八十九話 指輪
四十七の星で最高難易度を誇る【難星グンマー】。
タゴサクたちは、ここで女神の情報を集めている。
コダるプレイヤーとして嫌悪の目で見られながらも、NPCから話を聞いて回った結果、女神に関連していると思しきクエストに行き当たった。
民家にいるNPCからこんな話を聞けた。
「女神様を祀った神殿があるが、不届き者が根城にしているんだ。勝手に神殿内をいじったりとかもしてて、荒れ果てている」
「その不届き者を倒せばいいんですか?」
タゴサクの問いかけに対し、情報を教えてくれたNPCは首を横に振った。
「いんや、違う。不届き者ごとき、傷つこうが死のうが構わないが、女神様の神殿を血で汚すのはご法度だ。バチが当たる。傷つけずに退去させてもらいたい。あんたらが傷ついてもダメだぜ」
「ちょ、ちょっと待ってください。俺たちにできるかどうか分からないので、仲間と相談したいです」
「やってくれるなら、オレに声をかけてくれ」
非常に面倒臭そうな内容なので、タゴサクは即断しなかった。
一緒にNPCの話を聞いていたソーニャやイアと相談する。
「どうする? 受けるか?」
「難易度が読めないわよね。単純に倒すよりも簡単なのか難しいのか」
問題があるクエストだ。ソーニャが言うように、難易度が読めない。
モンスターを倒すとなれば、レベルによって可能か不可能かを判断しやすいが、血で汚すのはご法度と言われている。
傷つけるのも傷つくのもダメとなると、戦闘行為自体がタブーだ。
戦闘をせずとも、出て行くよう頼めば出て行ってくれるならいい。
それでは逆に簡単過ぎるし、退去させる条件があるはずだ。
条件次第では、難易度が大きく変化する。
「SOSじゃ血は流れないって理屈は通じないか? ゲームだし、未成年の教育に配慮して、健全な仕様になってるよな。要するに、血を流してないから攻撃してもオッケーだ」
「さすがに通じないんじゃない?」
「じゃあ、イアが覚えてる奥義……【正シキ者ハ死セヨ】だっけ? 即死攻撃だから傷つけてないし血で汚してもいない。どうだ?」
「ドヤ顔されましても、通じないと思いますよ。屁理屈にもなってません」
タゴサクが出した二つの案は、ソーニャとイアに否定された。
ならば考え方を変える。
「俺たちは女神と何度も戦ったよな。実体じゃないだろうが、当の本人……本神? とにかく女神自身を傷つけてるのに、バチが当たるとか言われても今さら感が半端ない。シカトしても許される?」
「絶対に通じないわね。なんなら聞いてみれば」
NPCへの質問はまとめて行うので、他の問題点も洗い出す。
「神殿は町の外にありますし、モンスターやプレイヤーと戦闘になりますよね」
イアが言った内容も大問題だ。
最高難易度と言われるのは、だてではない。モンスターが非常に強いと聞く。
コダるタゴサクたちは、PKの危険性も高い。
神殿にたどり着く前に殺されそうだ。
「退去させる方法も不明だし、やめとく方が無難か……」
タゴサクはやめる方向で考え始めていた。
一応、聞くだけ聞いてみることにし、NPCに疑問点をぶつける。
「血が流れるとか流れないとかの問題じゃない。戦闘行為は厳禁だ。退去させる方法は、女神様の使徒でもご降臨されれば、恐れおののいて逃げ出すんじゃないか」
タゴサクの理屈は通じず、戦闘行為は禁止だった。
退去させる方法もよく分からない。女神様の使徒とは誰のことを指すのか。
「トキヒメさんでも連れてこいってか? 女神って呼ばれてるプレイヤーだし」
「ないわね。特定のプレイヤーしかクリアできないクエストは絶対にない。ゲームの大前提よ。ゲームのルールは、全プレイヤーに公平でなきゃいけないの」
オンリーワンの装備やスキルがないのと同じだ。
ゲームのルールは、全てのプレイヤーに対して公平。これは鉄則である。
バスケの試合で、タゴサクだけが特別扱いを受けるのはあり得ない。反則が反則にならないとか、ゴールを決めれば特別に百得点とかだ。
それはもはやバスケではない。
冗談で言ってみただけだ。本気でトキヒメを連れてくるとは考えていない。
「ジョブはどうです? 女神様の使徒に近い名前のジョブに就くんですよ」
「俺は、それっぽいジョブに心当たりがないぞ」
「黒なら、【黒天女】か【黒冠聖女】あたりでしょうか」
「橙色は、【天成灯貴】とか?」
「そんなのでよければ、鈍色にも【教祖】や【教皇】があるぞ。いくらなんでも苦しいだろ」
トキヒメを連れてくるという意見に比べれば、ジョブが関係する方があり得る。
各色に最低一つは正解のジョブを用意しておく。これは公平だ。
もし、「女神」だの「使徒」だのというジョブがあれば、イアの意見が正しいと思える。
天女や聖女が女神の使徒かというと疑問だ。
絶対に違うとは言い切れないが、可能性が高そうなものが別にある。話している最中に思いついた。
「ニフナジュレタの装備品を身に着ける?」
「ありそう!」
「ありそうです!」
タゴサクの出した意見は、二人の支持を得られた。
女神のイベントをクリアした中で、ニフナジュレタの名前がつく装備を入手している。これを装備すれば、女神の使徒と見なされるのではなかろうか。
ただし、これにも問題はある。
「俺、持ってない……」
「なんで? 【ニフナジュレタの癒し】を手に入れて……あ、PKか」
「そうなんだよ。昨日のPKで奪われたんだ」
「タイミング悪いわねえ」
ソーニャはPKされていないので、【ニフナジュレタの癒し】を持っている。
イアはPKされたが、奪われたのは【ニフナジュレタの祈り】だ。同じアイテムを奪っても意味がないので、タゴサクとは別のアイテムにしたのだろう。
つまり、イアも【ニフナジュレタの癒し】を持っている。
タゴサクだけが何も持っていない。
ソーニャとイアが【ニフナジュレタの癒し】を装備し、不届き者とやらを退去させれば、タゴサクもクリア扱いになってくれるかもしれない。
しかし、クリアにならない可能性の方が高そうだ。
よりにもよって、金色になりたがっているタゴサクだけが持っていないとは、運が悪い。
「サ、サクさん……ちょっとお話が……」
「他にありそうな案が浮かんだ?」
「そうじゃなくてですね……ソーニャちゃんは、悪いけどここにいてくれる?」
「お兄ちゃんと二人になりたいの? あー……はいはい、なんとなく分かったわ。いってらっしゃい」
イアはタゴサクを連れて民家を出た。
そのまま、プレイヤーの姿が見えない裏路地に入り込んで行く。
キョロキョロと挙動不審に周囲を見渡して、誰もいないことをしきりに確認していた。
「愛の告白でもしてくれるのか?」
タゴサクが茶化しても、イアは否定しない。普段なら否定しそうなものなのに。
まさか、本当に告白だとでも。
イアは無言のままでメニュー画面を操作し始めた。
何かと思っていると、タゴサクにアイテムが届く。
「あ、あげます……」
「譲渡はルール違反だぞ。しかもこれ、【ニフナジュレタの癒し】じゃないか。受け取れないって」
「サクさんは鈍いです。鈍色だからって鈍くならないでください」
「鈍いって言われてもな」
「【ニフナジュレタの癒し】が何か、忘れたんですか?」
「【真南都カンナ】で、枯れ木に花を咲かせたら女神様が出現したな。その時にもらったアクセサリだ。一度だけHPを全快できる効果になる」
装備の説明をつらつらと口に出したが、イアはむくれていた。
お気に召さない答えのようだ。
「本当に鈍いです。ロマンチックじゃないです。【ニフナジュレタの癒し】は指輪なんですよ? 覚えてないんですか?」
「覚えてるが……え?」
「わたしがあげたいんです。サクさんに受け取って欲しいんです。ダメですか?」
「ダメっつうか……あの、なんだろ……意味があったりとか……」
クエストをクリアするために必須だから、アイテムを譲渡する。
ただそれだけの意味には思えない。
指輪を持っているのは偶然でも、指輪を渡す行為に意味を込めている。
「サクさん、言ってましたよね。告白したのはわたしが初めてで、PKもわたしが初めてだって。わたしたち三人で決めた、アイテムを譲渡しないルール……わたしが初めて破るのはサクさんです。ちょ、ちょっと苦しい初めてですけど、もらって欲しいです」
最後は消え入りそうな声になっていたが、イアは言い切った。
指輪をもらって欲しいと。
イアが可愛い。非常に可愛らしい。
「本当はですね、交換したかったんです。サクさんの指輪をわたしがもらって、わたしの指輪をサクさんにあげて。なのに、なんで奪われちゃうんですか? サクさんはバカなんですか? ここぞって場面でしくじるのがサクさんですよね」
タゴサクを罵るイアの顔は、真っ赤に染まっていた。
これは、もしかしてもしかすると。
「俺と付き合ってくれる?」
「付き……言いません!」
「そりゃないだろ! 指輪をくれるって、告白の返事がオッケー以外になんの意味があるんだ! 素直になってくれよ! 俺はイアが好きなんだぞ!」
タゴサクは何度も気持ちを伝えており、そのたびに拒絶されていた。
今度こそオッケーをもらえたと思えば、イアは言葉にしてくれない。
「まだ早いです! 教育は終わってません! サクさんがSOSを引退する日まで教育するんです!」
「んじゃあ、八月末に返事をくれるんだな!? 絶対だな!?」
「試合で格好いいところを見せてくれたら、ほんのちょーっとだけ考えてあげてもいいです!」
「素直じゃねえ! 見せるさ! いくらでも見せてやる! イアに『サクさん、素敵です!』って言わせてやるからな!」
「サクさんが素敵とか、ちゃんちゃらおかしいですね! ぶんぶく茶釜ですね!」
「意味分からんわ!」
「とにかく! 指輪はあげます! 女神のイベントもクリアしちゃいましょう!」
言うだけ言ってから、イアは脱兎のごとく逃げ出した。
タゴサクは、しばし頭を冷やしてから民家に戻る。
なぜかソーニャの胸に顔をうずめるイアがいた。
「何やってんだ?」
「イアは、素直になれなくて自己嫌……ひゃっ」
イアがソーニャの胸を鷲掴みにしたせいで、言葉が途中で止まった。
「女同士だからって、セクハラで通報するわよ!」
「余計なことを言うソーニャちゃんが悪いもん!」
「分かったわよ。言わないって」
イアが落ち着いたところで、クエストを受けることにした。
PKやモンスターはどうするかだが、ソーニャとイアが盾になってくれる。
「人生で一度は使ってみたいセリフってありますよね。『ここはわたしに任せて、先に行け!』です。というわけなので、PKが襲ってきたら、わたしがサクさんを守ってあげます。セリフを使ってみたいだけですよ! 他意はありません!」
要は、二人で足止めしてくれるので、タゴサクは女神の神殿まで駆け抜けろと言いたいのだ。
妹と好きな子を犠牲にし、一人だけで先に進むのはダサい。タゴサクが足止め役になり、二人に対して「ここは俺に任せて」と言いたいところだ。
が、今の状況でくだらないプライドにしがみつくのは、もっとダサい。
「足止め、頼んだぞ」
「頼まれました。その代わり、成功させてくださいね。失敗したり死に戻りしてきたりすれば、教育しますよ。猫ちゃんです」
「ソーニャも頼むな」
「できるだけのことはやるわ。私って、なんて健気な妹なのかしら」
方針も決定し、NPCに話しかけてクエストを受ける。
戦闘用にスキル構成を見直して、いざ出発だ。
フィールドに出ようとして町を歩けば、何人かのプレイヤーがついてきている。
コダるプレイヤーをPKしたいのだろう。戦闘が可能になれば襲ってくると思われる。
「行くぞ!」
フィールドに出た瞬間、三人そろって全速力で駆け出した。
このまま逃げ切れれば一番いいが、そんなに都合よくいかない。
プレイヤーたちが追いかけてくる。ステータスの差で足の速さも決まるため、相手の方が速い。
後方から魔法が放たれる。モンスターまで出現する。
どこもかしこも敵だらけで目が回りそうだ。
素直に行かせてはくれなかった。
「【赤ヲ染メシ双ノ橙】!」
「【命ヲ壊ス黒紅点!】
ソーニャとイアが奥義を使用した。
敵を足止めする準備に入る。
「【星ヲ包ミシ双子ノ王】!」
臨戦態勢は整った。二人と一緒なのはここまでだ。
「ここはわたしに任せて、サクさんは先に行ってください!」
厨二病セリフを言えてイアは満足気だ。
「出し惜しみなしでいくわよ! 【吹キ飛ビ舞散レ】!」
ソーニャの奥義で、敵を上空に打ち上げた。
プレイヤーもモンスターもまとめて吹っ飛ばす。
【星ヲ包ミシ双子ノ王】の効果で二倍の威力になっているにもかかわらず、【吹キ飛ビ舞散レ】のみで倒せた敵はいない。相当強い証拠だ。
「【星ヲ奪イシ蠍ノ王】!」
上空の敵をイアの奥義で落とす。さそり座のボス【アンタレス】がドロップした奥義だ。
撃ち漏らした敵には、別の奥義をお見舞いする。
「【豊ナル穣ノ声】!」
「【白ヲ斬リ裂ク闇】!」
二人とも、SPやMPに糸目をつけずに攻撃しまくっている。
最初から勝てるとは考えていない。どうせ負けるなら、SPやMPを温存しておいても意味がないし、強力な奥義を使いまくっているわけだ。
二人とも、スキルと魔法の枠をほぼ奥義で埋めている。
PKされる瞬間まで撃ち続けるのみだ。
決死の足止めをしてくれる二人の少女を置いて、タゴサクだけが駆ける。
「黒のイアの底力、見せてやります! 【我ハ黒ノ執行者】!」
「橙色も忘れてもらっちゃ困るわよ! 【夢ノ庭ニ笑顔ノ花咲ク】!」
戦いを見届けられないのは残念だが、背後の頼もしい声を聞きつつ神殿へ。
クエストをクリアしてみせると決意を固めて。




