七十三話 イベント告知
学校が夏休みに入る直前、終業式の日の朝だった。
本来なら空がSOSを引退するはずのこの日、SOSから公式にイベントの告知があった。
内容は、トキヒメから聞いた通りだ。
女神とオーロステラの情報が解禁された。女神関連のイベントをこなせば金色になれると。
そして、八月末に開催されるPvPだ。
金色プレイヤー同士による頂上決戦。
レベル200以下のプレイヤーに限定した試合。
三人パーティーでのパーティー戦。
他にも諸々のイベントが告知されたため、SOSのプレイヤーは大盛り上がりになっている。
退屈な終業式も終わり、午後になってタゴサクはSOSにログインする。
知り合いと集まって話し合いだ。
メンバーは、まずはソーニャとイアの二人だ。ミディーリもいる。
クラスメイトのレンもだ。シンガーとユメは仕事で不在らしく、レン一人になっている。
ここにタゴサクも含めた五人である。
「お兄ちゃんは、素直に喜んでいいのよ。『美少女ハーレム万歳!』ってね」
「何を言っているのかな、妹よ。この俺が、そのように不誠実な真似をするわけがないではないか」
「わたしの教育の成果が出てます?」
「無論だ。俺はイア一筋だぜ。ふっ」
芝居がかった口調で訴えるが、あながち冗談ではない。
ハーレムが嬉しくないとは言わない。
女性だらけの華やかな空間に、男はタゴサク一人。この状況は嬉しく思う。
だが、異性として好きなのはイア一人だし、昔ほどはっちゃけてデレデレもしなくなった。
一途や誠実とは口が裂けても言えないが、少しはマシになっているのだ。
もっとも、信じてもらえるかというと話は別であり。
「嘘ね」
「信じられません」
「エッチじゃないタゴサク君とかあり得ないよ」
「まあ、日頃の行いでしょうね」
ソーニャ、イア、レン、ミディーリの四人は、口々に否定した。
辛辣な意見だが、ミディーリの言う通り日頃の行いだ。受け入れざるを得ない。
「俺のことはいいが、これからどうするんだ?」
「あたしは、シンガーさんやユメと一緒に、パーティー戦に参加かな。女神の情報を追いかけるのは早いかなって思ってる。あたしたち、まだレアステラだからね」
「夏休みだし、毎日ゲームできるだろ。レアステラの上どころか、さらに上まで行くことも不可能じゃない」
「あたしは夏休みでも、ユメとシンガーさんは仕事があるよ」
レンはパーティー戦のみ参加予定だと話す。
女神の情報自体は、コモンステラやレアステラにもあると発表されている。上の星にしか存在しない場合、低レベルのプレイヤーが参加できなくなるからだ。
しかし、メインはジャパンステラ以上になるし、低レベルで金色になれたとしても一気に強くなるわけではない。
レンたちの方針は、急いでレベリングをしたり金色になったりせず、マイペースで遊ぼうというものだ。
パーティー戦も勝てるとは考えておらず、お祭りに参加する程度の気持ちだ。
ユメはトキヒメに会うことが目的で、イベントは二の次だと言っているらしい。
「わたくしは、せっかくですので参加できる試合には参加したいですね。金色になれれば金色の試合にも参加します。できればパーティー戦も」
ミディーリはできるだけ多くの試合に参加すると。
「パーティーはありなのか? 高潔で孤高のお嬢様はどうした?」
「イベント限定でしたら構わないでしょう。他のプレイヤーも、概ね好意的に受け止めているようです。公式にコダる行為を認めるのはおかしいと反発する声もありますけれど、お祭りだから問題ないとする声が多数派でしょうか」
トキヒメの目論見通りの反応だ。今頃喜んでいるかもしれない。
「ミディーリは、誰とパーティーを組むの? お兄ちゃんを追放して、私やイアと組む?」
「あんまりだ! 追放しないで!」
「サクさんを追放するのはかわいそうです。やめておきましょう」
ソーニャの冷たい意見を、ミディーリは拒否してくれた。
では誰と組むかだが、知り合いの女性プレイヤーに声をかけると言っている。
「サンサンさんとルーシャさんが有力候補でしょうか」
「ルーシャ? 『何々っす』って話し方の子?」
「サクさんはルーシャさんをご存知なので?」
「偶然知り合った。ミディーリも知り合いだったんだな」
「面白い人ですからね。持ちネタを披露してもらいましたよ。思わず笑いました」
某豚主人公の物真似だろうか。デブである事実をネタにしていると言っていた。
ルーシャなら、美少女二人とパーティーを組んでも物怖じしない。それすらネタにして「美女とメス豚っす!」と言ってのけるタイプだ。
愉快な三人組になりそうで興味深い。
「レンさんとミディーリは分かった。俺たちはどうする?」
タゴサクたち三人は、ようやくジャパンステラ脱出を果たした。
アイテムを入手した順は、ソーニャが一番手でタゴサクが二番手だ。やや遅れてイアも入手し、三人とも皇帝陛下に認めてもらえた。
今はコローレステラで活動している。
上の星に行けたのはいいとして、少々面倒なことになっている。
コローレステラは全プレイヤーが共通で行けるが、そこから各色専用の星に散らばり活動するのがメインだ。
一応、コローレステラよりも上に行くだけならば、色専用の星に立ち寄る必要はない。コローレステラで条件を満たせるようになっている。
必要ないなら行かなければいいのか。
間違ってはいないが、色専用の星には有用な装備だのスキルだのが用意されている。タゴサクなら、鈍色のプレイヤーとして相当強化できる。
強くなりたければ、これほどうってつけの場所もない。
代償として、三人がバラバラになってしまう。パーティーを組むには適していない星になる。
「ここからは完全別行動にして、各々好きにするか? 女神の情報を追いかけたければそっちをやるし、金色になるのは置いとくならコローレステラで活動する」
「別行動は嫌です。わたしは、サクさんと一緒がいいです」
イアの返答には、タゴサクのみならずソーニャたちも驚いていた。
サクさんと一緒「でも」いいなら分かる。ソーニャの名前を出し、三人一緒がいいでも分かる。
サクさんと一緒「が」いいとは、かなり大胆な発言だ。
イアも自分の発言の意味に気付いたのか、慌てて補足を入れる。
「ふ、深い意味はないですよ。サクさんは、夏休みのイベントが終われば引退するんですよね? 何度か引退を撤回してますけど、今度は本当に。だったら、最後の時間を別行動で終わらせるのはつまらないなって。ソーニャちゃんとはこれからもずっと一緒なので、サクさんと一緒がいいって思っただけでして……」
「ありがとう。俺と一緒がいいって言ってもらえて、すげえ嬉しい。俺もイアと一緒がいいし、別行動はやめるか」
「くぬぅ……サクさんなのに生意気です。あとで猫ちゃんです!」
「はいよ」
照れ隠しをするイアが可愛い。猫になってもいいと思える。
「最近、サクさんが恥ずかしがってくれません。つまらないです。嫌がるサクさんを無理矢理教育するのが楽しいのに、これじゃあ意味がありません」
「イアさんはどんどん深みにはまって……」
「私だけじゃ対処できないのよ。ミディーリも協力して」
「むしろ、無関係を貫く方が平和的な気もしますね」
「タゴサク君がSMプレイに目覚めてるって事実は、クラスのみんなには内緒にしておくから安心して」
「目覚めてねえ! イアだけだ!」
女性だらけの空間に男が一人は、嬉しいが圧倒的に不利だと知った今日この頃である。
タゴサクがネコサクになっている事実も微妙にバレているし、頭が痛い。
とにもかくにも、イベントに向けて強くなろう。
やるべきことは多い。レベリングは当然として、スキルや魔法、奥義も充実させたい。装備だって店売りより強力な物を入手したい。
女神の情報を追いかけ、金色にもなるつもりだ。
イベントまでは一ヶ月少々。夏休みをフルに使い、一つずつやっていく。
タゴサクの受験勉強は、まあほどほどにと。
ひとまず、ジャパンステラの【空中都市アオゾラ】に移動して、そこから星宮ダンジョン【ゾディアック】に向かう。ダンジョンに挑戦だ。
三人ともレベル200を超えた。今ならボス十二連戦にも勝ち抜ける。
ソーニャとイアはボスのドロップも狙う。
タゴサクの【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】のようにボスと同名、あるいは関連しそうな奥義を覚えており、狙える状態だ。
一番目のおひつじ座と二番目のおうし座は消化試合だ。
さくっと終わらせ、三番目のふたご座に到達する。
双子の美少女のボスモンスター、【ブツリガキカナイ】と【マホウガキカナイ】の登場だ。
タゴサクとイアでダメージを与え、最後はソーニャに譲る。
「【赤ヲ染メシ双ノ橙】!」
ソーニャが使った奥義は、ダブルという読みからは効果が想像しにくい。
文字を見れば意味はおおよそ把握できる。
虹の七色は、赤色が一番外側であり、二番目が橙色だ。赤を橙色に染めて一番も二番も橙色になる、といった意味だろう。
区別がつかないほどそっくりな二つの色。さらには、双子の姉妹のボス。
トキヒメのメッセージかと勘繰ってしまう。
ソーニャが橙色になったのも、星宮ダンジョン【ゾディアック】に挑戦しているのも偶然だ。いかに天才とはいえ、そこまで読み切れるわけがない。
トキヒメの思惑は置いておき、ソーニャの奥義は自分の分身を作り出すものだ。
分身が出現している間、ソーニャが受けたダメージは全て分身が肩代わりしてくれる。ソーニャのHPは一切減らない。
攻撃用の奥義ではないので、これだけではふたご座のボスを倒せない。
以前に挑戦した時に話していたが、防御系奥義を発動中なら別の方法で倒してもいいと考える。
ソーニャは思い切って前に出る。強力な技を使い、一気に決める気だ。
ダメージの心配をしなくて済むため、和装の紙装甲でも関係ない。
魔法特化になったソーニャは、武器も剣ではなく杖になっている。前衛には向かない魔法使いが、ボスと真っ向勝負だ。
「【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】!」
超威力を誇る奥義で【マホウガキカナイ】を倒した。
魔法が効かない敵は、魔法職のソーニャにとっては天敵とも言える。そいつを片付ければ楽になる。
残る【ブツリガキカナイ】がソーニャに迫るが、分身のおかげでダメージは食らわない。
「【打杖】!」
杖をフルスイングすれば、カッキーンっといい音がして【ブツリガキカナイ】を吹っ飛ばした。
物理攻撃は通用しないため、ダメージはない。
そもそも【打杖】は弱いスキルだ。
ホームランの名の通り、ひたすら遠くに吹っ飛ばす用途になる。
魔法使いは接近戦に弱く、敵と近付けば不利になる。その状況を打破するためのスキルだ。
壁際まで吹っ飛ばすことに成功し、距離が開く。
ソーニャにとっては戦いやすい距離だ。
「【ライジングサン】!」
魔法で【ブツリガキカナイ】にダメージを与えていく。
元々、タゴサクとイアである程度削っていたおかげもあり、決着まではさほどかからない。
「【ミサイルバーン】!」
ファンタジーの世界観には不釣り合いなミサイルの魔法が決まり、【ブツリガキカナイ】を倒した。
ソーニャは【千年魔導】というジョブに就いている。
特徴は【ミサイルバーン】のように近代兵器を模した魔法を覚えることだ。
これまでは【古代魔導】で、古代の次は近代になった。橙色とはかけ離れていくが、強いから気にしないことにしている。
ともあれ、ふたご座のボスを見事に倒した。あとはアイテムがドロップしているかどうかだ。
「お疲れ、ソーニャ。アイテムは?」
「えっと……うん、ドロップしてるわね。合っててよかったぁ」
タゴサクやルーシャは、奥義名とボス名が合致しているので分かりやすい。
ソーニャの奥義はボス名と異なる。本当に正しいか確証を持てなかった。
奥義の名前や効果からして、おそらくこれだろうと予測しただけだ。
予測を裏付ける根拠は、なくはないが薄弱だった。
かに座のボスは【カンニンブクロ】、てんびん座のボスは【テンテンビンビン】であり、正気を疑うネーミングだ。
一方で、しし座の【ライオンエンマ】やおとめ座の【ハイエルフ】のように、まともな名前のボスもいる。
以上から、まともな名前のボスは奥義も同名であり、頭の悪い名前のボスは異なるのではないかと考えた。
普通に考えて、【カンニンブクロ】や【テンテンビンビン】などという奥義があるとは思えなかったからだが、SOSなら絶対にないとは言い切れない。
だから根拠が薄弱だ。
「これさ、奥義名とボス名が違うプレイヤーは気付きにくいわよね。不利になるし不公平よ。私だって、お兄ちゃんがしし座からドロップしなかったら気付かなかったもの」
「もしかしたら、少しは協力しろってメッセージなのかもな」
一人では無理だが、仲間のおかげで気付く。
タゴサクとソーニャがやっている状況を想定していたのかもしれない。
「わたしたち、世界が定めた運命に少しは抗えたってことですか?」
「ここのボスの奥義がなくても、別に困らないとも言える」
「サクさんは夢がないですね。運命に抗ったってことにしておきましょうよ」
「夢って言われてもな。このダンジョンはクリア必須じゃない。ソーニャだって、面倒な戦い方をしてドロップを狙う必要もないんだ」
「本当に面倒臭かったわよ。ふたご座だけボスが二体とか勘弁だわ」
普通に倒す分には、一体だろうが二体だろうが気にしないで済む。
ふたご座のボス【ブツリガキカナイ】と【マホウガキカナイ】は、強さ自体はたいしたことない。瓜二つの外見で見分けにくい上に、片方は物理攻撃が通じず、片方は魔法攻撃が通じないという性質が厄介なだけだ。
奥義の発動中に両者を倒し切ろうとすると面倒になる。
均等にダメージを与えておき、どちらも倒せそうになったところで【赤ヲ染メシ双ノ橙】を発動して倒さなければならない。
「でも、ソーニャちゃんの奥義って時間制じゃないよね? 一定のダメージを肩代わりしてくれるまで、ずっと残るんでしょ? 慌てて倒さなくてもいい分、楽とも言えるんじゃない?」
「私は紙装甲だから、油断したらあっさり消えるけどね」
「そりゃお前が悪いだろうが。和装にこだわるからだ」
「可愛いは正義! 防御力なんて飾りよ飾り。私は意地でも和装で通してやるわ」
変に意地っ張りなソーニャだった。
ソーニャの趣味はどうでもいいとして、タゴサクの【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】は発動時間が限られている。イアの奥義も同様だ。
ふたご座のボスは面倒な分、時間制限のない奥義にしてバランス調整してある。
「まあ、先に進むか。イアのさそり座まではまだ遠い」
「何番目でしたっけ?」
「八番目だ」
タゴサクの鈍色は五番目のしし座、ソーニャの橙色は三番目のふたご座、イアの黒色は八番目のさそり座になる。
現実で黄道十二宮の色を調べた時は、黒はやぎ座だったが、SOSではさそり座だった。
ここら辺に深い意味はないと思われる。
トキヒメに聞けば答えをもらえるかもしれないが、そこまでする気はない。
タゴサクたちは、あくまでも一プレイヤーとしてゲームを遊ぶだけだ。