第26話 服選び③
2軒ほど外から眺めてから、里奈が「ここ」と言って店に入った。清潔感のある内装で、シンプルなデザインの服が並んでいた。
里奈は棚とハンガーラックを素早く流しながら、何かを取っては戻し、取っては戻した。店員が声をかけてきたが、「見てるだけです」とひと言で返した。
5分ほどして、里奈が俺に顔を向けた。
「ここじゃない。次」
「わかった」
次の店に入った。里奈の動きは相変わらず速かった。
俺がハンガーを1つ手に取って見ていると、横から「それ違う」と言われた。
「見てただけだけど」
「見てる方向が違う。こっちを見て」
従った。
3軒目の店に入ったところで、里奈がハンガーからいくつか取って俺に渡した。白のオックスフォードシャツ。淡いグレーのテーパードパンツ。アイボリーのシンプルなニット。それからネイビーのスラックス。
「これ着てみて」
「全部?」
「全部。早く」
試着室に入った。
最初の組み合わせ。白のシャツにグレーのパンツ。鏡を見た。
……あれ。
何か違った。量販店で選んでいたときとは、明らかに違う。
肩のラインがちゃんと収まっている。袖の長さが正確だ。胸周りに余裕があるのに、だぼついていない。白が肌の透明感を引き立てている気がした。
鏡の中の自分が、さっきより少し別の人間に見えた。
カーテンを開けた。
里奈が見た。一瞬だけ、表情が止まった。それからぷいっと顔を逸らして、少し間を置いてから言った。
「……まあ、マシになったかな」
声が少しだけ小さかった。
「マシ、か」
「うん。量販店のやつと全然違う。サイズも色も合ってる」
「そうか。ならこれでいいかな」
「いや、早く他のも着てきて」
さらに何着か試した。試着のたびに里奈は「悪くない」「こっちのほうがいい」「それは違う」と短く言った。
感想がひと言で終わるのに、そのひと言がちゃんと的確だった。余分な言葉がなかった。
アイボリーのニットとネイビーのスラックスの組み合わせを試したとき、里奈が少し長く見ていた。
「……これ」
里奈が言った。
「これ?」
「これがいい。清潔感と落ち着きが両立してる。デートなら絶対これ」
「わかった」
コートも2軒目の店で見つけた。
ライトグレーのウールコート。丈が適切で、肩のラインが合っていた。里奈が「これ」と言った瞬間に決まった。
靴は白のレザースニーカーにした。シルエットが細く、すっきりしていた。里奈が「今の兄貴の体型ならこれが一番合う」と言った。
最終的に、アイボリーのニット、ネイビーのスラックス、ライトグレーのコート、白のレザースニーカーが揃った。
里奈が腕を組んで俺を見た。
「決定。これで全部」
「わかった」
会計を終えて袋を受け取った。里奈がそれを見て、少し間を置いてから言った。
「……ねえ」
「何」
「今日着てきたやつ、一緒に歩く私が恥ずかしすぎるから、今すぐタグ切って着替えてきて。そっちで帰るよ」
「いやちょっと待て」
「何」
「タグ切って早速装備していきますっていうの、俺のほうが恥ずかしいんだけど」
「何が恥ずかしいの」
「いや、普通さ、買ったばかりの服をその場で……」
「私の言うこと聞くんじゃなかったっけ」
俺は止まった。
「……服に関しては聞くけど、ここもそうなのか」
「そうでしょ。服の話じゃん」
「服に関しての適用範囲広くない?」
「早く着替えてきて」
渋々、店員を呼んだ。
「あの、タグを切っていただけますか。今日から着て帰りたくて」
「もちろんです」
店員が笑顔で言った。
他の店で買ったコートと靴のタグも切ってもらえるか確認した。店員が快く応じてくれた。靴をお願いするときには、かなり鍛えたはずの精神力でも、少しどもりそうになった。
試着室に入った。
アイボリーのニット、ネイビーのスラックス、ライトグレーのコート、白のレザースニーカー。順番に全部着替えた。
鏡を見た。
しばらく、動けなかった。
ばらばらに整えてきたものが、今日初めて1つに揃った気がした。体に合っている。コートの肩のラインが収まっている。服の色が肌を明るく見せている。靴で足元が軽くなり、スラックスの線で脚の形も前よりきれいに見える。
肌と髪の艶が、服の清潔感と合わさって、全体として1つの印象になっていた。
体格が変わったわけじゃない。容姿そのものが変形したわけでもない。でも、見え方は明らかに変わっていた。
服は、体格や容姿の上に乗るものじゃない。むしろ、それらをどう見せるかを決める要素だった。
さっきまで着ていた服を袋に入れて、カーテンを開けた。
里奈が見た。
一瞬、固まった。それから腕を組み直して、少し視線を逸らしてから言った。
「……まあ、マシになったんじゃない。さすが私」
それだけだったが、里奈なりに驚いていたのはわかった。
「服でこんなに見た目が変わるとは思わなかった。里奈ってマジでセンスあるな。本当にありがとう」
里奈が少し口を開いた。何か言いかけて、止まった。
「……まあ、私が選んだからね」
その瞬間、パネルが静かに光った。
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【MISSION COMPLETE】
難易度:困難
自分に似合う服を見つけろ。
ただし必ず、年齢の近い異性の意見を取り入れること。
【達成報酬】
体格 65 → 66
容姿 66 → 68
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「じゃあ、さっさとパフェ行くよ」
歩き出そうとした、その瞬間。里奈が急に止まった。振り返って、俺の手元を見た。
「兄貴まさか、そのバッグで行くの」
「行くけど」
「……そのダサいバッグで?」
「妙な形容詞つけるなよ」
「そのクソダサいバッグで?」
「変な副詞までつけるなよ」
里奈が深いため息をついた。
「先にバッグ買う。そのバッグも今すぐ変えるから」
このバッグも、母さんが買ってくれていたものだった。だが母さんは悪くない。今回のコーディネートに合わなかっただけのはずだ。たぶん。
俺は里奈の後ろについていった。
◇
バッグは比較的すぐ決まった。里奈が3つほど見て、「これ」と言った。
シンプルなブラックのバッグだった。今着ている服に合わせるだけで、試着する必要もなかった。選ぶのに5分もかからなかった。
会計を終えて、タグを切ってもらった。古いバッグを袋に入れようとしたら、里奈が横から言った。
「新しいバッグの中に古いバッグ入れればいいじゃん」
そっか、と思った。新しいバッグを開けて、古いバッグをそのまま入れた。
「これ、マトリョーシカみたいで変じゃない?」
里奈は一瞬だけバッグを見て、それから俺を見て言った。
「外面だけ良くなって中身は変な兄貴にぴったりじゃん」
こいつは相変わらずだなと思った。
◇
全部揃った。ニット、スラックス、コート、靴、バッグ。
里奈がもう一度、俺を最初から最後まで見た。少し間があった。
「まあ、いいんじゃない」
さっきより少しだけ、満足そうな顔だった。里奈なりの最大限の評価だと思った。
「じゃあ、パフェ行くよ」
里奈が言って、歩き始めた。今度は止まらなかった。
俺はその後ろをついていった。




