92.かわいいかわいいしてあげるのよ
ニコとソフィを孤児院へ送り届けて、テオと二人侯爵邸に戻る。
門衛に、レオンティーヌ様がお呼びです、と告げられ、テオは騎士寮へ、私は侯爵邸の中へ入っていく。
もうすでに勝手知ったる侯爵邸の中、危険もないし一人歩きをしても大丈夫だろうとテオは私にはずっとついて回ることはなくなった。
今の時刻だったら、もうお勉強は終わって自室にいるんじゃないかしら。
レオンティーヌ様のお部屋の扉をノックして声を掛ける。
「ヴィヴィです。ただいま戻ってまいりました。レオンティーヌ様はいらっしゃいますか。」
中から扉を開けてくれた侍女さん。の後ろからレオンティーヌ様が走ってくる?
「ヴィヴィせんせ~~っ、デルフィーヌ様が大変ですわっ!!」
ん? デルフィーヌお嬢様? 何が大変?
「気が抜けて放心しておりますの。どうにかしていただきたいですわっ。」
言ってることの意味が分かりませんよっ。
レオンティーヌ様に手を引かれソファーに向かう。そこには焦点の合わない目で何もない空間に視線を泳がすデルフィーヌお嬢様の姿が。
「どうされましたか? デルフィーヌ様。」
私の問いかけに応えているのか、あるいはうわ言をつぶやいているのか、ブツブツとつぶやくような声に耳を傾ける。
「僕は・・・ 剣術もダメだった・・・ 座学も レオンティーヌ様に遠く及ばない・・・・・
あぁ・・・ ヴィヴィ先生・・・ 僕は レオンティーヌ様に・・・ 本当に必要な存在なのでしょうか」
え、座学? 一体何したの? 今日のレオンティーヌ様のお勉強に付き合わされたのかしら。でも、貴族学園に進む子供達が、ごく普通に覚えなきゃいけない事を教えてるだけよね。
まさか、レオンティーヌ様が何か無茶なお勉強を無理矢理やらせたとか?
「レオンティーヌ様、今日の座学は王国史と語学でしたよね。特殊なお勉強でもされましたか?」
「特殊なことなどいたしておりませんわ。わたくしがいつもしているお勉強をデルフィーヌ様も一緒にいかがですか、とお誘いしただけですわ。」
普通にお勉強をしただけなのに、デルフィーヌお嬢様のあの大ダメージは何? 放心して心ここにあらずってかんじ?
いえいえ、そんな事より何でここにデルフィーヌお嬢様がいるのよ。
「なぜレオンティーヌ様のお勉強の時間にデルフィーヌ様がいらしたのですか?」
「あら、先日の戦闘訓練の時にヴィヴィ先生に教えを請いたいと、デルフィーヌ様がおっしゃっていたのをもうお忘れなのですか?」
なんかそんな事を聞いたような気がするけど、それって私は了承した記憶がないんですけどっ。
あれ? レオンティーヌ様の魔法訓練にデルフィーヌお嬢様を付き合わせようとしたっけ?
でも私は剣術を教えられないし、教えますよと言った覚えもないわ。
「それ、私は承知してませんよねっ。」
デルフィーヌお嬢様に付き従う護衛騎士さんが慌てて弁明し始めた。
「ヴィヴィさん、待ってください。デルフィーヌ様はヴィヴィさんの教えを請う許可をいただきたくて、尋ねてまいりました。どうかご指南のご承諾をお願いします。」
「ご指南って、私は剣士じゃありませんよっ。」
「そうなんですわ。だからわたくしがヴィヴィ先生には算術を教わりましょうと、デルフィーヌ様にお伝えしたのですわ。」
「まあ、そのくらいなら問題はありませんけど、そのデルフィーヌ様のあの惨状はどういうことなんですか?」
「あ、それは、明日がヴィヴィ先生の算術の日でしたので、前準備として九九の計算表を覚えていただこうとご指導させていただきましたの。」
「いきなり九九を覚えさせようとは、無謀すぎだったんじゃないですか。」
「そうでございますの? わたくしは簡単でしたので、デルフィーヌ様も無理なく覚えられると思いましたの。」
「レオンティーヌ様だって、最初は足し算引き算から勉強しましたよね。」
「言われてみれば、そうでしたわね。」
レオンティーヌ様、脳内がお花畑ですっ。
これはもうデルフィーヌお嬢様のフォローは私がしなきゃいけないの?
でも、どうやって・・・・・ そうだ、きっとお腹が減ってるから精神的なダメージをはねのけられないんだわ。もう夕食時だし、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげればきっと元気になるわ。
なんてことを考えてたら、レオンティーヌ様の侍女さんが来て告げる。
「お食事の用意がととのいました。
あら、ヴィヴィさんもいらしていたのですね。大至急席をご用意いたします。」
「私は侍女さん達と大食堂で構いませんよ。」
「いえ、いけませんわ。今日はお爺さまがヴィヴィ先生のお帰りを心待ちにしておられましたわ。是非ご一緒に夕食をいただきましょう。」
侯爵様が? 一体何の用かしら。Cランクの審査の申し込みを受け付けてもらえたのか、心配しているとか?
まさか、そんなこと心配するような人ではないと思うんだけど・・・
考えていても分からないし、本人に聞きに行きましょ。
「さあ、デルフィーヌ様、ご飯を食べないと元気が出ませんよ。」
放心状態のデルフィーヌお嬢様の手を取って立ち上がらせようとするも、
「お腹は減っていないし、僕みたいな無能な人間は食事なんかしている暇はない。勉学に励まなければいけないんだ。」
レオンティーヌ様と二人で手を引いても立ち上がろうとしないデルフィーヌお嬢様。これは私の強権発動ね。
「デルフィーヌ様は私を先生と呼びました。あなたの先生として伝えます。健全なる精神は健全なる肉体に宿る、と誰かが言ってました。健全なる肉体を形成するためにも食事の摂取は必要不可欠です。さあ、一緒にお食事をいただきましょう。」
「ぼ、僕が先生と呼ぶことを許してくれるんだね。ヴィヴィ先生のお言葉なら、従うよ。」
ご飯を食べる理由がそこなんですかっ。しかも先生呼びが決定しちゃったじゃないっ。
でもまあ、食事をする気になってくれたようだし、元気も戻って来てるみたい。
私達が食堂に向かえば、同じく食堂へ向かう侯爵様と鉢合わせ。
「ほう、今日はデルフィーヌ嬢も来ておったか。レオンティーヌとはうまくやっていけそうか?」
「レオンティーヌ様には教わることばかりで、レオンティーヌ様の学力に僕がついていけるのか心配です。」
「それはどの学問のことだ?」
「算術です。レオンティーヌ様に教わりましたが、理解ができませんでした。」
「まってくださいっ。レオンティーヌ様の教え方が悪かったと思うんです。」
「ええっ、わたくしのせいですか?」
「ふむ、今のレオンティーヌの算術は新入学生のレベルを超えている。デルフィーヌ嬢がついて行けないのも頷けるが、レオンティーヌとは切磋琢磨して学力を向上させて欲しいものだな。」
「はいっ、がんばります。」
食堂で皆が席に着き食事が始まる。侯爵様からの話はハンターギルドでの話だろうと思っていた私。思いっきり予想を裏切られたわ。
「今日、ムーレヴリエ子爵から、明後日に挨拶に来ると先触れが来た。そのときにムーレヴリエ男爵家の長女をお披露目したいとの話だったが、知っているか?」
「フェリシーちゃんですっ!!」
「あら、フェリシー様がいらっしゃるんですの? それは楽しみですわ。」
「なんだ、レオンティーヌも知っておるのか。」
「ヴィヴィ先生に聞いておりますわ。わたくしよりもすごい魔法使いらしいんですの。」
「ほう、そうなのか?」
「いえ、レオンティーヌ様も今は魔法が上達しています。どちらが上とかは判断できません。」
「わたくしがヴィヴィ先生にそこまで認めていただいているなんて、とってもうれしいですわ。」
フェリシーちゃんに会えるんだわ。また妹みたいに可愛がってあげたい。でもあんまり構いすぎて嫌われちゃうのも怖いわ。
距離よ、適度の距離を保ちながら、かわいいかわいいしてあげるのよっ。
「ヴィヴィ先生、どうされましたの? お顔が崩れておりますわよ。」
えっ? 顔が? 両手を顔にペタペタ・・・ 何も変化はないわ。
「顔が崩れてるってどういう意味ですかっ。何も変化ありませんよ。」
「気持ち悪いぐらいにニヤついておりましたわ。何か思い出されていたのではありませんこと?」
「かわいくて妹みたいなフェリシーちゃんを思い出していただけですよっ。」
「ヴィヴィ先生に妹のように可愛がられるなんて、なんてうらやましい。僕も妹のように可愛がってあげたい・・・ 」
「ヴィヴィよりも小さい娘なのか?」
「はい、フロランタン・ムーレヴリエ男爵様の第二子、女の子でございます。年齢は5歳と伺いました。」
「5歳でレオンティーヌに匹敵するほどの魔法使いだと申すか。お披露目に連れてきたくなるのも頷けるな。よし、明後日はムーレヴリエ子爵及び男爵の来訪にヴィヴィも立ち会うことを許す。」
「ありがとうございますっ。」
明後日にフェリシーちゃんに会えるっ。楽しみだわ。




