七十五話 オバケなんかいない
タゴサクたちは【水の国トゥーリバー】でクエストを受けた。
小さな女の子からの依頼で、【真南都カンナ】にいる友達に荷物を届けて欲しいという内容になる。
この友達は、元々は【水の国トゥーリバー】に住んでおり、一番の親友だった。
しかし、些細なことから喧嘩してしまう。
お互い素直になれず、仲直りする機会を逃したまま、友達は家族で【真南都カンナ】へと引っ越して行った。
友達がいなくなってから後悔した。
仲直りしておけばよかった、素直になればよかった、と。
仲直りするために、荷物を届けて欲しい。
以上がクエストの概要だ。
「いい話ですねえ」
イアは感動しているが、タゴサクは楽観的になれない。
「SOSのクエストは性格悪いからな。碌でもない展開になりそうで怖い」
「サクさんがひねくれてるだけじゃないんですか?」
「イアには悪いけど、私もお兄ちゃんに賛成。まともに仲直りして、めでたしめでたしになってくれるかどうか」
「ソーニャちゃんまで」
不安はあるが、【真南都カンナ】に移動する。一度行ったことがある町なので、アイテムを使えば一瞬だ。
届け先のNPCの家を訪ねたところ、中年の夫婦が沈んだ表情になっていた。
「子供が帰ってこないんです」
男性NPCはそう話してくれた。
さらに話を聞くと、二、三日前からずっと帰らないという。町のどこを探しても見つからないし、周囲の人々に聞いても知らないと言われる。
「居場所に心当たりはないんですか?」
タゴサクの質問には、「もしかしたら」と前置いてから答える。
「【水の国トゥーリバー】にいる友人に、プレゼントをしたいと言っていました。喧嘩別れしてしまい、後悔しているので、プレゼントを贈って仲直りすると。プレゼントを探すために、町の外に行ったのかもしれません」
「町の外って、具体的には?」
「可能性がありそうなのは【死者の館】です。やんちゃな子ですし、一人で行ったのかも」
不穏な名前に、三人はそろって嫌な顔になった。
どう考えても、アンデッド系モンスターが出現するダンジョンだ。
「友達へのプレゼントで【死者の館】……さすがSOS」
仲直りするどころではない。積極的に喧嘩を売るスタイルに思える。
タゴサクは愚痴をこぼすが、クエストとしてはダンジョンに向かい、子供のNPCを探さなければならない。
仕方なく【死者の館】に出発する。
町から出れば、荒れ果てた大地になっていた。
乾いた岩や砂があるだけで、植物の類は存在しない、物悲しい大地だ。
フィールドを歩く中で、一番嫌そうな顔をしているのはソーニャだった。
「アンデッド……オバケ……害虫よりはマシよね? 私にはこれもあるし大丈夫」
ソーニャは早くもアンデッド対策の装備を身に着けていた。
サンサンも装備していた【モザイク眼鏡】だ。気持ち悪いモンスターなどを目にした時に、モザイクがかかって見える効果がある。アンデッドにも有効だろう。
眼鏡っ子へと変身したソーニャは、なかなか似合っていた。
「いつの間に? ソーニャが【グロノキワミ】と戦いに行くとは思えないし、サンサンさんからもらったのか?」
「友達価格で売ってもらったの。一千万スター」
「友達価格っつうか、ぼったくりじゃ?」
優れ物ではあるが、所詮はモザイクがかかるだけの効果だ。防御力などない。
それで一千万スターは高過ぎる気がする。
「何言ってるの。あのキモくてグロいモンスターを直視せずに済むなら、十倍の値段をつけられても買うわよ。オバケにも有効ならもっと高くてもいいくらい」
「ソーニャちゃんって、オバケ嫌いなの?」
「大っ嫌い! うちの家族は四人ともホラーがダメなの。きっと血筋よ」
「サクさんが気持ち悪い奥義を使った時、そこまで怖がってたっけ?」
「あれもキモいけど、オバケじゃないでしょ。オバケは絶対ダメ。オバケなんかいないの。非科学的にもほどがあるわ。フルダイブのVR技術まで開発されてる時代なのに、ナンセンス極まりないわね」
「俺も全面的に賛成する。オバケはいない」
「兄妹ですねえ」
タゴサクとソーニャはオバケが嫌いなのに、イアは平然としている。
害虫の時も、さほど脅えている様子はなかった。
イアは、作り物は作り物だと割り切れるタイプらしい。
気持ち悪いという感情は当然ある。好んで目にしたいとは思わない。
しかし、過剰反応して拒絶するほど嫌でもない。廃墟や廃病院で肝試しをしろと言われれば怖くて嫌だが、お化け屋敷などは平気だ。
「てことは、【死者の館】ではイアに頼れるな。俺も普段通り戦えるか自信ない」
「任せてください。仲間を……もとい、ペットを守るのはご主人様の役目です」
「なんで言い直した!?」
「【黒壁】!」
漫才中に、イアはいきなりスキルを使用した。
フィールドを歩いているため、他のプレイヤーに攻撃されたのだ。
イベントでパーティーの試合があるとはいえ、コダるプレイヤーは今でも嫌われている。三人でいればPKにも襲われる。
「どうする? ちょいと卑怯だが三人でやるか?」
イアの【黒壁】は熟練度が最大になっており、効果時間も長い。多少なら会話する時間も稼げる。
「わたしがやっていいですか?」
「私にやらせて。【死者の館】じゃどこまで活躍できるか分からないし、イアは力を温存しておく方がいいわよ」
相手は男性プレイヤー一人だけなので、ソーニャも一人で戦うと言い出した。
「【赤ヲ染メシ双ノ橙】!」
「【不壊】!」
ソーニャは奥義で分身を作り出し、男性プレイヤーはスキルで防御力を上げた。
お互いに下準備を整えてから攻撃に移る。
「【ミサイルバーン】!」
「【飛剣】!」
距離があるので遠距離攻撃の応酬だ。
ソーニャにとっては有利な距離だが、相手は刀を装備している。接近戦を得意としているはずだ。
自分の距離に持ち込もうと動き、させまいとソーニャが攻撃し、と続く。
「【星ヲ包ミシ双子ノ王】!」
ソーニャはふたご座のドロップで覚えた奥義を使用した。
奥義の発動中は必然的に攻撃が止まる。
その隙を狙い、相手は懐に飛び込んだ。
「【一太刀ニテ両断セヨ】
奥義が炸裂し、ソーニャに直撃した。
ところが、ソーニャは死なずにピンピンしている。
タゴサクは、分身がダメージを肩代わりしてくれたからだと知っているが、相手は知る由もない。
「【打杖】!」
驚いている相手を吹っ飛ばすと、不思議な現象が起きる。
出現している分身まで、フルスイングする動作を行った。
これが【星ヲ包ミシ双子ノ王】の効果だ。ソーニャが使用したスキルや魔法を分身も使用してくれる。
ダメージを肩代わりしてくれる役目だった分身が、攻撃にも回れるようになる。
「【アースクエイク】!」
ソーニャと分身による魔法が襲い掛かる。
攻撃が二倍になると、相手としてもたまったものではないだろう。
奥義の性能は優れているが、消費SPやMPも二倍になるという欠点がある。調子に乗って攻撃していると、あっさり枯渇しかねない。
枯渇する前に、最大の奥義で決める気だ。
攻撃の手をわざと緩め、相手の接近を許す。
近寄ってきたところで、二人の奥義がぶつかり合う。
「【裟ト斬リテ茶沙ト成ル】!」
「【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】!」
相手の奥義の威力もさるものだが、ソーニャが上だった。
超威力の【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】を、分身と共に二重で放ったのだ。オーバーキルもいいところだ。
襲ってきたPKを見事に返り討ちにした。
勝ったはいいが、際どい勝負だった。
「お前、ミスっただろ?」
「バレた? 【打杖】を使ったのは失敗だったわね。近寄られちゃまずいって気持ちばっかりあったけど、奥義で一気に決めるべきだったわ。MPがギリギリよ。あと一発、何か魔法を使ってたら、【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】も不発で負けてた」
「その前に、相手の一発目の奥義を食らった時、よく分身が消えなかったな」
「あー……そうよね。あれで消えてた可能性もあったのか」
「対人戦の経験を積まないと、トキヒメさんには勝てないぞ」
「精進あるのみね。完全下位互換って言ったこと、後悔させてやるんだから」
軽い反省会が終わり、ソーニャは回復アイテムでHPやMPの回復も済ませたので、移動を再開する。
荒れ果てた大地を歩いていると、ぽつんと佇む一軒の洋館を見つけた。
ここが【死者の館】だ。いかにもな建物と言っていい。
ひび割れ、蔦に覆われたレンガ造りの建物になっている。ホラーやミステリなどの作品に登場し、幽霊でも出るか殺人事件でも起きるか、といった趣だ。
勇気を出して足を踏み入れる。
一軒家だが、中は広くなっていた。広いというか、終わりの見えない細長い通路が延々と続いている。
見た目と中身が一致しないダンジョンは珍しくなく、コモンステラの【ケダモノの塔】もそうだ。
「やだやだ。早いとこNPCを見つけて帰りましょう」
怖がるソーニャを守るように真ん中に配置し、先頭はイア、最後尾はタゴサクとなって一列に進む。
館の中はやや薄暗くなっているものの、松明が必要になるほどではない。
暗いダンジョンは足元すら見えない暗さだが、こちらはオバケ屋敷の雰囲気作りのようなものか。
「オバケなんかいない。非科学的なの。ナンセンスなの」
ブツブツと呟くソーニャを見て、イアが振り向きながら心配そうに尋ねる。
「大丈夫? 無理そうならわたしとサクさんで攻略するし、ソーニャちゃんは外で待っててくれてもいいよ」
「どうしても無理ならお願いするけど、やる前から無理って言うのはね」
「じゃあ、わたしと手をつなぐ?」
「うん」
前を歩くイアの手を、ソーニャはきゅっと握った。
やけに可愛らしい反応だ。
「萌えってこういうことなのかな? わたし、今のソーニャちゃんに萌えてる」
「萌えないで」
いつものごとくアホな会話だ。
そんなことをしつつ歩いていれば、モンスターも出現する。半透明の幽霊のモンスターだ。
ゴミ袋をすっぽりとかぶっているような姿をしており、リアルではない。デフォルメされた幽霊だ。
血のように赤い瞳は恐怖心をあおるし、通路に置かれている燭台のロウソクの火で揺らめく姿は少々不気味だが、言ってしまえばその程度である。
「これなら私もなんとか……」
「【モザイク眼鏡】の効果はどうした?」
「効果が発動するほどキモくないってことだと思うわよ」
オバケが苦手なソーニャでも耐えられる子供騙しレベルだ。
強さもたいしたことはなく、三人で片付ける。
以降もモンスターが出現するが、さして恐ろしいとは感じなかった。害虫の方がよほど不気味だ。
ソーニャにも余裕が出てきて会話が増える。
「NPCの子供ってどこにいるの? やっぱり一番奥?」
「ボスモンスターを倒して子供を救い出すのは定番だよね。NPCにHPが設定されてて、守りながら戦うの」
「子供が死ねばクエスト失敗か。小さい女の子が死ぬのは後味悪いな」
「女の子? なんで? 【水の国トゥーリバー】にいたのは女の子だけど、こっちは男の子かなって思ってたわよ」
「ソーニャこそ、なんで男の子だ?」
荷物を届けるように依頼したNPCは、小さな女の子だ。
今探している子供の性別は明かされていないが、女の子の友人なので女の子だと考えた。
「親のNPCがやんちゃな子だって言ってたし、男の子かなって」
「女の子の友人だし女の子じゃなくて?」
「どっちもありそうね。まあ、どっちでもいいけど」
NPCが男の子だろうと女の子だろうと、助け出すことに変わりはない。
三人で【死者の館】の探索を続ける。
他のプレイヤーと遭遇しないのは楽だ。アンデッドが出現する不気味なダンジョンだし、訪れる物好きなプレイヤーは少ないと見える。
楽なのはいいが、ボスのドロップアイテムなどは期待できない。
レアアイテムをドロップするのであれば、多少不気味なダンジョンでも、アイテム狙いのプレイヤーがいる。
宝箱も見つけるが、安物の回復アイテムしか入っていなかった。
「ほとんどクエスト専用のダンジョンみたいなもんか?」
「お兄ちゃんの言う通りかもね。モンスターの経験値はあんまりおいしくないし、宝箱の中身もしょぼい。他のダンジョンに行く方がいいわよ」
「これで、女神に関連してなけりゃ無駄足だな。子供を助けられてよかったって思うしかない」
話をしているうちに、ダンジョンの最奥と思われる部屋までたどり着いた。
家具などが何もないがらんとした部屋だ。壁には絵画が飾られている。
一枚や二枚ではない。壁を覆い尽くす勢いで何枚もある。
しかも、年端もいかない幼女の絵ばかりだ。
「一枚だけなら娘の絵だって考えるところだが」
「これだけあると、趣味としか思えないわよね。全部別人の絵だし」
「サクさんみたいな変態さんなんですね」
「俺はロリコンじゃないぞ!」
「ミドリちゃんにデレデレしてたのにですか?」
イアのセリフは、タゴサクとミディーリ双方に対して失礼だ。
タゴサクをロリコンと断じ、ミディーリはロリだと言っているに等しい。
ロリコンの話はさておき、意味ありげな部屋なのにボスはいないしNPCの子供もいない。
となると、どこかに仕掛けがありそうだ。
気になるのは、やはり幼女の絵だろう。
「あの一枚だけおかしいな」
「どれ?」
「あれだよ。他は全部幼女なのに、あれだけ少年だ」
「年端もいかない子供なら、男の子でも女の子でもいけちゃうんですか? 変態さんです! サクさんのエッチ!」
「イアの発想がゲスいわ! 俺も関係ねえよ!」
好きな子が、どんどん耳年増になっていく。
悲しみに暮れつつ、少年の絵を調べようとすると。
「……ケテ」
少年の絵から声が聞こえた。
「……ケテ。タス……ケテ」
助けて、と言っている。
NPCの少年が、絵の中に閉じ込められている展開かもしれない。
「助けてって言われても、どうやるんだよ。助けるための仕掛けとかあるのか?」
「絵を外して持ち帰る?」
「特別なアイテムが必要なんでしょうか?」
三人が各々の推測を述べていれば、部屋の中央で黒い霧が発生した。
どうやらボスモンスターのお出ましらしい。




