六十七話 悪女でも好き
休日の昼、御堂家のリビングには三人の人物が集まっていた。
空と双那の兄妹に、藍子の三人だ。両親は仕事なので不在となっている。
「ふんふんふーん♪」
上機嫌で鼻歌を歌いつつ、台所で料理をしているのは藍子だ。
猫のタゴサクを飼い始めてからは毎日遊びにきている。平日も休日も、晴れていても雨が降っていても関係なく、毎日欠かさずだ。
その熱意には、感心するやら呆れるやら。
両親ともすっかり打ち解けているし、半分御堂家の子供のようになっている。
最初は遊ぶだけだったが、お世話になっているお礼と言って、休日は食事を作ってくれることも増えた。
これがまたおいしくて、空は簡単に胃袋をつかまれた。惚れ直してメロメロだ。
今も藍子は三人分の食事を作っている。
エプロンを着けた美少女が料理する姿は実にいい。最高だ。
空はデレッデレになっている。鼻の下を伸ばしまくりだ。
テレビもつけているのに、そちらは一切見ずに藍子だけを見ている。
昼は面白い番組がないという話もある。今流れているのはニュースだ。
芸能人の夫婦に子供ができたが、死産だったという内容で非常に暗い。芸能人は泣き腫らしながら死産だった旨を報告している。
コメンテーターは、他人事のように用語のミスを指摘する。
死産ではなく、早期新生児死亡であると。
死産とは、妊婦のお腹の中で胎児が死亡することを意味する。お腹の中で死に、死んだ状態で産まれるから死産だ。
対して早期新生児死亡とは、出産直後は生きていたが死亡してしまうことを意味する。
今回のケースは早期新生児死亡にあたるため、不適切な言葉だと語っているが、我が子を失った夫婦の悲しみに比べればどうでもいいように感じられた。
「死産って、よくニュースになってるわよね。医療技術が発達したはずなのに不思議と増えてるって」
「そこまで多いか?」
視線を藍子から外さないままで、双那と会話をする。
「ショッキングだから印象に残りやすいのもあるわよ。でも、統計的に増えてるとも聞くわね。誤差の範囲内だって主張する人もいれば、間違いなく増えてるって主張する人もいるって」
「副作用だっけか?」
昔は、出産は命の危険も伴う大仕事だった。
今は医療が発達したおかげで、眠ったままで出産できる。妊婦がいきまなくても出産できるようになった。
おかげで、陣痛の痛みも出産の辛さも無縁だ。無痛分娩よりも便利である。
空や双那の母も、眠っていて気が付いたら産まれていたと言っていた。
ただし、この出産方法が広まった時期と、死産が増えた時期が一致するとの説があり、副作用だとも言われている。
眠っていて起きたら、医者から死亡したと聞かされるのだ。
親の悲しみはいかほどなのか、想像するだけでも辛い。
陰鬱な会話は切り上げて、藍子を眺める。荒んだ心を癒してくれる清涼剤だ。
「いいなあ、これ」
「お兄ちゃんの顔がキモいわ」
「だって、いいだろうが。男女平等の世の中でも、料理してる女の子ってのは男の憧れだぞ。家庭的な子はモテる。間違いない。お前も、落としたい男がいるなら料理を作れ。胃袋をつかめば一発だ」
「私も作れなくはないわよ。面倒だからやらないだけで」
「そりゃ俺も同じだ。面倒だし、自分で食う分を作っても空しいから作らん」
空も双那も、簡単な料理であれば作れる。仕事が忙しい両親に代わり、昔から家事はよくやっているからだ。
だが、手間をかけて食事を用意するのは面倒だ。
レトルトでも冷凍食品でもコンビニ弁当でも、食べられる物はいくらでもある。
空たちが下手に作るよりもおいしい。最近は栄養面も考慮されている。
食べるのは二人だけだし、好きな人に手料理をご馳走したいとかでもない。
自分で作るのは面倒で、相手に押し付けるのも申し訳ない。
こうなると、食事は適当に済ませるようになるのは当然だった。
両親がいる時は母が作ってくれるが、いない時は出来合いの物で済ませる。
それで満足していたが、レトルトと藍子の手料理は比較にならない。後者がいいに決まっている。
「藍子の作るご飯はおいしいけど、家政婦扱いしてるみたいで悪くない?」
「バイト代でも支払うか?」
「いりませんよ。わたしは素人ですし、好きでやってるんですから」
空と双那の会話に、藍子が割り込んできた。
食事ができたようだ。テーブルに運ぶくらいは空たちも手伝う。
三人分の食事が並び、猫のタゴサクにもキャットフードを用意した。
藍子の可愛がり具合からして、猫のタゴサクにも手作りの料理を与えそうなものだが、市販のキャットフードになっている。
キャットフードの日と手作り料理の日が決まっているのだ。
猫に料理を作るのは非常に難しいらしい。栄養が偏って病気になるからだ。
猫は本来肉食動物であり、小動物や昆虫を丸ごと食べる。人間用の食材では猫に必要な栄養素を満たせない。
たまになら手作り料理を与えてもいいが、毎日はよくないと藍子は訴えていた。
空たち用の料理よりもよほど真剣だったのはご愛嬌である。
こうして、三人と一匹による昼食会が始まる。
「いただきますっ!」
元気よく挨拶をしてから、空は口いっぱいに頬張る。
本日のメニューは、メインはキンメダイの煮付けだ。白米に味噌汁、小松菜のおひたしもあって、和風のメニューとなっている。
男子高校生としては、魚よりも肉が好きだが、藍子が作ってくれる物なら文句などあろうはずがない。
「今日もおいしい! 最高!」
「ありがとうございます」
「食べるたびに思うけど、藍子が料理上手なのが意外だわ。ぽわぽわっとした雰囲気だし、ドジをやらかして台所を破壊するとかモザイク必須のモノができるとかかと思ってた」
「酷いよ!」
「でもさ、これってお金取れるんじゃない? 料理関係の仕事をするつもり?」
「仕事にしたいとは思ってないかな。料理を作るのは好きなの。少年マンガに影響されて、小さい頃からお母さんに習ったんだ。わたしの好きなキャラで、料理が上手な男性主人公がいてね。初恋だったんだよ」
マンガに影響されたという部分が藍子らしい。初恋がマンガのキャラなのもだ。
「初恋でもあるし、主人公に感情移入もしてたんだよね。だから、わたしも料理上手になって、可愛いヒロインにご馳走したいとか思ってたの。お父さんとお母さんに話したら変な顔されたよ」
「ヒロインにご馳走って言えば、そうなるでしょ」
「サクちゃんや双那ちゃんに食べてもらえるのは、夢が叶ったみたいで嬉しいよ」
意識しているのかどうか知らないが、こっそりと空が省かれている。
「俺は?」
「サクさんにたべてもらえてうれしーです」
「棒読み……」
藍子の中での優先順位が明白だ。
一番は猫のタゴサクだ。議論の余地はない。
超えられない壁があって、二番に双那だ。
再び超えられない壁で、末席に空となっている。
「サクさんはどうでもいいですけど」
「どうでもいいってなんだ!」
空の抗議の声は無視される。
「サクさんはどうでもいいですけど、わたしがやりたくてやってるから、双那ちゃんは遠慮しないでいいよ。バイト代とか考えないで」
「謙虚ねえ。もらっておけばいいのに」
「プロでもないのに、食事を作るだけでもらえないよ。ハウスキーパーは家事のプロだし、凄いよ。完璧にこなすの。わたしのお母さんがそうなんだけど」
「へえ、ハウスキーパーなのね」
「うん。プロのお母さんを見て育ってるから、素人の仕事でお金を受け取るのは無理だよ。わたしのは趣味の領域だからね。双那ちゃんが日曜大工で家具を作ったとして、プロの大工さんみたいにお金取る?」
「もらえないわね」
小さな子供が両親の手伝いをして、お小遣いをもらうのではないのだ。プロにはプロの仕事が要求される。
どのような分野にしろ、働いている人は凄いと思う。
アイドルの森田ウニもしっかりとした考えを持っていたが、空が将来あのようになれるかというと自信がない。
何事もプロと素人の壁は厚いと感じた。
肩の凝る真面目な話はここまでにし、SOSの話に切り替える。
「二人は、アイテムが入手できそうか? 俺はもうちょいだが」
「私は入手したわよ」
「マジで!?」
「双那ちゃん、凄いね。わたしはまだだし一番乗りだよ」
「それほどでもあるけどね」
一番乗りをした双那はドヤ顔をしていた。
先を越されてしまい無念だ。
「確か、【妖刀虚空】だったよな? どこで入手したんだ?」
「それが大変だったのよ。NPCの鍛冶師がいて作ってもらえるんだけど、【妖刀虚空】の材料になる武器をたくさん入手しないとダメでね。ジャパンステラを回って集めたの。妖刀の材料になる武器だから、呪われた物が多かったわ。武器に体を乗っ取られて、暴れてるNPCもいたしね。油断するとこっちまで操られて自殺しちゃうから、苦戦したわよ」
以前にダンジョンの罠について調べた時、体が操られ、勝手に動いてしまう罠の情報があった。それと似たようなものか。
「私はこんな感じだけど、藍子は? 【ユニコーンの瞳】よね?」
「セクハラ」
「なんで私がセクハラなのよ」
「ごめん、双那ちゃんじゃなくて、モンスターがセクハラなの」
「【陰火帝国モッコリーゴ】にいるってやつ?」
「聞いてよ双那ちゃん。【ユニコーンの瞳】は、入手方法は分かりやすいの。【陰火帝国モッコリーゴ】にいる【ユニコーン】を倒せばドロップするんだけどさ」
空や双那は、あちこちたらい回しにされた。
それに比べれば、モンスターのドロップである藍子は分かりやすい。
「【ユニコーン】は無敵なの。双那ちゃんも戦ってたけど、一部の攻撃が通じないモンスターはいるよね。そうじゃなくて、本当に、何一つ、一切合切、攻撃が通じなくて無敵なの。手段が見つかってないとか実装されてないとかでもなくて、負けイベントで勝てないのでもないよ。完全に無敵」
「どうやって倒すのよ」
「【ユニコーン】が自然死することはあるの。その場面に立ち会えれば、倒したことと同じ扱いになるし、アイテムもドロップする。これを知るまでが、まず時間がかかったね。知らないで何度も戦って、色んな方法を試したけど全敗して……」
今の話では、理不尽なモンスターではあるがセクハラには聞こえない。
藍子の話はここからが本番だった。
「どうすれば自然死するかだけど、方法は一つだけだね。子供を産めば親の【ユニコーン】は命を落とすの」
「不穏な設定ね。さっき、ニュースで死産のことを言ってたから余計に。死ぬのが親と子供の違いはあるけど」
「不穏とか感じる余裕はないよ。セクハラとしか思えないもん。早い話が、【ユニコーン】のオスとメスをつがわせて強引にピーな行為に及ばせて、子供を作らせれば自然死する、イコール倒せる。プレイヤーがすべきことは、剣で斬るでもなく魔法をぶっ放すでもなく、【ユニコーン】を交尾させることなんだよ! ってバッカじゃないの!」
藍子は見事なノリツッコミを披露してくれた。
なるほど、これはセクハラモンスターである。ゲームだから、生々しい交尾の様子は再現されていないだろうが、それでもセクハラだ。
「わたしさ、ゲームでも本気で叫んじゃったよ。『バッカじゃないの!』って。わたしを責められる人がいる? いないよね?」
「ご愁傷様ね。でも、そこまで分かってて、アイテムはまだ入手できないの?」
「交尾させるのも大変で、うまくいってないの。オスとメスを見つけなきゃダメだし、見分ける方法はついてるかついてないかを確認するしかないし」
「ついてるって何が!?」
「オスだけにあるアレだよ。リアルにはなってなくて、黒い棒切れだけど……」
双那と会話していた藍子の視線が、空の下半身に向けられる。
もっと具体的には股間に。
「サクさんは、責任取ってください」
「俺が何をした!」
「想像しちゃったんですよ。【ユニコーン】のオスについてた、わたしの腕サイズのアレが、サクさんにもあるのかなって。わたしがエッチになったのは、サクさんがセクハラするから悪いんです。悪いってことにしないと気持ちが収まりません」
「お兄ちゃんのなら、腕どころか小指の先サイズだけどね」
「小指の先じゃねえよ! てか生々しいわ! 下世話な下ネタは俺のいない場所でやれ!」
休日の昼間にする会話ではない。
空が言えばセクハラ発言として軽蔑されるのに、藍子ならいいのも理不尽だ。
「こんな風に、いっぱいセクハラがあって苦労してるの」
藍子が締めくくって下ネタは終わった。
藍子が遊びにくるようになり、一緒に過ごす時間は増えたが、遠慮もなくなってきている。
少し前など、空の部屋に突撃してきて、ベッドに寝転がった。
何をしているかと問えば、双那との匂いの違いを確認したいと返ってきた。
結論は「二人ともいい匂いです」だったが、家族でも恋人でもない男のベッドに寝転がるのは非常識だ。
空が誘っていると受け止め、襲いでもすればどうするのか。
ここまでするのだから、嫌われてはいないと思う。
しかし付き合ってはもらえず、相も変わらずネコサク止まりだ。
男を手のひらの上でコロコロ転がし、弄ぶ悪女である。
悪女でも好きなのだからどうしようもない。
「サクさんはどうなってます? もうちょっとって言ってましたけど」
悪女、もとい藍子に質問されたので答える。
「【女神の秘薬】を作ってくれるNPCには会えた。材料になるアイテムを集めてるところだな。双那と似たようなもんだ」
「なんでわたしだけセクハラなんですか? 酷いですよ」
「俺の方も割と酷いぞ。材料のアイテム名を聞けば、二人とも俺を軽蔑する。【美少女の美髪】、【美少女の美顔】、【美少女の愛】だ」
「軽蔑っていうか、普通に気持ち悪いわね」
「【美少女の愛】……サクさんはまたですか? わたしの教育が行き届いてないんですね」
藍子は、悲しそうな顔で恐ろしい発言をした。
もっと空を教育するつもりだ。ネコサクをもふる気だ。
身の危険を感じて、慌てて補足する。
「そういうアイテム名だってだけだからな。美少女の髪の毛を引っぺがすわけじゃないし、首を刈り取るのでもない。美少女を手籠めにするなんてもってのほかだ。美少女型モンスターを倒せばいいんだよ。【美少女の愛】なら、ダメージを与えた美少女型モンスターを回復してやれば入手できる」
「マッチポンプね」
双那は、空と同じセリフを呟いた。誰が聞いてもマッチポンプだと思うに決まっている。
藍子は別の部分に反応する。
「回復できるんですか? 病気のNPCを治療するみたいに、特例のケースになるんですか?」
「あ、全然意識してなかった。ポーションを使って回復できたからスルーした」
回復魔法も回復アイテムも、自分専用だという仕様を忘れていた。
成功したのだから特例なのだろう。
「随分と簡単ですね。てっきり、通常の回復手段じゃ回復できないので、特別な方法を見つけなきゃダメなのかと思いました」
「NPCに会うまでが苦労した。アイテムも、今の三つは簡単だったが、最後の一つが残っててこれが面倒だ。【星樹の涙】ってアイテムを入手するために【星樹トチノキ】の頂上を目指してる」
「あそこですか。迷路になってて大変ですよね」
「でも、これさえ入手すれば終わるはずだ。俺が二番目かな」
「むぅ……負けてられません。わたしも頑張ってクリアします。セクハラになんか負けないんです! サクさんのセクハラに比べたらなんてことありません!」
セクハラモンスターと同列に扱われるのは納得がいかないが、文句を言えば藪蛇になるので空は黙る。
早くゲームをやりたいのか、藍子は急いで食べていた、
「洗い物は私がやろっか? 藍子は早くゲームしたいでしょ?」
「お願い」
余談だが、空は洗い物をしない。サボっているのではなくさせてもらえない。
双那と二人の時はしていたが、藍子と三人で食事をするようになってからはやらなくなった。
藍子が使った食器があるので、変態行為に及ぶと思われているせいだ。
それを聞いた双那まで、「これまでも私の箸をペロペロ?」などと言い出した。
事実無根である。無実だと訴えておいた。
信用してもらえたかどうかは定かではない。どこまでも信用がない空だった。
次で第3章最終話となります。




