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第27話 服選び④

ショッピングモールの4階にカフェがあった。里奈はそこに向かう足取りが、さっきまでとは明らかに違った。


服を選んでいるときは冷静でてきぱきしていたのに、今はどこかうきうきしている。エスカレーターを上りながらスマホで何かを確認していた。メニューでも調べているのかもしれなかった。


「そんなに楽しみだったのか」


「当然じゃん。今日のお礼なんだから。これなきゃ来てないし」


「まあそうだな」


「早く行くよ」


里奈がエスカレーターを降りた瞬間から、また足が速くなった。



カフェのドアを里奈が先に開けた。店内はほどよく混んでいた。窓際の席がいくつか空いている。


木のテーブルに間接照明で、落ち着いた雰囲気の店だった。里奈がメニューボードを一瞥して、目当てのものを確認したらしく、奥のテーブルに向かおうとした。


そのときだった。


「あれ……? 里奈?」


声がした。


里奈が固まった。1秒。2秒。


「……あ」


その「あ」に、明らかに動揺が詰まっていた。


「里奈じゃん! 偶然!」


入口近くのテーブル席から、女子が2人こちらを見ていた。1人がほとんど立ち上がりかけていた。


俺は少し後ろに立っていた。


「え、誰?」


俺は小声で里奈に聞いた。


「同じクラスの子……」


里奈が小声で返した。顔が引きつっていた。


2人とも中学生だとわかる年頃だったが、芋っぽさがまったくなかった。里奈と同じく、クラスでも中心に近いところにいそうな雰囲気だった。


1人はショートカットで、小柄で活発そうな印象だった。もう1人はセミロングで、落ち着いた柔らかい雰囲気があった。2人とも里奈とは気が置けない仲なのが、表情からわかった。


ショートカットの子が、里奈の隣に立っている俺に気づいた。一瞬だけ視線が止まって、里奈と俺を交互に見た。


「……ちょっと待って。その人、誰?」


「え?」


セミロングの子も身を乗り出した。


「一緒にいるその人。彼氏!? 彼氏いないって言ってなかった!?」


2人の声が重なって、周囲のテーブルがちらっとこちらを見た。


「しかも背も高いし……」


ショートカットの子が俺を見上げた。


「顔も……えっ、高校生の彼氏?」


「里奈、隠してたじゃん! 彼氏いないなんて嘘じゃん!」


里奈が「ち、違う!」と声を上げた。普段あんなに落ち着いている里奈の声が、完全に上ずっていた。


「兄貴! 兄貴だから!」


「え?」


2人が同時に首を傾けた。


「お兄さん? 里奈のお兄さん?」


セミロングの子が聞いた。


「そう! 兄貴! 彼氏じゃない! 全然違うから!」


そこまで慌てるのも珍しい。さすがに少し助けてやるか、と思った。


「本当に里奈の兄で、彼氏じゃないから安心して」


俺が一歩横に並んで言うと、ショートカットの子が目を丸くした。


「え、でも里奈、お兄さんって不細工だって言ってなかった?」


里奈の動きが止まった。


「……言ったけど」


「全然不細工じゃないじゃん!」


「ちょっと前まで不細工だったの! 最近マシになっただけだから!」


「マシって……」


ショートカットの子が、改めて俺を見た。少し首を傾ける。


「ちょっと前まで不細工で、最近マシになったってレベル? いや、普通に……かなりかっこよくない?」


セミロングの子もゆっくり頷いた。


「うん。なんか、すごく整ってる」


少し間を置いて、柔らかく続ける。


「里奈のお兄さん、想像と全然違いました」


里奈が「だから最近変わったの!」と早口で言った。その必死さが、かえって面白かった。


ショートカットの子が今度は俺に向いた。


「というかお兄さん、里奈にめちゃくちゃ言われてるのに、全然動じないですね」


「見た目に気を使い出したのは最近だから。その前がひどかったのも事実だし、別に否定するほどでもないよ」


「えー、すごい謙遜」


セミロングの子が言った。声が柔らかかった。


「普通、そんなこと言われたら里奈に怒りますよ。お兄さん優しいですね」


「いや、いつものことだし」


「えー。すごい寛大ですね」


「お兄さん、今日は里奈と2人で来たんですか?」


今度はセミロングの子が俺に直接聞いてきた。


「そう。服を選んでもらって、そのお礼でパフェをおごることになってた」


「え」


ショートカットの子が目を輝かせる。


「めっちゃ仲良い兄妹じゃん」


「仲良くはない」


里奈が即座に否定した。


「でも実際、すごく頼りになったよ」


俺がそう言うと、2人がまた里奈を見る。


「てか、里奈ってそういう兄妹の手助けするタイプなんだ」


「意外」


「いや、全然しないけど」


里奈が低い声で否定する。


一応、こいつの名誉のために言っておくかと思った。


「本当に俺がかなり頼み込んだんだよ。今日も最初は嫌がってたし。パフェがなければ来てくれなかった」


「なんか、里奈のことをちゃんとフォローしてる」


セミロングの子がゆっくり言った。


「やっぱり優しいですね、お兄さん」


「そうだ、よかったら一緒に食べませんか」


ショートカットの子が言った。元気よく手を上げた。


「席広いし、全然入れますよ」


俺は里奈を一瞬だけ見た。里奈が、目でかなり強烈なメッセージを送ってきていた。断ってくれ、という目だった。懇願に近い目だった。


俺は2人に向き直って言った。


「誘ってくれてありがとう。でも今日はやめておこうかな。気持ちは本当に嬉しいんだけど」


「そっかあ、残念」


ショートカットの子が言った。本当に残念そうだった。


「実はそれも、里奈のことを気にかけて断ってるんじゃないですか」


セミロングの子がにこっと笑った。


「里奈が目で何か言ってましたよね」


「そんなことは」


俺は言った。


「いいお兄さんですね、本当に」


何を言っても高評価になっていた。俺は苦笑した。


「じゃあパフェ、里奈もお兄さんもゆっくり食べてください」


「ありがとう。2人もゆっくり」


里奈がすかさず「じゃあまた学校でね」と言って、足早に離れ始めた。


「またねー」


「お兄さんも今度はぜひ」


そんな声を背中で聞きながら、里奈はずんずん奥の席へ向かっていく。俺もその後ろについていった。

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