第27話 服選び④
ショッピングモールの4階にカフェがあった。里奈はそこに向かう足取りが、さっきまでとは明らかに違った。
服を選んでいるときは冷静でてきぱきしていたのに、今はどこかうきうきしている。エスカレーターを上りながらスマホで何かを確認していた。メニューでも調べているのかもしれなかった。
「そんなに楽しみだったのか」
「当然じゃん。今日のお礼なんだから。これなきゃ来てないし」
「まあそうだな」
「早く行くよ」
里奈がエスカレーターを降りた瞬間から、また足が速くなった。
◇
カフェのドアを里奈が先に開けた。店内はほどよく混んでいた。窓際の席がいくつか空いている。
木のテーブルに間接照明で、落ち着いた雰囲気の店だった。里奈がメニューボードを一瞥して、目当てのものを確認したらしく、奥のテーブルに向かおうとした。
そのときだった。
「あれ……? 里奈?」
声がした。
里奈が固まった。1秒。2秒。
「……あ」
その「あ」に、明らかに動揺が詰まっていた。
「里奈じゃん! 偶然!」
入口近くのテーブル席から、女子が2人こちらを見ていた。1人がほとんど立ち上がりかけていた。
俺は少し後ろに立っていた。
「え、誰?」
俺は小声で里奈に聞いた。
「同じクラスの子……」
里奈が小声で返した。顔が引きつっていた。
2人とも中学生だとわかる年頃だったが、芋っぽさがまったくなかった。里奈と同じく、クラスでも中心に近いところにいそうな雰囲気だった。
1人はショートカットで、小柄で活発そうな印象だった。もう1人はセミロングで、落ち着いた柔らかい雰囲気があった。2人とも里奈とは気が置けない仲なのが、表情からわかった。
ショートカットの子が、里奈の隣に立っている俺に気づいた。一瞬だけ視線が止まって、里奈と俺を交互に見た。
「……ちょっと待って。その人、誰?」
「え?」
セミロングの子も身を乗り出した。
「一緒にいるその人。彼氏!? 彼氏いないって言ってなかった!?」
2人の声が重なって、周囲のテーブルがちらっとこちらを見た。
「しかも背も高いし……」
ショートカットの子が俺を見上げた。
「顔も……えっ、高校生の彼氏?」
「里奈、隠してたじゃん! 彼氏いないなんて嘘じゃん!」
里奈が「ち、違う!」と声を上げた。普段あんなに落ち着いている里奈の声が、完全に上ずっていた。
「兄貴! 兄貴だから!」
「え?」
2人が同時に首を傾けた。
「お兄さん? 里奈のお兄さん?」
セミロングの子が聞いた。
「そう! 兄貴! 彼氏じゃない! 全然違うから!」
そこまで慌てるのも珍しい。さすがに少し助けてやるか、と思った。
「本当に里奈の兄で、彼氏じゃないから安心して」
俺が一歩横に並んで言うと、ショートカットの子が目を丸くした。
「え、でも里奈、お兄さんって不細工だって言ってなかった?」
里奈の動きが止まった。
「……言ったけど」
「全然不細工じゃないじゃん!」
「ちょっと前まで不細工だったの! 最近マシになっただけだから!」
「マシって……」
ショートカットの子が、改めて俺を見た。少し首を傾ける。
「ちょっと前まで不細工で、最近マシになったってレベル? いや、普通に……かなりかっこよくない?」
セミロングの子もゆっくり頷いた。
「うん。なんか、すごく整ってる」
少し間を置いて、柔らかく続ける。
「里奈のお兄さん、想像と全然違いました」
里奈が「だから最近変わったの!」と早口で言った。その必死さが、かえって面白かった。
ショートカットの子が今度は俺に向いた。
「というかお兄さん、里奈にめちゃくちゃ言われてるのに、全然動じないですね」
「見た目に気を使い出したのは最近だから。その前がひどかったのも事実だし、別に否定するほどでもないよ」
「えー、すごい謙遜」
セミロングの子が言った。声が柔らかかった。
「普通、そんなこと言われたら里奈に怒りますよ。お兄さん優しいですね」
「いや、いつものことだし」
「えー。すごい寛大ですね」
「お兄さん、今日は里奈と2人で来たんですか?」
今度はセミロングの子が俺に直接聞いてきた。
「そう。服を選んでもらって、そのお礼でパフェをおごることになってた」
「え」
ショートカットの子が目を輝かせる。
「めっちゃ仲良い兄妹じゃん」
「仲良くはない」
里奈が即座に否定した。
「でも実際、すごく頼りになったよ」
俺がそう言うと、2人がまた里奈を見る。
「てか、里奈ってそういう兄妹の手助けするタイプなんだ」
「意外」
「いや、全然しないけど」
里奈が低い声で否定する。
一応、こいつの名誉のために言っておくかと思った。
「本当に俺がかなり頼み込んだんだよ。今日も最初は嫌がってたし。パフェがなければ来てくれなかった」
「なんか、里奈のことをちゃんとフォローしてる」
セミロングの子がゆっくり言った。
「やっぱり優しいですね、お兄さん」
「そうだ、よかったら一緒に食べませんか」
ショートカットの子が言った。元気よく手を上げた。
「席広いし、全然入れますよ」
俺は里奈を一瞬だけ見た。里奈が、目でかなり強烈なメッセージを送ってきていた。断ってくれ、という目だった。懇願に近い目だった。
俺は2人に向き直って言った。
「誘ってくれてありがとう。でも今日はやめておこうかな。気持ちは本当に嬉しいんだけど」
「そっかあ、残念」
ショートカットの子が言った。本当に残念そうだった。
「実はそれも、里奈のことを気にかけて断ってるんじゃないですか」
セミロングの子がにこっと笑った。
「里奈が目で何か言ってましたよね」
「そんなことは」
俺は言った。
「いいお兄さんですね、本当に」
何を言っても高評価になっていた。俺は苦笑した。
「じゃあパフェ、里奈もお兄さんもゆっくり食べてください」
「ありがとう。2人もゆっくり」
里奈がすかさず「じゃあまた学校でね」と言って、足早に離れ始めた。
「またねー」
「お兄さんも今度はぜひ」
そんな声を背中で聞きながら、里奈はずんずん奥の席へ向かっていく。俺もその後ろについていった。




