第39話 制裁後③
1週間が経った。
パネルを確認した。
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【STATUS COMMIT】
学力 63 → 64
運動神経 64 → 65
筋力 63 → 64
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上がった。
学力と運動神経と筋力が動いた。容姿は変わらなかったが、下がらなかっただけでも救いだった。
でも次の通知で、また息が止まった。
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【STATUS COMMIT】
会話力 60 → 59
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当たり前だった。
ずっと焦っていた。人とほとんど話していなかった。
わかっていた。でも、やっぱり数字で見ると重かった。
◇
その日の放課後、図書室に向かった。
今日も1人で勉強するつもりだった。席に座って参考書を開いた瞬間、隣に誰かいることに気づいた。
橘だった。
「あ、橘……」
声が出た。
橘が顔を上げた。
「あ、天野くんも勉強?」
「ああ。橘もなんだ」
「うん」
橘は参考書に視線を戻しかけて、止まった。俺を見た。
「でも天野くん、まだこわい顔してるね」
俺は参考書から顔を上げた。
「え、そう?」
「うん」
橘が言った。
「私はその顔、嫌いだな」
何かがカッとした。
「……お前、何様だよ」
言ってしまってから、気づいた。
図書室だった。周りが静かだった。近くにいた他の生徒が一瞬こちらを見た。
橘は怯えなかった。表情も動かなかった。
「気にならないなら気にしなくていい。私はそう思ったというだけだから」
それだけ言って、参考書に視線を戻した。
俺も参考書を見た。
文字が頭に入ってこなかった。橘の「嫌いだな」という言葉が、頭の中で繰り返された。悪意なのか、心配なのか、今日も判断がつかなかった。
その日は結局、勉強に集中できないまま図書室を出た。
◇
そんな日々が続いた。
学年末テストまで残り数日になった日の夜、パネルが光った。
ステータスコミットだった。
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【STATUS COMMIT】
学力 64 → 62
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「は」
声が出た。
学力が下がった。
どれだけ必死に勉強したと思っている。それで、下がった。
冷静になって考えた。
偏差値は相対的な数字だ。最初のシステム説明にも書いてあった。
同年代が成長し続ける限り、努力をしても数値が下がることもある。
学年末テスト前だ。学年全体が、今この時期に一番勉強している。俺が3時間やっているとき、他の誰かが4時間やっているかもしれない。俺のやり方が悪かったのかもしれない。上位層はもっと効率的な方法でやっているかもしれない。
偏差値は絶対値じゃない。
周りが伸びれば、同じ場所にいても数字は落ちる。
それが偏差値という数字の残酷なところだった。
◇
学年末テストの結果が返ってきた。
学年15位だった。
前回より落ちていた。前回は8位だった。そこから15位になった。
俺は馬鹿だった。
改めて、そう思った。
ミッションや初期サポートがなければ、努力しても思ったほど伸びないことがわかった。
あのときに8位が取れたのは、ミッションや初期サポートの後押しがあったからだ。後押しがなければ、ただ勉強しても馬鹿な俺には限界がある。偏差値という数字の前では、俺の努力の量なんて、同学年の上位陣には届かなかった。
イラついた、というより、やる気と自信を失った。
◇
答案を眺めながら考えた。
もう学力に全力を注ぐのをやめた方がいいのかもしれない。
学力なんて、極端に低くなければカースト下位にはならない。それより会話力みたいなコミュニケーション系の方が、学校生活では絶対に大事だ。
最低限、会話力、運動神経、筋力、容姿、体格だけ維持できればいい。
そう思えてきた。
それより、今すぐ人と関わることの方が必要だった。
◇
伊藤に声をかけた。
「明日、どこか遊びに行かないか」
伊藤は申し訳なさそうに答えた。
「わりー、明日は他に約束あって」
くそ。
こんなときに使えないやつだ、と思った。
思ってから、気づいた。
伊藤は何も悪くない。俺が勝手に誘って、断られて、「使えない」と思っているだけだ。
わかっていた。
でも腹の中がざわついたのは止められなかった。
廊下に出ると、橘が通り過ぎた。
通り過ぎる一瞬、全部を見透かしたような顔に見えた。気のせいかもしれなかった。でも今の俺には頭にきた。
◇
結局、咲良と中村を誘って商店街をぶらついた。
咲良は明るかった。話は弾んだ。中村がちょこちょこ咲良をからかった。表面上は楽しかった。
でも、帰ってから空虚だった。
川島のことが今さら頭に来た。咲良や中村が川島にしたことを知っている俺が、咲良や中村と笑って歩いていた。
それが正しいのか間違っているのか、今の俺にはもう考える余裕もなかった。
◇
1週間後、パネルが光った。
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【STATUS COMMIT】
筋力 64 → 65
会話力 59 → 58
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見た瞬間、頭が重くなった。
筋力は上がっていた。ちゃんと鍛えた分だけ、そこは動いていた。
でも、それ以上に目につくのは下がった方だった。
会話力、マイナス1。
人と関わろうとしているつもりだった。咲良とも中村とも出かけた。伊藤も誘った。ゼロではなかった。
でも、それでは足りなかった。あるいは、やり方が悪かったのか。それとも精神不安定な状態によるダウンなのか。
いや、違うのかもしれない。
俺の資質がそもそもないのかもしれない。
会話力が上がって、1対1の対話は前より上手くなった。でも田中のように、なんでもない会話で場を埋めることは、どれだけ磨いてもできなかった。内向的な性格は治らなかった。
正しい努力をしているつもりでも、システムのアシストがなければ、いずれ本来の資質の偏差値に戻されるんじゃないか。ミッションボーナスで一気に上げても、まるで重力のように偏差値は戻されるのかもしれない。
本気で焦った。
このまま春休みに入ったら、学校での人との関わりがさらに減る。コミュニケーション系がまた落ちる。どこまで落ちるかわからない。
そうなれば、いずれは俺の本来の資質のカーストに落ちる。
どうすればいいのかが、わからなかった。
◇
放課後になった。
誰かを誘おうと思って、誰にも声をかけられなかった。LINEを開いて、閉じた。
席から動けなかった。
教室の人が減っていった。5人になった。3人になった。
そして気づいたら、ほとんど誰もいなくなっていた。
俺は机の上に両肘をついて、頭を抱えていた。スマホの画面を見ていたが、何も見ていなかった。
「ねえ、天野くん」
声がした。
顔を上げた。
橘が、俺の隣の席に立っていた。自分の荷物を持ったまま、俺を見ていた。
「大丈夫?」
橘が言った。
「ちょっと、震えてない?」
俺は自分の手を見た。
気づいていなかった。手が、かすかに震えていた。
「あ……だ、大丈夫。ありがとう」
橘が少し間を置いた。
「何かあったなら、聞こうか」
優しい顔だった。
グループディスカッションの日に「あなたのせい」と言った橘の顔じゃなかった。図書室で「私はその顔、嫌いだな」と言った橘の顔でもなかった。
ただ、心配している顔だった。
「……ちょっと聞いてもらってもいいかな」
言ってから、自分でも驚いた。
少し前までイラついていた相手だった。「何様だよ」と言ってしまった相手だった。その橘に、今、相談したいほど弱っていたのかと思った。
橘が荷物を置いて、向かいの席に座った。
「聞く」
それだけだった。
余計なことを言わなかった。促さなかった。ただそこに座って、俺が話すのを待っていた。
どこから話せばいいかわからなかった。
でも橘が黙って待っていたから、口が動いた。




