七十二話 藍那と蒼那
トキヒメと話をしてから、タゴサクは【星樹トチノキ】に戻った。
目当てのアイテムは入手できていたし、ここに用はない。【皇星ジャパン】に移動して【女神の秘薬】を作ってもらった。
「アタシってやっぱ天才だねぇ」
「【女神の秘薬】を作ってくれてありがとう。助かったよ」
「お礼はぁ、言葉よりも態度で示して欲しいかなぁ。若返り薬を研究中でぇ、完成したら飲んで飲んでぇ。ショタっ子になってぇ、お姉さんとイイコトしよぉ」
「断固拒否する。てか、自分で飲めばいいじゃねえか。若返れるんだろ?」
「アタシは二十歳のピチピチギャルだからぁ、必要ないねぇ」
変態三十路ショタコンの天才は、本日も平常運転であった。
ふと、このNPCの趣味は、トキヒメの欲望を表現したのだろうかと考える。天才という部分が共通しているし、趣味も同じで彼女もショタコンなのかと。
怖い妄想を振り払ってNPCの家を出た。
これにて皇女殿下に依頼されたクエストは終わったが、【女神の秘薬】を渡すのは後回しだ。
ソーニャとイアに伝えなければならないことがある。あとはユメにもだ。
重大な話があると連絡を入れ、レアステラの【港町ゲン】に集まってもらった。
「みんなを集めてどうしたの?」
全員が集まったところでソーニャに質問された。
「実は、さっきトキヒメさんに会った」
「どうやったら会えるのよ。下の星には降りてこないんじゃなかったの?」
「偶然とも考えられるし、トキヒメさんに意図があったとも考えられる。面白い話を教えてもらったからな。この話を伝えにきたのかなって」
「なんでお兄ちゃんに? 話って何? 愛の告白? イアはどうするの?」
「焦るなって」
トキヒメの名前が出たからか、ソーニャは興奮気味にまくしたてた。
落ち着かせてから順番に話していく。真実をそっくりそのまま話すことはできないので、いくつかフェイクを入れた上で。
「もうじき夏休みだろ。SOSでイベントがあるらしい」
「イベント? 告知もされてないのに、なんでトキヒメが知ってるの?」
「彼女に関係するからだ。トキヒメさんは現状、SOS内で唯一の金色プレイヤーになってる。運営側としては、もっと多くのプレイヤーに金色までたどり着いてもらいたいんだと。だから情報を解禁するらしい。トキヒメさんのアドバンテージがなくなるから、解禁してもいいかってあらかじめ打診があったって言ってた」
実際は、トキヒメ自身が開発者だが、それは言えないので理由をでっちあげた。
「トキヒメさんはオッケーしたんだって。誰が金色になろうとも、自分が一番には変わりないからだとさ」
「自信家ねえ。お兄ちゃんは、それを伝えたかったの?」
「本題はここからだ。まず、ユメさん」
「私?」
「トキヒメさんに会いたいって言ってましたよね。トキヒメさんに伝えたところ、今すぐには会わないって答えてました。自分に会いたければ、イベントに参加するようにって」
「分かった、参加する。教えてくれてありがと! キャフッ!」
ユメは即決した。
アイドルの顔になり、横ピースウィンクでお礼をしてくれるおまけつきだ。
かつて修羅場にしてしまった経験から、それ以上は何もしない。
だとしても、アイドルがタゴサクだけに向けてくれる笑顔は、何度味わっても強烈だった。
「タゴサク君に頼んでおいてよかったね。それで、イベントの具体的な内容はなんなの? 金色の情報だけ?」
「そこまでは分からない。お祭り騒ぎみたいなことは言ってたが、詳しくは告知を待つしかないな」
レンに聞かれるが、これは内緒にしておく。
一応、他のプレイヤーとの公平性を期すためだ。公式に告知されるまで待ってもらう。
タゴサクも告知されるまでは動かないつもりだ。先行して女神の情報を集めようと思えばできるが、卑怯な気がする。
「んで、ソーニャなんだが……あのさ、俺が言ったんじゃないからな。俺は伝言を頼まれただけだ。俺に怒るなよ」
「私が怒るようなことなの?」
「えっと……完全下位互換、だとさ」
ソーニャの眉がピクリと動く。
激怒していないが、言葉の意味に思いを巡らせているといったところか。
ソーニャに代わってイアが尋ねる。
「トキヒメさんは、ソーニャちゃんのことを知ってるんですか?」
「ソーニャと同じだよ。自分に似てるプレイヤーがいるってことで、情報を集めてたらしい。俺やイアのことも知ってた」
「プレイヤーの情報って集められるんですか?」
「トキヒメさんならできるんだろ。あの人には、下僕の男性プレイヤーがたくさんいるからな。一言命じれば、女神様のためになんでもやってくれるんだと」
「納得です。噂通りの人ですね」
ここら辺の嘘は、トキヒメと打ち合わせて決めた内容だ。男を侍らせる性格の悪い女だと思われているし、活用しようとなった。
タゴサクの嘘にイアは納得していたが、ユメは納得しない。
恩人を悪く言われて憤慨する。
「トキヒメさんは優しい人だよ」
「ごめんなさい……」
「まあまあ、落ち着いてください。俺の言い方も悪かったですが、噂で聞くほど性格が悪いとは感じませんでした。ユメさんのことは、大好きな先輩って言ってましたよ。今すぐには会わないのも、会いたくないんじゃなくて、楽しいイベントで会う方がいいからだそうです」
「嬉しい。やっぱり昔のままで、優しい人」
ユメのご機嫌も直ったところで、ソーニャだ。
「ねえ、お兄ちゃん。完全下位互換って私のこと?」
「トキヒメさんが言うにはな。ソーニャと同い年で、容姿は似てるが、トキヒメさんの方が可愛いしスタイルもいい。男だってトキヒメさんに夢中だ。現実では勉強もできるって話で、自分はソーニャの完全上位互換、ソーニャは完全下位互換」
「ふ、ふふふ……完全下位互換……言ってくれるじゃないの」
「あとはまあ、完全下位互換の女よりも、トキヒメさんが俺の妹になる方がふさわしいとかなんとか。ふざけて『兄さん』なんて呼ばれたな。ソーニャはトキヒメさんの妹だとさ。姉より優れた妹はいないから、自分が姉、ソーニャが妹」
ふざけているどころか、タゴサクとトキヒメは本物の兄妹だ。
ソーニャとトキヒメも双子の姉妹だが、これも嘘をつかせてもらう。
「サクさんは、懲りずにまた美少女にデレデレしたんですか?」
「トキヒメさんが言ってただけだって主張させてもらう。話を続けると、悔しかったらイベントに参加しろってさ。いくらでも相手になるって」
「あったまきた! 参加してやろうじゃないの! 相手になるってことは戦闘でもするのか知らないけど、高慢ちきな鼻をへし折ってやる!」
トキヒメの思惑通り、ソーニャは乗っかってきた。
こうやって簡単に誘導される姿を見ると、完全下位互換の発言もあながち間違っていないと思ったりする。
「ソーニャちゃんを挑発するために、サクさんに会って伝言を頼んだんですか? トキヒメさんって暇人?」
「さあな。偶然俺と出会ったからなのか、わざとなのか」
「どっちでもいいわよ! 私に喧嘩売ったことには変わりないわ!」
ソーニャの怒りもトキヒメの思惑通りだ。
姉妹喧嘩が勃発しそうな勢いになっている。
「トキヒメさんからの伝言は以上だが、俺からも一つある。引退を少し延ばそうと思うんだ」
「サクさん、続けてくれるんですか!?」
「何度も延長でダサいが、イベントに参加したいからな。トキヒメさんは、俺とも戦うって言ってた。完全下位互換とその兄をまとめて相手にしてやるって。悔しいから一緒に強くなるぞ」
「もちろんよ。御堂兄妹の底力を、偽物の妹に見せてやろうじゃない」
「つうわけで、イベントに参加するために、夏休み中は続けようと思ってる。受験はなんとかなるさ。てか、レンさんも受験生なのにいいのか?」
レンこと花屋敷恋歌は、タゴサクのクラスメイトだ。
二人とも受験生になるのに、レンがSOSをやめようとする気配はない。
「あたしは、そこまで偏差値の高い大学を狙ってないからね。本当は、元カレと同じ大学を受けようと思ってたの。あっちは大学生だったから。どうなったかは、タゴサク君も知ってるよね? 大学生のくせにあの無責任ぶりだよクソ野郎め」
「やべ、地雷踏んだ」
「だからまあ、行ければどこでもいいよ。受験勉強もほどほどに頑張る」
「なんでしたら、僕のところにきてもらってもいいですからね」
「プロポーズですか?」
シンガーの言葉はレンへのプロポーズに聞こえ、タゴサクは思わず問いかけた。
「永久就職の意味ではなく、うちの事務所に就職しませんかと。アイドルのマネージャー業ですね」
「将来的には分からないけど、高卒で就職はないかなあ。大学で遊びたいじゃん」
「大学は勉強するところだぞ」
「タゴサク君なのに真面目だね。大学生なんて遊んでなんぼじゃん。みんなは遊ぶために大学に行くんだよ」
レンの偏見に満ちた大学生観はともかく、彼女らはこれまで通り三人パーティーで続け、イベントにも参加すると決まった。
タゴサクたちも、もちろん三人パーティーだ。
「サクさんはしょうがない人ですね。受験生なのにゲームで遊ぶのは、褒められた行動じゃありませんよ。しかも、あんなにきっぱりとやめるって宣言したのに撤回ですからね。格好悪いです」
「俺がダサいのは分かってるって。ダサくてもイベントに参加したいんだよ。夏休み中のイベントが終われば、今度こそ、本当に本気で今度こそ引退だ」
「はいはい、引退するする詐欺ですね」
何度も引退を撤回しているせいでイアに信用してもらえない。
しかし、イアは喜んでいるように見える。本人が自覚しているかどうかは知らないが、頬が緩みまくっている。
「イアは、お兄ちゃんがSOSを続けるのが嬉しいの?」
「猫ちゃんだから嬉しい。猫ちゃんだからだよ! 自分の発言を簡単に撤回するサクさんは格好悪いし、マンガの主人公とは違うの! 好きじゃないから! トキヒメさんがサクさんに告白したんじゃなくて、安心したりもしてないから!」
タゴサクは必要としておらず、ネコサクをもふれるから嬉しいと主張した。
本音なのか、素直になれず強がっているのか、タゴサクには判別できない。
素直になれないように聞こえるし、そうであれば嬉しいが、モテない男の勘違いである線も捨て切れない。
「難儀な関係ですねえ。いっそ押し倒せばいいのでは? どちらがどちらを押し倒すかはご自由に、と」
シンガーは勝手なことを言っている。
ユメやレンが注意しないところからすると、彼女たちも同意見だろうか。
押し倒すのは冗談として、情報は伝えたので解散する。
この場にいない友人たちには、メッセージを送っておく。ナンパやミディーリたちだ。
全員でイベントが正式に告知されるのを待つ。
夜になってSOSをログアウトした空は、自分の部屋に父を呼んだ。
双那には聞かせられない話だし、父と二人になる。
「ちょっと聞きたいことがあって。俺のつまらない妄想ならそれでもいいんだが」
「どうした?」
「双那の名前の由来を話したことあったが、あれが気になってるんだ。芸能人の子供が死産だったってニュースを見たから、もしかしてって思った。双那は、実は双子だったんじゃないの?」
トキヒメに会った事実も聞かされた内容も言えないので、ニュースを見て疑問に思ったとしておいた。
「双那は双子だった。でも、一人は死産だった。だから、名前が双那なんだ。死んだ双子の分まで生きて欲しいって意味を込めて名付けた」
父は、わずかに驚いた顔をしたが、そこから黙考する。
空の発言がただの妄想なら、バカバカしいと一蹴すればいい。マンガの読み過ぎだと笑い飛ばせばいい。
考え込んでいる時点で、答えは出ているようなものだ。
「その話、双那には?」
「してない。俺が考えてるだけだ。万が一、俺の考えが正しいと大変だし、双那のいない場所で聞こうと思った」
「そうか……空の考えは正しい。確かに、双那は双子だった」
父は認めた。双那が双子であったと。
「双子の姉妹だと聞かされていて、俺もお母さんも産まれてくれるのを楽しみにしていた。双子の名前を考えて、双子用の服とかも買っていた。覚えていないだろうが、子供の空にも話したぞ。妹が二人産まれるって。双子だぞって」
「全然覚えてない」
空と双那は二歳差なので、双那が産まれる前なら二歳にもなっていない。
双子と言われて理解できる年齢ではない。当時の出来事を覚えていられる年齢でもなく、記憶になかった。
「出産予定日が近付いた頃、お腹の子供が危険だと言われてな。緊急手術で赤ん坊を取り出して……でも遅かった」
「一人は死産だった?」
「ああ。あの時は本当に悲しかった。死産のニュースは耳にするが、自分たちには関係ない世界の話だと高をくくっていたからな。無事に産まれてくれると信じて疑わなかった。なのに、死産だ」
両親のショックはいかほどなのか、想像すら及ばない。
空に子供ができて、その子が死産だったら悲しむ。泣き崩れるかもしれない。
それは想像できるが、実際に体験しなければ本当の意味では理解できまい。体験したいとも思わないし、理解できないのはきっと幸せなことだ。
「しばらくはショックで立ち直れなかった。空がいるし、無事に産まれてくれた子もいるから、いつまでも落ち込んでばかりはいられない。そう考えて、なんとか日常生活に戻ったんだ。双那の名前に込めた願いも、空の言う通りだ。双子の分まで生きて欲しいと願った」
「じゃあ、最初は別の名前を? 藍那が候補だったって言ってたが」
「藍那と蒼那にするつもりだった。双那の友達の藍子さん。彼女がうちに遊びにきて笑っていると、双那が双子だったらこうなっていたのかと。二人が仲良くしていて、微笑ましいような悲しいような、複雑な心境だな」
双那と藍子は、容姿は全然似ていない。双子どころか姉妹にすら見えない。
それでも死んだ娘を思い出す。どれだけの月日が経過しようと、一生忘れられない苦い記憶だ。
「変なこと聞いてごめん」
「構わない。空と双那が社会人になれば話すつもりだった。中高生という多感な年頃の子供には聞かせられない。特に、双那には重荷になりそうだ。自分の名前に双子の分まで込められていると言われても困るだろう。大人になり、受け入れられるようになれば話そうかと。予定が少し早まっただけだ」
「双那には内緒にしておくよ。まあ、意外と平気な気もするが」
「この手の話は、タイミングが難しいんだ。こうして空に話したが、誤魔化すべきだったかと早くも後悔してる。しかし、よく気付いたな」
「色々とヒントがあったから」
トキヒメの存在がなければ疑問にも思わなかった。
今になって考えれば、両親の行動は娘を失ったがゆえのものだったと分かる。
空と双那に甘いのも、親より先に死ぬなと言っていたのもだ。
父との話が終わり、空は自室で一人になる。
考えるのはトキヒメのことだ。
現実での名前は清流院永久。類稀な天才であり、絶世の美少女。
能力面で見るなら、空も双那も完敗だ。血がつながっているとは思えないほどの格差がある。
ただし、こちらは温かくて優しい家族に恵まれている。
向こうは家族の愛を与えられておらず、愛を欲している。
どちらが幸せだろうか。
「答えなんてないわな」
誰もいない部屋で独りごちる。
永久は、自分が不幸だとは一言も言わなかった。清流院の両親が好きじゃないとは言っていたが、恨みつらみの言葉は吐かなかった。
自分の中で消化し、受け入れている。
諦めているのではない。諦めているなら、もっとやさぐれた人間になっている。それこそ、噂にあるような性格の悪い人間に。
人を愛するなどとも言い出さないし、SOSも開発しない。
たった一つの輝くもの。
人はこうあってもらいたいと述べていたが、永久自身も輝こうとしている。
御堂でも清流院でも、自分は自分であるとして輝きを放つ。
十五歳とは思えない精神力だ。
永久が置かれている状況を解決する力は、空にはない。彼女自身も、清流院から解放されて御堂家の子供になりたいとは思っていない。
下手に動いても誰も得をしない展開になる。
そもそも動けない。
騒ぎ立てれば物理的に首が飛ぶと言っていた。
脅しではあるまい。一介の高校生が対処できる範囲を大きく超えている。
空自身、今日初めて会った少女のために命を懸けられるかと問われれば、絶対に無理だと答える。
マンガの主人公ではないのだ。能力的にも感情的にも不可能である。
永久は妹だが、妹とは思えない。
空にとっては、双那は大切な妹だ。藍子は好きな女の子だ。
永久はかわいそうな少女という気持ちが強く、同情はするものの、大切さでは二人に劣る。
空には何もできず、しようとも思わないが、ならばせめて夏休みのイベントで。
「盛大な姉妹喧嘩……いや、俺も含めて兄妹喧嘩か」
ゲームの中で派手に遊んでやろうと思った。




