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91.タダより高いものはない

 「何だと―――っ!!」


 看板屋さん、私が幌にこんな感じで描いてほしいと説明したら、突然大きな声で、怒りだした・・・?

 私の前でそんな声を出せば、当然ニコが間に入って私を護ろうとするわ。テオは馬の世話でこの場にいないし。

 ニコに剣を突きつけられた看板屋さん、後退りながら言い訳をする。


 「ちょ、ちょっと待て。お、俺は驚いただけだ。」

 「ニコも剣を収めなさい。この人は本当に驚いただけみたいだわ。」

 「そのようですね。

 何に驚いたのかを言ってみなさい。私が納得できたら剣を収めましょう。」

 「おまえは驚かないのか? この子供は馬車の幌に絵を描けって言ってるんだぞ。それはつまり馬車に看板を付けて街中を走り回るって事だ。」

 「それのどこが驚くことなのですか?」

 「驚けよっ、そんな事今までどこの商会もやってねえんだよ。」


 そういえばそうよね。幌馬車はたんなる幌馬車として何の飾り気もなく走ってるわ。

 私の前世では、デカデカと社名が入ったトラックが走り回ってたから、飾り気のない幌馬車が物足りない感じがしてたのよ。


 「幌馬車が看板を付けて走り回る事を考えてみろ。それを見た奴らはその店に行きたくなるだろ? 集まった客は商品を買う。店は儲かる。儲かった店はもっと看板を出したがる。俺の仕事が大量に入ってくるってもんよ。」


 ん~、これってとんでもなく捕らぬ狸の皮算用的な計算方法に則っていらっしゃいませんかっ。

 

 でも、うまい具合にこの案を使えばベルトランさんが喜びそうな話だわ。この案件ってベルトランさんのとこへ先に話を持ってった方が良かったかな?

 いえ、私が行かなくっても看板屋さんに行ってもらえば、私の手間が省けるわね。


 「幌馬車に看板を描く件についてなんだけど、ブランシュ商会へ話を持っていって欲しいんだけど。」

 「なんだって? 大店じゃねえか。そんな大きな商会を紹介してくれるのか?」

 「紹介するんじゃないわ。私の案で看板を付けた馬車が走り回る事になるのに、ブランシュ商会が知らずにいたなんて事になったら、ベルトランさんが気を悪くしちゃうわ。」

 「商会長と知り合いだったのか。それなら商会長へ売り込みにいってみるか。」

 「行ってくれるなら、ベルトランさん宛に手紙を書いておくわ。」

 「ありがてぇ、そんな大店を紹介してもらえるんなら、『風鈴火山』の看板はタダで描いてやる。」

 「まだブランシュ商会から仕事がもらえてもいないのに、タダにしちゃってどうするんですかっ。世間では『タダより高いものはない』って話ですよっ。」

 「え? 誰がそんなこと言うんだ?」


 え、言わないんだっけ? って言うか、この世界では言わないって事ね。


 「そもそも、ブランシュ商会をタダで紹介してもらえるんだぞ。そのお返しにタダで看板を描いてやるってんだ。俺には損はないぞ。」


 こ、この状況よっ。『タダより高いものはない』が当てはまったのは看板屋さんだったのよ。私がタダでブランシュ商会を紹介するお返しに、タダで看板を描かされる状況を作ってしまったんだわ。

 でも、看板屋さん本人は、俺には損はないって言ってるんだし、お言葉に甘えちゃいましょう。


 「それじゃあ、お言葉に甘えてタダでお願いします。ブランシュ商会への手紙は今から書いちゃいますね。」

 「手紙を書いてくれるのはありがたいんだが、今すぐには看板を描けないぞ。」

 「サラサラッと筆で描くだけでしょ? 簡単にできそうじゃない。」

 「そんな簡単なもんじゃねえぞ。馬車の幌って言うのは防水布なんだ。水で溶いた顔料じゃはじかれちまうし、雨が降ったら流れ落ちちまう。かといって油で溶いた顔料を塗って滲んでしまったら、せっかくの看板の仕上がりが汚くなっちまう。いろいろ試しながら描き方を考えてみるから、少し時間をくれ。」

 「た、たかが絵を描くだけではないんですねっ。そんな大変なことをタダでやってもらっていいんでしょうか。」

 「ああ、問題はねえ。最初の一回が大変なだけなんだ・・・と、思う。」


 描き方の試行錯誤は看板屋さんにお願いするしかないわね。こんなのはその道のプロにお任せするしかないのよ。私みたいなシロートが口を出していい世界ではないわ。

 それで私から渡す手紙、ベルトランさんへのお手紙は看板が完成してからでいいと言われた。

 いつも馬車を置いてあるところまで来てくれるという話になって、クレマンソー侯爵のお屋敷を指定したら、いきなり腰が引けたような・・・


 「まさか、貴族家のお方でしたか?」

 「いえ、貴族家のお嬢様の家庭教師をしてる間、住まわせていただいてるだけよ。私達はCランクハンターの『風鈴火山』よ。覚えておいて。」

 「あ、ああ、覚えておくよ。『風鈴火山』か。忘れるわけがねえ。」


 これで馬車の看板は大丈夫ね。帰路を急ぎましょう。

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