九十話 鬼ごっこ
「【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】!」
タゴサクはネコサクへと変身し、自身のステータスをアップさせる。
敵を倒すためではなく、敵から逃げるためだ。走るスピードを少しでもアップさせたい。
ネコサクに変身を遂げれば、次はシシサクになる。
「【星ヲ滅ボシ獅子ノ王】!」
鈍色の鬣をなびかせて、フィールドを駆ける駆ける。
町から追ってきていたプレイヤーは、ソーニャとイアが足止めしてくれている。
二人を倒したとしても、改めてシシサクに追いつけるスピードはないはずだ。
フィールドで遭遇するプレイヤーは、全速力で駆け抜けるシシサクを見て呆気に取られ、PKをするどころではない。
モンスターが出現した場合は殴り飛ばす。倒すのは無理でも逃げられればいい。
途中で奥義の効果が切れ、シシサクからタゴサクに戻るが、構わずにひたすら走り続けた。
そして、無事に女神の神殿にまでたどり着く。
そこは廃村だった。コモンステラに【テイヘーンの村】があったが、あそこからNPCを除いた村と表現すれば近い。
「【バースト】」
村の中で戦闘が可能かどうか確かめるために、タゴサクは魔法を使ってみた。
問題なく使えたので、廃村はフィールドと同様の扱いだと考えられる。
戦闘が可能ならモンスターも出現する。ここでモンスターに殺されては目も当てられないので、のんびりはできない。早く神殿に行く。
ボロボロになった民家が立ち並ぶ廃村の奥には、立派な神殿が鎮座している。
民家はボロでも神殿は綺麗だ。占拠している人たちが手入れしているのか、女神の神殿なので不思議な力に守られているのか。
タゴサクは、イアからもらった【ニフナジュレタの癒し】を装備する。
指輪を見ているだけで、イアの顔まで浮かぶ。素直になれずに照れて、でも指輪を受け取って欲しいと言っていた可愛い顔が。
あんなセリフを聞かされて発奮しなければ男じゃない。
「よしっ!」
自らを鼓舞して白亜の神殿に入って行く。
回廊を歩き、不届き者がいそうな場所を探す。
襲われる可能性があるため、警戒は怠らない。血で汚すのはタブーだと言われているし、攻撃されてダメージを受ければクエスト失敗になる。
いくつかの部屋を覗いても誰もいないが、しばらく探していれば見つけた。
NPCたちが中庭で酒盛りをしていたのだ。
年齢も性別もバラバラで、老若男女のNPCがいる。数は三十人ほどだ。
「んだぁ、てめえ」
若い男性NPCがタゴサクを見咎め、ドスの効いた声を発した。
赤ら顔だし酔っ払っているのだろう。
酔っ払いに話が通じるかは不安だが、左手の薬指に装備した指輪を見せつつ交渉する。
「神殿を占拠するのはやめてもらえないか? ここは女神様の神殿だぞ」
「そ、その指輪は……」
「まさか、女神様の使徒?」
狙い通りの展開になってくれた。【ニフナジュレタの癒し】を装備したタゴサクを女神の使徒だと誤解し、何人かのNPCは「ははーっ」と平伏する。
まるで某黄門様の印籠だ。
平伏しているのはお年寄りが多い。神殿を占拠していても、女神を信仰する気持ちは残っていると見える。
だが、全員が平伏しているわけではなかった。
子供のNPCは、事情を呑み込めないらしく、きょとんとしている。
若者のNPCは、タゴサクの言葉に従う気がなさそうだ。
先ほどドスの効いた声を発したNPCは、千鳥足でタゴサクに近付いてくる。
「なーんにも見えねえな。酔っ払いの目にゃあ、なーんにも見えねえ」
ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべてとぼけた発言をすれば、便乗するNPCが出る。
「オレも見えねえ。酔っ払いだもんなあ。仕方ないよなあ」
「アタシもだねえ」
酔っ払い集団は【ニフナジュレタの癒し】にビビる様子を見せない。
指輪を見せるだけで足りないようだ。ならば名乗ってみる。
「俺は女神様の使徒だぞ。ニフナジュレタ様の使徒だ。ひ、控えおろう!」
信憑性を持たせるために「ニフナジュレタ」の名前も出した。某黄門様の家臣が言っているセリフを記憶から引っ張り出し、真似もしてみた。
威厳など欠片もないが、嘘でも効果があるなら構わない。
タゴサクが名乗ったのに、NPCの若者は態度を変えなかった。
「酔っ払いにゃあ見えねえんだよなあ」
酔っ払い。繰り返されたこの言葉がヒントになりそうだ。
若者なので女神を信じていないとも考えられるが、酔っ払っているせいで気が大きくなっている可能性が高い。
指輪を見せれば解決すると思っていたのに、面倒な事態になった。
「女神のクエストだし、簡単にはいかないか。酔っ払いの目を覚まさせる方法っつうと……水でもぶっかける?」
何かしらの手段が用意されているはずだ。
RPGのお約束として、おそらく神殿内にある。
クエストを受ける際、女神の使徒が降臨すれば恐れおののいて逃げると聞いた。
酔っ払いの目を覚まさせる必要があるとは聞かなかった。
クエストを受けるプレイヤーは、ニフナジュレタ装備を身に着けることは思いついても、酔っ払いを正気に戻す手段は用意しない。
神殿内に手段が用意されていなければ、クエスト失敗になってしまう。
事前情報になかったことで失敗するとは考えにくい。
一旦、中庭から神殿に引き返し、鍵となるアイテムを探す。
若者のNPCたちは、タゴサクを追いかけてくる。剣や槍、棍棒などの武器も携えているし、攻撃する気満々だ。
神殿内で鬼ごっこが繰り広げられる。
勝利条件は、NPCから逃げ回り、キーアイテムを入手することだ。
NPCに見つかり攻撃されてしまえば失敗になる。
酔っ払いの動きなので、逃げること自体は簡単だ。相手は複数いるが十分に逃げ切れる。
ただし、モタモタとキーアイテムを探していれば追いつかれる。
探し物に夢中になり過ぎれば、NPCの接近に気付かず攻撃されてしまう。
「変なクエストだな! 普通に戦う方が楽だ!」
毒づきながら、タゴサクはアイテムを探し回る。
水なのか、薬なのか、他の物か。NPCを正気に戻すアイテムプリーズ。
部屋の中に入り、棚を漁ったり壺を割ったりと家探しを敢行する。
RPGの主人公になった気分だ。民家を漁るのは昔からのお約束である。
SOSもRPGだが、民家の中は漁れないようになっている。棚や壺を漁ってアイテムを入手することはできない。
今回は例外なのだろうか。
通常の民家では、家具などは破壊できない仕様だ。タゴサクが今やっているように、壺を割る芸当は不可能である。
不可能な行為ができているのは、どこかにアイテムが隠されている証拠と考えられなくはない。
それにしては、神殿が広過ぎる気もする。むやみに探して見つけるには相当運が必要だ。
「ダメだ、集中できない」
いつNPCが部屋に入ってくるか分からない上に、考え事までしていては、アイテム探しに集中できなかった。
大雑把に探してから部屋を出ると、通路でNPCと鉢合わせする。
「うおっ!」
女性NPCは棍棒を振り回してきた。物騒な攻撃を、体を沈めて回避する。
タゴサクの頭を狙った一撃が外れ、壁を砕いた。女性NPCの力が強いのか壁が脆いのか、どちらだろう。
ガラガラと音を立てて崩れる壁を見ながら、タゴサクは逃げ出す。
今のは危なかった。棍棒の攻撃を食らっていればアウトだ。
部屋を出るタイミングが少し遅かったとしても詰みだった。扉は一つしかないので、塞がれてしまえば脱出できなくなる。袋の鼠だ。
部屋に閉じ込められているうちに他のNPCも集まってきてジエンド。
いや、NPCが棍棒で壁を壊したように、部屋の壁を壊して脱出できるか。
「壁を壊す? なんで壊せるんだ?」
家具などを破壊できないように、壁だって破壊できない仕様になっている。
ダンジョンでも同様だ。ダンジョンの壁を壊し、正規ルートを無視して突き進む真似はできない。
ちょっとした物ならギミックとして活用できる。タゴサクも、ダンジョンにあった植物の蔦を使い、落とし穴に落ちたルーシャを助けた。
民家にせよダンジョンにせよ、開発者側が意図しない物を壊されてしまえばゲームが台無しになるため、システム的に不可能にして防いでいる。
神殿の壁が壊せるのは、開発者側が意図したことに違いない。
アイテムを探すだけなら破壊不可能にしておけばいいものを、なぜ壁まで壊せる仕様にしたのか。
クエストをクリアするために必要だからだ。
「方針変更!」
タゴサクは、壁を壊した先に何かがあると考えた。
思えば、ヒントはあった。クエストを受ける時に「勝手に神殿内をいじったりしている」と言っていた。
勝手に通路や部屋の入口を塞ぎ、何かを隠しているのではなかろうか。
隠されている場所を探す。ある程度、分かりやすくなっているはずだ。
あちこち走っていれば、それらしき場所を見つけた。
行き止まりになっている通路があるが、色が周囲と違うしヒビも入っている。
素人が突貫工事で塞いだような場所だ。
「【全力】!」
ここが当たりであると信じて、壁の破壊を試みる。
背後からはNPCたちが迫っている。破壊できなければ追い詰められて失敗だ。
「【バースト】!」
攻撃を加えていけば、ヒビが広がっている。壊せそうだ。
「【全テヲ滅スル光】!」
奥義を放ち、行き止まりになっていた壁を見事破壊した。
壊した壁の先に進めば、広い部屋に出た。聖堂というか会堂というか、礼拝のために作られたと思われる場所だ。
女神ニフナジュレタの像があり、神々しい雰囲気を感じる。
「ここか!?」
NPCの目を覚まさせるのは、女神様のお力である。ありそうな展開だ。
まあ、目を覚まさせる相手が酔っ払いのせいで台無しだが。
女神像の前まで駆け、仕掛けがないか調べる。
NPCたちも聖堂に入ってきているし、急がなければならない。
女神像を調べていると、急に輝き出した。
タゴサクが装備している指輪まで、女神像に共鳴するかのごとく輝いている。
光はタゴサクの全身を包み込むほど広がり、やがて収まる。
「な、なんじゃこりゃ!?」
思わず叫んだ声は、普段のタゴサクの声ではなかった。甲高くなっており、まるで女性のようだ。
手足を見ても細くて色白になっている。服装だって鎧からドレスに早変わりだ。
鏡がないので顔は確認できないが、きっと顔も変わっている。
変貌したタゴサクを前にして、酔っ払いのNPCたちは武器を落とし、跪いた。
口々に「女神様」、「女神ニフナジュレタ様」と言っている。
タゴサクの外見が女神ニフナジュレタのそれになっているようだ。
「えーっと……どうすればいいんだ?」
困惑するタゴサクだが、NPCたちは弁明の言葉を口にする。
「お、お許しください、女神様! 他に行き場がなかったんです!」
「神殿を占拠するのは不届きであると理解していました! だから聖堂の入口を塞いでしまいました!」
「信仰心はちゃんと持っています! 持っているからこそ、聖堂を塞いで見ないふりをしたんです!」
「説明セリフ、ありがとうございます」
プレイヤーへの種明かしだろうが、やけに説明臭いセリフだった。
これでクエストクリアだろう。女神の外見になっているタゴサクが、一言「出て行け」と告げれば、彼らは出て行く。
退去させる内容だし、出て行くよう告げればいいだけだが。
「行き場がないと言いましたよね? 町には住めないんですか?」
ここで退去させてしまうと行き場がなくなる。子供や老人もいたのに、かわいそうだ。
人々を愛してくださる女神様が追い出すかと考えると、追い出さない気がする。
追い出すなら、せめて行き場を確保してからにしたい。
そう考えて問いかければ、素直に答えてくれる。
「オレたちは町を追い出されたんです。町には戻れませんし、他に行くあてもありません」
「ここだけなんです。ここだけがオレたちの居場所です」
「弱ったな」
町には戻れないとの答えだった。
タゴサクがクエストをクリアするために、NPCを不幸にする。「お許しを、お許しを」と懇願する彼らを無理矢理追い出す。
ありと考えるか、なしと考えるか。
「後味が悪いっての」
悪人を成敗して万事解決! ならよかったが、無理矢理追い出す解決方法は後味が悪い。やりたくないのが本音だ。
これはゲームのクエストだし、追い出したとしてもどうせ占拠される。NPCがいなくなってしまえば、他のプレイヤーがクエストを受けられずに困るからだ。
逆に、追い出さなかったとしても改心しない。神殿を占拠する不届き者でなければクエストが成立しないため、やはり他のプレイヤーが困る。
メタな視点で考えるなら、遠慮せずに追い出せばいいのだ。
結果は何も変わらない。ただのクエストであり、定められたストーリーだ。
だが。
「神殿にいてくれて構いません。ただ、荒れ果てているのはよくないので、綺麗に使ってくださいね」
女神なら、人々を愛そうとするトキヒメなら、きっとこう告げる。彼らのSOSを聞き届ける。
タゴサクは、NPCたちを退去させることを断念した。
「ありがとうございます!」
「さすが女神ニフナジュレタ様!」
「すぐに神殿内を掃除します!」
NPCたちが聖堂を出て行った。
クエストの結果がどうなるかは不明だ。追い出そうと追い出すまいと、どちらにせよクリア扱いになってくれればラッキーだ。
もしも失敗なら、犠牲になってくれたソーニャとイアに謝ろう。
町に戻り、クエストを依頼したNPCに報告しようとした。
そこで、女神像から声が聞こえる。
「人々を救ってくださり、ありがとうございました」
女神像は女神像のままだ。先ほどは輝いたが、今は何も起きていない。
声だけが聖堂に響いている。
「ワタシでも同じように告げたでしょう。お見事です」
「やっぱりですか。女神様の気持ちになってみたんです」
答えるタゴサクの声は、元に戻っていた。
女神に変身する時間は終わりというわけだ。
「あなたには、この【ニフナジュレタの赦し】を差し上げ……」
何やらアイテムをくれると言いかけたが、女神の言葉が止まった。
「プレイヤーID……TY98HG55。プレイヤー名……タゴサク」
「俺の名前を?」
かつて、【星樹トチノキ】で発生した展開と同じだ。
となると、ひょっとして。
「クリア回数OK。女神の真名OK。ニフナジュレタ装備OK。プレイヤータゴサクは条件を満たしました」
以前と比べれば間が省略されているが、間違いない。
オーロステラに行ける条件を満たしたのだ。
タゴサクの考えを裏付けるように、女神は言葉を続ける。
「プレイヤータゴサクは、オーロステラへの移動条件を満たしました。移動用アイテム、【金色の星】を授けます。オーロステラに行きたい場合は、どうぞお使いください」
強制的に移動にはならず、プレイヤーの意思で自由に行き来できるようだ。
女神の声が聞こえなくなり、二つのアイテムを入手する。
クリア報酬である【ニフナジュレタの赦し】。NPCを許したので赦しか。
そして、オーロステラへの移動用アイテム【金色の星】だ。オーロステラを日本語にしただけの安直な名前だが、固有名詞は基本的に「SOSだから」の一言で終わる。分かりやすいのでいい。
説明を読むと、【金色の星】は何度でも使えると書いてある。売却は不可能で、他人への譲渡も不可能だ。PKされて奪われることもない。
金色になるには、他人から譲ってもらったり奪ったりしては意味がなく、あくまでも自力で条件を満たせということだ。
条件を満たしたタゴサクは、ついにオーロステラに行けるようになった。




