九十九話 開会式
午前九時前になり、第一闘技場にはプレイヤーたちが集合していた。周辺の観客席で思い思いに座っている。
闘技場は複数あるので、第一闘技場、第二闘技場と名前がつけられている。第一闘技場はメインとなる場所だ。
闘技場の上には、二人の男性と一人の女性が立っている。
三人ともタゴサクが知っている人だ。テレビでよく見かける。
隣にいるソーニャに話しかけてみる。
「あの人たち、アナウンサーだよな?」
「多分ね。今日のために、プロのアナウンサーに仕事を依頼したの? 力入ってるわよねえ。試合でも司会とかするのかな?」
「ありそうだ」
淡々と試合を進行しても盛り上がりに欠ける。かといって、トークのうまい素人では役者不足だ。
せっかくの一大イベントなので、プロに依頼したと考えるのが自然であろう。
やがて九時になると、男性アナウンサーがマイクを持って話し出す。
「プレイヤーの皆様! 大変長らくお待たせいたしました! これより、開会式を始めます!」
開会宣言だ。プレイヤーから、わっと歓声が沸いた。
静まるのを待ち、アナウンサーは続ける。
「私をご存知の方もいらっしゃると思いますが、ここでの名前はマイクです! マイクがマイクを持ってしゃべっております! 以後、お見知りおきを!」
「同じく、スッピーです! スピーカーから取った名前になります! スピカにする手も考えました! おとめ座の一等星スピカです! おっさんがスピカはキモいので自重しました! はいそこ! スッピーもキモいとか言わない!」
「みなさん、おはようございます! アンです! 名前の由来はアンプです! おバカな男性二人とは違って、真面目にいきますよ!」
男性アナウンサー二人のプレイヤー名は、マイクとスッピー。女性アナウンサーはアンだ。
三人とも、テレビで見る時よりもはっちゃけている気がする。バラエティー番組以上にノリがいい。
三人を代表し、マイクが話す。
「開会式といっても、長々とは続けません! こんなもんどうでもいいから、さっさと戦わせろやコラ! という心の声が聞こえますので! というわけで、早速この方に登場していただきましょう! どうぞ!」
「ハーッハッハッハッ!」
マイクが言えば、どこからともなく高笑いが聞こえた。会場全体に響いているせいで、どこにいるか分からない。
キョロキョロと見渡せば、誰かが「上だ!」と声を上げた。
天井は物凄く高い。百メートル以上はありそうなそこに、誰かが浮いていた。
プレイヤーたちが気付いたところで、マイクも大げさに驚く。
「おーっと、あれはなんだ!? 鳥か!? 飛行機か!? いや、あれは!」
お決まりのフレーズを口にすれば、ドラムロールまで鳴り響く。無駄に凝った演出だ。
浮かんでいた人が闘技場に降りてきて、スタッと着地を決めた。
スポットライトに照らされつつ、白いマントをバサッとひるがえし。
「シンオウ、参上!」
高らかに名乗りを上げた。
ついでに「ジャジャーンッ!」という効果音も鳴っている。金色の紙吹雪が舞い散っている。スポットライトは今も照らしている。
無駄にド派手な登場だが、この瞬間、プレイヤーたちの心は一つになっていた。
誰だよお前! と。
全く知らない人だ。トキヒメのように有名なトッププレイヤーではなく、アナウンサーたちのように現実での有名人でもない。
どこにでもいそうな中年男性だった。割かしイケメンと言えるだろうか。
中年男性は、無駄に決まったポーズで自己陶酔している。無駄の塊だ。
レアステラにいたモンスター、【スマートゴブリン】を思い出した。
「【スマートゴブリン】みたい」
タゴサクと同じ感想をソーニャも抱いたようで、小さく口に出した。
「スマートだがアホな奴だったよな。あの人そっくりだ」
アホな部分がそっくりだと感じた。
タゴサクの感想が特別失礼とは言えない。多くの人がアホだと思っていそうだ。
シンオウと名乗ったアホな中年男性は、ポーズに満足したところで話し出す。
「諸君、待たせたな! 我はシンオウだ! 神の王と書いてシンオウである!」
だから誰だよお前は! といった声が続々と発せられる。
「我の名はシンオウ! しかしてその正体は……SOSの開発責任者である! すなわちっ! ゲームマスターなのだっ!」
アホな中年男性の正体は、SOSの開発者だった。
開発者だろうとゲームマスターだろうと、アホには変わらない。
「ゲームマスターは神だ! ゆえにシンオウ! 女性限定で『シン君』と呼ぶことを許そう!」
やはりアホだった。プレイヤーたちからも、「キモい!」とか「いい歳したおっさんが何やってんだ!」とか「奥さんと子供が泣いてるぞ!」とか大好評である。
シンオウの年齢なら妻子がいても不思議ではない。今の姿を見れば確実に泣く。
プレイヤーの突っ込みを意に介さず、シンオウはノリノリである。
「さあ、麗しき女性プレイヤーたちよ! 遠慮する必要はない! 自分に正直になるのだ! 声を合わせて呼びたまえ! せーの、シンくーん!」
当然ながら誰も呼ばない。「全国のシン君に謝れ!」とか「俺の名前にもシンって入ってるのにどうしてくれるんだ!」とか、罵声ならひっきりなしだが。
タゴサクたちの仲間にもシンガーがいるせいで、視線が彼に向けられる。
「あの……僕とあの人を一緒にしないでください。勘弁です」
「女性に色目を使う部分、そっくり」
ユメの厳しい一言があり、シンガーが落ち込んでしまった。
一人の男性が心に傷を負いながらも、ひたすらノリノリのシンオウは続ける。
「うむ! 黄色い声援が聞こえたな! モテる男は辛い!」
野太い罵声しか聞こえていないが、シンオウの耳には何かが届いたのだ。多分。
「さて、女性プレイヤーからの『シン君、素敵!』や『シン君、イケメン!』の言葉を頂戴したことだし、本題に入ろう! まずは、こうして大勢の人が集まってくれたこと、開発責任者としてお礼申し上げる! 今日と明日の二日間、一緒にPvP大会を盛り上げていこうではないか!」
前半はともかく、後半はまともな挨拶になった。
「ルール説明などは省略する! 長過ぎてとても説明し切れない! 聞く方も退屈だろう! 参加者には既に通知しているし、熟読してもらいたい! 我から言えることは一つだ! 二日間、思い切り楽しめ! 以上!」
シンオウの言葉が終わり、アナウンサーにバトンタッチだ。
強烈なキャラの前に、三人のアナウンサーたちが霞んでいる。三人の自己紹介もユニークだったが、シンオウはレベルが違う。
「シン君、ありがとうございました!」
「シン君の挨拶は素敵でしたね!」
「男がシン君と呼ぶな! シンオウ様だ!」
「シン君、格好いい!」
「女性ならオッケーだ! どんどん呼んでくれたまえ!」
マイクとスッピーは無下に扱い、アンだけには優しい。
「ますますシンガーそっくり。シンガーの二十年後の姿」
「すみません。反省しますのでやめてください」
シンオウたちの漫才に加え、ユメとシンガーの漫才もあった。
が、それはぶっちゃけどうでもいい。
「えー、スポーツの大会でしたら、ここで選手宣誓でもあるんですかね? あるは国歌斉唱? 全部省略させてもらいます。これからの流れを簡単に説明して、いよいよ試合開始となります。シン君……じゃなかった。シンオウ様のためにも女性に説明してもらいましょう。私やスッピーよりもアンが適任です」
「はい。では、僭越ながら私が説明をします」
アンの綺麗な声で説明が行われる。
「皆様もご存知の通り、この会場には第一闘技場から第八闘技場まであります。この中で、第六闘技場、第七闘技場、第八闘技場は、自由に戦える場所となっていますので、好きにお使いください。第一闘技場から第五闘技場では、すぐに試合が始まります」
場外戦ができる場所が、第六闘技場から第八闘技場になる。
試合の進行が遅れた場合は、ここも試合で使うため、予備の闘技場とも言える。
試合が優先で、試合がなければ自由に使ってもいいわけだ。
「試合に参加する皆様には通知が届きます。遅れないでくださいね。試合に間に合わなければ不戦敗となってしまいますよ。メニュー画面からマップを確認できますし、道に迷う心配はないはずです。最初の試合に出場するプレイヤーには、既に通知が届いていると思います」
「俺にも届いてるな。すぐにパーティー戦だ。ソーニャとイアにも届いてるか?」
「届いてるわよ」
「同じく、届いてます」
タゴサクたち三人は、いきなり出番だった。第三闘技場でパーティー戦になる。
「今は、午前九時二十分ですね。最初の試合は午前十時に開始ですので、時間には余裕があります。心の準備を整えてから移動してください。以降も順次試合が組まれます。今通知が届いていない人も、いつ出番になってもいいよう準備していてください。外には屋台もありますし、遊びに行くのは構いません。ご友人の試合を観戦するのもいいでしょう。脱水症状にならないよう、適宜ログアウトして、休憩もしてください。ただし、自分の試合に遅れれば不戦敗となることは頭にとどめておいてください。私からの説明は以上です」
アンが説明を終えれば、会場が割れんばかりの大拍手が巻き起こった。シンオウの時とはえらい違いだ。
「ありがとうございました! シンオウ様との人気の差が明らかでしたね! 私、マイクからも補足説明をしておきます! 各試合では、私たちが司会を担当させていただきます! 試合が行われる闘技場は五つありますし、私たち三人では足りませんが、他のアナウンサーもいますのでご安心ください!」
ソーニャの予想は正しく、アナウンサーたちは司会を担当してくれるとの話だ。
「では、最後にシンオウ様、一言よろしくお願いします」
「うむ、任された。PvP大会の開催をここに宣言する! 存分に暴れろ!」
シンオウが締めくくり開会式は終わった。
なんというか、SOSらしい異様な開会式だったと言えよう。
特にシンオウが印象的だ。絶大なインパクトを残してくれた。
プレイヤーたちも敬意を表して「シンオウ様」と呼んでいる。
「様付けしてるのに、まるで敬ってるように聞こえないのも凄いよな」
「私の中でも、完全にシンオウ様で固定されたわね。シン君とは呼ばないけど」
「呼んでやれば喜ぶんじゃないか?」
「嫌よ」
タゴサクとソーニャが会話をする横で、イアは目を輝かせている。
「シンオウ様はともかく、空中に浮いてたのは格好よかったです。あんな風に空を飛べたら気持ちいいですよね」
「イアは奥義で飛んでただろ?」
「あれは、あんまり飛んでるって感覚がないんですよ。見えない足場の上に立っているイメージです。ずっと飛べるわけでもないですし」
「開発責任者って話だし、特別な仕様なんでしょうね。私たち一般のプレイヤーには無縁よ」
「開発者ならなんでもござれだよな。んじゃ、闘技場に向かうか」
パーティー戦が行われる第三闘技場へと移動する。
ナンパ、ランディス、リンディアは、第一闘技場で試合だ。
他の闘技場でもパーティー戦が行われる。最初は全てパーティー戦からだ。
闘技場ごとに、ここではパーティー戦、ここでは金色の試合とすれば、複数に出場するプレイヤーが被ってしまうためだ。
ミディーリ、サンサン、ルーシャは、すぐには試合がない。出番はかなり後ろになるため、三人で屋台を回ると言っていた。タゴサクたちを応援しないのは、勝つと信じているかららしい。
ユメ、レン、シンガーの三人は、第三闘技場の四試合目が出番となっている。
自分たちの試合を待つついでに、タゴサクたちを応援してくれると言っており、一緒に第三闘技場に向かう。
六人で歩いているが、ソーニャとイアの表情が硬かった。
「緊張してきちゃった」
「わたしも緊張してる。いきなり負けたくないし」
「リラックスしろって言っても難しいだろうが、試合を楽しむ気持ちでいればいいんだよ。負けたって敗者復活戦もあるしな」
「お兄ちゃんは緊張してないの?」
「多少してるが、バスケの試合で慣れてる。試合前のこの緊張感がいいんだ。燃えてくる」
中学生時代、バスケの試合に臨んだ時を思い出す。
試合前は緊張する。対戦相手が弱く、ほぼ確実に勝てると思っていてもだ。
バスケの試合はトーナメントだし、負ければそこで終わる。
百回試合をして、九十九回勝てる相手だとしても、本番で残りの一回を引き当ててしまえばおしまいだ。やり直しはきかない。
三年生の時など、最後の大会だから負けたくないし、それはもう緊張した。
あの時に比べれば、今はまだマシだ。
「タゴサク君が真面目な顔してる。珍しい。学校でもそれにすればいいのに」
「俺がいつもこれだと、レンさんは逆に怖くならないか?」
「なるね。でもまあ、ギャップがいいとも言えるかな。戦いに臨む男の顔って格好いい。ね、ユメ?」
「お兄さん、素敵です! 頑張ってくださいね! キャパッ!」
「ユメさんのアイドルモード、久々に出ましたね。ありがとうございます」
ユメにエールをもらい、イアの顔をチラチラ見る。
「イアにも素敵ですって言って欲しいな。チラッチラッ」
「擬音を口に出さないでください。試合のどさくさに紛れて、サクさんをPKしますよ」
「そしたらイアも負けになるぞ。パーティー戦で優勝するんだろ?」
「相手を全滅させれば、サクさんもPKできますね。これでいきます」
「お二人は、相変わらず難儀な関係ですねえ」
シンガーが呟いたが、これでも進展はしている。
まあ、タゴサクとイアの関係は横に置いて、パーティー戦のことを考えよう。
パーティー戦は、まずは予選があり、勝ち抜けば決勝トーナメントに進める。
参加者が多く、千組近くのパーティーが参加しているため、いきなりトーナメントを実施するのは現実的ではない。絶対的に時間が足りない。
だから予選で数を絞り込む。
八組二十四人が一斉に戦うルールだ。
試合時間は一分と短い。一分が経過すれば、HPが残っていても試合は終わる。
勝敗は、与えたダメージと食らったダメージの割合で決まる。
HPが50のプレイヤーがいたとして、20のダメージを与えれば、四割削ったことになり40ポイント入る。自分のHPを三割削られればマイナス30ポイントで、差し引きプラス10ポイント。
こうやってポイントを決めて、三人の合計ポイントが最も多いパーティーの勝ちだ。勝った一組だけが決勝に進める。
フレンドリーファイアは発生するが、同じパーティーのプレイヤーにダメージを与えてもポイントにはならない。しかし、ダメージを食らった側はマイナスになるので、イアがタゴサクをPKする行為は百害あって一利なしだ。
「戦い方だが、最初に少しだけ準備して、あとはとにかく攻撃あるのみでいいんだよな? 小難しい連携とか考えずにひたすら攻撃」
早い話が、ごり押ししようという脳筋な作戦だ。作戦でもなんでもない。
だが、これが理に適っている。
三人が死んだとしても、マイナス300ポイントにしかならない。
死ぬ前に十人を倒しておけば、プラス1000ポイントになる。無論、他のプレイヤーに邪魔されず、HPを全て削り切ればの話だが。
とにかく、これなら全滅してもプラス700ポイントも稼げる。
どれだけHPを削られようが、最悪全滅しようが、ポイントさえ多ければ勝ちなのだ。攻撃を第一に考えるのは間違っていない。
「ソーニャは紙装甲だし、あっさり死にそうだが、ポイントを稼いでから死んでくれよ」
「分かってるわよ。和装で参加するんだし、足を引っ張らないようにするわ」
「ソーニャさんは、その藍染の服で参加するんですか?」
シンガーの問いに、ソーニャは首を横に振った。
「これじゃありません。別の服に着替えます。今日のために、一億九千万スターもする服を買ったんですよ」
「い、一億九千万?」
「あたしたち三人の所持金を合わせても、全然足りないね」
シンガーが驚き、レンが呆れる。ユメは無言だが、顔が引きつっていた。
「こいつ、バカでしょ? 防御力は紙で特殊効果もなし。単に可愛いだけの服に一億九千万も使うとか」
「可愛いは正義!」
「素敵なこだわりだと思います」
「さっすがシンガーさん。お兄ちゃんと違って理解ありますね」
「なあ、ソーニャ。社交辞令って言葉、知ってるか?」
「お兄ちゃんはうるさい。私が好きでやってるんだしいいでしょ。それに、ちょっと防御力を上げても意味ないしね。回復もあんまり意味なくて攻撃が一番よ」
確かに、防御力を高めても効果は薄い。極論、一切のダメージを食らわなかったとしても、ポイントはプラスにならないからだ。
他のプレイヤーにポイントを稼がせないことにもなるので無意味ではないが、攻撃してポイントを稼ぐ方がいい。
回復はもっと意味がなく、他人のポイントになるだけだ。有効なのは、終了直前に回復するくらいだろうか。
「わたし、一応回復魔法も入れてますけど、使えるか分からないんですよね」
「使えれば使う。最優先は攻撃でいいだろ」
予選の戦い方を相談していれば、第三闘技場に到着した。
三十メートル四方の闘技場になり、二十四人が動き回れる広さがある。
さあ、試合まであとわずかだ。




