1.プロローグ
世の中には『本物』というやつが存在する。
ルカがそれを知ったのは、前世で一五歳を過ぎたあたりのことだった。
幼い頃は神童だった。
しかし『十を超えればただの人』を地で行くルカとは異なり、幼なじみは『本物』だった。
ルカは敵わなかった。生まれ持った才能も、努力の量ですらも。
どんなに頑張っても日に日に開いてく差に、ルカはだんだんと頑張る気力を失った。
言い訳だろうと言われれば否定はしない。
とにかくルカは頑張れなかった。
そうして成人を迎えてからはそれなりに働いてはいたが、酒浸りになり、高みへと登っていく幼なじみを見るのがつらくて目をそらした。
そしてそのまま三十六歳で亡くなった。
特に劇的な何かというわけでもなく、酒を飲んで風呂に入ったことによる事故死だった。
そして今世、異世界に転生してもなお、ルカは何の『本物』にもなれないでいる。
*
美しい笛とバイオリンの音色が響いている。
フルートのような銀色の繊細な管楽器はその小さな外見を裏切ってあたり一帯にその音色を響かせる。バイオリンはその音に寄り添うようにして静かに、時に激しく音を奏でた。
それがなんという曲なのかはわからない。おそらくはクラシックの類いなのだろう。
演奏はクライマックスへと向けて白熱し、そうして最後は静かな余韻を残して音色は途絶えた。
拍手の音が響く。
「いやぁ、素晴らしい。さすがは芸術家と名高い一族のお嬢さんたちだ」
拍手の主であるジュードは上機嫌にそう言った。
(……なにこの状況)
ルカは制服のすそをいじった。
ちなみに女子の制服である。
女装である。
普段から『そう』とはいえ、男女兼用のローブと女子の学生服では心理的な負担が異なる。
とはいえ、もうすでに慣れはじめてしまっているルカである。
(嫌な慣れだ……)
しかし制服には慣れても、このイレギュラーな状況に即刻なじめるほどの適応力はない。
この異常な状況はルカとジュードが学園で根城にしているカフェテリア二階のテラスで起こった。
学園のカフェテリアは本来ならサロンを開く練習用として存在している。そのためか席は予約制、それぞれのテーブルは植木や柱により区切られて個室のようになっており、一度に大人数で会食することを想定されるような作りになっている。
そんな中、二階の見晴らしの良い席であるここは、ルカとジュードがほぼ独占していた。
予約もなにもない。この二人しか利用者がいない。
ジュードは仕事の空き時間やルカに見られてもいい書類仕事の時、そしてルカはほぼほぼ幽霊学生のようなものなので卒業に必要な授業以外はここでサボっている。
いつもは二人でだらだらしているそこに、本日は来客があった。
日の光に輝く銀の髪、頬に影が落ちるほどに長く繊細なまつげは銀細工を思わせる。頬はわずかに薔薇色に染まり、伏せられた瞳もまた、月のような冷たい銀色だった。
ミシェルとミハエル。銀の双子の兄妹だ。
二人は演奏が終わるとぴったりとそろった仕草で礼をしてみせた。
ーー先日の事件の後、第一王子クリスと男爵令嬢マノンの婚約が正式に発表された。
クリスとマノンの婚約は表面上は歓迎された。しかしその内実は泥をかぶった者同士、他に引き取り手がいないためさっさとくっつけてしまおうと周囲が動いた結果である。第一王子派の一部の者はまだクリスを王位につけることを諦めていないために身分の低い婚約者に反発したようだが、王子自身の選んだ相手なのだから、と今回の事件を防げなかった手前もあり、受け入れるしかなかったようだ。
そしてそれが発表された場には、エラの姿はなかった。
否、その場だけではない。他のパーティにも学園内にも、彼女の姿はなかった。
(まぁ、無理もない)
ちょっとした噂程度の醜聞でも爪弾きにされることのある社交界である。明確な悪意をもって事件を起こし、あまつさえそれを指摘されて魔道具を使用して暴れるなど……、彼女はもうまともな貴族としては生きられないだろう。
エラは修道院に送られ、父親は領地の一部を国に献上することでなんとかその爵位を保ったと風の噂で聞いた。
そしてその第一王子の婚約からエラの処遇に至るまで、そのすべての采配をふるったのはーー、
ルカはちらり、と隣に座る人物を見上げた。
先ほどミシェルたちの演奏をのんきに褒めちぎっていた男ーー、ジュードだ。
第二章になります。
申し訳ありませんが、投稿時間を次回より夜の7時ごろに変更させていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。




