恐ろしくはないのですか?」
そう尋ねた。
「は?」
意味が分からず聞き返すルカに、彼は「学園長先生のことです」と簡潔に答える。
「あのお方にはとても恐ろしい噂がたくさんあります」
ーーいわく、好き嫌いが激しく気に入った者には優しいが気に入らない者に対しては冷酷である。
ーーいわく、武道に長けており、暗殺者や襲撃犯のことごとくを血祭りにあげている。
ーーいわく、前国王を暗殺したのは権力を欲したジュードである。
(そういやそんな噂があったな……)
ミハエルからの問いかけで、ルカはそのことを思い出した。
「恐ろしくはありませんか?」
今度は兄の言葉を重ねるようにして、ミシェルがそう問いかけてくる。 その銀色の二対の瞳に浮かぶ感情は、懸念だ。
ルカはしばし目をつぶって腕を組んで考え込み、そして言った。
「全然」
そのまま彼女が手にしたままだった焼き菓子を奪い取ってぼりぼりと咀嚼する。ついでに兄の方からはホットワインのグラスを取って口にふくんだ。
「なぜ……」
「自分には関係がないから」
手の中でグラスをもてあそび、ワインがそれに合わせて揺れるのを眺めながらルカは答える。
あの噂が嘘か本当か、それはルカにはわからない。
一応過去の事件であってもその詳細を見聞きし、視界の中に犯人が入ればルカにはそうだとわかる。
だから『前国王の暗殺』の件も事件について調べ、ジュードのことを見れば彼が犯人かどうかはわかる。
しかしそれをする気はないのだ。
「自分にとってのジュードは、自信家でちょっとナルシスト気味で変なところで感情的な責任感の強い男だよ。自分は確かに目の前で起きてしまった事件であれば見過ごさない」
しかしそれは善意ゆえではない。ただ単に見過ごしてしまうことで生じる罪悪感に耐えきれないからだ。
自分の心を守るために、ルカは冤罪や犯罪を見過ごさないに過ぎない。
だから過去のことは知らない限りは『関係がない』。
けれど、
「もしも自分の目の前で、あいつが何かをやらかすことがあれば、それは暴く」
ルカはそう口にしながらも、だがその可能性は低いだろう、とも思っている。
ジュードは聡明で優秀な男だ。そんな男が『犯人が見える』能力を持つルカの前でそのような下手を打つとは思えない。
もしも彼が犯罪を犯すならば、それはきっとルカに暴くことなどできないものに違いない。
『偽物』であるルカなどには、きっと到底暴けない。いわゆる完全犯罪というやつだ。
だからある意味で安心している。
だってそれは例えどちらに転んだとしても、ルカが彼を裁くことなど絶対にないということに他ならないからだ。
そう、彼が例え犯罪を犯しても、犯さなくとも。
だからルカには『関係がない』。
「そうですか……」
そう静かにうなずいたのはミシェルのほうだった。彼女はそのまま静かにミハエルと視線を合わすと頷き合う。
「不躾なことをお尋ねして大変申し訳ありませんでした。お姉様がもしやあのお方に関するお噂をご存じないのかと思い、つい余計な口をきいてしまいました……」
「不躾なことをお尋ねして大変申し訳ありませんでした。お姉様がそのように覚悟を決めていらっしゃるのならば、俺たちが口を挟むことはもう何もございません」
「いや、別に覚悟とかはしてないけど……」
「もうこのような失礼なことは口にいたしませんわ」
「もうこのような失礼な発言は控えさせていただきます」
『大変申し訳ありませんでした』
「いや、あの、うん、……そっか」
ユニゾンで聞こえた謝罪と深々と下げられた頭に、ルカは戸惑いながらもうなずくことしかできない。
しかし二人はそんなことは我関せずといった態度で顔を上げると、
「ではお食事の続きを」
「お茶の続きを」
と促してきた。
そして『あーん』とやはりユニゾンでハモりながら目の前に茶菓子とワインを差しだしてくる。
「いやぁー、えっとぉ……」
さてどうしたものか、と戸惑っていると、どこか遠くで歓声のようなかすかな声が聞こえた。
現実逃避をしたかった気持ちも手伝い、思わずそちらへと視線を向ける。
そこには赤いリボンがひらひらと揺れていた。




