九十六話 前夜
八月二十九日。PvPが開催される前日になった。
参加登録は既に締め切られており、参加者たちには試合の詳細なルールなども告知されている。
二十九日の夜になれば、タゴサクたち三人のレベリング期間も終わりだ。
熱心なプレイヤーの中には、徹夜するとまで言い出す人もいる。今もどこかでレベリングに励んでいるだろう。ここで上げた1レベル、2レベルが勝敗を分けるかもしれない。
前夜祭を楽しんでいる人もいる。試合会場となる星では、プレイヤーたちが盛り上がっていると聞く。前哨戦としてドンパチやらかしている人もいるとか。
タゴサクも、ギリギリまでレベリングしたい気持ちはある。
前夜祭にも行ってみたい。みんなで騒ぎたい。
そんな真似をすれば、絶対に徹夜になるので断念する。優柔不断で自制心が弱い事実は理解しているし、徹夜をすれば明日に差し支える。
ログアウトしてちゃんと休もう。
「わたし、眠れるか心配です。小学校の遠足前よりも楽しみです」
「寝坊しても大丈夫よ。起こしてあげるから」
イアは、ソーニャの部屋でお泊り会だと言っていた。明日は早朝からログインするので、家から移動する時間がもったいないとのことだ。
イアが「ソーニャちゃんと一緒にお風呂入る」と言い出して、ソーニャに拒否されるという一幕もあった。
タゴサクがすかさず「俺と入ろう」と言えば、ソーニャに【打杖】をぶちかまされた。
ソーニャの【打杖】は、密かに熟練度が限界を超えている。
奥義である【吹キ飛ビ舞散レ】は使い勝手がよく、レベリングでもしょっちゅう使っていた。おかげで熟練度が最大になり、【打杖】も限界を超えたのだ。
すなわち、タゴサクはめちゃくちゃ吹っ飛ばされた。野球でたとえるなら、バックスクリーン直撃弾である。
まあ、百数十メートルも吹っ飛ばされたわけではないので、ただの比喩だが。
イアが黒のイアなら、ソーニャにはホームラン王の二つ名を贈りたいところだ。
数多のプレイヤーの中でも、ここまで【打杖】を育てているのはソーニャくらいのものだろう。
吹っ飛ばされたタゴサクを含め、三人で爆笑した。
それだけ三人とも気分が高揚している。普段とさして変わらないようで、今日はいつも以上に笑いの絶えない一日だった。
ログアウトして休めばいいのに、いつまでも宿屋でのんびりしているのは、お祭り前夜のドキドキ感をもっと味わっていたいからだ。
お祭りの直前は一番楽しい時間かもしれない。
イアが言っていたように、ログアウトしても眠れるか心配だ。
「ソーニャちゃんのベッドなら、ぐっすり眠れそうなんだけど」
「却下」
「お風呂もダメで、ベッドもダメなの? わたしたち、女の子同士だよ? 変なことしないし平気平気」
「信用できない」
「じゃあ、わたしはソーニャちゃんのベッドで寝る。ソーニャちゃんはわたしのお布団で寝る。これでどう?」
「まあ、それなら……」
「いいの!? やった!」
「その代わり、変な真似しないでよ。夜に寝ぼけたふりして、私の布団に潜り込むとか。寝ぼけてたせいで普段の癖が出ちゃった、みたいな言い訳は通じないから」
「や、やだなあ、やらないよ。あははは……」
何やら変な取り決めが交わされているが、イアはウキウキしながらもログアウトはしない。
もっと話していたいのだろう。タゴサクも同じ気持ちだし理解できる
ゴールデンウィークに遊び始めてから、約四ヶ月。
四ヶ月間の思い出を振り返るように色々と話し、話題は一向に尽きない。
コモンステラでは、ゲーム開始初日にイアと知り合えた。タゴサクの好みにドンピシャで、可愛くて初心な女の子だった。初心の部分は、残念ながら過去形だが。
パーティーを組んでいるせいでPKに襲われた。初日からPKされたし、以降もPK相手に苦戦した。
ナンパやヴァイスと出会ったのもこの時だ。
百万スターを貯めるのに苦労したが、今では百万スターなどはした金になっている。贅沢になったものだ。
レアステラでは、自分の色を決め、初めてジョブに就いた。鈍色になった頃が懐かしい。
タゴサクが罠のクエストに引っかかり、試合に参加した。サンサンやミディーリと戦って気持ち悪い奥義を使い、恨まれた。
ゴブリンの王を倒して宇宙船のチケットを入手した。
ジャパンステラでは、タゴサクとイアが仲違いし、決闘した。
決闘から告白、猫になるまでの流れは、今思い出してもバカだ。皇帝陛下のクエストがおまけに思えるほどの出来事だった。
皇帝陛下のクエストの最中でオーロステラに行き、トキヒメに会った。ソーニャにもイアにも言えない秘密だ。
オーロステラを目指して金色になろうと奮闘した。PvPも発表されたし、トキヒメの完全下位互換発言や美少女プレイヤーランキングなどトラブル満載だ。
苦労が実って金色になり、今こうしてPvP前日を迎えられている。
問題はあったが、本当に楽しい四ヶ月だった。
SOSを始めたきっかけは、ソーニャに頼まれたからだ。タゴサクはさほど乗り気ではなく、受験勉強に費やすゴールデンウィークがわびしいので遊ぼうという程度の気持ちだった。
ソーニャのそっくりさんに一言文句を言えば、目的達成で引退する。
そのはずが、ここまで熱中するとは想像だにしなかった。
SOS自体が面白いのもある。三人で遊ぶから楽しいのもある。
かけがえのない友人たちに出会えたのも、もちろん理由の一つだ。
「ソーニャ、俺をSOSに誘ってくれてありがとう。すげえ楽しかった」
「お礼を言われることじゃないわよ。私も楽しかったし」
「わたしもですよ。三人一緒で楽しかったです」
「最初はバカなゲームだと思った。殺伐としてるし、『なんつうゲームだ!』って何度突っ込んだことか。それもいい思い出だ。四ヶ月間、楽しかった。ついでに頑張った。俺なんか、勉強そっちのけでゲーム三昧だったぞ。アホかってんだ」
「浪人しないようにね」
「九月からは受験勉強に集中する。絶対に」
勉強に追われる日々が訪れる前に、お祭りを楽しもう。
PvPに臨む三人のステータスはこうなっている。
タゴサクは、レベル295だ。レベル300には届かなかったが強くなった。
色は金色で、ジョブは【金獅子】。メイン武器は【ニフナジュレタの赦し】。
もちろん、金色のスキルや魔法、奥義も覚えている。
最強(笑)だった【全テヲ滅スル光】も強くなった。試合で披露し、他のプレイヤーをあっと驚かせてやる。
ソーニャは、レベル301と三人中唯一300の大台を突破した。
色は橙色で、ジョブは【歌姫】。メイン武器は【花妖精の杖】。
この杖を入手したのは一昨日だ。滑り込みで可愛い杖を入手し、ソーニャは喜んでいた。
本人のポリシーである可愛いが基準になっているが、そのくせ強いからずるい。
イアは、レベル296だ。最後の最後に執念でタゴサクのレベルを超えた。彼女なりのプライドがあったらしい。先にゲームを始め、レベルも高かったのに、最後は一番低レベルになるのが嫌だと。
色は黒色で、ジョブは【黒王】。メイン武器は【闇夜に落ちしギンサギンシの暗槍】。個人戦では【大虐葬送殺無塵】も使うと言っている。
主だった能力はこのようなところだ。
スキル構成は、試合ごとに入れ替えるので確認しない。
「ところで、パーティーの名前はあれでよかったのか?」
「ジャンケンで決まっちゃったんだし、仕方ないでしょ。私は恥ずかしいわよ」
「格好いいよね!」
パーティーの名前がなかなか決まらず、三人でジャンケンをした。
普段のゲームと同じで、恨みっこなしの勝負だ。勝った人の意見を採用する。
勝利したのはイアだ。厨二病患者の彼女らしく、かなり恥ずかしい名前になっている。
その名も【光ノ花ヲ繋ギシ翼】だ。
奥義の名前っぽくしてあるのがポイントらしい。三人の絆を表現した名前だ。
「わたしって天才だと思うんですよ。これ以上ない名前です。わたしたち三人の奥義を表す名前を入れて、繋いで、読みが『キズナ』とか……うへへ」
タゴサクは、三人の名前を組み合わせた錯綜の愛を提案したが、そこから三人の奥義の名前を組み合わせようと思いついたと言っていた。
タゴサクは【全テヲ滅スル光】で光。
ソーニャ【夢ノ庭ニ笑顔ノ花咲ク】で花。
イアは【我ハ黒ノ執行者】で翼。
となっている。イアだけは奥義名に「翼」の文字がないが、奥義の見た目に翼が関係しているので採用した。
「お兄ちゃんのよりはマシよね。錯綜の愛は勘弁だわ。錯綜してるのは二人だけでしょ」
「ソーニャが考えた、ご主人様とペットと可憐な少女も大概だぞ。もう一つの、美少女とケダモノも同レベルだ」
「二人ともネタに走るんですからダメダメですね」
「イアが言うな!」
「わたしはネタじゃないですよ。めっちゃ真剣です。みんなに伝えた時も、わたしのが一番いいって言ってくれたじゃないですか」
パーティー名は知り合いに教えてある。ナンパやミディーリたちだ。
全員がなんとも言えない顔になって、イアが一番マシだと答えた。どれもこれも酷いが、三人の中ではまだマシだという苦渋の選択だ。
「私たちだけバカにされるのは納得いかないわね。ミディーリたちのパーティー名も大概なのに」
「【美少女トリオ】だもんな」
ミディーリは、サンサンやルーシャとパーティーを組む。
ミディーリとサンサンは確かに美少女だ。文句をつけようがない。
問題はルーシャで、本人もデブデブと言っていたように美少女とは呼べない。
なのに、【美少女トリオ】だ。他のプレイヤーから総突っ込みが入る情景が目に浮かぶ。
「美少女トリオって聞いて見に行けば、一人デブデブが含まれてる。すっげえ自虐ネタ。さすがルーシャだな。美少女とメス豚にするよりも自虐的だ」
「お兄ちゃんは知り合いなんだっけ?」
「ちょっと会っただけだが、一応知り合いだ。ユニークな人だぞ。恋愛感情抜きにしても、友達付き合いすれば絶対面白い」
イアがいる前で、別の女性を褒めちぎるのは気が引けた。「恋愛感情抜き」の一言を入れて逃げ道を用意したのだ。
なお、ミディーリたちのパーティー名以外は、以下となっている。
ユメ、レン、シンガーの三人は、【レンと一緒】。
ナンパは美少女二人のナンパに成功し、【シスターズ】。
友人たちと試合で当たるかどうかは分からない。
タゴサクの個人的な希望を述べるなら、ナンパとは一対一で戦う約束をしているので、パーティー戦では当たりたくないところだ。
逆に、ミディーリたちやユメたちとは戦ってみたい。
組み合わせは発表されていないので、どうなるかは明日のお楽しみだ。
「パーティー戦もいいけど、私は美少女プレイヤーランキングの試合が気になってるわね。トキヒメと戦いたい」
「組み合わせ次第だろうな。決勝戦まで行けば確実に当たるが」
「トキヒメの実力からして優勝候補でしょうしね。私のレベルじゃきついかな」
「ソーニャちゃんは、参加できるだけいいよ。わたしも美少女プレイヤーランキングの試合に参加したかった。ソーニャちゃんと戦いたいの」
「私を倒してお兄ちゃんをもらう、とか?」
「違うよ!」
タゴサクたちは、個人戦は別々の試合に参加するため、対戦は実現しない。
ソーニャとイアの親友対決、タゴサクとソーニャの兄妹対決は面白そうだが、残念ながら無理だ。
戦うとすれば場外戦になる。
こちらも、メインの試合で忙しく、余計な試合をする余裕はなさそうだ。
早々に敗退すれば別だが、簡単に負けるつもりはない。
「なあ、目標ってあるか? どこまで勝ち進みたいとか」
「私は可愛い服を見せびらかす! 完全下位互換じゃないって証明するのよ! あとは打倒トキヒメ!」
「ソーニャの服は、俺も見てないが、イアは?」
「わたしにも見せてくれないんです」
「クエストで苦労したおかげで、可愛く仕上がってるわよ」
服を買うクエストは、染料となるアイテムの入手だ。
植物染料、動物染料、鉱物染料があり、モンスタードロップや宝箱からの入手になる。
染料の種類により、服の色や模様が変化するらしい。
タゴサクは【蟷螂剣】や【ゴブリンレイピア】などを持っているが、モンスタードロップの武器を鋳潰せば鉱物染料になる、という具合だ。
ソーニャにあげてもよかった。剣を失うのは寂しいが、ストレージの肥やしになるよりもソーニャが活用する方がいいと思った。
植物染料が欲しいと言って、自力で入手していたのであげなかったが。
「ソーニャの服はいいとして、イアの目標は?」
「わたしはパーティー戦での優勝ですね。絆を見せてやるんです。個人戦は、勝ち負けよりも【大虐葬送殺無塵】を使って大暴れできれば満足です。大鎌の武器ですし、黒い死神のイアになって命を刈り取る……うっへっへ」
「俺の目標は、イアは分かってるよな? 『サクさん、素敵です!』って言わせてやる。無理に言えとは要求しないが、素敵だって感じれば素直になって欲しい」
「ほんのちょーっとだけ考えてあげますよ」
「素直じゃねえ……」
いつでもログアウトできる状態でありながら、三人の誰もがログアウトすると言い出さない。
今日という日を終わらせないように、くだらない話題を続けた。
結局、ログアウトしたのは日付が変わってからだ。
八月三十日。待ちに待った日が訪れる。
第4章は終わりです。
明日から第5章になります。




