第36話:仕組まれた襲撃
伯爵令嬢カリミナ襲撃事件の翌日。
俺は弟子の少女ナトと共に、例の怪物の検分を行っていた。
屋敷の裏に作られた簡易検分場。布を敷いた上に横たえられた巨体。
兵士たちが不安そうに見つめる中、作業を進める。
オークともトロールとも似た怪物。それを解剖していく。
元は人間の男の姿だった。それがこの異形の怪物へと変身したのだ。
人間が怪物に化けたのか、それとも怪物が人間に化けていたのか。
どちらにせよ、ろくでもない集団なのは間違いない。
「ありました!」
ナトがピンセットでつまみ上げる。
欠けた白い球体。ピンポン玉サイズの真珠のような石。
昨日、シャーリニィが魔法で撃ち抜いたものだろう。
「これで4つ目か……」
布の上には、同じような破片が四つ分、並んだ。
すべて、この一体の怪物の体内から取り出したものだ。
「魔石が複数?」
「そんな話、聞いたこともないぞ」
兵士たちも戸惑っている。
当然だ。
魔物は魔石を一つしか持たない。それがこの世界での常識。
俺は四つの破片を見比べ、考える。奴らの正体を。
複数の魔石を身に宿す存在、魔王と同じだ。
やはり、邪教徒か?
邪神を崇拝し、魔王の力を信奉する集団。
思い当たる要素がいくつかある。
以前、俺とシャーリニィとで戦った存在。魔王。
やつはハイエルフたちから奪った神石を、その身に複数取り込んでいた。
魔王は北方で目覚め、交易都市を目指して南下していた。正確にはシャーリニィを目指していたわけだが。
それを、俺とシャーリニィで討伐したのだ。
神石と魔石は本質的に同じ物質。違いとしては、内包する魔力の量。
いくつもの神石を取り込んだ魔王の技術。それを邪教徒が学び、真似していたとすれば。
そしてそんな邪教徒たちがこの街にいた理由は?
考えられるとすれば、エルフたちか。
魔王の復活を察知した邪教徒たちは交易都市に集まっていたが、シャーリニィはエルフたちを使い、それを排除した。
邪教徒たちは交易都市に居場所を失い、この陶磁器の町メルザに集まったのでは。
辻褄は合う。
だが疑問点も残る。
領主の娘カリミナを襲った理由だ。
俺が白磁を開発し、この街の発展が約束されたタイミングでの凶行だった。関係はあるのか?
そんな思考を巡らせていると、背後から足音。
「どうですかな? 検分の方は」
振り向くまでもない。
でっぷりと太った体躯。張り付いたような笑顔。
この街を治める、代官グイヤンだ。
「ええ、ひと通りは」
俺は視線を外さず、淡々と答える。
グイヤンは死骸を一瞥し、わざとらしく顔をしかめた。
「いやはや……理解しがたい化け物ですな。昨日はカリミナ様がご無事で、本当に何よりでした」
「ええ」
「して、何か分かりましたかな?」
「まだ断定はできません。少なくとも、通常の魔物ではない、という程度です」
「ほう……」
興味深そうに相槌を打つ男。視線は死体ではなく、こちらを見ている。
探っているのか。
俺がどこまで掴んでいるかを。
俺はそれ以上は語らず、魔石へと意識を戻した。
グイヤンはしばらく周囲を見回していたが、不意に話題を変える。
「ときに、ハイド殿」
「なんでしょう」
「カリミナ様のご滞在についてですが」
来たか。
「昨日のような事態もありましたし、もうしばらくこの街にお留まりいただくこととなりました。安全が確認されてからのご出立がよろしいかと」
理屈は正しい。
実際、襲撃犯の一部を取り逃がし、逃走を許してしまっている。
再度襲撃される可能性はある。
「むろん、カリミナ様も了承されています」
「分かりました。そういう事でしたら」
令嬢本人がそれを受け入れているのであれば、俺がどうこう言う事では無い。
しかし、やはり違和感がある。
カリミナ、カリミナ、と、令嬢の名前を出すたび、この男は前のめりになる。
俺の中で、ひとつの考えが固まりつつあった。
この男はカリミナを、手元に置きたいのではないか。
昨日の騒ぎで護衛は負傷し、グイヤンは間に合わなかった。令嬢を守れなかった代官として、領主に何を言われるかわからない。
だから滞在を延ばしている。
あるいは、それだけではないかもしれない。
そんなことを話していると、
一人の兵士が入ってくる。そしてグイヤンに耳打ち。
「なんだと!?」
声を上げるグイヤン。
何ごとだ?
「どうしました?」
ニヤリと笑う太った代官。
「連中のアジトが見つかったとのことですぞ。そうと決まれば……」
グイヤンは語る。作戦を。
こちらから襲撃をかけるという。
「力をお貸し願えませんかな」
さらに俺とシャーリニィに助力を願う。
彼女の力を知れば、それを使いたいと考えるのは当然ではある。
「ここの警備はどうなります」
カリミナの護りを疎かにはできないだろう。
「そちらのエルフ殿が手伝ってくださるなら、襲撃に当たる兵は最小限で済みます。ここの警備を重視できますぞ」
そう言って俺の後ろのシャーリニィを視線で指す。
「なるほど……」
確かに、彼女が入れば彼らの人員は削れる。
筋は通っている。しかし。
本当に大丈夫か? 不安だ。
俺たちをカリミナから引き離す工作なのではと疑ってしまう。
シャーリニィをカリミナから離してしまえば、守りが疎かになるのでは。
滞在延長の決定、アジトの発見、そして今度はカリミナの護衛を屋敷の兵士に任せるという話。
そして俺がカリミナを守ってシャーリニィが討伐に向かうという手段も取れない。シャーリニィは俺から離れるのを了承しないだろう。
無策でこの話に乗るのは、危険としか思えない。
俺とシャーリニィがカリミナの護衛に回るという手もある。
が、シャーリニィは魔王が関わっているかもしれない邪教徒を放置はしたくないという。
そして俺が出した結論は――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「え、ええ、えええええっ!?」
少女の素っ頓狂な叫び声が客室に響く。
ナトが叫ぶ。栗色のポニーテールを弾ませて。
「無理です、無理ですってばぁ!」
涙目で両手を振り回す彼女もかわいい。
ナトにカリミナの護衛を頼んだのだ。
歳も近い同性、同じ部屋にいても問題ない。さらに都合の良いことに、カリミナもナトのことを気に入っているようだ。
「なんかあったらどうするんですか!」
当のナトの方は、全力で嫌がる。
彼女は錬金術の弟子でしかない。荒事に対応する能力は無いのだから、当然ではある。
「何かあったらこれを使え」
そう言って一つの魔道具を手渡す。
「これは?」
「結界装置だ。発動すれば一定範囲を完全に覆う」
少女二人くらいなら十分に範囲内。
ナトは恐る恐る受け取る。指先がわずかに震えている。
「動力源は、神石。あらゆる攻撃を防げる」
それこそ、魔王でもでてこない限りは問題ない。
「神石……シャーリニィさんの?」
「ああ」
神石はシャーリニィの体液から生み出したものだ。
「それを使えば、私が感知できる」
ハイエルフの少女、シャーリニィが補足する。
そうしたら、すぐに引き返せばいい。
正直、黒幕を引っ捕らえるより彼女たちの身の安全のほうが重要だ。
「頼む、お前が頼りなんだ」
少女の目を見て言葉を伝える。
仮にグイヤンの奴が良からぬことを企んでいたとしても、これによって防ぐことが可能になるはずだ。
ナトはしばらく魔道具を握ったまま黙っていた。それからゆっくりと、両手でしっかり包み直す。
「……分かりました」
「助かる」
「やります。やりますけど……本当に戻ってきてくださいね」
「ああ、当然だ」
念を押すように見上げてくる彼女に、安心させるように笑って返す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お気をつけて」
「早く帰ってきてくださいね」
カリミナとナトに見送られ、俺たちは屋敷を出た。
夜の闇に紛れて進む。
月明かりは薄く、雲に隠れている。視界は悪いが、潜入には都合がいい。
俺とシャーリニィ、そして選抜された兵士たち。
さらに――グイヤン本人。
正直、驚いた。
まさか代官が自ら前線に出てくるとは。
丸い腹、脂の乗った頬、ふかふかとした衣服。
どこからどう見ても、後ろでふんぞり返っているのが似合いそうな外見のくせに。
だが思い返せば、カリミナ襲撃の際もそうだった。
グイヤンは一番に現場へ乗り込んできた。兵士を引き連れて、自ら馬に乗って。
狙いはまだわからない。
だがこの男、見た目ほど単純ではないかもしれない。少なくとも、ただのデブではなさそうだ。
夜の石畳を、足音を殺して進む。月明かりが薄く、建物の影が濃い。
兵士たちは慣れた様子で隊列を組み、グイヤンも遅れることなくついてくる。息が上がっているが、必死に付いてくる。
案内された先は、街外れの倉庫群。
昼間は資材置き場として使われているが、今は人気がない。
その一角。
灯りの落ちた建物の前で、兵士たちが足を止めた。
「間違いないのだな?」
「はっ、斥候の報告では、黒ずくめの出入りを確認しております」
暗がりの向こうに、崩れかけた倉庫の輪郭が浮かんでいる。窓のひとつから、わずかに灯りが滲んでいた。
音を殺し、包囲を狭める。
空気が張り詰める。
「では、手筈通りに」
「ええ。シャーリニィ、頼む」
「はい」
銀髪の少女が目をつむり、念じる。
見た目には分からない、しかし魔法により、内部を探っているのだ。
俺はシャーリニィに目を向ける。彼女は静かに頷いた。
「いつでもいけます」
グイヤンの合図で作戦が開始される。
「突入!」
扉が蹴破られた。




