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第30話 水族館②

変わった生物コーナーを通るときに、咲良が指をさした。


「あ、このタコかわいい!」


見たことのない色のタコだった。コミュニケーション本の通り、まず肯定から入るべきかと思ったが、さすがに無理だった。


「え……このタコは結構キモくない?」


「ううん、かわいいよ。キモカワもあるんだからね」


「さっき、ダイオウグソクムシのときは『うわキモい。なんでこんなの見せてくるの』って言ってたじゃん」


「キモいにも種類あるから! あれはマジなほうのキモいなの」


「じゃあ、俺の妹の『兄貴キモい』はどう判定したらいいんだ」


「うーん」と咲良が少し考える。


「『お兄ちゃん、かわいい』に変換していいんじゃない?」


「うわっ。想像したら、かなりキモい」


「ひどっ」


「いや、妹の口からそれ出たら普通に怖いだろ」


「そうかも」


2人で少し笑った。



イルカショーの時間が近づいた。


「これ絶対見たい」と咲良が言ったので、そのまま会場に向かった。観客席はかなり埋まっていた。家族連れも多かったが、やっぱりカップルも多かった。


スタッフに案内されて、2人で前のほうの席に座る。


ショーが始まると、咲良は完全にそっちに夢中になった。イルカが高く跳ぶたびに、


「うわっ」


「すごっ」


「高っ」


と素直に声が出る。


「めっちゃ楽しんでるな」


「だってすごいじゃん」


「それはそう」


「ていうか、あのイルカ絶対賢いよね。顔がもう賢い」


「顔でわかるのか」


「わかる。あとかわいい」


「結局そこに戻るんだな」


「そこ大事だから」


途中、餌やり体験のコーナーがあった。スタッフが前のほうの客席に向かって、「やってみたい方ー」と声をかける。咲良が即座に手を挙げた。


「はや」


「やりたいもん」


「その反応速度すごいな」


「こういうのは勢いだから」


スタッフが咲良を見つけて、にこっと笑った。


「では、そちらの女性で! カップルでぜひ」


2人とも一瞬止まった。


「……俺も?」


「……え?」


俺たちが何か言うより先に、「こちらです」と案内される。そのまま、2人で前に出ることになった。逃げられなかった。


スタッフが餌の入った小さなバケツを渡しながら、満面の笑みで言った。


「しかし、美男美女カップルで羨ましいですねー」


会場からは笑いが起きる。


辱めだった。完全に辱めだった。


咲良が横で、顔を赤くしていた。俺も赤くなっていたと思う。


結局、2人で並んで餌をあげた。イルカが近くまで来て、餌をぱくっと食べる。それ自体は普通に楽しかった。


「うわ、近っ」


「近いな」


「かわいい」


「たしかに。食べ方は結構豪快だけどな」


「でもそこもかわいい」


スタッフがその様子を見ながら、


「お2人、本当に仲が良いですねー」


とまた追撃してきた。咲良が横で肩を震わせていた。席に戻ってから、しばらく2人ともまともに顔を見られなかった。


「……今の、結構恥ずかしかったかも」


「だな」


「美男美女カップルは、さすがにちょっと」


「たしかに」


「でも、餌やり自体は楽しかった」


「やっぱ近いと違うね」


「あと、仁があの場でわりと普通に対応してたの、ちょっと面白かった」


「いや、それ見るとこ違うだろ。イルカ見ろよ」


咲良はまた笑った。



出口付近の大きな水槽風の背景の前で、スタッフが記念写真を撮っていた。スタッフがすぐにこちらを見た。


「よかったらカップルで1枚どうですか?」


またか、と思った。咲良も同じことを思ったらしく、こっちを見た。数秒だけ間があった。


「……もう、否定するのも面倒じゃない?」


咲良が小声で言った。


「同感」


「じゃあ、撮る?」


「撮るか」


「うん」


そのまま、2人で前に立った。


「良い感じです! あ、でも、もう少し近づいてくださーい」


スタッフが明るく言う。またか、と思ったが、今度はもう諦めた。咲良も「はいはい」みたいな顔で少し寄ってきた。シャッター音が鳴る。


撮り終わったあと、スタッフが言った。


「すごくいい感じでしたー。本当にお似合いの素敵なカップルですね」


咲良が顔を伏せて笑った。俺も、さすがに少し恥ずかしかった。


「……この写真、中村に見せたら絶対だめだな」


俺が言うと、咲良がすぐに頷いた。


「絶対だめ。絶対茶化される」


「だよな」


「ていうか、今日の餌やりの話だけでも相当うるさいと思う」


「それもある」


「だから水族館のことは言わないでおこう」


「了解」


「2人だけの秘密ってことで」


「それ、言い方ちょい恥ずいな」


「言った私が恥ずかしくなるから、そこ言葉にしないでよ」


「すまん、俺の悪い癖がまた出た」


咲良がそこで笑った。



駅までの帰り道は、来るときより軽かった。水族館のこと、学校のこと、かわいいキャラのこと、最初よりずっと自然に話せていた。しかも、ちゃんと楽しかった。


改札の前で立ち止まる。


「今日はありがとう」と咲良が言った。


「水族館、普通に楽しかった」


「俺もほんと楽しかった。咲良のおかげだな」


「え、なんで?」


「咲良って、場の空気を明るくするのうまいだろ。例えばさ。イルカショーとかもすごく楽しんでるのを声にも表情にも出してくれるから、俺まで楽しくなった」


「ほんと?」


「ほんと。咲良といると話題も絶えないし、一緒にいるとなんか楽だった」


「でもさ。私も仁と話してて楽しいから色々話しちゃってた。仁が聞き上手なのもあると思うな」


「そう思ってくれるなら、それも咲良のおかげかも」


「えー。そうかな? ね。また、どっか行こうよ」


咲良が言った。


「今度は、もう少し適当に楽しめるとこでもいいし」


「それ、いいな。ぜひ」


「やった! 約束ね」


「もちろん」


咲良が少し笑って、それから小さく手を振った。そのまま改札の向こうへ消えていく背中を、しばらく見ていた。



咲良と別れてから、パネルが光った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION COMPLETE】


難易度:通常


佐々木咲良との水族館デートを成功させろ。


【達成報酬】

会話力  62 → 63

知識   60 → 61

━━━━━━━━━━━━━━━━━


やっぱり、成功だ。


その表示を見た瞬間、胸の奥に小さく、でもはっきりした達成感が走った。


会話力。上がる項目を見て、納得した。今日試されたのは、まさにそこだった。話を続けること。相手の空気を読むこと。その場を自然に回すこと。全部、結果になって返ってきていた。


知識も上がった。水族館で見た生き物のことも、咲良が話してくれたキャラクターのことも、今まで俺の中になかったものだった。知らないことを知る時間になっていたのだと思う。


デートの成功を客観的に判定してくれる。そのうえで、ちゃんと報酬まで出る。


咲良との時間も楽しめた。初めてのデートなのに、楽しむ余裕があった。


俺はデートもこなせるところまで来た、ということだ。


パネルを閉じて、帰路に着く。


咲良からLINEが来ていた。


『水族館、ほんとに楽しかった! また行こうね!』


俺はそれを見て、少しだけ口元が緩んだ。

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