七十四話 三つの川
夏休みが始まってしばらく経過した。
受験生のくせに毎日ゲームで遊ぶ空は、今日もログインする予定だ。
藍子も朝から御堂家に遊びにきているし、いつものように三人でゲームをする。
「あのさ、藍子が私のベッドからログインするの、やめてくれない?」
双那の発言に、猫のタゴサクとじゃれ合っていた藍子は手を止めた。
振り向いた顔にはショックの色が浮かんでいる。
「なんで? わたしと一緒に寝るの、嫌になっちゃった? 飽きちゃった?」
「怪しい言い方をするな! 夏だから暑いのよ。クーラーをかけ過ぎると体が冷えるし、体調がおかしくなればゲーム中でも強制的にログアウトになるでしょ。だからって設定温度を上げると汗だくになるし」
「二人ともビチョビチョになったりするよね」
「だから言い方! とにかく、そういうわけなのよ。いくら仲良しの友達でも、二人とも汗まみれで一緒に寝るのは嫌」
双那の言い分は納得できるものだ。
空も、同性の友人と汗だくになったまま一緒に寝ている様子を想像すれば、気持ち悪くなる。
「双那ちゃんの汗か。汗が染み込んだタオルとか、学校の男子に高く売れる?」
「んなことしたら、友達の縁を切るわよ」
「冗談だよ。でも、双那ちゃんのベッドが使えないなら、わたしはどこからログインすればいいの? サクさんのベッド?」
「ぶっ!」
藍子の大胆な発言に、双那は麦茶を吹き出した。
いいリアクションだが汚い。
「きったねえな」
「だ、だって……というか、なんでお兄ちゃんは平然としてるのよ」
「額面通りの意味じゃないことくらい分かる。どうぜ、俺が双那のベッドからログインすればいいとか考えてるんじゃないのか?」
「サクさんは鋭いですね。正解です。サクさんのベッドはわたしが使いますし、サクさんは双那ちゃんのベッド。完璧だと思いません?」
「思わん」
「思わないわね」
兄妹はそろって否定した。同じベッドからログインするのはあり得ない。
一度だけ一緒に眠ったことはあるが、あれは例外中の例外だ。
藍子が空のベッドを使うのも、嬉しいが困る。ベッドに藍子の匂いが残りそうだし、悶々としてしまうに違いない。
「藍子用の布団を用意するわよ。私の部屋に敷いて、そこからログインして」
「お布団、あるの?」
「買ったわ。もっと早くにこうすればよかったのよ」
「えーっ、これからずっとお布団なの? 双那ちゃんのベッドは? わたしの野望は?」
「野望って何よ?」
「双那ちゃんに彼氏ができた時に、『双那ちゃんならわたしの隣で寝てるよ』ってメールを送るとか」
「アホか! その変態チックな知識をどこで得たのよ!」
NTR物のエロ作品ではあるまいし、女子高生が持つには不適切な知識だ。
初心で純粋な少女は、もうどこにもいなくなってしまった。悲しい。
「えっとね、教えてもらったの」
「誰に? ミディーリじゃないだろうし、ユメさんやレンさんでもないわよね」
「ナンパさん」
「あいつか! 純粋な藍子をよくも!」
「純粋?」
双那は憤っているが、空は「純粋」の方に突っ込みたくなった。
ゴールデンウィークに出会った当初は純粋だったかもしれないが、今では耳年増になっている気がする。時の流れとは残酷だ。
藍子が純粋かどうかは横に置き、変な知識を吹き込んだナンパには一言物申しておけばいい。
そう決めて、SOSにログインした。
ログイン後、真っ先に行ったのはナンパに連絡を入れることだ。
「ヤッホヤッホ、ソーニャちゃん! 俺に話があるなんて嬉しい嬉しい! もしかしてもしかすると、デートのお誘いだったり?」
「デートなんてするわけないでしょ」
「じゃあじゃあ結婚? その白無垢姿は俺のために?」
「ただの趣味よ。可愛いから着てるだけ」
「うんうん、可愛い可愛い。真っ白な花嫁さんを、俺の白い液体で汚し……」
「【打杖】!」
下品なセクハラ発言をぶっ込んできたナンパを、ソーニャが吹っ飛ばした。
今のは吹っ飛ばされても文句を言えない発言だ。奥義を使わなかった分、優しい方だと思う。
「フィールドで合流して大正解だわ。イアに変なことをしてたとすれば、奥義を食らわせるつもりだったけど」
町の中では攻撃ができないので、フィールドで合流した。
思わぬ場面で役に立ったようだ。
「面白いスキルを覚えてるね。ホームランホームラン」
「うっさい。お兄ちゃんじゃないんだし、セクハラしないで。その調子で、イアにもセクハラしたの? 変な知識を吹き込んだの? 白状しなさい」
「ギックゥ!」
ナンパはわざとらしい擬音を口に出し、たじたじになった。
「な、なははは。なんのことかな? かな?」
「とぼけないで。隣で寝てるとかなんとか、変なこと教えたでしょ」
「あれは、イアちゃんがタゴサクをぎゃふんと言わせたいって言った言った。タゴサクと喧嘩してる時だね。俺がタゴサクに『俺の隣でイアちゃんが寝てるよ』ってメッセージを送れば、超ショックを受けるって教えた教えた」
「あの時か。でも、ナンパは俺にメッセージを送らなかったよな?」
「嘘でも俺と一緒に寝ることになるのは嫌って言われた! ほんのジョークだしいいじゃん! 悲しい悲しい!」
ジョークにしてはタチが悪い。友人に好きな子を寝取られるとか、本当にエロ作品の世界だ。
「わたしは、これでも一途なんです。サクさんみたいに見境なしじゃありません」
「ハーレムって言ってたのは? 私もハーレムの一員にしたくせに」
「お婿さんは一人。お嫁さんも一人。ペットも一匹。一途なハーレムだよね」
「その理屈はおかしいわよ」
イアのボケなのか本気なのは判別がつきにくい発言は、とりあえずスルーだ。
突っ込み役はソーニャに任せておき、タゴサクはナンパと話をつける。
「ナンパは、イアに変なことを教えないでくれ。それは俺がやるんだ」
「独占欲強いね強いね」
「強いぞ。イアは絶対に渡さん」
「おー、言い切ったね。男らしい男らしい。それでこそ、俺のライバルライバル。戦う日を楽しみにしてる」
ナンパやヴァイスと戦う約束は、まだ果たしていない。
PvPイベントで戦うかもしれないし、その時のお楽しみだ。
当たらなければ、イベント終了後に改めて戦えばいい。
「そういや、ナンパはイベントをどうするんだ? どれに参加する?」
「今のところ、金色の試合だけかな。金色になれればだけどね」
「パーティー戦は? ヴァイスと組んだりしないのか?」
「ヴァイスは、イベントでもコダるの反対だってさ。恋人のサンサンちゃんにまで強制して束縛はしないけど、自分はコダらないって言ってる言ってる。ヴァイスがその調子だから、サンサンちゃんもますます惚れたみたいでイチャイチャラブラブしてた。爆発しろ!」
バカップル二人は相変わらずのようだ。
愚直なまでに真っ直ぐな者同士、お似合いである。
「ヴァイスは無理だし、他の人もいまいちでね。イベントでパーティー組むほど仲良くないない」
「ナンパのことだし、ヴァイスがダメなら美少女二人を探すかと思ってた。お祭りイベントなんて、お近付きになる絶好のチャンスじゃないか。学園祭や修学旅行みたいなもんだ。あわよくば、そこから彼氏彼女の関係に発展とか」
「タゴサク!」
ナンパは大きな声を発した。目はギラギラと欲望の輝きを放っている。
「どうして気付かなかった! 俺のバカバカ! 美少女ちゃんを探せばいい! その通りその通り! こうしちゃいられない!」
ナンパはアイテムを使って姿を消してしまった。
どこに転移したか知らないが、美少女を探しに行ったのだ。
「俺、余計なこと言ったか?」
「いいんじゃない。女性プレイヤーも嫌なら断るわよ。しつこければ運営に通報するって手もあるわね。現実じゃないんだし、身の危険はあまりないから。不埒な真似をしてる場面を見かけたら、今度こそ奥義よ」
「物騒な奴。ナンパはパーティーメンバーを見つけられればいいが」
「可能性はあると思いますよ。夏休みになりましたし、大々的なイベントも告知されて、新規ユーザーが増えてるって聞きます。一ヶ月あればコモンステラを脱出するには十分です。うまくやれば、レアステラ脱出もできますね。ある程度強くなってイベントにも参加できます」
初心者の女性プレイヤーを誘うなら、うまくいくかもしれない。丁寧に教えてくれる先輩プレイヤーはありがたい存在だ。
だが、ナンパは上級者だ。上級者が初心者と組むのはよくないと言っていた。
自らの信念を曲げてでも、パーティーを組んでくれる女性プレイヤーを探すか。
あるいは、同レベルの相手に限定して探すか。
どちらを選択するにせよ、一ヶ月後が楽しみだ。うまくいけば、タゴサクのパーティーとナンパのパーティーがぶつかる。
一対一の戦闘もいいがパーティー戦もいい。これでこそMMORPGだ。
「俺たちも負けてられないな。今日はどうする?」
「女神の情報集めの続き。イアもいいわよね?」
「いいよ。金色になりたいもん」
少し前から、三人は女神の情報を集め始めた。
女神とオーロステラの情報が解禁されて以降、多くのプレイヤーが女神関連のイベントをこなそうと躍起になっている。
女神の情報を集めることそのものよりも、他のプレイヤーと取り合いになったり戦闘になったりするのが大変だ。
三人でコダるタゴサクたちは、特に狙われやすい。
PKを撃退できるよう、最初は星宮ダンジョンでスキルを覚えるなど、戦力の増強に努めた。
ずっと戦力強化ばかりしていて金色になれなければ本末転倒だし、ぼちぼち女神の情報を集めようとしているわけだ。
「コモンステラやレアステラに行けば、まだ楽だけど」
「やめとこうぜ。レベルの低いプレイヤーをなぎ倒して奪うのは気が引ける」
「分かってるわよ。適正レベルの星で活動する方がいいわよね。コローレステラにする? ジャパンステラ?」
「ジャパンステラでいいだろ。昨日は【愛都セス】に行ったよな」
「今日は【水の国トゥーリバー】とかにします?」
イアの意見に反対する理由はない。【水の国トゥーリバー】で情報集めだ。
水の国という名前なだけあり、水上都市になる。
川にいくつもの小舟が浮かんでいて、橋を渡してつなげてある。
ここで女神の情報を集めるが、言葉にするほど簡単ではない。
ストレートに女神がどうこうという情報が集まるとは限らないからだ。昨日【愛都セス】に行ったが、情報は発見できなかった。
ないと決まったわけではない。というか、おそらくあると思う。
コモンステラでは、罠のクエストがきっかけになった。
薬草採取のクエストを行い、報酬をもらえないと思っていたら、実は泉の女神につながっていたという展開だ。
このように、一見すると関係がなさそうなクエストが女神につながっているケースもよくある。【愛都セス】もこちらのパターンだろう。
手当たり次第にクエストを受けていけば、いつかは女神にたどり着く。
そのやり方をすると、八月末のイベントまでに間に合わない。分かりやすいヒントを探す方がいい。
関係がなさそうなクエストからしか女神にたどり着けないのは、非常に面倒だ。よって、分かりやすいヒントもちゃんとある。
空中ダンジョン【ソラ】は、入口に女神の像があった。
当時のタゴサクたちは女神のことを知らなかったが、知っていればダンジョン内に女神の情報があると推測できる。
町で情報を集め、女神に関連する情報が見つかればよし。クエストなりダンジョン攻略なりをする。
見つからなければ、別の町に移動する。
タゴサクたちの方針はこれだ。
今日も【水の国トゥーリバー】を歩き回るが、有用な情報は聞けなかった。
「ここもハズレかあ。別の町に行く?」
ソーニャは【水の国トゥーリバー】をハズレと言ったが、タゴサクには一つ気になるクエストがあった。
「間違ってるかもしれんが、クエスト受けてもいいか?」
「どれ?」
「小さい女の子が、別の町に荷物を届けて欲しいって言ってたやつ。必死に頼んでたし、きっと罠のクエストだと思うが」
「お兄ちゃんのロリコン」
「わたしの教育が至らないばかりに……」
「誤解するな。小さい女の子だからって理由じゃ……そっちも一応あるが、これまでの経験則からってだけだ」
薬草採取のクエストは、十歳くらいの少女から頼まれた。
レアステラで宇宙船のチケットを入手するクエストに、ジャパンステラの皇女殿下からの依頼も、小さい女の子が関係していた。
今回も関係するのではないかと考えただけであり、ロリコンではない。
「小さい女の子の依頼は、他にもあったでしょ? なんで今回に限って?」
「クエストの内容が気になる。荷物を届ける先は、【真南都カンナ】だ。【水の国トゥーリバー】とつながってるんじゃないかって」
「【水の国トゥーリバー】と【真南都カンナ】……ああ、川ね」
「二人だけで分からないでくださいよ。わたしにも教えてください」
ソーニャはタゴサクの意図を汲み取ってくれたが、イアは理解していない。
「四十七都道府県で、川ってつく県はどこがある?」
「えっと……神奈川県と石川県と……これだけですか?」
「イアは、香川県の人に謝れ」
「香川県の皆さん、忘れちゃってごめんなさい」
漫才はともかく、川とつく県は三つある。
ところが、名前が【水の国トゥーリバー】だ。Two river、二つの川。
「riverが複数形になってないっていう文法的な突っ込みはやめておくとしてだ」
「お兄ちゃんは突っ込んでるじゃない」
「やめておくとして、致命的な突っ込みどころがあるよな」
一つ足りない。
足りないのはどこかと考えた時、【真南都カンナ】の名前がヒントになる。
「【真南都カンナ】は、おそらく神奈川県だろ。神奈はカンナとも読める」
「真南は、漢字を変えれば神奈ですか?」
「かもな。二つの川から、残りの川へ荷物を届ける。なんか意味深じゃないか?」
「ただのクエストじゃなくて、意味があるかもしれないわよね。お兄ちゃんが考え過ぎてるだけの可能性も高いけど」
「ソーニャの言う通り、考え過ぎとも言える。意味があるとしても、女神に関係するとは限らない。ダメ元になるがどうかなって」
相談の結果、クエストを受けてみることにした。
うまくいかなかったらいかなかったでも構わない。ソーニャとイアは、どうせ何もないと考えているようだ。
タゴサクは、何かしら面白い展開になると期待している。
トキヒメが言っていたことだ。罠のクエストは、他のクエストと関連させて利益もあるようにしたと。
女神の情報ではなかったとしても、何かあるはずだ。
期待を胸に、三人でクエストを受けに行く。




