九十八話 トップファイブ勢ぞろい
「ああ……幸せ。天国」
ソーニャはとろけた表情になっている。屋台の食べ物を満喫したようだ。
「わたしも幸せです。たくさん食べました」
イアも満足気である。
暴飲暴食を繰り返しても太らないだけではなく、満腹にもならない。大食いチャンピオン以上に食べられる。
二人とも、思う存分食べてご満悦だ。
「もういいのか? 時間はあるし、もっと食べられるぞ?」
時刻は午前七時半過ぎだ。九時から開会式なので、まだ一時間以上ある。
試合会場で合流したが、焦る時間ではない。
「二日あるし、あとで食べるわよ。一気に全屋台を制覇しちゃったら、お楽しみがなくなるでしょ」
「現実じゃ全屋台制覇はできないし、チャレンジしてみたいよね」
「太る太らない以前に、食い切れないな。男の俺でも無理だ」
「次はお兄ちゃんも一緒に食べ歩きする? もしくは、私はお邪魔? イアと二人きりがいい?」
ソーニャに言われる前から、実は考えていた。
お祭りだしイアとデートしたいと。
試合の空き時間に誘ってみてもいい。ぜひ誘いたい。オッケーしてもらえるかどうかは別問題だが、誘うだけ誘ってみようか。
「サクさんと二人だと、わたしが危険なような」
「ゲームだし平気よ。現実なら、ジュースだって嘘ついてカクテルでも飲ませて、酔い潰してからホテルに連れ込んで、とかあり得るけどね」
「俺はスケベだが、性犯罪者じゃないっての」
「スケベな発言はセクハラで、性犯罪だって自覚ある?」
最近では、ソーニャとイアもセクハラ発言をかましまくっているが、タゴサクの発言だけが責められる。
いつものことだしスルーしよう。デートに誘うのも後回しにしておく。
「バカなこと言ってないで、みんなと合流しよう。挨拶しなきゃな」
「私もみんなに挨拶したいわ。初めて会う人もいるし」
「わたしも行きます」
三人で友人たちと合流する。
タゴサクは何人かに会っているが、会っていない人もいる。
人が多いので見つけにくいものの、メッセージを送り合って合流できた。
ナンパ、ランディス、リンディアの三人パーティー。
ミディーリ、サンサン、ルーシャの三人パーティー。
ユメ、レン、シンガーの三人パーティー。
いないのはヴァイスだけだ。コダるのを嫌がっているのか、非リア充なので女性が多い空間にはいたくないのか。
「サンサンさん、ヴァイスはどうしたんです? 俺はさっき会いましたが」
「一人でどこかにいるはずです。コダることに反対というよりは、大勢で賑やかになっている空間にいるのが苦手なのです。試合が始まれば姿を見せるでしょう。私の試合も応援してくれると言っていました。優しいですよね」
どこかの誰かさんとは違って。
という副音声が聞こえた気がするのは、卑屈な考えだろうか。
恋人の試合を応援するのは、特別に優しい行動ではない。ごく普通だ。
普通なのに優しいと感じるほど、サンサンはヴァイスが好きなのだ。
タゴサクは恨まれているので、厳しい態度を取られてしまう。タゴサクだってサンサンには丁寧語を使うし、さん付けしている。
なのに、恋人のヴァイスにはデレデレだ。
イアも早くデレデレになってもらいたい。
それにしても人数が多い。
タゴサクたちを合わせて総勢十二人、四組のパーティーの大所帯だ。
女性が九人もいて華やかになっている。
「美少女が九人っすね! アイドルグループみたいっす!」
「え、ええ、そうですね」
「ダメっすよタゴサク。ここは、『お前のどこが美少女だ! 醜いメス豚の子じゃねえか!』って言ってくれなきゃっす」
ルーシャは反応に困る発言をしてくれた。
本人が納得しているとはいえ、大勢の前では暴言を吐きにくい。
フォローしてくれるのはシンガーだ。
「ケランルーシャさんは可愛らしいですよ。醜いなどとんでもない」
「……うち、昇天しそうっす。鼻汁出るっす」
イケメンに褒められて、ルーシャは柄にもなく照れていた。鼻汁と言ったのがせめてもの照れ隠しだ。
「また女性に色目使ってる」
「シンガーさんだもんね」
ユメが呆れ、レンはいつものことだと言い切った。
彼女らの反応はいいが、タゴサクが気になったのはルーシャの名前だ。
「ルーシャの名前って、ケランルーシャなんですか?」
「そうっす。でも、ルーシャと呼んで欲しいっす。ケランルーシャの名前が毛ランルーシャにしか聞こえないんっすよ。にっくきは【毛深き雪男】っす。デブデブは事実なんで、言われても気にしないっす。ドブスでもドMでもメス豚でも大歓迎っす。毛はダメっす。うち、毛深くないっす。これでもかろうじて女の子なんっす。気にするんっす」
事情があるようなので、これまで通りルーシャと呼ぶ。
ソーニャとイアは、ルーシャとは初対面なので挨拶をした。
同じく初対面である、ランディス、リンディアの姉妹ともだ。
挨拶を終えたところで、ナンパが発言する。
「冷静に考えると、そうそうたるメンバーだね。美少女プレイヤーランキングの二位から四位までがそろってるそろってる。三十八位のミドリちゃんもいるし」
「わたくしだけ格落ち感がありますね。あと、わたくしはミドリではありません。ミディーリです」
「ミドリちゃんで格落ちなら、ランクインしてないわたしはどうなるの?」
「イアさんはわざとですよね? この流れでミドリと呼ぶのはわざとですよね?」
「だってミドリちゃんだもん」
イアとミディーリの漫才を見て、他のメンバーは声を出して笑う。
騒がしい空間に、新しい人物も登場した。
「あら、タゴサクさん?」
「カヴェンナさん。おはようございます」
金色になる際にオーロステラに行ったが、そこで出会ったカヴェンナだ。
「はい、おはようございます。随分と賑やかだと思えば、知り合いの顔が見えて驚きました。お友達とご一緒なのですね」
「紹介しますよ。といっても、人数が多くて覚え切れないでしょうが」
タゴサク以外に十一人もいれば、全員の名前を覚えるのは難しい。
それでも一人ずつ自己紹介した。
基本的に全員好意的だが、約一名不機嫌になっている人もいる。
「サクさん、わたしは聞いてませんよ。カヴェンナさんって、美少女プレイヤーランキング五位の人ですよね? いつどこで知り合ったんですか? ナンパさんみたいにナンパしたんですか?」
「金色になる時、オーロステラに行っただろ。そこで偶然知り合った」
「サクさんは、綺麗な女性と偶然知り合うことが多くないですか?」
「男とも知り合ったぞ。カヴェンナさん、セイイチは?」
「パーティーを組んでいるわけじゃありませんし、分かりません。見かけたら挨拶しておきます。タゴサクさんのことも伝えておきますね」
「な? 男もいるだろ? 第一、カヴェンナさんは既婚者だ。いくら俺がスケベでも、最低限の常識は持ってるって」
「むぅ……」
不機嫌なイアとは対照的に、上機嫌なのはナンパだ。
「二位から五位までがそろったそろった! 興奮興奮!」
「そういえば、リンディアさん、ランディスさん、ソーニャさん。ランキングで名前を見かけましたね。こんなに若くて可愛い子たちの中に、私のような三十路のおばさんが……」
「気にする必要ないです! 俺はカヴェンナさんを可愛い可愛いって思います!」
「へえ、ナンパは不倫するんですか?」
「違う違う! 怒らないでランディスちゃん!」
人数が増えれば増えるほど騒がしくなる。
美女美少女がそろっているためか、他のプレイヤーにも注目されている。とりわけ男性プレイヤーの熱い眼差しが多い。
だが、今はまだ平和であったと、すぐに思い知ることになる。
現れたのは、美少女プレイヤーランキング堂々の一位。
SOS最強のプレイヤー。
トキヒメだ。
「トキヒメ……」
「あなたがソーニャ?」
トキヒメが発した声を聞いて、タゴサクとソーニャ以外の全員が息を呑んだ。
タゴサクも初めて声を聞いた時、ソーニャにそっくりで驚いたものだ。
今は双子の姉妹なのでそっくりだと知っている。事情を知らないメンバーは、驚くに決まっている。
トキヒメを知っているはずのユメまで驚いているのは、思っていた以上に似ているからだろうか。
「声、ソーニャちゃんとそっくり」
「お顔も似ていますね。知ってはいましたけれど、こうしてお二人がそろうと特に感じます。瓜二つと呼べるほどではないにせよ、非常に似ています」
イアとミディーリの言葉が全員の気持ちを代弁していた。
「顔はともかく、私の声ってこんなのなの?」
「そうだぞ。自分の声を録音して聞くと違和感あるって言うから、ソーニャ自身には分からないだろうが、マジでそっくりだ。兄の俺でも聞き分けられない」
タゴサクはトキヒメと何度も会っているが、いまだに区別できない。
むしろ、聞けば聞くほど混乱が増す。
全員が驚く中で、割と平常運転なのはナンパだ。
「つ、ついに、一位から五位までが……トップファイブがそろった! 美少女戦隊SOSレンジャー爆誕爆誕!」
「なら、うちらで美少女戦隊S0Sレンジャーを作るっす! アルファベットのOじゃなくて数字の0! パチモンっす! ミディーリ、サンサン、ユメ、レン、イア……うちだけハブっすか!?」
ルーシャも意外と平常運転であった。自虐ネタも健在だ。
騒がしい面々を前にして、ソーニャとトキヒメは睨み合っている。
「まあまあね。私に似ているのだし、可愛いって言っていいでしょ」
「性格わっる」
「私のことは、お姉ちゃんって呼んでくれていいわよ」
「呼ばないっての。誰が姉よ」
「姉より優れた妹はいない。常識でしょ?」
「いい気になってられるのも今のうちよ。完全下位互換の評価、見返してやるわ」
丁々発止やり合うのは結構だが、聞かされる方は混乱するだけだ。
「あ、頭がこんがらがります。どっちがしゃべってるのか分かりません」
「目を閉じて聞けば、完全に一人芝居ですね」
イアが頭を抱え、ミディーリも同意した。
「私とお姉ちゃんよりも姉妹っぽい……」
「というか、普通は姉妹でもここまで似ないわよね」
ランディスとリンディアの姉妹は、自分たちよりも姉妹っぽいと言っている。
「姉妹っぽいですって。お姉ちゃんって呼んでくれる?」
「絶対嫌!」
「嫌われちゃったわね」
「完全下位互換なんて言っといて、嫌われないと思う方がどうかしてるわよ」
「私はこんなにもソーニャを愛しているのに。食べちゃいたいほど愛おしい」
「はいはい。その手の色仕掛けは、男には通じても女には通じないわよ」
「つれないわね。仕方ないし、私が妹で我慢してもいいわよ。姉さんって呼んでいい?」
「そもそも姉妹じゃないでしょうが。他人の空似。男性を下僕にする性悪女と関係者扱いされるのはごめんよ」
「ふふっ」
ソーニャの罵倒を笑って受け流した。
タゴサクが見た限りでは、トキヒメはソーニャとのやり取りを楽しんでいる。望んでいた姉妹喧嘩を実現できて喜んでいる。
事情を知るタゴサクだから判断できるのであって、ソーニャからすればバカにされたとしか感じない。
「腹立つわね」
「妹との舌戦も楽しいけど、本番は試合だし、この辺にしておきましょうか」
「望むところよ」
ソーニャとの会話を切り上げた。続きは試合でだ。
トキヒメはユメに向き直る。
「お久しぶりです、先輩」
「あ……ひ、久しぶり……あの、私……ごめんなさい!」
ユメは、アイドルをクビになりかけた時、トキヒメに庇ってもらった。おかげでクビにはならずに済んだが、代わりにトキヒメがクビになって気に病んでいた。
それに対する謝罪だ。
「頭を上げてください。私は先輩を助けたかったですし、助けられて嬉しかったんです。先輩が謝る必要はありません」
ユメが恐る恐る頭を上げれば、トキヒメはすっと手を伸ばす。
不安そうな顔をするユメの顎に手を当て、自分に向けるようにクイッと。
「こ、これはっ……」
「知ってるのかルーシャちゃん?」
「伝説の顎クイっす! 少女マンガでたまに見られるシチュエーションで、相手の顎に手を添えてクイッと引くんっす! イケメンにのみ許される究極奥義っす!」
「美少女には許されないのかい?」
「これはこれでありっす! 女のうちが見ても照れるっす!」
「ありあり! 百合ん百合ん!」
ナンパとルーシャの小芝居は放置するとして。
ソーニャとは舌戦を繰り広げたのに、ユメには優しかった。
ユメも満更ではないようで、頬を上気させる。
「先輩、可愛いですね」
「はぅあ! あ、ありがとう……今のは昔守ってくれたことへのお礼で……あぅ」
「私の方こそ、先輩によくしてもらって感謝してます。こうして再会できたことも嬉しいです。二日間、楽しみましょう」
「は、はぃ……」
トキヒメは、ダウン寸前のユメに顎クイをしたままで、顔を近付けた。
キスでもするのかと思ったが、何かを耳打ちしただけだ。
それでもユメはオーバーヒート寸前だ。頭から煙が出ている幻影が見える。
ユメを陥落させてから、トキヒメは悠々と立ち去った。
試合会場にはプレイヤーが多く、当然目撃者も多い。美少女二人の関係を邪推してざわざわしていた。
「おい、ソーニャ。色仕掛けが女性にも通じてるぞ」
「私に言われても知らないわよ」
「参りましたね。まあ、男性ではないのでセーフとしておきますか」
マネージャーのシンガーは苦笑していた。
アイドルのユメに恋愛関係のスキャンダルが発覚するのはまずい。マネージャーとしても見過ごせまい。
トキヒメが女性なのでギリギリセーフと判断していた。
「ある意味、百合営業になったんじゃないですか?」
「そういった売り方は、僕もユメも好きじゃないですね」
「すみません」
タゴサクとしては軽い気持ちで口にした言葉だが、好きじゃない行為と聞いたので謝罪した。
「タゴサク君に悪気がないのは分かってますよ。僕は怒っていませんし、ユメはあの通り骨抜き状態ですからね。気にする余裕もありません」
「あの、サクさん。百合営業ってなんですか?」
「イメージ商売の女性芸能人なんかが、男の影がないってアピールするために、女性同士でイチャイチャすることだ」
イアに軽く説明したが、タゴサクも詳しいわけではない。よく言われている通り一遍の説明になった。
「へえ。あと、もう一つ聞いていいですか? トキヒメさんって、ソーニャちゃんと同い年なんでしたっけ?」
「俺はそう聞いてるぞ。信じにくいが十五歳だってさ」
「あれで十五歳ですか……わたしと同い年ですか……」
「本当ですか? わたくしより五歳も下?」
質問してきたイアだけではなく、ミディーリも会話に加わってきた。
ミディーリは二十歳だが、女性陣の中では一番幼く見える。
「あれ? おかしいですよね? 十五歳でしたら、SOSを始めたのは早くても今年の四月からのはずです。しかし、もっと以前からいましたし、トッププレイヤーとして君臨するほど高レベルです。計算が合いません」
「あ、そっか。ミドリちゃんは鋭いね」
「すなわち、年齢詐称ですか? 本当はもっと年上なのでは? であれば、あの発育具合も納得がいきます。決してわたくしが劣っているわけではありません」
トキヒメの年齢にショックを受けたミディーリだからこそ、重大な事実に気付いてしまった。
年齢詐称と思われているならいいが、開発者である事実が露呈しかねない。
トキヒメの年齢を以前バラしてしまったのはタゴサクだし、危なかった。考えが足りなかったと反省する。
「トキヒメさんの年齢……あれ? 私の記憶だと……」
「ユ、ユメさん。女性の年齢に触れるのはやめておきましょう。ネタにしてた俺が言っても説得力ありませんが、やめる方が無難です」
「うん、そうだね。私は会えて嬉しかった」
「私とユメさんで態度が全然違ったけどね。あいつは性悪なのか優しいのか、どっちなのよ」
「優しいよ。さっき、私の名前を呼んでくれたの。ユメってプレイヤー名じゃなくて、芸名でもなくて、私の本名を。昔、一度話したのを覚えててくれた。嬉しい」
耳打ちした時に名前を呼んだようだ。
個人情報になるので、周囲に聞かれないよう配慮もした。
「これは陥落もしますね。僕でもあそこまではできません。名前を覚えていて、顎クイしたまま耳元で呼び、気遣いも完璧ですか」
「シンガーがやったら、ただの女たらし。トキヒメさんだからありなの」
トキヒメ信者が一人追加された。
「親衛隊にでも入りそうな勢いですね」
「入らないよ」
タゴサクが冗談めかして言えば、ユメは即座に否定した。
「トキヒメさんになら、レアアイテムでもなんでもあげたいけど、迷惑になる。最近、ネットでも話題になってた。アイテムを貢ごうとする男性に対して、毅然とやめるように注意したって。どんなレアアイテムだろうと、絶対に受け取らないって言い切ったって」
タゴサクは知らなかったが、そのようなことになっているようだ。
ウルフォドの件を伝えたのがきっかけかもしれない。
「若い子たちは元気ですね。私はこれで失礼します。試合で当たれば、その時はよろしくお願いします」
カヴェンナが去り、トキヒメの話題も自然と終わった。
年齢に関してはスルーしてもらえたと思う。
開会式まで、残り一時間弱。十二人でだべりつつ過ごした。




