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第39話 制裁後③

1週間が経った。


パネルを確認した。


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【STATUS COMMIT】


学力   63 → 64

運動神経 64 → 65

筋力   63 → 64

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上がった。


学力と運動神経と筋力が動いた。容姿は変わらなかったが、下がらなかっただけでも救いだった。


でも次の通知で、また息が止まった。


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【STATUS COMMIT】


会話力  60 → 59

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当たり前だった。


ずっと焦っていた。人とほとんど話していなかった。


わかっていた。でも、やっぱり数字で見ると重かった。



その日の放課後、図書室に向かった。


今日も1人で勉強するつもりだった。席に座って参考書を開いた瞬間、隣に誰かいることに気づいた。


橘だった。


「あ、橘……」


声が出た。


橘が顔を上げた。


「あ、天野くんも勉強?」


「ああ。橘もなんだ」


「うん」


橘は参考書に視線を戻しかけて、止まった。俺を見た。


「でも天野くん、まだこわい顔してるね」


俺は参考書から顔を上げた。


「え、そう?」


「うん」


橘が言った。


「私はその顔、嫌いだな」


何かがカッとした。


「……お前、何様だよ」


言ってしまってから、気づいた。


図書室だった。周りが静かだった。近くにいた他の生徒が一瞬こちらを見た。


橘は怯えなかった。表情も動かなかった。


「気にならないなら気にしなくていい。私はそう思ったというだけだから」


それだけ言って、参考書に視線を戻した。


俺も参考書を見た。


文字が頭に入ってこなかった。橘の「嫌いだな」という言葉が、頭の中で繰り返された。悪意なのか、心配なのか、今日も判断がつかなかった。


その日は結局、勉強に集中できないまま図書室を出た。



そんな日々が続いた。


学年末テストまで残り数日になった日の夜、パネルが光った。


ステータスコミットだった。


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【STATUS COMMIT】


学力   64 → 62

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「は」


声が出た。


学力が下がった。


どれだけ必死に勉強したと思っている。それで、下がった。


冷静になって考えた。


偏差値は相対的な数字だ。最初のシステム説明にも書いてあった。


同年代が成長し続ける限り、努力をしても数値が下がることもある。


学年末テスト前だ。学年全体が、今この時期に一番勉強している。俺が3時間やっているとき、他の誰かが4時間やっているかもしれない。俺のやり方が悪かったのかもしれない。上位層はもっと効率的な方法でやっているかもしれない。


偏差値は絶対値じゃない。


周りが伸びれば、同じ場所にいても数字は落ちる。


それが偏差値という数字の残酷なところだった。



学年末テストの結果が返ってきた。


学年15位だった。


前回より落ちていた。前回は8位だった。そこから15位になった。


俺は馬鹿だった。


改めて、そう思った。


ミッションや初期サポートがなければ、努力しても思ったほど伸びないことがわかった。


あのときに8位が取れたのは、ミッションや初期サポートの後押しがあったからだ。後押しがなければ、ただ勉強しても馬鹿な俺には限界がある。偏差値という数字の前では、俺の努力の量なんて、同学年の上位陣には届かなかった。


イラついた、というより、やる気と自信を失った。



答案を眺めながら考えた。


もう学力に全力を注ぐのをやめた方がいいのかもしれない。


学力なんて、極端に低くなければカースト下位にはならない。それより会話力みたいなコミュニケーション系の方が、学校生活では絶対に大事だ。


最低限、会話力、運動神経、筋力、容姿、体格だけ維持できればいい。


そう思えてきた。


それより、今すぐ人と関わることの方が必要だった。



伊藤に声をかけた。


「明日、どこか遊びに行かないか」


伊藤は申し訳なさそうに答えた。


「わりー、明日は他に約束あって」


くそ。


こんなときに使えないやつだ、と思った。


思ってから、気づいた。


伊藤は何も悪くない。俺が勝手に誘って、断られて、「使えない」と思っているだけだ。


わかっていた。


でも腹の中がざわついたのは止められなかった。


廊下に出ると、橘が通り過ぎた。


通り過ぎる一瞬、全部を見透かしたような顔に見えた。気のせいかもしれなかった。でも今の俺には頭にきた。



結局、咲良と中村を誘って商店街をぶらついた。


咲良は明るかった。話は弾んだ。中村がちょこちょこ咲良をからかった。表面上は楽しかった。


でも、帰ってから空虚だった。


川島のことが今さら頭に来た。咲良や中村が川島にしたことを知っている俺が、咲良や中村と笑って歩いていた。


それが正しいのか間違っているのか、今の俺にはもう考える余裕もなかった。



1週間後、パネルが光った。


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【STATUS COMMIT】


筋力   64 → 65


会話力  59 → 58

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見た瞬間、頭が重くなった。


筋力は上がっていた。ちゃんと鍛えた分だけ、そこは動いていた。


でも、それ以上に目につくのは下がった方だった。


会話力、マイナス1。


人と関わろうとしているつもりだった。咲良とも中村とも出かけた。伊藤も誘った。ゼロではなかった。


でも、それでは足りなかった。あるいは、やり方が悪かったのか。それとも精神不安定な状態によるダウンなのか。


いや、違うのかもしれない。


俺の資質がそもそもないのかもしれない。


会話力が上がって、1対1の対話は前より上手くなった。でも田中のように、なんでもない会話で場を埋めることは、どれだけ磨いてもできなかった。内向的な性格は治らなかった。


正しい努力をしているつもりでも、システムのアシストがなければ、いずれ本来の資質の偏差値に戻されるんじゃないか。ミッションボーナスで一気に上げても、まるで重力のように偏差値は戻されるのかもしれない。


本気で焦った。


このまま春休みに入ったら、学校での人との関わりがさらに減る。コミュニケーション系がまた落ちる。どこまで落ちるかわからない。


そうなれば、いずれは俺の本来の資質のカーストに落ちる。


どうすればいいのかが、わからなかった。



放課後になった。


誰かを誘おうと思って、誰にも声をかけられなかった。LINEを開いて、閉じた。


席から動けなかった。


教室の人が減っていった。5人になった。3人になった。


そして気づいたら、ほとんど誰もいなくなっていた。


俺は机の上に両肘をついて、頭を抱えていた。スマホの画面を見ていたが、何も見ていなかった。


「ねえ、天野くん」


声がした。


顔を上げた。


橘が、俺の隣の席に立っていた。自分の荷物を持ったまま、俺を見ていた。


「大丈夫?」


橘が言った。


「ちょっと、震えてない?」


俺は自分の手を見た。


気づいていなかった。手が、かすかに震えていた。


「あ……だ、大丈夫。ありがとう」


橘が少し間を置いた。


「何かあったなら、聞こうか」


優しい顔だった。


グループディスカッションの日に「あなたのせい」と言った橘の顔じゃなかった。図書室で「私はその顔、嫌いだな」と言った橘の顔でもなかった。


ただ、心配している顔だった。


「……ちょっと聞いてもらってもいいかな」


言ってから、自分でも驚いた。


少し前までイラついていた相手だった。「何様だよ」と言ってしまった相手だった。その橘に、今、相談したいほど弱っていたのかと思った。


橘が荷物を置いて、向かいの席に座った。


「聞く」


それだけだった。


余計なことを言わなかった。促さなかった。ただそこに座って、俺が話すのを待っていた。


どこから話せばいいかわからなかった。


でも橘が黙って待っていたから、口が動いた。

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