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第3話 夏休み①「夏休みミッション、失敗寸前の綱渡り」

夏休み初日の朝、6時ちょうどに目が覚めた。


目を開けた瞬間、視界にミッション画面を呼び出した。見ただけで息が詰まりそうだった。


でも、やるしかない。


まずはスキンケアから始めようとした。でも、洗顔料も化粧水も、俺は持っていない。仕方なく母さんの化粧水に手を伸ばすと、赤い警告が視界に出た。


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【WARNING】


この化粧水はあなたの肌タイプに適合していません。


あなたの肌質:脂性肌・ニキビ肌

この製品  :乾燥肌向け高保湿タイプ


継続使用は推奨されません。

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「……マジか」


顔のことなんて、今までほとんど考えたことがなかった。


でも、なんで製品のことまでわかるんだ。


一瞬そんな疑問が浮かんだ。でも、今は考えている暇がない。


そのままランニングに出る。2kmで息が上がった。走って、歩いて、また走る。それでもどうにか5kmを埋めた。


帰宅してから筋トレを始めると、腕立て伏せ50回が壁だった。20回で腕が限界になり、休んで10回、また休んで10回。腹筋もスクワットも、フォームが崩れるたびにシステムに弾かれる。


体幹トレーニングは地味なのに、汗が床に落ちるくらいきつかった。


初日から、俺は思い知った。ゲームのミッションとは違う。現実はずっと厳しい。



昼食のあと、片づけをしている母さんのところへ行った。


「母さん、ちょっといい……?」


「ん? どうしたの」


「俺、自分を変えたい。本気で」


母さんの手が止まった。


「……どうしたの、急に」


「スキンケア用品と、問題集と、プロテインが欲しい。あと運動できる服もいる。でも、今の小遣いじゃ足りなくて……」


母さんは笑わなかった。


「本気なの?」


「……うん。ちゃんと続ける」


少しの沈黙のあと、母さんは財布から1万円札を出した。


「使いなさい」


「……いや、こんなには」


「仁が自分からそういうこと言うの、初めてじゃない」


母さんはやわらかい声で言った。


「変わろうとしてるなら、応援したい。運動できる服は私が買っておいてあげる」


「……ありがとう」


「無理しすぎないでね。あと……里奈には内緒ね」


俺は1万円札を握ったまま、しばらく動けなかった。



ドラッグストアで、俺は勇気を出して店員に声をかけ、スキンケア用品を選んでもらった。


薬用洗顔料。ニキビ肌向けの化粧水。ニキビ用のジェル。


あとプロテインも買って、合計は6,500円。


書店では数学と英語の問題集を買った。1万円はすぐになくなった。


スマホにはカロリー管理アプリを入れた。


家に戻ると、廊下に里奈がいた。俺の手元の袋をちらっと見て、それだけで自分の部屋に引っ込んだ。


何を買ったのかも、どこへ行っていたのかも聞いてこない。聞く気もないんだろう。



その夜、さっそく失敗を目の当たりにした。


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【MISSION WARNING】


スキンケア:本日未達成

摂取カロリー:範囲外

英単語30語:本日未達成


【現在未達成回数】

スキンケア  1日目

摂取カロリー 1日目

英単語30語  1日目

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スキンケア用品を買ったのに、朝は使えなかった。カロリーも合っていない。英単語も30語には届かなかった。想定が甘かった。


でも、ここでやめたら何も変わらない。俺は22時に布団に入った。体の重さがまとめて来て、そのまま意識は沈んでいった。



最初の10日間は、とにかく全部きつかった。


走れば肺が焼ける。筋トレをすれば腕が震える。体幹は20分が永遠みたいに長い。


カロリーは足りなかったり、逆に超えたりする。タンパク質は思ったより取れない。英単語は覚えてもすぐ抜ける。


未達成項目は毎日のように増えていった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION WARNING】


未達成項目が増加しています。


ランニング5km:2日未達成

摂取カロリー:3日未達成

英単語30語:3日未達成

数学1時間:2日未達成

睡眠8時間:2日未達成


地域ボランティア:0/3回

声かけ条件:0/3回


通算5日未達成で該当項目は失敗扱いとなります。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


通算5日で失敗。その数字が、ずっと頭に残っていた。


少しでも気を抜いたら終わる。でも、気を抜かなくても時間が足りなかった。


10日目の夜、ステータスが更新された。


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【STATUS COMMIT:10日目】


知識   39 → 40

学力   39 → 42

容姿   32 → 38

体格   34 → 40

会話力  31 → 32

運動神経 32 → 35

筋力   39 → 43


※身体への反映完了まで最大24時間かかります。


【ブースト効果中】

容姿 / 体格

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ステータスコミットは、ミッション達成時だけ起こるわけではなかった。


ただ、ステータス変動が大きいときは身体への反映に時間がかかるらしい。数字は先に動き、体はあとから追いついてくる。


翌朝、洗面台の前に立った。


10日で別人になったわけじゃない。でも、肌の赤みは少し引いていた。頬のむくみも、前より軽い。


姿勢を伸ばしたとき、鏡の中の自分が少しだけ人間らしく見えた。


もっとやればどうなるのか。その期待が、次のやる気になった。



12日目、俺は地域ボランティアに参加した。


5回の声かけでは、すべての声が震えていた。


帰宅したのは昼過ぎだった。そこからいつものミッションを再開する。時間がまったく足りない。ボランティアをした日は、別の項目が崩れた。



17日目の夜、母さんが部屋をノックして入ってきた。


「仁、また勉強してるの?」


「うん」


「無理しないでね」


俺は問題集を閉じた。


「あのさ……俺の肌、変わった?」


母さんは俺の顔を見た。


「すごい。かなり落ち着いてきたね」


「……そっか」


「ほんと、びっくりするくらい変わったよ」


母さんには、やっぱりわかるらしかった。



21日目の朝。里奈がリビングにいた。


「毎朝走って勉強してさ、何になりたいの? どうせ2学期もぼっちでしょ」


俺はコップに水を注いで、まとめて飲んだ。


「うるさい」


口から出た。自分でも少し驚いた。


里奈が少し黙る。


「……え、なに。ちょっと怖いんだけど」


俺はそのまま玄関を出た。


普段は言い返さない。無視するか、黙るかだった。「うるさい」と返したのはかなり久しぶりだった。


その夜、またステータスが動いた。


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【STATUS COMMIT:21日目】


知識   40 → 41

学力   42 → 44

容姿   38 → 45

体格   40 → 46

会話力  32 → 34

運動神経 35 → 38

筋力   43 → 47


※身体への反映完了まで最大24時間かかります。


【ブースト効果中】

容姿 / 体格

━━━━━━━━━━━━━━━━━


翌朝、洗面台に立つと、変化はさらにわかりやすくなっていた。顎まわりが少し締まって、首が前より見える。背筋を伸ばす癖がついたせいか、猫背の丸さも減っていた。


ブーストが、俺の体を作り替えている。そう考えると少し気味が悪い。でも、前みたいに目を逸らしたくはなかった。



28日目の夜。


ミッション状況を開く前から、胃が重かった。未達成カウントは、ほとんど限界まで積み上がっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION WARNING】


未達成4日:

腕立て伏せ50回 / 体幹トレーニング20分 / 摂取カロリー / 英単語30語 / 数学1時間 / 睡眠8時間


未達成3日:

ランニング5km / 腹筋50回 / スクワット50回 / タンパク質 / 英語1時間


地域ボランティア:2/3回

声かけ条件:2/3回


5日未達成で該当項目は失敗。

関連ステータスが低下します。

━━━━━━━━━━━━━━━━━


余裕なんてなかった。成功しているというより、まだ失敗していないだけだった。


それでも、数字は動いた。


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【STATUS COMMIT:28日目】


知識   41

学力   44 → 46

容姿   45 → 49

体格   46 → 50

会話力  34 → 36

運動神経 38 → 39

筋力   47 → 49


※身体への反映完了まで最大24時間かかります。


【ブースト効果中】

容姿 / 体格

━━━━━━━━━━━━━━━━━


学力も46まで上がっていた。けれど、知識は41のままだった。


勉強の成果は学力には反映される。でも知識には、そこまで大きな影響を与えないのかもしれない。


容姿は49。体格は50。ブーストは間違いなく効いていた。


洗顔しながら自分の顔を見て、手が止まる。頬と顎の肉が落ちたせいか、顔の輪郭が前よりはっきりしていた。ニキビもほとんどなくなっていた。


Tシャツを着たときの見え方も変わっていた。前は布の中に体が沈んでいるみたいだったのに、今は肩から胸にかけて、少しだけ形が出ている。


里奈がリビングにいた。


俺がトレーニングウェアに着替えていると、里奈がちらっとこっちを見る。何か言いかけたようにも見えた。でも、そのまま視線を逸らして、スマホに戻った。


俺は何も言わずに玄関を出た。



29日目の午前中、3回目のボランティアを終えた。今回は声かけでも震えなかった。


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【MISSION CHECK】


地域ボランティア:3/3回

声かけ条件:3/3回


対人条件を達成しました。

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うれしい、というより、やっと1つ荷物が降りた感覚だった。


けれど、この日は睡眠時間が未達成だった。1つ達成すると、別の何かが崩れかける。そういう綱渡りだった。


その翌日の夜、新しいミッションが解放された。


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【MISSION】


難易度:通常


夏休み中に以下をすべて達成せよ。


・美容院に行き、髪型を整えてもらえ

・眉毛を整えてもらい、その方法を覚えろ

・整髪料の使い方を覚えろ

・眼科で検査を受け、コンタクトレンズに変えろ


【達成報酬】

容姿 大幅上昇

体格 上昇

━━━━━━━━━━━━━━━━━


美容院なんて行ったことがなかった。コンタクトもしたことがない。


今の俺は、まだ変わりかけでしかない。でも、このミッションを越えたら、何かが決定的に変わる気がした。

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