表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/22

第4話 夏休み②「40日後、俺は別人になっていた」

母さんに、美容院と眼科に行きたいと相談した。

コンタクトに変えたいことも伝えると、母さんは少し驚いたあと、俺の顔をじっと見た。


「本気で変わろうとしているんだね」


「……うん」


母さんはそれ以上何も聞かず、15,000円を渡してくれた。


「仁が頑張ってるの、ちゃんと見てるから」


それだけで、胸の奥が少し熱くなった。



眼科では、コンタクトを入れるのに30分以上かかった。ようやくレンズが入って、鏡を見る。


眼鏡がない。それだけで、顔の印象が全然違った。


美容院では、緊張しすぎて声が震えた。


「今日はどういった感じにしますか?」


「……似合う感じにしてください。全部お任せします」


「どんなふうに見られたいですか?」


そこで少し詰まった。かっこよく、とか。別人みたいに、とか。頭の中にはいろいろ浮かんだ。でも、口から出たのは違う言葉だった。


「今より……普通に見られたいです」


美容師は少しだけ真面目な顔になってから、うなずいた。


「じゃあ、清潔感を最優先にしましょう。素材が良いから、かなり印象が変わると思いますよ」


髪を切り、眉を整え、ワックスの使い方を教わる。最後に鏡へ映された自分を見て、息が止まった。


自分だとは思えなかった。


美容院で整えた髪。落ち着いてきた肌。眼鏡のない顔。それがようやく、1つの輪郭になった気がした。


美容院を出た瞬間、達成通知が出た。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION RESULT】


MISSION 達成


容姿   49 → 55

体格   50 → 53

━━━━━━━━━━━━━━━━━


数字を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。容姿が一気に6も上がっている。


もう前の俺とは全然違う。そう言えるくらいには変わっていた。


家に帰ると、リビングに里奈がいた。俺の顔を見たまま、動きが止まる。


「……なにそれ。イメチェンなの」


「まあ、そんな感じ」


里奈はもう一度、俺を見た。それから「ふーん」とだけ言って、スマホに目を戻した。



35日目の夜、またステータスが更新された。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【STATUS COMMIT:35日目】


知識   41 → 42

学力   46 → 48

容姿   55 → 58

体格   53 → 55

会話力  36 → 37

運動神経 39 → 41

筋力   49 → 51


※身体への反映完了まで最大24時間かかります。


【ブースト効果中】

容姿 / 体格

━━━━━━━━━━━━━━━━━


でも、ミッションは相変わらず崖っぷちだった。通算4回の項目だけは最優先で行った。



39日目の夜。ミッション状況は、最悪だった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION WARNING】


未達成4日:

ランニング5km / 腕立て伏せ50回 / スクワット50回

体幹トレーニング20分 / 摂取カロリー / タンパク質

英単語30語 / 数学1時間 / 英語1時間 / 睡眠8時間


翌日未達成時、該当項目は失敗となります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


笑えなかった。ほとんど全部、あと1回で終わる。


明日、本当に、1つも落とせない。



40日目。最終日。


この日だけは、何も落とせなかった。朝のランニング、筋トレ、体幹、食事管理、英単語、数学、英語、国語。全部を確認しながら、1つずつ潰していった。


21時。最後の問題を解き終えた。


全部終わった。


本当に、全部終わった。


達成通知が視界に広がる。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION RESULT】


MISSION CLEAR


40日間継続判定:成功


全条件維持ボーナス発動

全ステータス +5


知識   42 → 47

学力   48 → 53

容姿   58 → 63

体格   55 → 60

会話力  37 → 42

運動神経 41 → 46

筋力   51 → 56


全項目平均:52.4


※身体への反映完了まで最大24時間かかります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


膝から力が抜けそうになった。


余裕の達成じゃない。完璧な40日間でもない。何度も落とした。何度も警告された。あと1回で失敗する項目が、いくつもあった。


それでも、5日目には届かなかった。踏みとどまった。それだけだった。


さらに、画面には続きがあった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【SPECIAL SKILL】


特別スキル獲得


《オーバードライブ》


30分間、本来の限界を超えた身体能力を発揮可能。


使用回数:1回限り

使用後、強い反動あり。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


1回限り。使ったら消える。


どこで使う。何のために使う。まだわからなかった。


でも確かに、手の中に何かが来た気がした。


さらに、最後の通知が表示される。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【SYSTEM NOTICE】


・平均偏差値が50を超えたため、初期サポートの低偏差値対象者向け強化が終了しました。

・容姿 / 体格ブーストが40日経過したため、強化が終了しました。

・以降、システムは通常初期サポート運用へ移行し、成長補助は中程度となります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


ブーストが終了した。でも平均偏差値が50を超えた。ようやく人並み。


俺は画面を閉じて、洗面台へ向かう。


鏡に映っているのは、夏休み前の俺とは明らかに違っていた。


眼鏡はない。髪は整っている。背は高くなって、顔はむしろ小さくなっているように見える。肌は落ち着き、顔の輪郭も前よりはっきりしている。40日分の努力が、見た目に反映されている。


しかも、明日の朝には、今よりさらに体が数字に追いついているはずだ。


俺はしばらく、その場から動けなかった。


見ていられた。


それどころか、もう少し見ていたかった。


初めて、自分のことを「良い」と思えた。



翌朝。夏休みの最終日。2学期の始業式は、明日だ。


走り終えて家に戻ると、台所に里奈が下りてきた。


里奈は俺を見た瞬間、足を止めた。視線が、顔、肩、腕、足元の順に落ちる。それからもう一度、顔に戻った。


「……その体、どうなってんの」


俺は少しだけ自分の腕を見る。


「変わった?」


里奈は一瞬、何か言いたそうに口を開いた。

でも、すぐに目を逸らした。


「……変わりすぎてキモいから」


そう言って、冷蔵庫を開ける。

麦茶を取り出して、俺と目を合わせないまま台所を出ていこうとした。


けれど、廊下へ出る直前で、里奈が足を止めた。


「……でもまあ」


振り返らないまま、ぼそっと言う。


「それなら友達1人くらいはできるんじゃない」


言い終えると、逃げるみたいに廊下へ出ていった。


俺はその背中を見送った。


普通なら、ひどい言い方だと思う。でも、里奈にしてはかなりまともな反応だった。たぶん、あいつなりには励ましたつもりなんだろう。


少し遅れて、母さんも台所に来た。


「おはよう、仁。朝ごはん――」


そこで声が止まった。


母さんの視線が、俺の顔から肩、腕、足元へと下がっていく。ランニング用のシャツは、夏休み前より明らかに窮屈になっていた。


母さんは、はっとしたように目を見開いた。


「……仁、明日から学校よね?」


「うん」


「制服、大丈夫!?」


「え?」


「明日始業式でしょ。今の制服、着られるの?」


言われて、ようやく気づいた。


試しに袖を通してみたけれど、肩のところでつっかえた。袖も短い。ズボンはウエストこそ緩くなっていたが、丈が明らかに足りなかった。


「……無理っぽい」


「やっぱり……」


母さんはしばらく俺を見ていたあと、メジャーを持ってきた。


「ちょっと、立って」


「え?」


「いいから。壁に背中つけて」


言われた通りに立つ。母さんが俺の頭の上に本を当てて、壁に印をつける。


「……嘘でしょ」


母さんの声が、小さく震えた。


「仁、夏休み前って何cmだったの?」


「165cm。今何cmあるの?」


「……176」


「え?」


「176cm」


母さんはメジャーを持ったまま、しばらく動けなかった。俺の顔を見て、肩を見て、もう一度メジャーを見る。


「仁、これは……さすがに普通じゃないよ」


「……うん」


「成長期で背が伸びることはあるけど、夏休みだけで11cmは聞いたことない」


母さんの声は、さっきまでより硬かった。


「病院に行こう。今日」


心臓が跳ねた。


病院。そう言われるのは当然だった。むしろ、言われないほうがおかしい。


このシステムが、検査結果に何か影響を出す可能性はある。もし今の俺の体に何か異常が見つかったら。学校へ行く前に止められたら。


胸の奥が冷たくなる。


「大丈夫。痛いところもないし、気分も悪くない」


「でも」


「本当に体の調子は良い。それに明日、学校に行きたいんだ」


学校に行きたいと、自分でも驚くくらいはっきり言えた。


「夏休み、ずっとそのためにやってきた。明日は、ちゃんと行きたい」


母さんは黙った。心配している顔だった。


「……めまいとか、息切れとか、変な疲れは?」


「ない」


母さんは、少しだけ表情を緩めた。


「じゃあ、約束して。少しでも痛みや違和感が出たら、隠さないこと」


母さんの声は真剣だった。俺は頷いた。


「わかった。約束する」


母さんはまだ納得しきれていない顔だった。それでも、俺が嘘をついているわけじゃないことだけはわかったらしい。


しばらくして、母さんは急に現実へ戻ったみたいに声を上げた。


「とにかく制服! 今日、買いに行こう」


「え、今日?」


「だって今日しかないじゃない! お店に在庫があるか、今から聞いてみる!」


母さんはそう言って、すぐに学校指定の制服店へ電話をかけた。


数分後、母さんは電話を切って、息を吐いた。


「……1着だけ、近いサイズがあるって。すぐ行こう」


試着室で袖を通す。肩はちゃんと入った。袖も足りている。


カーテンを開けて外に出ると、母さんが俺を見て、言葉を失った。


母さんは少しだけ笑った。泣きそうな顔だった。


「……全然、別人みたい」



夏休み最終日を終え、ベッドで横になる。


システムが起動した直後は、全部30台だった。容姿は32。体格は31。少し前まで、俺の全部は平均より下だった。


それが今、ここにある。


明日、学校が始まる。黒川は変わっていない。田中も、教室も、たぶん変わっていない。


あの教室に入ることを考えれば、今でも胸の奥が冷たくなる。黒川の声も、田中の笑い声も、まだ体が覚えている。


怖くないわけじゃない。


でも、黒川が俺を見たとき、どんな顔をするのか。


田中がどんな声を出すのか。


教室の空気が、ほんの少しでも変わるのか。


怖いのに、その瞬間を見てみたいと思っている自分がいた。


その感覚を抱えたまま、俺は目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ