七十話 たった一つの輝くもの
「プレイヤー名はトキヒメ。本名は清流院永久。でも本当は、御堂空の妹です」
タゴサクは、トキヒメの正体を聞かされたが、いくらなんでもこれに騙されはしない。
「何をバカな」
「バカでも冗談でもないわよ。あなたの妹。血のつながった実の妹。御堂双那の双子の姉妹。それが私よ」
「双那に双子の姉妹がいるなんて話は聞いたことない。俺の記憶でも、妹は双那一人だ。物心ついた時からずっとだ。タチの悪い冗談はやめてくれ」
「信じられないのも無理ないわよね。本当なんだけど」
「じゃあ、何か? 俺の両親は、実の娘をどっかの家に養子に出したって? あるわけない。そんなこと……」
言葉が尻すぼみになってしまうのは、タゴサク自身が考えたことだからだ。
いつだったか、現実で両親と話した。双那の名前は藍那も候補になっていたと。
その話を聞いて疑問に思った。
双那の双の文字は、少々おかしい。兄の名前が空なら、妹の名前は藍那や蒼那がふわさしい。
トキヒメの存在を知っていたし、他人の空似ではなく、双子の姉妹の可能性を考えた。
「双那の名前は、双子の姉妹の分まで込めてある?」
「私じゃ分からないけど、あり得るわよ。私は死んだことになってるもの。死んだ娘の分まで生きて欲しいとか願いを込めても変じゃないわ」
「ま、待ってくれ。わけが分からない。トキヒメさんは何者なんだ? まさか幽霊とか言わないよな?」
空の妹で、双那の双子の姉妹というだけでも処理し切れないのに、死んだことになっているとか聞かされても混乱が増すだけだ。
「幽霊じゃないわよ。私は生きてるけど、死産って扱いなの」
「だからわけが分からないんだって! 説明下手だな!」
「あー、よく言われるわ。私の中だと順序立てて説明してるつもりなのに、うまく伝わらなくて説明が下手だって」
天才にありがちな落とし穴だろうか。
それはどうでもいいので、トキヒメの話を聞く。聞いた上で、真実なのかタチの悪い冗談なのか判断する。
「どこから説明したものか……まず、私は間違いなく、御堂夫妻の子供として産まれたの。だけど死産扱いにされた」
「死産扱いって可能なのか? 隠し通せるとは思えないが」
「完全に隠すのは不可能よ。でなきゃ、私が知ってるはずがないでしょ。ちょっとやそっと調べた程度じゃ分からないけどね」
どうやって調べたのかは知らないが、天才だからなんでもありだろう。普通の十五歳とは比較にならないほど、知識も人脈もある。
タゴサクが同じ真似をしろと要求されても不可能だが、トキヒメなら可能だ。
「おおまかな流れはこうよ。あなたのお母さんは、お医者様からお腹の子供が危険な状態にあると聞かされた。自然分娩を待っている余裕がなく、帝王切開で出産することになった。今の時代の出産は、妊婦が眠ったままで行われるでしょ。手術が終わって目覚めれば、双子のうち一人は無事だったけど、一人は死産だったと聞かされた」
「無事なのが双那で、死産がトキヒメさん?」
「正解。私の言葉が嘘だと思うなら、ご両親に聞いてみればはっきりするわよ。お医者様から死産だって聞かされてるし、死産届だって出したはずだから」
ここまで言い切るのだ。嘘ではなさそうに思う。
タゴサクが両親に問えば真実が分かってしまうのに、嘘をつく意味がない。
「うちの両親も、トキヒメさんが生きてることを知らない?」
「知らないわ。だから、ご両親は何も悪くない。むしろ被害者よ。せっかく産まれた子供を死んだことにされたんだもの」
「なんでそんなことになったんだ?」
「そっちはとりあえず置いておきましょう。とにかく、私は死産扱いだけど、死んでないの。ここにいる私は幽霊でもなんでもない。もちろんNPCとかAIとかでもない。生きている人間よ」
死産扱いも意味不明だが、幽霊と言われるよりは現実味がある。
どうでもいいが、タゴサクは幽霊を信じていない。
オバケなどいないのだ。怖くなんてないのだ。
「死産扱いになった私を引き取ったのが清流院家ね。引き取ったって表現は不適切かしら。私はれっきとした清流院家の子供になってるわ。養子じゃなくて、実の子供にね」
「うちの両親は知らないって言ったが、そっちは……」
「ええ、全部知ってるわ。真っ黒よ。いわゆる社会の闇なのかしらね」
自分のことなのに、トキヒメは飄々と語っている。
「戸籍を調べても証拠は出ないわ。死産だと戸籍はないの。産まれてから少しでも生きていれば、死産じゃなく早期新生児死亡になって、こっちだと出生届と死亡届を提出する必要があってね。つまり戸籍にも残っちゃうから、残さないために死産なの。ボロが出そうな要素は一つでも減らそうってこと。最近、芸能人の子供が亡くなった話、知ってる?」
「ニュースで見たな」
「あれは多分、私とは違うわよ。早期新生児死亡だし、運が悪かったのね」
トキヒメと違うとはいえ、子供を失った夫婦には慰めにもならないだろう。
軽々しく死産扱いにしたりなんだりと、はっきり言って胸糞悪い話だ。
「御堂家の戸籍には残らない。清流院家の戸籍では実子になっている。変な話、私と兄さんは結婚できるわよ。血のつながった兄妹だけど、戸籍上は赤の他人で一切の関係がないもの」
「DNA鑑定とかは? そこまで誤魔化すのは不可能だろ?」
「不可能ね。私も調べたわ。DNA鑑定の結果、清流院の両親と血のつながりがないことは確実よ。御堂家のご両親を調べれば、逆に血のつながりがあるって証明されるわね。するつもりはないけど」
「やらないのか?」
「誰も得をしないわよ。私は清流院の両親が好きじゃないけど、だからって会ったこともない御堂のご夫妻を親だなんて思えない。名乗り出るつもりもないわね」
薄情とは言うまい。至極当然の感情だ。
タゴサクも、トキヒメを妹とは思えない。仮にだが、御堂の両親と血がつながっていないと聞かされても、本当の両親を両親とは思えない。
本当の両親はどのような人なのか気になるが、それだけだ。
「トキヒメさんの話が真実だと仮定しよう。じゃあ、なんだってそんなことをしたんだ? 死産扱いにするとか、赤の他人の子供を実子にするとか」
「私が天才だから。今って、妊娠中の子供を調べれば、天才かどうかが分かるらしいわ。百発百中じゃなくて、的中率は五割弱だったかな」
「天才だって分かったら、赤の他人の子供を実子にする? なんで?」
「実の子供が天才で大活躍してくれれば、清流院は鼻が高いでしょ」
「え? それだけ?」
子供が優秀なら、親として誇らしくなるのは分かる。
トキヒメとは規模が全然違うが、タゴサクがバスケ部で活躍していた頃は、両親も喜んでくれた。全国大会の時だって応援にきてくれた。
しかし、これほど大がかりな真似をしておいて鼻が高いだけとは。
「それだけってほど軽くないわよ。私という個人はもちろんだけど、清流院の血筋そのものが優秀だと思ってもらえる。家に箔がつくし、お金も名声も手に入る」
「お金も名声も重要だが……」
「清流院の利益だけじゃなくて、日本や子供のためでもあるわね。兄さんに聞きたいけど、ご両親から英才教育を受けた?」
「いや、受けてないな」
「一般家庭の子供だとそうなるのよ。我が子が天才だなんて知らないもの。調べれば分かるって話は、一般には浸透してないし知ることもできない」
英才教育を施す家庭がないわけではないが、天才として育てる家庭はさすがにないだろう。
子煩悩な人が「うちの子天才!」と言ったとしても、親バカの発言であって本物の天才ではない。
「普通の家庭では、普通に可愛がって普通に育てる。すると、せっかくの才能も開花しにくい。開花するかどうかは運否天賦じゃあまりにも不確実よ。日本を背負ってくれるような天才が埋もれると大損失でしょ。子供も不幸でしょ。だから、妊娠段階で天才だと判明した子供は、私みたいになるの。全員じゃないけどね」
「……社会の闇、か」
先ほどトキヒメが言ったセリフだ。
トキヒメ一人なら、病院と医者と清流院がグルになればよかった。
関係者はもっと多そうだ。政財界の大物がグルになっている。
「闇よ。私が御堂家の子供だって名乗り出ないのは、これもあるわね」
「握り潰されるのがオチか。ガキの一人や二人が騒いでも、国には勝てない」
「そういうこと。兄さんも迂闊な発言はやめておくことをお勧めするわ。家族にも話さない方がいいわよ」
「ソーニャにもか?」
両親には話せない。
死産だった娘が、実は生きていましたとか聞かされれば、絶対に会おうとする。悪いが隠し通させてもらおう。
ソーニャはどうするかだ。
「秘密を知る人は少ない方がいいわ。私と兄さんだけね。人数が増えるとトラブルになるわよ。私たちがこうして会うのも本当はまずいけど、大人しくしてれば見逃してもらえる。結婚も多分許してもらえる。実は血がつながってるからダメなんて言えないしね。騒ぎ立てれば冗談抜きで首が飛ぶわよ。物理的にね」
「日本って、もっと平和だと思ってたが」
「闇なんてどこにでもあるわよ。清廉潔白な国は存在しない。賭けてもいいわ」
重苦しい話題になった。タゴサクでも冗談を言って誤魔化せない。
しばし無言の時間があり、トキヒメがパンパンと手を叩いた。
「変な話を聞かせちゃってごめんなさい。兄さんを困らせたいわけじゃないの」
「重要な内容だったからスルーしてたが、兄さんはやめてくれって」
「他の人がいる前では変えるから、二人の時はいいじゃない。可愛い妹の頼みを聞いてよ。私、家族に憧れがあるの。清流院の両親から愛された思い出がなくてね。兄弟もいるけどギスギスしてるわよ。一番優秀なのは私だから、疎まれたり妬まれたり」
「これまた重い話だな」
「虐待とかはされてないわよ。衣食住に不自由しないし、欲しい物はなんでも買ってもらえた。私は天才だし、貴重な人材だからね。粗末には扱わないの」
衣食住に不自由せず、欲しい物はなんでも買ってもらえた。
これだけなら、タゴサクやソーニャも同様だ。
後半部分にトキヒメの実情が表現されている。
子供に対して「貴重な人材」とは使わない。「粗末に扱わない」とも使わない。
子供に対する接し方ではないと言っているようなものだ。
「愛に飢えてる?」
「兄さん、鋭い! 私の行動は、突き詰めれば全部それなの。親の愛情を与えられなかったせいだと思うけど、愛して欲しいって気持ちが強くてね。SOSを作った理由もそれよ」
「また話が飛んだぞ。SOSを作った理由がよく分からん」
タゴサクが突っ込めば、トキヒメが説明してくれた。
清流院の子供として何不自由ない生活を送っていたトキヒメは、幼い頃より才能を開花させていた。紛れもない天才だった。
両親は大切にしてくれたが、それは天才だからだ。子供として愛しているわけではない。
両親以外も同様で、家族に愛されていたという実感がない。
子供心に敏感に察し、愛に飢えるようになった。
愛して欲しい。たくさん愛して欲しい。
と願っていたが、途中で考え方を変えた。
「愛を一方的に求めたって無理よ。愛して欲しければ、私が愛さなきゃ。私はあなたたちを愛さない。でも、あなたたちは私を愛しなさい。傲慢極まりないでしょ」
天才といえど、他人の行動も心も変えられない。
自分なら変えられる。
よって、トキヒメと同じように愛を求める人を救おうとした。
それこそがSOSである。
コミュニケーションができずに苦しみ、助けを求める人のためのゲーム。
他のどこでも肯定してもらえない人を肯定するためのゲーム。
救難信号を発している人を認め、受け入れるためのゲーム。
ゲーム中に登場する女神は、トキヒメからのメッセージだ。
空中ダンジョン【ソラ】の女神も言っていた。
しかし、ワタシは愛そう。哀れな虫けらを愛そう。
天高くから、ワタシは虫けらを見守ろう。
この遥かなる空から、虫けらを愛し続けよう。それこそが母なる女神の役目よ。
愛している。見守っている。
プレイヤーたちに向けられた愛のメッセージだ。
「愛するのはいいが、なんで虫けら?」
「ゲームのキャッチコピー、知ってるでしょ」
人は、誰もがたった一つの星である。
SOSのキャッチコピーだ。
「私は、人は生きているだけで尊いとか素晴らしいとかは考えてない。何もしなくても、あなたはあなたであるだけでいいとは言わない。人なんて虫けら同然よ。人の醜さを、私は身を持って知ってるわ」
「実体験に基づく感想ってことか」
「自分を輝かせようとして初めて、人は星になれる。夜空の星たちは、自分で輝いてるの。お月様なんかは太陽の光を反射してるけど、恒星は自分で輝く。他人の手で輝かせてもらうんじゃなく、自分で輝こうとして欲しい。輝くための舞台は用意するから自分でね」
舞台はSOSだ。
現実では輝けないから仮想の世界で。
ただの逃避だと考える人もいるだろうが、そもそも現実で輝けるのであればSOSは不要だ。
現実では輝けない人、助けを求める人のためのゲームだから、これでいい。
「輝こうとすれば、人はいつか、たった一つの星になれる。たった一つの輝くものにね」
「ゲームの仕様も、そのために?」
「大体はそうね。容姿は、その人が産まれながらにして持つものよ。たった一つのもの。双子ですら違いはある。美男美女でなくたっていいじゃない。あえて変更できないようにしたわ。身バレの危険性とかもあるから、細部は認めたけど」
絶世の美少女であるトキヒメに言われても、という気はするが、理解できる。
「オンリーワンの装備やスキルなんかいらない。特別な才能がなければ輝けないなんて言わせない。誰でも得られる物があれば十分よ」
「容姿や装備は分かるが、他人を蹴落とす仕様はやり過ぎじゃないか?」
「私が言ったようなお説教臭い売り文句で、ユーザーが集まると思う? 大きなお世話だ、お前は何様だって反発されるわよ」
反発されるという意見は正しいと思う。
お説教臭い言葉はただでさえ嫌がられるのに、ましてやトキヒメは天才だ。絶世の美少女だ。
人が追い求めながらも手に入れられない特別な才能を、大量に持っている。
そんな人間の口から「特別な才能がなければ輝けないなんて言わせない」などと告げられても、素直に受け止められない。
「私だって、趣味や慈善事業でSOSを作ったわけじゃないの。私一人で作れる規模でもないし、企業が関係してるわ。売れないゲームは作れない。営利企業なら当然の判断よね」
「企業が利益を求めるのは分かる。トキヒメさんは、趣味や慈善事業じゃないって言うが、現実で苦しむ人を愛するためじゃないのか?」
「そっちもあるし、私の研究のためでもあるわね。単にゲームで遊んだり、ましてや無関係の人を愛したり、清流院の両親が認めてくれるわけがないじゃない」
「何を研究してるか、聞いてもいいか? 守秘義務があって話せない?」
「詳細は守秘義務があるけど、概要ならいいわよ。私はAIの研究をしてるの。VR技術にも手を出してるけど、本命はAI。ポンちゃんたちも私が作ったAIよ」
「妙に人間臭いAIか」
ポンちゃんは人間味があり、逆に恐ろしくなったが、トキヒメが作り出した存在だった。
「変なことは考えてないから安心して。愛されなかった反動から、人間に絶望してAIが管理する世界を創造するとかね」
「世界征服とか言われたら、規模がでか過ぎて俺の手に余るな。死産とかの話でもキャパオーバーなのに」
「私はただの天才よ。狂った天才じゃないわ。AIの研究にはMMOROGがうってつけだから、こんなこともしてるの」
大勢のプレイヤーとNPCが否応なしに関わるMMORPGは、データ収集に適していると話す。
ただし、MMORPG自体は世の中にあふれているし、データも持っている。
トキヒメが望むデータを収集するためには、毒にも薬にもならないゲームではなく、他にはない尖ったゲームが必要だ。
「人助けが罠になるなんて、他のゲームにある? NPCの反応もプレイヤーの反応も参考になるわよ。まあ、罠にするだけじゃかわいそうだし、他のクエストと関連させて利益もあるようにしたけど」
「なるほど、大体把握した」
トキヒメの身の上話も、SOSの秘密も、おおよそ聞かせてもらえた。
おそらく、全て真実なのだろう。
信じがたいが、トキヒメはタゴサクの実妹だ。ソーニャの双子の姉妹だ。




