八十四話 沈没船
人の少ない場所で遊ぶために選んだのが、【海底都市ミズナカ】だ。
海中で行動するので、専用のアイテムを買い込んで移動した。
「サクさん、ソーニャちゃん! これ面白いですよ!」
町に到着すれば、イアは楽しそうに泳ぎ出した。町の中で泳ぐという非現実的な体験を満喫している。
アイテムを使っているので、水中でも活動できるし会話もできる。
ただし動きにくい。地上での動きは現実と変わらないが、水中では勝手が違う。
歩いたり走ったりできないわけではない。できるにはできるが違和感がある。
泳ぐとなおさら思うように動けない。直線移動は、走るよりも泳ぐ方が速いが、複雑な動きをするのが困難だ。
これでは戦闘がどうなるか、今から不安になってしまう。
「【空中都市アオゾラ】は、空を飛んでる時は戦闘がなかったのに、こっちは水中での戦闘があるんだよな。うまくできるか心配だ」
「水中の戦闘が面白い場所らしいしね。ミディーリができたんだし、私たちもできるって思っておきましょう」
イアが泳いでいる姿を見ながら、タゴサクとソーニャは戦闘の心配をしていた。
戦いにくさも【海底都市ミズナカ】が不人気な理由だろう。
イアが楽しんでいるように、現実ではあり得ない海底都市を楽しむのはありだ。
普段とは違う水中の戦闘を体験するのも面白い。
興味本位で訪れてみてもいいが、メインで活動したい場所ではないし、何度も訪れる必要はない。
ましてや、ダンジョン攻略となると余計に面倒だ。
「おーい、イア。そろそろダンジョンに行くぞ」
「もうちょっと遊ばせてください!」
「ダンジョンで思う存分泳げばいいだろ。アイテムの効果時間も限られてるし、早く行って早く攻略しよう」
「分かりました」
少々不満そうだったが言うことを聞いてくれた。
ここでは、アイテム切れは死を意味する。呼吸ができなくなれば溺死確定だ。
丸一日でも耐えられるだけの数を買い込んであるが、高価な品なので無駄遣いは避けたい。
三人で海中にあるダンジョンに挑む。
ダンジョンは【沈没船】となっており、海中ダンジョンとしては定番だ。
ソーニャはオバケのモンスターがいないか懸念していたが、イアがミディーリから聞いた情報ではいないらしい。
海の生物がモンスターとなって襲ってくる。
それは、フィールドでも同様であり、町を出れば魚のモンスターに出くわした。
「【全力】!」
タゴサクはスキルで攻撃するが、地上に比べて動きが悪い。システムのアシストを得て体が動くところに、マイナス補正がかかっていると思われる。
「【バースト】!」
魔法も思ったほどの威力が出ない。こちらもマイナス補正がかかっている。
「やりにくいわね! 【ガーディアン】!」
ソーニャは強めの魔法で一気に決めようとした。
ちまちま戦うよりも、短期決戦の方が望ましい。
イアも奥義を放ち、勝負を決めにかかる。
「【首カラ吹キ出ス黒流血】!」
二人が頑張っている中で、タゴサクはしつこく【全力】と【バースト】を使う。
熟練度を上げたいのだ。先日、やっとのことで【全テヲ滅スル光】の熟練度が最大になり、奥義の元になった【全力】と【バースト】の熟練度が限界を超えて育てられるようになった。
早いところこの二つの熟練度を上げ、【全テヲ滅スル光】の熟練度も上げて、PvPイベントまでに強くしたい。
タゴサクは熟練度上げ優先の戦い方をしたが、ソーニャとイアのおかげで戦闘には勝てた。
そのような真似をすれば、当然文句を言われる。
「ちょっと、お兄ちゃん! ちゃんとやってよ!」
「スキルや魔法の熟練度を上げたいのは分かりますけど、モンスターを倒す方を優先してください。負けちゃったらどうするんですか」
「ごめん。次からは気を付ける」
ソロで戦っているなら好きにすればいい。負けたとしても自己責任だ。
パーティーを組んでいる以上、勝手な真似をするのはまずい。
タゴサクが謝罪すれば、二人も許してくれた。
「お兄ちゃんは【全テヲ滅スル光】を育てることに決めたの?」
「決めた。つうか、よくよく考えると、選択肢がほとんどないんだよ。俺の奥義は特殊効果のあるやつばっかだからな。強いっちゃ強いが、安定感に欠ける」
「そういえばピーキーだったわね。【儚キ者ノ回想録】って奥義は?」
「あれは、必中効果と一定時間ごとに追加で攻撃が入るのが特徴だ。奥義を育てるなら、一撃必殺の超威力の方がよくないか? そっちの方が奥義っぽいよな?」
「分かります! 一撃必殺でこそ奥義ですよね!」
厨二病患者のイアは理解してくれた。
「使えば相手は死ぬ! 必ず殺すと書いて必殺! 死にたくなければ、わたしに奥義を使わせるな……とか! めっちゃ格好いいです!」
イアほど厨二病的な言い方をする気はないが、概ね同意する。
使ったが最後、敵を待つのは死。奥の手や切り札である方が格好いい。
そして、タゴサクには純粋に高威力の奥義が少ない。
最近はまともな戦い方になっているが、型にはまれば強いタイプだ。
奥義も特殊で、せっかく覚えたのに使いようがなくて入れていないものもある。
「博打を極めるつもりで【災厄ニ耐エ希望ヲ待テ】を育てるのも面白そうだが、ネタに走ることになるしな。試合には勝てない」
「パーティー組んでるのにネタプレイされると、私たちが困るわね。見てる分には面白そうだけど」
「俺は育てる奥義を決めたが、ソーニャとイアは?」
「んふふふ」
「うへへへ」
タゴサクが問いかければ、二人そろって怪しい笑みを浮かべた。
「私さ、可愛い奥義を覚えたの。可愛いは正義。これを育てることに決めたわ」
「綺麗な奥義なら見たことあるが、可愛い?」
「可愛いの。可愛くて清らかな私にピッタリ」
「ソーニャが清らか?」
「文句ある?」
下手に突っ込めば身を滅ぼす。
タゴサクは賢明な判断を下し、何も言わないことにした。
「わたしも新しい奥義を覚えました。めっちゃ格好いいんです!」
「イアはそれを育てるのか?」
「育てます。昨日はこの奥義ばっかり使ってました。SPやMPがすぐになくなりましたけど、アイテムで回復させて、戦闘のたびに使い続けましたよ。おかげで熟練度もなんとかなりそうです」
「二人とも新しい奥義にするのか。俺だけが初期の【全テヲ滅スル光】……」
今さらながら、別の奥義にしたくなった。
SOSの引退を何度も撤回しているように、タゴサクは優柔不断だ。一度決めたとしても簡単に心が揺らぐ。
「お兄ちゃんは【全テヲ滅スル光】でいいじゃない。初期の奥義で勝ち進むのも痛快でしょ」
「俺もそのつもりだったが、強くなるか分からないんだよ」
最強(笑)の奥義を、本物の最強奥義へと進化させる。
これが面白そうだと思ったからこそ、【全テヲ滅スル光】を選んだ。
他の奥義は安定感に欠けるという理由も嘘ではないが、【全テヲ滅スル光】を最強にしたいのが一番の理由だ。
「サクさんらしくていいじゃないですか。このままいきましょう」
「俺らしいって?」
「ギャンブルです。わたしは、奥義自体が強いので、育てればもっと強くなることが確定しています。多分、ソーニャちゃんも」
「強いわね。可愛くて強い奥義よ」
「サクさんの【全テヲ滅スル光】は、多くのプレイヤーが最初に覚える奥義の入門みたいなものですし、正直弱いです。攻撃タイプの奥義の中では、きっと最弱だと思います。育てても強くなるとは限りませんけど、それでこそサクさんのプレイスタイルですよ」
「褒められてんのかね」
最強(笑)が、果たして本物の最強奥義になってくれるか。
これは誰にも分からない。実際に育てたプレイヤーはいるかもしれないが、情報は秘匿しているだろう。
最弱から最強へ。
創作物ではままあるパターンだ。SOSで実装されていてもおかしくない。
実装されていなければ努力が無駄になるし、ギャンブルだ。
「ま、イアに言われたからじゃないが、育ててみるか。人生はこんなもんだ」
「お兄ちゃん、年寄り臭い。なんでゲームから人生を考えるのよ」
「大げさかもしれんが、成功が確約された人生はないだろ。みんな手探りでやってるんだ。奥義も同じで、手探りでやればいい」
現実には、ゲームのようなレベルやステータスは存在しない。スキルも魔法も奥義も同様だ。
努力したとして、成功するとは限らない。
ならば、ゲームの奥義も、強くなる確証などなくても育ててみればいい。
奥義の話をしつつ、ダンジョンの【沈没船】に到着する。
船首には女性をかたどった像が載っている。女神ニフナジュレタの像だ。
「船首像が女神なのは、神話でもあったよな。ギリシャ神話だったか? ミディーリが言ったみたいに、女神のイベントがあるって証拠だ」
「ボスよりも女神様を見つける方が優先ね。お兄ちゃんは斥候役として頑張って」
「任せろ。頼りになるタゴサクの姿を見せてやる」
「ダンジョンで頼りになっても、サクさんが美人さんに騙されかけた事実は消えませんよ」
クレアトゥールとの一件の汚名返上といきたかったが、イアに否定された。手厳しい評価だ。
少しでも見直してもらうために奮闘しよう。
海中を泳いで大型船の甲板に降り立ち、そこから船内に入って行く。
船内も海水で満たされているため、泳いだり歩いたりしながら移動する。襲いくるモンスターを蹴散らして進み、宝箱の中身も回収した。
武器や防具よりも、宝石や金塊が多い。
これらは換金アイテムで、店で売り払えば結構いい稼ぎになる。
金策になるのはいいが、めぼしい物はなかったので残念だ。
船の積み荷だから宝石などが多いのかもしれない。
そんなこんなでダンジョンを探索していれば、最奥のボス部屋に着いた。
ボスは昆虫と魚を合体させた見た目で、【パラサイトフィッシュ】だ。
虫が魚に寄生している設定になり虫が主体だ。昆虫系モンスターに分類される。
すなわち、タゴサクの【蟷螂剣】がよく効いた。
昆虫系モンスターに特攻なのでガンガン攻め、ボスのとどめもタゴサクだった。
ボスのとどめを取れたのは嬉しいが、肝心の女神は発見できていない。
一度ダンジョンから出て相談する。
「まだ行ってない場所があるけど、それよりも可能性が高そうなのは」
「隠し部屋だよね」
ソーニャのセリフをイアが引き継いだ。
タゴサクも同じ意見だ。女神は隠し部屋にいる可能性が高い。
空中ダンジョン【ソラ】の女神とも、隠し部屋で遭遇した。今回のダンジョンでも同じだと思われる。
「俺たち、ほとんど泳いで移動したからなあ」
「罠なんて碌に引っかからなかったわよね」
海中では、歩くよりも泳ぐ方が楽だ。多少の慣れが必要になるものの、慣れればさほど苦労しない。
現実では泳げない人や泳ぎが苦手な人でも、問題なく泳げる。
慣れても複雑な動作は難しく、曲がりくねった通路などは歩く方が進みやすい。状況によって歩いたり泳いだりする。
罠の起動スイッチは床にあるケースが多く、泳いでいれば引っかからずに進めるので便利だ。
今回はそれが仇となった。隠し部屋を発見できないせいで女神とも会えない。
「もう一回、ダンジョンに入るか? 次はちゃんと歩いて探索しよう」
「歩くのはいいけど、お兄ちゃんは隠し部屋を発見できるの? 罠は分かっても、どれが隠し部屋のスイッチになってるかは分からないでしょ?」
罠を発見するスキル、種類を見破るスキルなどは存在しない。
方法は一つだけだ。
「罠を見つけ次第、片っ端から発動させよう。漢探知だ」
「私たちは女なんだけど」
漢探知とは、わざと罠にはまり、発動させながら強引に進む方法だ。
耐久力の高いプレイヤーであれば可能になる。
「ただのゲーム用語だから気にするな。自分で引っかからなくても、魔法でも撃てばいい。スキルや魔法じゃ発動しない罠もあるし、いくつかは引っかかる必要があるだろうが」
「めんどくさ。ねえ、イア。ミディーリから女神の居場所は聞いてないの?」
「そこまでは聞いてないよ。全部教えてもらうのはどうかなって思ったの。今からでもミドリちゃんに聞いてみる?」
「俺たちが自力で見つけられなかったらだな。最終手段だ」
一から十まで情報をもらうのは避けたい。
罠や隠し部屋の発見はタゴサクの見せ場だし、活躍したいという気持ちもある。
「それが妥当でしょうね。というか、ミディーリがよく見つけたわよ」
「ミドリちゃんも苦労したって言ってたよ。船首像を見て、女神のイベントがあるのは分かったから、しらみ潰しに探したんだってさ」
「しらみ潰しに探さなきゃ見つけられないせいで、女神との関連が分かりやすいのにプレイヤーが少ないのかしらね。呼吸するためのアイテムはいるし、動きにくくて戦闘は面倒だし、おまけに探すのも面倒なら他の場所に行く……」
考察を述べていたソーニャの言葉が途中で止まった。慌ててメニュー画面を操作している。
おそらく、アイテムの効果が切れたのだ。
となると、タゴサクもそろそろになる。使い直しておこう。
ソーニャが慌てる様子を見て、イアも使い直している。
このアイテムは、効果が残っている時に使っても、最大で一時間を超えない仕様になっている。ギリギリで使う方が節約になって得だ。
「あっぶな……危うく溺死するところだったわ」
「呑気に相談するには不適切な場所だな。とっとと入って女神を探そう」
ボスを倒して脱出したばかりの【沈没船】に入り直す。
今度は泳いで移動せずに、隠し部屋を探しながら進む。
時間はかかるが根気の勝負だ。




