六十八話 オーロステラ
昼食を終えてから、再びSOSにログインする。
ルーシャから譲ってもらったマップを頼りに歩けば迷う心配はない。
タゴサクはほどなくして星樹の一番上にたどり着いた。
手入れがされていないのか、青々とした草が伸び放題になっている。
NPCがいる気配はなく、雑魚モンスターもボスモンスターも出現しない。他のプレイヤーの姿もない。
あるのは、女性をかたどった像だけだ。
空中ダンジョンでも見た女神の像が、隅の方に置かれている。
他には何もない場所なので、目当てのアイテムである【星樹の涙】を入手する手がかりは女神像にあるはずだ。
近寄って確認してみる。
涙というアイテム名だけに、女神像の目に何かあるかもしれない。
瞳が宝石になっており入手できるとか、目に水滴が付着しておりそれがアイテムになるとか。
イベントが発生し、女神が出現する可能性もある。
空中ダンジョンのように戦闘になり、勝利すれば【星樹の涙】が入手できる。
コモンステラの泉のように会話が発生し、フラグを立ててあれば入手できる。
考えられる線はいくつもあるが、残念ながら起きなかった。
気になった部分といえば、女神像に涙痕があることだ。
年月を経て、風雨で傷んでいるだけかもしれないが、涙が流れたような跡は物悲しさを感じさせる。
涙痕に触れてみても状況は変化しない。
涙を拭うようにこすってみる。女神の涙を拭ってあげれば、心優しい人とかなんとか言われてアイテムを入手できるかと考えた上での行動だ。
それでも何も起きないので、どうすればいいのか困ってしまう。
「女神像は無関係なのか? アイテムは【星樹の涙】だもんな。女神像が関係するなら、【女神の涙】とかになりそうだ。思わせぶりに置いてあるのは気になるが」
星樹という名前なら、この場所そのものにヒントがあると考えられる。
タゴサクは、周辺を調査してみることにした。
狭い場所なのでさほど時間はかからない。草むらをかき分けて、【星樹の涙】が落ちていないか探す。
ひょっこり見つからないか期待するも、無理だった。
他にヒントになりそうなことはないだろうか。
草がボーボーに生えており、女神像がある以外は、これといった特徴がない。
室内ではなく外になるので、空には満月が顔を覗かせている。
イアと一緒に見たいと感じる光景だ。
夜空を星の川が縦断し、瞬いている。星の川の中に満月があり、まるで月が水遊びをしているようだ。
柔らかな月光が降り注ぎ、星樹の地の中央付近を照らす。
満月から涙が零れ落ちる展開かもしれない。
星の川面をゆく月の涙だ。
タゴサクの柄でもないのに、ロマンチックなことを考える。
ソーニャやイアに聞かせたところで、絶対に「ロマンチックで素敵」とはならない。似合わないと一笑に付されるに決まっている。
二人なら美少女だし似合うだろうと益体もないことを考えながら、満月の光が照らす場所で夜空を眺めるが、落ちてこなかった。
「ルーシャから聞いときゃよかったな。ミスった。彼女が何かを見つけたなら、教えてくれたかも」
今さら悔いても遅い。連絡先は交換していないため、メッセージを送って質問もできない。
星樹の頂上で、【星樹の涙】を探し求めてあちこち探す。
草むらを探し、女神像を調べ、夜空に手を伸ばして【星樹の涙】が落ちてこないか待ち、しかし何も起きない。
「ダメか……って、夜空?」
遅まきながら異変に気付いた。
昼食後にログインしてから、さほど時間はたっていない。
時間を確認すると、午後三時過ぎだった。
昼間なのに夜空になっているのはおかしい。
おそらく、時刻が昼でも夜になっている場所なのだ。
夜でも明るかった【空中都市アオゾラ】の逆バージョンだ。
意味もなくこのような仕様にしてあるとは思えない。夜空にヒントがある。
時間に関係なく夜になっており、満月の光が降る。
これが星樹の特徴だ。思わせぶりに置いてある女神像と合わせると。
「もしかして?」
一つ思い浮かび、女神像に駆け寄る。
力を入れて押してみれば、わずかに動いた。
隅の方に置かれていた女神像と、満月の光に照らされる場所、そして涙痕。
光が差す場所に女神像を移動させればいい。
移動させれば、月の光は女神像を照らし出した。
女神像の目から、涙痕に沿って月の光が流れ、涙のようになる。
やがてまばゆく輝き出した。月の光に照らされた女神像が色を取り戻す。
「ワタシを助けてくれたのは、あなたですか?」
「助けたといいますか……」
女神を助ける目的で訪れたわけではないので、曖昧な返答になった。
女神が出現する可能性は考えたが、女神像が女神になるとは思わなかった。月の光を浴びて本来の姿を取り戻したとか、そういう設定だろうか。
タゴサクは、【女神の秘薬】を作れるNPCが女神に似ていると感じた。
彼女は女神との関係を否定しており、フラグが立っておらず条件が満たせていないと考えたが、ここで女神に会う伏線だったのだ。
あちこちに散らばる女神の情報の一つだと思われる。
それはいいが、今は女神の情報よりもアイテムが欲しい。【女神の秘薬】を作るための材料として【星樹の涙】が。
「ありがとうございます。あなたには、この【星樹の涙】を差し上げ……」
目当てのアイテムの名前を口に出しつつ、女神は自分の頬に手を当てた。
月光の涙をすくったところで、手も言葉も止まる。
タゴサクは、ゲームのイベントの一環だと考えた。
素直にもらえず、何かしらの展開がある。クリアすればもらえるのだと。
ありそうなのは、女神との戦闘だろうか。女神が呼び出す眷属もあり得る。
アイテムを授けるにふさわしい人間か、力を試すという名目で戦うのはよくある展開だ。
戦闘で済めばラッキーで、試すためにまたしてもアイテムを入手してこいと言われれば面倒になる。お使いはそろそろ飽きた。
何を言われるのか、ドキドキしながら待てば、女神の口が開かれる。
「プレイヤーID……TY98HG55。プレイヤー名……タゴサク」
「は?」
予想だにしない言葉だったせいで面食らった。
プレイヤーIDにプレイヤー名。どちらも正しいが、それがどう関係するのか。
戸惑うタゴサクをよそに、女神の言葉は続く。
「プレイヤータゴサク限定の特殊シークエンスに移行します」
「俺限定? SOSなのにか?」
オンリーワンは存在しないと公言しているSOSなのに、タゴサク限定という言葉は引っかかる。
実はこっそりとオンリーワンが存在すると仮定しても、一人だけ特別扱いされるような行動はしていない。タゴサクだけが持つ情報やアイテムもないはずだ。
混乱するが、同時にワクワクもしている。
ゲームで予期せぬイベントが起きるのは楽しみだ。たらい回しにされるお使いに辟易していたところでもあり、サプライズが嬉しい。
「『空の女神』イベント……暫定クリア。『泉の女神』クエスト……クリア。『星樹の女神』クエスト……暫定クリア。他……クリアなし」
こちらは、なんとなく理解できる。
空の女神イベントとは、空中ダンジョン【ソラ】で女神が登場したやつだ。暫定クリアと言われているのは、倒したのがタゴサクではないからと考えられる。
泉の女神クエストは、コモンステラの女神だ。イアの濡れ透けというバカな願い事だったが、一応を叶えてもらったためクリアになる。
星樹の女神クエストは、まさに今やっているこれだ。
「クリア回数、規定に到達せず」
これはそのままの意味だろう。
女神関連の情報やイベントはいくつもある。正式クリア一つに暫定クリア二つでは、まだ不足していると言いたいのだ。
「女神の真なる名をお答えください」
「真なる名? ニフナジュレタ?」
「女神の真名、ニフナジュレタ……情報入手済み」
イアが【ニフナジュレタの祈り】というアクセサリを入手していたので、名前は答えられた。正解だったようだ。
「ニフナジュレタ装備……未入手……訂正、暫定入手済みと判断」
「さっきから判定が甘いな」
暫定クリアや暫定入手と、かなり甘く判定されている気がする。
タゴサク限定の特殊シークエンスだから甘いのかもしれない。
「プレイヤートキヒメ……ログインを確認」
「トキヒメ? なんであの人の名前が?」
ソーニャのそっくりさんであるトキヒメは、タゴサクとも女神とも無関係だ。
絶世の美少女なので女神と呼ばれてはいるが、それだけに過ぎない。
「プレイヤートキヒメにメッセージ送信。プレイヤータゴサクは、しばらくそのままでお待ちください」
「はあ、了解です」
気の抜けた返事をしつつ、言われた通り待つ。
これはトキヒメが仕組んだことなのか。あるいは、金色になっていると言われるトッププレイヤーなので特別なのか。
想像しても答えは出ないが、これから判明してくれると期待しよう。
「メッセージ返信あり。プレイヤートキヒメの了承を得ました」
「んで、どうなるんですか?」
「クリア回数NG。女神の真名OK。ニフナジュレタ装備OK。プレイヤートキヒメの意思確認OK。プレイヤータゴサクは条件を満たしました。これより転移措置を行います」
「転移ってどこにです?」
「オーロステラ」
女神から短い答えがあった。
オーロステラ。直訳で金色の星。
Solo Oro Stellaのタイトルにもなっている星だ。
コモンステラ、レアステラ、ジャパンステラときて、オーロステラだった。
だが、これはおかしい。タゴサクは上の星の名前を知っているが、オーロステラではない。
ジャパンステラの次は、コローレステラだ。
コローレはイタリア語で色の意味になる。
コローレステラは全プレイヤーが共通で行けるが、そこから各色専用の星に移動して行動する。タゴサクなら鈍色専用、ソーニャなら橙色専用、イアなら黒色専用といった具合だ。
これらの星は、鈍色ならコローレステラ・グリージョのように、後ろにイタリア語の色の名前がくっつく形だ。
オーロステラを金色専用と考えても、命名規則からすればコローレステラ・オーロになる。
第一、鈍色のタゴサクが移動できるのは変だ。
コローレステラよりも、さらに上の星だろうか。
タイトルと同名になっているし、ラストダンジョン的な響きがある。
Solo Oro Stellaの最終地点はオーロステラだと言われれば、疑いもなく信じる。いかにもだと思う。
ラストダンジョンまで一気に飛ぶ理由は不明だ。今はクエストの途中で皇帝陛下に認められていない問題もあり、とにかく不明点だらけで混乱する。
「オーロステラってどこです? 俺が行っていい場所なんですか? 俺限定のシークエンスってのも分からないですし、もうちょい説明が欲しいんですが」
「ワタシに言えるのは、行けば分かりますと。それだけです」
「んな適当な」
説明がもらえないまま、タゴサクの視界は暗転する。
別の場所に転移するのだ。
女神の言葉が真実なら、オーロステラに。
トキヒメの名前が出ていたし、彼女が待つのだろうか。事情を聞かせてもらえるだろうか。
期待と不安がない交ぜになりながら、タゴサクは転移する。
少々中途半端ですが、ここで第3章完結とさせてもらいます。
明日からは第4章になります。




