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第35話:出来すぎた救援

 俺たちは焼き物の街メルザを訪れていた。領主の娘であるカリミナ嬢の視察と勉強に同行するために。

 俺の協力により、白い磁器の開発に成功。

 視察は望外の成果を得て、あとは無事に帰路につくだけ。そう思っていた矢先のことだった。


 令嬢と俺たちを乗せた馬車が、爆発音とともに横転した。


 馬車からはい出した俺の視界に入ったのは、馬車を囲む黒ずくめの集団。

 顔まで黒い布で覆い、それぞれの手には剣や弓、さらに見慣れぬ呪具のようなものが握られている。その数は、ざっと二十はいるか。


 馬車の近くでは、爆発を受けた護衛兵たちが苦しそうに体を起こそうとしていた。

 全員が動けてはいるが、万全とはほど遠い。


「敵襲!」

「お嬢様は!?」

「無事です」


 カリミナが静かに答える。俺たちはシャーリニィの魔法によって守られていた。

 それでも、状況が芳しくないことに変わりはない。囲まれ、護衛は負傷し、逃げ場もない。


 まあ、問題はない。俺には彼女がいる。


「シャーリニィ、頼む」


 俺は傍らに立つ銀髪の少女に告げる。


「はい」


 返事と同時に、シャーリニィの額に嵌まった赤い神石が淡く輝いた。

 主の意志に呼応するように、石が静かに脈動する。


 彼女が片腕をすっと横に薙いだ。


 黒ずくめの集団が、まとめて吹き飛ばされる。目に見えない衝撃波を放ったのだ。

 十数人が悲鳴を上げる暇もなく宙を舞い、地面を転がり、塀に叩きつけられた。


「ぐはっ!」

「あ、あんなエルフがいるなんて聞いてないぞ……」


 うめき声に混じって、誰かが掠れた声を上げた。息はあるらしい。

 街中ということで、シャーリニィも手加減したのだろう。


「アレを使う!」


 倒れた黒づくめの中から、ひとりが立ち上がる。


「待て! それは――」


 仲間が制止するが、男は構わずローブを脱ぎ捨てた。

 現れたのはどこにでもいそうな普通の人族。


 だが次の瞬間。

 その体が、異様に膨れ始めた。


 服が縫い目から弾け、引き裂かれる。

 皮膚の下で筋肉が隆起し、骨格ごと組み替えられるように体躯が変形していく。


 断末魔のようでいて、苦悶には聞こえない奇妙な唸り声。

 男はみるみる巨大化していった。


 最終的に現れたのは、人間の倍近い体躯を持つ、歪な怪物。

 分厚い腕、岩のような筋肉、不均衡なほど発達した両脚。

 人の形を土台にしながらも、もはや人とは呼べない何かが、そこに立っていた。


「なっ……オーク!?」

「いや、トロールじゃないか!?」


 護衛兵たちが叫ぶ。

 だが怪物は彼らには見向きもせず、まっすぐこちらを、いや、シャーリニィに視線を向けていた。

 彼女だけが、自身にとっての脅威だと認識しているのだろう。


 シャーリニィは動じる様子もなく、静かに右手を向ける。

 細い指先から、光線が走った。鋭く、細い、狙い澄ました一撃が、怪物の胸の中心を貫く。

 肉が焦げる嫌な臭いが漂い、怪物が一歩よろめく。


 しかし、倒れない。


「……ん?」


 シャーリニィがわずかに眉をひそめた。


 どうした?


「オオオオオォ!」


 怪物が雄叫びを上げて突進する。


 シャーリニィは冷静に光線を連射した。

 二発、三発。閃光が怪物の体を貫く。


 それでも怪物は前進をやめない。


 四発目。

 ようやく怪物はどうと地面に崩れ落ちた。


 あたりが静まり返る。


 気づけば、制止していた黒ずくめの男の姿が消えていた。

 戦闘の混乱の中で逃げたらしい。

 残った者は全て地に伏し、ピクリとも動かない。


 静寂が周囲を包んだ。


 そこへ、幾つもの蹄の音が近づいてきた。

 武装した騎士や兵士。その先頭を進む馬に騎乗するのは、腹の出た男。


「カリミナ様ぁ! お助けに参りました、ぞ……お?」


 この街の代官グイヤンだった。

 しかし――


 地面に転がる黒ずくめたち。崩れ落ちた怪物の残骸。誰ひとり動かない、見事な静寂。

 馬上のグイヤンはそれを見て、固まる。


「これは……いったい?」


 ぽかんと口を開けたまま、グイヤンが惨状を見回す。助けに来た勇者の顔が、じわじわと間の抜けた表情に塗り替えられていく。

 俺は内心でため息をつきながら、その丸い顔を眺めた。

 登場のタイミングが、良すぎる。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 俺たちは代官の屋敷へ避難することになった。

 襲撃は撃退したとはいえ、黒ずくめのひとりは逃げている。他にも仲間が潜んでいる可能性は否定できない。まだ安心できる状況ではなかった。


 屋敷の門が開き、俺たちは中へと通される。

 石造りの広い前庭には、慌ただしく動き回る使用人や兵士たちの姿があった。急な来客に、屋敷中が落ち着かない空気に包まれている。


 カリミナの心労はいかほどか。


 箱入りのお嬢様だ。

 先ほどのような荒事など、まず経験したことはないだろう。爆発に巻き込まれ、馬車は横転し、目の前で人が吹き飛び、怪物まで現れたのだ。

 それでも彼女は、兵士たちに丁寧に礼を述べてから、グイヤンへと向き直った。


「グイヤン、駆けつけてくださり、感謝いたします」


 グイヤンは首を横に振り、丸い顔に申し訳なさをにじませた。


「いえ、とんでもございません。お役に立てればよかったのですが、着いた時にはすでに……面目次第もございません、カリミナ様」

「いいえ」


 カリミナは穏やかに、しかしはっきりと言った。


「今こうして無事でいられるのも、あなたが兵士たちを率いてくださったおかげです。お気になさらず」


 グイヤンは一瞬だけ目を瞬かせ、それから深く頭を下げた。


「……もったいないお言葉にございます」


 さすがというべきか。カリミナは怯えた様子も見せず、伯爵令嬢の顔をしっかり保っている。

 俺には到底真似できない所作だ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その後、俺とシャーリニィ、そしてナトとともに与えられた客室へ移った。

 扉を閉めると、外のざわめきが遠くなる。廊下ではまだ兵士や使用人たちが慌ただしく行き来しているらしいが、この部屋の中だけは妙に静かだった。


 椅子に腰を下ろし、深く息を吐く。

 ようやく落ち着いて考えられる。


 頭の中に、今日の出来事が順番に浮かび上がってくる。


 まず、襲撃者たちの正体だ。

 黒ずくめの装束。統率の取れた動き。そして、あの変身。

 ただの盗賊や山賊ではない。

 武器も装備も揃っていた。明らかに訓練された集団だ。


 問題は、なぜ今、ここで襲撃したのか、ということだ。

 白磁が完成した直後。

 これは偶然か?


 もともとカリミナを狙っていたのか。白磁は関係あるのか。

 あるいは、その両方か。


 まだ判断材料が少ない。だが少なくとも、ただの強盗ではない。


 そして、もうひとつ。


 グイヤン。


 あの太った代官の顔が脳裏に浮かぶ。

 愛想のいい笑顔。大仰な身振り。いかにも人のよさそうな態度。

 だが今日の登場は、どうにも引っかかる。


 タイミングが良すぎた。


 護衛の兵士たちは爆発で負傷。

 黒ずくめの集団に囲まれた馬車。


 普通なら、あの時点で詰みだ。


 そこへ、兵士を率いた代官が颯爽と現れる。


 引き連れていた兵士たちは全員が万全の様子だった。

 隊列も整っていて、まるで最初から戦場に向かうつもりで準備していたかのようだった。


 もしシャーリニィがいなければ、という仮定で考える。


 護衛が全滅し、カリミナが黒ずくめに囲まれたその瞬間に、グイヤンが「助けに来た」として介入する。

 動けない令嬢を保護する名目で、あの男の手中に収める。絵として、あまりにも出来すぎる。

 偶然という可能性は捨てきれない。だが俺の勘は、それを素直に受け入れることを拒んでいた。


 思い出すのは、あの表情だ。

 黒ずくめの襲撃者が全滅した光景を見た瞬間の顔。


「お?」


 ぽかんと口を開けた、あの間の抜けた声。

 驚いていたのは間違いない。だが、その驚きが何に向けられていたのか。


 死地へ向かう覚悟が空回りしたものか。

 それとも、計画が狂ったことへの驚きだったのか。


 まだ、分からない。

 考えても答えは出ない。今は材料が少なすぎる。

 だが、違和感は残る。


 そして、もうひとつ。

 気になっていることがある。


「……シャーリニィ」


 俺は部屋の隅に立つ銀髪の少女に声をかけた。


「なんでしょう」

「あの怪物のことなんだが」


 シャーリニィが静かにこちらを向く。


「仕留めるのに手間取っていたが、アレはそれほど強力な魔物だったのか?」

「いえ……」


 彼女は自分の手のひらを見つめる。

 まるで、先程放った魔法の感触を思い出しているかのようだった。

 少しの沈黙のあと、彼女は口を開いた。


「魔石を狙ったんです」


 魔石。魔物の体内に宿る、その存在の核となる石。

 魔物が魔物たる所以であり、力の源泉でもある。

 魔石を砕けば、いかなる魔物も力を失う。場合によっては死亡する。砕けずとも傷つけるだけで力を大きく削ぐことができる。


「周囲への被害を抑えるために、ピンポイントで狙いました。間違いなく、魔石を貫きました」


 シャーリニィの声は静かだったが、その中に俺は微かな困惑を聞いた気がした。


「けれど、一回では魔石の気配が消えなかったんです」


 俺は眉を寄せた。


「魔石を貫いて、消えなかった?」

「はい」


 シャーリニィが小さく頷く。


「だから二度目を。それでも消えなかった。三度、四度と撃って、ようやく」


 ドラゴンさえ一撃で屠るシャーリニィが、四発。

 しかも、すべて魔石を正確に狙った攻撃だ。

 それでも死ななかった。


 その理由は? 可能性はいくつか考えられる。

 魔石が極端に巨大だったのか。

 位置がずれていたのか。

 あるいは、特殊な再生能力か。


 だが——

 どれも、腑に落ちない。


「まるで……」


 シャーリニィは静かに言葉を続ける。


「魔石を、いくつも持っているかのような」


 俺の思考が止まる。

 体内に複数の魔石を持つ魔物?


 俺たちは知っている。それに近い存在を。

 そして、実際に見た。


 魔王。


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