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第37話:因縁の術

 邪教徒と思われる賊のアジトが判明。

 俺とシャーリニィは、代官グイヤンが率いる兵とともに、アジトの倉庫へと突入。


 先頭の兵士が扉を蹴破る。

 鈍い破砕音が夜気を裂いた。


 内側にいた連中が、一斉に振り返る。


「動くな!」

「囲め、逃がすな!」


 怒声が倉庫内に反響した。

 俺たちも続いて踏み込む。


「て、敵襲だ!」


 灯りに照らされた室内には、十数人の男。

 薄汚れた外套、くたびれた旅装。見た目だけなら、どこにでもいる流れ者だ。

 だが目が違う。瞳孔が開き、焦点の定まらない濁り。正気を捨てた類の目だ。

 さらに倉庫の奥、祭壇のように並べられた得体のしれない装飾品が、彼らの正体を雄弁に語っている。


「なんだ、何者だ!」

「代官の手の者か、くそっ」

「逃げろ!」


 数人が裏口へ駆け出す。


「させるか!」


 兵士が追う。

 刃が抜かれ、火花が散る。


「シャーリニィ」

「はい」


 俺がひとこと呼べば、シャーリニィが手をかざした。

 風が走る。


 逃走者の足元を打ち、体勢を崩す。転倒。そこへ兵士が飛びかかり、押さえ込む。

 別の男が懐へ手を入れるのが見えた。


「この魔術師め、どこから——」

「おとなしくしろ!」


 倉庫の隅に追い詰められた男が、懐に手を入れるのが見えた。

 俺はすかさず、用意していた小瓶を投げる。


 瓶は男に命中、割れて周囲に液体を撒き散らす。催涙薬だ。

 途端に咳き込みだす邪教徒の男。

 男の手から何かが落ちる。呪具らしき道具。使わせるわけにはいかない。


「放せ、放せっ、魔王様が——」

「黙れ」


 兵士がその男を床に組み伏せた。


 魔王様、か。やはり邪教徒だった。


 戦闘は長引かなかった。抵抗は散発的で、すぐに潰える。

 統率された兵と、シャーリニィの魔法による援護。


 やがて倉庫内は静まり返った。

 床に転がる男たち。

 縛られ、壁際へと並べられていく。


「ご苦労」


 グイヤンは室内をゆっくりと見回しながら額の汗を拭った。


 俺も改めて倉庫の中を眺める。

 荷物、広げられた地図、食料の残り。やはりここを拠点にしていたらしい。


「これで全員か?」

「はっ。裏口も封鎖済み。取り逃がしはありません」

「ふむ……」


 グイヤンは首を傾げ、室内を見渡した。


「念のため、残党や隠し部屋を探せ。見落とすな」

「はっ!」


 兵士たちが散開し、壁を叩いたり荷物をひっくり返したりし始める。

 そしてひと通りの調査が終わる。


「何も見当たりません!」

「そんなはずはない」


 グイヤンは断言する。確信に満ちた声。

 俺は思わずその顔を見た。

 何かしらの根拠があるのか?


「シャーリニィ、何かわかるか?」

「少々お待ちを……これでしょうか?」


 彼女が目を閉じると、神石が淡く光る。数秒の沈黙。それからゆっくりと目を開け、視線を床の一角へ向けた。


「これでしょうか?」


 彼女が手をかざすと、床板が音もなく剥がれた。

 さらに分厚い石板が持ち上げられる。

 そこには、ぽっかりと口を開けた暗い穴。隠し通路だ。じめついた空気が漂い上がってくる。


「おおっ、やはりあったか。行きますぞ!」


 グイヤンが真っ先に石段へ足をかけた。俺は一瞬、目を細めた。

 先陣を切るのか、この男が。

 数人の兵士と共に続く。俺とシャーリニィは後ろから入った。


 人が掘ったと分かる穴蔵だった。角張った壁、均一な幅。人が一列で歩くには十分な広さがある。


 兵士が先頭で松明を掲げ、一行が暗闇の中を進んでいく。

 俺は歩きながら、グイヤンの背中を見ていた。


 やはり、怪しい。


 隠し通路の存在を、この男はあらかじめ知っていたのではないか。「そんなはずはない」と断言したとき、その声に迷いがなかった。

 まだ何も見つかっていない段階で、なぜ隠し通路があると確信できる?

 シャーリニィでさえ、言われるまで気づかなかったというのに。


 俺たちに明かしていない情報を持っているのでは。

 だとしたら、何故隠している?


 俺は傍らを歩くシャーリニィに耳打ち。


「あの男には注意をはらっておけ」

「はい」


 用心するに越したことはない。あの男の思惑が何であれ、背中を無防備に預ける気にはなれなかった。


 進むにつれ、通路の様子が変わってきた。

 角張っていた壁が、やがて丸みを帯びていく。人の手が作った痕跡が薄れ、岩肌が露わになっていく。天井が高くなり、床が不均一になった。

 鍾乳石が頭上から垂れ下がり、松明の光を受けてぬめりと光っている。

 次第に、自然の鍾乳洞となっていた。


「街の下にこんな空間が……」


 兵士の一人が驚きの言葉を漏らす。

 自分たちが生活する足元にこんなものがあったなんて驚くのも無理はない。


 足音が岩に反響し、遠くまで響く。どこからか水の滴る音がした。

 そして通路の先に、ほのかな灯りが滲んでいる。

 誰かいる。


 通路の先が開けた。

 広い空間。天井が高く、鍾乳石が林立している。

 いくつかの松明が壁に掛けられ、洞窟の中をぼんやりと照らしていた。

 祭壇のようなものが岩壁に設けられ、見慣れない紋様が刻まれている。


「来たか」


 その中央に、ひとりの男が立っていた。

 俺たちの姿を見ても逃げるそぶりも見せない。

 むしろ、こちらを見て口の端を持ち上げた。待ち構えていた、という様子。


 聞き覚えのある声。

 先日の襲撃、黒ずくめの中にいた男だ。逃げた一人か。現在は顔も隠さず、俺たちと相対する。


「捕縛しろ!」


 グイヤンの号令で兵士たちが動く。


 しかし男は動じなかった。両腕をゆっくりと広げ、目を閉じる。

 その体が、膨れ始めた。


「また、か」


 思わず声が漏れる。

 先日の、怪物に変化した男と同じだ。


 しかし、昨日の怪物とは様子が違う。

 あのときは、無理やり引き裂かれるような歪な変化だった。

 だがこれは、滑らかだ。まるで最初からそうあるべき形へと戻っていくような。そんな変化だった。


 皮膚の下から鱗がせり出し、腕が伸びる。

 背中が裂け、そこから翼が広がった。


 数秒後、そこに立っていたのは、ドラゴンのような魔物。

 肌は鱗に覆われ。二本足で直立した、人間とドラゴンの中間のような外見。

 言うなれば、ドラゴニュートか。


 人の三倍ほどの体躯。決して巨大とは言えない。

 だが、放たれる圧は紛れもなく本物だ。鱗の隙間から橙色の光が滲み、喉の奥で何かが燃えているのが見える。


「竜人だと……!?」

「そんな馬鹿な!」


 兵士たちがざわめき、思わず後ずさる。


 その隙を突くように、ドラゴンが翼を振るった。

 風圧だけで、数人の兵士が吹き飛ばされる。岩壁に叩きつけられ、鈍い音が響いた。


『我らは、魔王様より賜った技を完成させた』


 低く、腹の底に響く声。

 人の言葉だった。


『先の個体は未熟。魔石の定着が不安定でな』


 先日の怪物のことか。

 やはりあれは試作品だったというわけだ。


『だが、我は違う。これが完成形だ』


 邪教徒。そして魔王の技術。

 俺とシャーリニィはすでにその魔王を倒していた。決着のついた相手。それでも、こうして形を変えて目の前に現れる。

 因縁を感じる。


 ドラゴンの喉が赤く光る。

 熱が膨れ上がっていくのが、空気越しにも伝わってくる。


 だが――


 俺は横目でシャーリニィを見る。


 彼女はすでに右手を向けていた。

 額の神石が、静かに輝いている。動揺は見られない。


 次の瞬間、光線が走った。


 一発目。

 ドラゴンの胸部を正確に貫く。


『なに……』


 二発目。

 間を置かず、同じ箇所を撃ち抜く。


 巨体が大きく揺らぎ、そのまま地面に崩れ落ちた。

 洞窟全体が揺れ、天井から細かな砂がぱらぱらと落ちてくる。


 たとえ技術が完成していようと、通常の魔石を幾つ集めようと、神石を持つシャーリニィには及ばない。

 問題なく倒せる。


 そう思った、そのときだった。


 倒れたはずのドラゴンが、わずかに頭を持ち上げた。


 喉の奥に、再び光が集まっていく。


「伏せろ!」


 咄嗟に叫ぶ。


 次の瞬間、細く鋭いブレスが放たれた。

 一直線に走る熱線が、俺の横をかすめる。


 外した――そう思ったが、違った。


 背後から、重い音。

 振り返る。


 グイヤンが、岩壁にもたれかかるように崩れ落ちていた。

 その腹部には大穴。

 一目でわかる。致命傷だ。


「グイヤン様!」


 兵士たちの叫び声。

 俺も駆け寄る。

 呼吸は浅く、視線は虚ろだ。どう見ても助かる状態ではない。


 そのとき、かすれた声が響いた。


「これで……我らの邪魔は、いなくなった……」


 視線を向けると、ドラゴンはすでに人の姿へと戻りかけていた。

 鱗が剥がれ、翼が崩れていく。


 その顔に、苦悶はなかった。

 むしろ満足げに、わずかに笑っている。


 やがて、男はこと切れた。


 俺はグイヤンの傷口を確認しながら、今の言葉を反芻していた。

 我らの邪魔。


 シャーリニィでも、俺でもなく、死の間際にグイヤンを狙った。この太った代官の男を。


 何故?

 そんな思考をよそに、グイヤンの手は、力なく岩の床に落ちた。


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