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第20話 期末テスト②

期末テストで必要なのは学年10位以内。


勉強時間を増やし、ミッションも確実にこなした。英単語を毎日一定数覚えるミッション。数学の応用問題を連続で解くミッション。


1つ1つは大きなものじゃない。でも、数値は動いた。


テスト当日まで、細かいミッションも含めて、やれることは全部やった。



昼休み、隣の席で橘詩音が英語の問題集を解いていた。


シャーペンを動かす手に迷いがない。


橘は成績がいい。たぶん今回も、普通に上位に入る。10位以内を狙うなら、ああいうやつと競うことになる。


負けてられない。


そう感じたところで、橘が顔を上げた。


「なに?」


視線に気づいたらしい。


「いや」


俺は少しだけ笑った。


「俺も負けてられないなって」


「……なにに?」


「今回は10位以内を狙ってる」


橘が少しだけ目を細めた。驚いたというより、静かに受け止める顔だった。


「そうなんだ」


それから、少しだけ間を置いて続ける。


「天野くんも頑張ってね」


言い方はいつも通り静かだった。でも、ちゃんとこっちを見て言ってきた。


「ありがとう」


それだけのやり取りだった。でも、不思議とやる気は出た。


10位以内。言葉にしたぶん、もう少しだけ現実味が増した。



ある日の休み時間、勉強に疲れてトイレへ行こうと席を立った。


途中で、川島がスマホで新しいゲームをしているのが見えた。


「それ、新しいやつ?」


声をかけると、川島はびくっとした。でも俺だとわかると、すぐに安心したような顔になる。


「あ、うん。最近出たやつ」


川島からゲームの話を聞いた。川島はゲームやアニメの話がうまい。短い話でも、ちゃんと面白そうに聞こえる。


勉強とバイトばかりだった頭が、少しだけ軽くなった。


そのとき、前のほうから視線を感じる。


咲良と中村だった。2人とも、こっちを見ていた。


気にせず、そのままトイレへ向かった。



テスト当日。


最後の科目が終わったあと、廊下に出ると、もう答え合わせが始まっていた。


別に参加するつもりはなかったが、佐々木が声をかけてきた。


「仁、こっち来て。答え合わせしよ」


仁、と呼ばれるのにも、少しずつ慣れてきた。


横で中村が小さく笑っていた。何が面白いのかは聞かなかった。


輪に加わる。数学の解答が話題になった。証明の解き方で少し揉めた。


俺が「こういう流れになるはず」と言うと、「たぶんそれが正解だと思う」という声が続いた。


少しだけ、自信が出た。



結果が返ってきたのは、1週間後だった。


各科目の答案が戻ってきた。かなりの高得点だった。


成績が貼り出された日、廊下がにわかに騒がしくなった。


伊藤が普段より大きい声で言った。


「うわ。天野、学年8位じゃん。しかも、D組で2位だし」


「めっちゃ勉強したからね」


伊藤が笑う。


「天野はいつも、結果と、やったことの説明の量が見合わないんだよな」


1学期は260位だった。2学期の中間では120位だった。


そんな俺が、学年8位。280人中の8位。


そのとき、パネルが光った。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION COMPLETE】


難易度:困難


期末テストの合計点で、学年10位以内に入れ。


【達成報酬】

知識   55 → 56

学力   61 → 63

━━━━━━━━━━━━━━━━━


ミッション前は学力58だったが、猛勉強の末に61になり、ミッション達成で63まで上がった。


達成感もあった。


体育祭でゴールテープを切ったときとは違う種類の達成感だった。体で感じるものじゃない。静かで、じわりと広がる感じだった。



その話が広がるのは早かった。


「天野くんって頭もいいんだ」


「体育祭で運動できるのは知ってたけど、勉強もできるんだね」


そういう声が、クラスの女子のほうから聞こえてきた。


「天野くんって8位なんだって」


「マジで? 見た目もだし、スポーツもだし、勉強も?」


という話も聞こえた。


他クラスにも広がった。廊下ですれ違ったことがある程度の女子が、「すごいね」と声をかけてきた。適当に話を合わせたが、顔はわかるが名前は知らなかった。


体育祭のときとは違う広がり方だった。


運動だけじゃない。勉強もできる。


そういう見られ方に変わっていくのがわかった。



隣の席の橘は、特に何も言ってこなかった。


「橘は期末3位だったな。おめでとう」


なんとなく言ってみた。橘は少しだけ顔を上げた。


「期末テストのこと?」


「そう。マジですごいと思う」


「そうだったんだ」


「え、今回も見てないの?」


「うん。でも、自分としては前回よりできたと思う」


俺は少し驚いた。そういえば前に聞いたときもそうだったが、マジで順位を見ていないのか、と思った。


こういうところは、やっぱり少し変わっている。



その日の夜、夕食のあとで母さんに聞かれた。


「テストの結果、どうだったの?」


「学年8位。クラスでは2位だった」


母さんが箸を止めた。


「え、8位!?」


声が少し大きくなる。


「クラスって40人くらいいるでしょ? しかも学年も280人くらいって言ってなかった?」


「そう。今回はかなり頑張ったから」


「えー、すごいじゃない!」


母さんは本当に嬉しそうだった。そのまま、リビングのほうに声を張る。


「里奈、聞いた!? 仁、学年8位でクラス2位だって!」


「聞こえたよ、うるさいなぁ」


里奈がソファに座ったまま、こっちに視線を向けた。


「でも私もクラスで2位だったし」


俺は少し止まった。


「そういえば里奈、前から成績よかったな……俺と違って」


「まあね」


里奈はそう言ってから、少しだけ間を置いた。


「まあ、兄貴にしては頑張ったんじゃない」


相変わらずの上から目線だった。でも、里奈らしいとも感じた。


「里奈もな」


俺は言った。


「別に。私はいつもこんなもんだけど」


里奈の視線はまたスマホに戻る。


相変わらず生意気なやつだった。



2学期の終業式。坂本先生がいつもと同じ声で、「では、よいお年を」と言って教室を出ていく。誰も大して聞いていなかった。


先生が出ていった直後、教室の空気が一気にゆるんだ。前のほうでは、相変わらず黒川のまわりに輪ができていた。黒川が真ん中にいて、田中が横で大げさに笑いながら空気を回して、何人かがその笑いにつられる。


黒川が立ち上がって、小林の席の横へ行く。田中もついていく。小林の肩が、わずかに縮んだ。


小林へのいじめは、まだ終わっていない。黒川が作った空気も、完全には壊れていない。


俺のステータスはまだ、60にすら届いていない項目もある。


もし冬にも大きなミッションが来るなら。


それは、3学期に黒川を潰すための準備になる。



家に帰ると、里奈がリビングのソファでテレビを見ていた。こっちを一瞥して、またテレビに目を戻す。


「冬休みも何かやるの。夏みたいな感じで」


「まだ決まってないけど、たぶんやると思う。夏よりきついかもしれない」


里奈がゆっくり体を起こした。俺の顔を見る。何かを確かめるような目だった。


「第2進化する気?」


「……進化って、俺はポケモンかよ」


「そうじゃないの」


里奈が言う。


「どう見ても1段階変わってるじゃん。夏から」


どうやら、今の俺は第1進化形態らしかった。


「まあ、進化でも変身でも勝手にすれば」


里奈がまたソファに背中を預ける。


「でも、無茶してリビングでまた転がるのは、普通に邪魔だからやめて」


それだけ言って、またテレビに向いた。



その夜、部屋に戻ると、パネルが動いた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━

【MISSION】


難易度:極


冬休み終了まで、以下の全条件を達成せよ。


【学力】

・学校から出された全課題の完遂

 期限:冬休み終了前日

・数学 / 英語 / 国語 / 理科 / 社会

 参考書・問題集を各教科1時間、毎日実施

・前日の全科目の復習を、翌朝30分以内に完了させること


【身体】

・毎朝5km以上のランニング

・コールドシャワー3分

 ランニング直後、毎日実施

・以下のトレーニングを毎日実施


上半身の日(交互に実施)

・ベンチプレス 4セット

・ダンベルショルダープレス 3セット

・ラットプルダウン 4セット

・ケーブルロウ 3セット

・ダンベルカール 3セット


下半身・体幹の日(交互に実施)

・スクワット 5セット

・レッグプレス 4セット

・ルーマニアンデッドリフト 3セット

・プランク 3セット、各60秒

・カーフレイズ 4セット


【スキンケア・ヘアケア】

・化粧水・乳液を朝晩欠かさず使用すること

・外出時は必ず紫外線予防を行うこと

・毎晩、シャンプーとトリートメントを丁寧に行うこと


【読書・知識】

・毎日1.5時間以上の読書

 実用書・雑誌を対象とする

 14日間を通じて同ジャンルの重複は不可

・読み終えた書籍・雑誌ごとに、要点を400字以上でまとめること


【対人】

・10日以上、1日30分以上の実質的な会話を行うこと

 LINEなどのテキストチャット不可

 通話は可

 家族との会話は除く


【睡眠】

・毎日8時間以上の睡眠を継続すること


【全条件達成時】

能力項目に大幅ボーナス


【注意】

通算4回の未達成で、該当ステータスが低下します。


冬休み終了まで:14日間

━━━━━━━━━━━━━━━━━


パネルをもう一度、最初から読んだ。


……マジか。


コールドシャワーやら、よく知らない筋トレやら、聞き慣れないものが並んでいる。


睡眠8時間も条件に入っている。これだけのボリュームをこなしながら8時間眠る。つまり、1日の時間を隙間なく使えということだった。


しかも、ここには書かれていないが、俺にはアルバイトもある。


フォレストテーブルは年末年始は休みだと、12月に入ったあたりで店長から聞いていた。それ自体はかなり助かる。でも、そのとき店長は続けて、事務的に言った。


「クリスマスの24日と25日は8時間で入ってください」


確認というより、ほぼ決定事項みたいな言い方だった。つまり、冬休みの2日も、丸ごと長時間勤務が入る。


8時間働けば、その日のミッション項目のいくつかは、どう考えても未達成になる。


冬休み全体で未達成数を管理しないといけない。14日間を通して、どこで稼いで、どこで捨てて、どこを絶対に守るかまで考えないといけなかった。


スケジュールをスマホのメモで立ててから、ベッドに向かった。

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