九十七話 お祭り
八月三十日。SOSにてPvPイベントが開催される日だ。
タゴサクは朝早くからログインし、イベントが行われる星に移動した。
場所はオーロステラだ。今日と明日の二日間限定で、全プレイヤーが足を運べるようになっている。
ゲームを始めたばかりの初心者から最古参のプレイヤーまで、全員だ。何度でも往復可能である。
タゴサクは【金色の星】を入手前にオーロステラを訪れている。トキヒメの力で特別に移動できた。
あの処置を全プレイヤーに施せばいいわけで、実現は難しくない。
タゴサクは練習台でもあったのだろう。
「すっごい人数よね。何人いるのよ、これ」
町の熱気にあてられ、ソーニャは感嘆の声を漏らした。
朝の六時なのに、オーロステラには多くのプレイヤーがいる。何人いるのか見当もつかない。
NPCは屋台を出している。食べ物や飲み物はもちろん、アニメキャラクターのお面だの水風船だの、現実のお祭りさながらのラインナップとなっている。
ゲームらしい屋台もあり、レアアイテムを景品にしたくじ引きや射的だ。
「ソーニャちゃん、ちょっと回ってみない? おいしい物を食べられる機会なんて滅多にないよ」
「朝ご飯は食べてきたけど、ゲームなら太る心配もないわよね」
「うんうん! 好きなだけ食べ放題、飲み放題! 行こう!」
「俺は会場に行ってるから、遅れるんじゃないぞ」
タゴサクの言葉が聞こえているのかいないのか、ソーニャとイアはハイテンションで行ってしまった。
お祭りイベントというだけではなく、普段は食べられない物が並んでいるから興奮しているのだろう。
VRゲームでは味覚も再現されており、おいしい物の味も再現できるが、無許可で行うことは法律で禁止されている。行政の許可を得なければならない。
現実の飲食産業を保護するための法律だ。
二人も言っていたように、仮想の世界、仮想の肉体なら、好きなだけ飲み食いできる。暴飲暴食を繰り返しても健康を害さず、太りもしない。
食品の産地偽装だのなんだのが時々ニュースになるが、ゲームでは気にする必要はない。何を食べても安心安全だ。
安全に決まっている。現実の体に食物を摂取しているのではなく、全てが仮想なのだから。
おまけに、使うのはゲーム内の通貨で、現実の金は一円も減らないときている。
これだけの好条件がそろえば、食べ物目当てでゲームをする人も増える。
プレイ料金を支払うと考えても、毎日外食するよりはずっと安上がりだ。その気になれば、何万円もする高級懐石料理でも何十万円もする高級ワインでも、なんでもござれ。現実で高い金を支払う必要がなくなり、ゲームで欲求を満たせる。
おいしい物を食べるのはゲームで。
現実では栄養補給のためにサプリメントで済ます。
こうなると飲食産業が壊滅しかねない。
焼け野原になってから慌てても遅いため、法律で保護している。
飲食物もあるにはあるが、ぶっちゃけるとおいしくない。砂やゴムのような無機物を食んでいる気にさせられる。
今回のイベントだけは特別ということで、行政の許可を得たらしい。二日間限定でおいしい物を大盤振る舞いしている。
無料ではないが、お祭りの飲食物など数百スターだ。今日ゲームを始めた初心者ですら、初心者保護で五万スターを受け取ればいくらでも買える。
高級料理はなく、お祭りの屋台の食べ物だとしても滅多にない機会だ。ソーニャとイアが飛びつくのも無理はない。
年頃の女の子にとって、絶対に太らないとは夢のような謳い文句だ。
トキヒメは、ソーニャが喜ぶイベントを用意しており、女性の夢を叶えると言っていた。食べ物の屋台がそれだ。
単にPvPを開催するだけではなく、ここまでやっている。
屋台の食べ物の許可を得ることすら大変なのに実現させたのだから、SOSの本気がうかがえるというものだ。
人でごった返す町を歩き、試合会場に向かっていると、タゴサクも楽しい気分になってくる。
誰も彼もが笑顔だ。殺伐としたゲームとは思えない空気だ。
キョロキョロ見渡していると、知り合いを見つけた。
あちらもタゴサクに気付いたようだ。
「タゴサクじゃないっすか。久しぶりっすね」
「久しぶりです、ルーシャ」
出会ったのはルーシャだ。本日も絶賛デブデブである。
両手には大量の食べ物を持っている。お祭りを楽しんでいるようだ。
「随分と食べますね」
「だって太らないんすよ! 夢みたいっす! 天国っす! 現実じゃダイエット中なんで我慢してる分、今日は食べまくるっすよ! 全屋台を制覇するっす!」
「食べるのに夢中で、試合に遅れたりしないでくださいよ」
「むしろ、試合とかどうでもよくなってきたっす! 食べてれば満足っす!」
「ミディーリやサンサンさんと一緒に、パーティー戦に参加するんじゃないんですか? 怒られますよ?」
個人戦なら棄権も自由だが、パーティー戦は仲間に迷惑をかける。
ルーシャは身勝手な行動をする人ではなさそうだし、冗談だと思う。
「そういえば、タゴサクはミディーリと知り合いだそうっすね。ミディーリを公衆の面前で辱めたって聞いたっす。鬼畜イケメンとか大好物なんで、うちを辱めてくれてもいいっすよ。あなたのメス豚、ルーシャっす」
「ルーシャってそっちの趣味が?」
「うち、軽めのドMっす」
軽めのドMとは矛盾した言葉だ。軽いのかドなのかどちらだと突っ込みたい。
ルーシャとひとしきりバカな会話をして別れる。
次に出会ったのはナンパだった。美少女二人を連れており、両手に花である。
「ヤッホヤッホ、タゴサク」
「おっす、ナンパ。ナンパ成功おめでとう。そちらがパーティーメンバー?」
美少女二人のナンパに成功したとは聞いていたが、会うのは初めてだ。
「成功成功! 苦節うん年、とうとう成功したした! 今日は三人でパーティー戦に出る出る!」
「紹介してもらっても?」
「もちろんもちろん! クールビューティーのランディスちゃん! ベリーキュートのリンディアちゃん!」
二人の名前には聞き覚えがあった。
SOS美少女プレイヤーランキングで、二位と三位になっていた美少女姉妹だ。
二位が妹のリンディア、三位が姉のランディスだったと記憶している。投票した男性プレイヤーのコメントでは、「やはり妹キャラは強かった」と。
美少女姉妹なので、パーティー名が【シスターズ】なのだ。ナンパは含まれていないが、美少女二人に比べればおまけであろう。
「ランディスです。よろしく」
「リンディアです! お姉ちゃんの妹の方です!」
「変な妹ですみません。お姉ちゃんの妹の方って日本語がおかしいですよね。姉妹の妹の方なら通じますけど」
「お姉ちゃん、酷い!」
仲良し姉妹だと一発で判明する会話だった。
二人でゲームをして、パーティーまで組んでいるだけはある。微笑ましい。
「俺はタゴサクです。ナンパの悪友ってところですね」
「ナンパさんの悪友って聞くだけで、タゴサクさんの性格が分かっちゃいますね」
「失礼よ、リン」
「はーい。ごめんなさーい」
姉のランディスは、クールな美女という雰囲気だ。モデルのように長身でスレンダーな体型をしており、胸は小さいがスタイルはいい。涼やかな銀髪が特徴だ。
妹のリンディアは、天真爛漫な美少女だ。姉よりは低いものの、女性としては長身の部類に入る。金髪のショートヘアになっている。
二人のイメージは、月と太陽だろうか。
「美少女姉妹の両手に花か。やるな、ナンパ」
「なははは! 執念執念! ランディスちゃんもリンディアちゃんも、狙ってる男がめちゃくちゃ多かった多かった!」
「争奪戦に勝ったってことか。よく勝てたな」
ランディスとリンディアは、姉妹でパーティーを組んでいる。
PvPでもパーティーを組むと考えるのが自然だ。
すると、残る枠は一つになる。男が加われば、美少女姉妹の両手に花が確約されたも同然だ。
狙う男はさぞ多かったに違いない。
彼らを出し抜き、ナンパが三人目に収まるのは大変そうだ。
よくできたと感心する。まさしく執念だ。
ナンパを選んだ理由は、姉のランディスが教えてくれる。
「ナンパの人柄とでも言えばいいのでしょうか。正直、私たちをナンパしてくる男性プレイヤーは、鬱陶しいし面倒だと考えていました。ナンパの第一印象も、他の男性と同じでただの迷惑な人でしたね。パーティーを組む気はなく、女性を加えて参加予定でした。ところが、妹が乗り気になってしまいまして」
「私だけのせいにしないでよ! お姉ちゃんも面白い人って言ったじゃん!」
「とまあ、私も妹も意外と気に入りましたので、パーティーを組んでいます」
ランディスもリンディアもナンパに対して好意的だった。
仲がいいのは構わないが、一歩間違えると修羅場になりかねない。
「修羅場にならないよう注意しろよ。実の姉妹で一人の男を取り合うとか、昼ドラも真っ青な修羅場展開だ」
「大丈夫大丈夫。俺はただの面白ナンパ野郎だからね。強いて言えば、二人の兄貴分かな。俺の方が年上だし、可愛い妹妹。タゴサクがソーニャちゃんを可愛がるようなもんだよ」
「恋愛対象じゃないって?」
「そりゃあ、どっちかと付き合えるなら嬉しい嬉しい。大歓迎大歓迎。でもさ、二人にも選ぶ権利はあるし、俺なんかダメダメ。身の程はわきまえてるって」
「美少女プレイヤーランキングの二位と三位だもんな」
「そそそ。二日間だけ楽しい夢を見せてもらう。二人を連れて町を歩くとさ、他の男が嫉妬するする。超気分いい。俺も性格悪いね。でも最高最高」
ナンパのセリフは、二人の機嫌を損ねかねないものだ。
美少女姉妹二人をアクセサリ扱いしていると思われる。周囲に見せびらかすためだけに、二人と一緒にいると。
タゴサクは心配になったが、二人とも笑っていた。
「ナンパはバカ正直ですね。だからこそ、一緒にいて気兼ねしなくてもいいので楽です。虫除けにちょうどいいですし」
「虫除けですか」
「虫除けです。ナンパは、私たちを見せびらかして楽しむ。私たちは、ナンパを虫除けにして、鬱陶しい男性を避ける。ウィンウィンの関係ですね」
「虫除けにしてちょうだいちょうだい。なははは!」
友達や仲間と呼ぶには変な関係だと思えば、妹のリンディアがこっそり耳打ちしてきた。
「お姉ちゃんは素直になれないんです。妹の私がナンパさんを気に入ったから。虫除けにするために。なんでもいいので理由が欲しいんですよね」
「リンディアさんって、結構小悪魔ですか?」
「不器用な姉を持つと、妹は大変なんです」
妹のリンディアは、にひっと小悪魔的な笑みを浮かべた。
リンディアの評価を、天真爛漫な美少女から耳年増な小悪魔に上書きしておく。
内緒話も終わり、ナンパたち三人は屋台を回ると言って立ち去った。
三人の後ろ姿を見ると、なんとなく関係が推察できる。
ランディスとナンパの距離が近い。それも、ランディスの方から近寄っているように見える。
素直になれない不器用な姉。
妹の論評は的を射ていると感じた。
「罪作りな男ってことにしとくか」
ナンパは、可愛い子には手当たり次第に声をかけるが、あれで結構真面目だ。
タゴサクが初めて出会った時も、ソーニャやイアを優しい目で見ていた。兄が妹を見守る視線に近かった。
中途半端とも言える。ナンパをするくせに、最後の一戦は踏み越えない。
ランディスは素直になれず、ナンパは踏み込まず。
二人を見ているリンディアは、やきもきしていそうだ。
タゴサクとしては、心の中で応援するよりほかにない。
厳しい言葉を投げかけるランディスは、ナンパの好みに的中している。キツイ子が大好きと豪語する変態なので、今の状況も喜んでいそうだ。
きっかけがあれば、一気に急接近もあり得る。
三人を見送ってからも次々と知り合いに出会う。
ヴァイスは一人で行動していた。恋人のサンサンとはコダりたくないと言って単独行動だ。
「僕はパーティー戦には参加しないが、金色の試合に参加する」
「戦えるといいな」
「金色のプレイヤーは強敵ばかりだ。僕のレベルですら、どこまで勝てるか分からない。タゴサクと当たるのは望み薄だ」
「ライバルと決勝戦で勝負ってのは楽しそうだが、難しいか」
「僕も負ける気はないが、現実的に考えると難しい」
「ま、お互い頑張ろうってことで」
健闘を祈ってからヴァイスとも別れる。
ヴァイスの次は、かつてコモンステラでPKされたガンタもいた。
「意外だな。こういうイベントは興味ないかと思ってた。試合じゃPKしてもつまらないだろ?」
「参加はしないぞ。見学にきただけだ。お祭りは楽しそうだからな」
「なるほど。そういや、アキオーダックがアカウント削除になったらしいな。セクハラのやり過ぎだって聞いたが」
「よく知ってるな。PKだけにしておけばいいものを、あいつはやり過ぎた。自分が悪いのに、不当なアカウント削除だからSOSを訴えるとくだを巻いていた」
「藪蛇になる気しかしないな。これまでやらかしてきたセクハラが全部明るみに出るんじゃないか? 被害者の女性から、逆に訴えられても知らないぞ」
「どうでもいい。アキオーダックがどうなろうと、俺には関係ない。俺はSOSでPKを楽しませてもらうだけだ」
ガンタのPK好きは相変わらずだ。
積もる話がある相手ではないし、早々に切り上げる。
会場に行きたいのに、なかなか進めない。
ミディーリとサンサンのコンビに出会い、二刀流男のリュウキオウに出会いと頻繁に足を止める羽目になった。
そして、やっとのことで会場に到着する。
オーロステラの町外れには神殿が建っており、その中が試合会場だ。
外観は神殿でも中は広々としている。外見と中身が合致しないのはよくあるが、この神殿もそうだった。
レアステラで試合をした時の闘技場よりも、なお広い。
観客席は、SOSの全プレイヤーを収容できる広さにしてあると聞いている。
試合をする闘技場も一つではなく、複数ある。
これだけ用意しなければ、二日間では到底消化し切れないだけの人数が参加するのだ。
金色プレイヤー同士の頂上決戦。
三人パーティーによるパーティー戦。
レベル200以下のプレイヤーに限定した試合。
レベル制限なしで、金色以外のプレイヤーの試合。
美少女プレイヤーランキングの上位五十人による試合。
と、これだけの試合が予定されている。
時間の都合がつき、条件を満たしていれば、いくつ参加しても問題ない。
タゴサクは、金色プレイヤーの試合とパーティー戦に参加する。
ソーニャは、パーティー戦と美少女プレイヤーランキングの試合だ。
イアは、パーティー戦と金色以外のプレイヤーの試合。
今日のために、一生懸命鍛えに鍛えた。
もっとも、強くなっているのは他のプレイヤーも同じだ。ヴァイスなど、ナンパのレベルを上回ったと聞く。
誰に当たっても厳しい戦いになる。簡単には勝てない。
個人戦はもちろん、パーティー戦で優勝など可能かどうか。
が、勝ち負けよりも重要なのは。
「二日間、楽しむか」
イベントを目いっぱい楽しむことだ。
勝てればもちろん嬉しい。負けても楽しい。
思い出に残る二日間にしたいと思った。




