六十二話 新しい家族
日曜日なのに保健所?
とか細かい部分を気にしてはいけません。
VR技術があるような近未来ですし、自動化も進んでいて日曜日もやっているのです。きっと。(適当)
日曜日、御堂家に新しい家族が増えた。
といっても、母が妊娠したとか、子供を養子として引き取ったとかではない。
ペットとして猫を飼い始めたのだ。
昨日のゲーム中に猫を飼いたいと思い立ち、夜になって両親に頼んだ。
世話をちゃんとすると約束して認めてもらい、今日になって早速猫を飼った。
御堂家のリビングには、保健所から引き取ってきたばかりの子猫がいる。生後半年少々といったところで、雑種の猫だ。
ペットショップで販売されているような、人気のある可愛い子猫とは言えない。
目つきが悪く金目なので、夜に見ると怖そうだ。模様もいまいち綺麗ではない。
このような雑種の猫ではなく、ペットショップで購入してもよかった。御堂家の財政状況なら、血統書つきの猫をダース単位で購入できる。
事実、最初はペットショップに行く予定だった。
予定が変更になったのは、イア――木野蔵藍子の意見があったためだ。
藍子は猫好きなので、保健所で殺処分される猫の存在に心を痛めていたらしい。
しかし、助けたくても何もできない。
自分の家では飼えず、飼えるとしても一匹や二匹だ。年間で何万匹も処分される猫を全て助けるなど、到底不可能である。
偽善は承知の上で、御堂家で飼う猫は保健所から引き取って欲しい。一匹でも助けてあげたい。
それが藍子の願いだった。
心優しい意見に、空と双那は賛成した。両親も賛成してくれ、保健所から一匹の子猫を引き取ってきた。
以上が流れとなる。
見ず知らずの場所に連れてこられた子猫は、文字通り借りてきた猫のように大人しくしている。
「ほらほら、タゴサク。猫じゃらしよ」
双那は猫じゃらしで気を惹こうとするも、子猫は反応してくれない。
ちなみに、タゴサクとは空のことではなく、子猫の名前だ。
「サクちゃん、こっちはどうです? おもちゃですよ」
藍子も子猫のタゴサクに夢中だ。猫用のおもちゃで関心を惹こうとする。
猫を引き取りに行く時は、藍子も同行した。そのまま御堂家にまでついてきて、こうして遊んでいる。
空は、現実で藍子に会うのは初めてになるが、ゲーム内と同じく美少女だった。
ゲームでは栗色の髪を肩まで伸ばしている。現実でも似たようなものだ。髪の長さは同じで、色は栗色というか淡い茶髪というか。
聞いたところによれば地毛らしい。
瞳はさすがに黒だ。ゲームではオッドアイにしてあるが、カラーコンタクトを入れるほどの厨二病ではなかったことにホッとした。
現実で藍子に会えたのはラッキーだと思うものの、空より猫に夢中なのは面白くない。「現実のサクさんも素敵ですね」とか言ってもらいたかった。
「タゴサク」
「サクちゃん」
こうしてゲームの自分の名前を呼ばれることも違和感がある。
名前は多数決で決まってしまった。双那と藍子がタゴサクに賛成し、二対一で空は負けたのだ。
猫のタゴサクは毛の大部分が鈍色になっている。いかにも雑種という雰囲気だ。
二人して、名前はタゴサク以外に考えられないと言い出した。
というか、多くの猫がいた中で、タゴサクそのものだと感じたからこの猫にしたといういきさつがある。
空の心情を除けば、問題は一つだ。
「こいつ、メスだぞ?」
タゴサクはメスである。
メスなのにタゴサクと名付けられてしまった猫に同情する。
両親も苦笑したが、反対はしなかった。反対してもらいたかったのが本音だ。
「友達とかに話す時、なんて説明するんだよ?」
「タゴサクって名前は、お兄ちゃんが考えたって言うわ」
「お前たちだろうが!」
「嘘はついてないわよ。タゴサクってプレイヤー名を考えたのは、間違いなくお兄ちゃんでしょ。私たちはそこから取っただけだしね」
「ねー」
双那と藍子は息ピッタリの様子を見せた。
嘘は言っていない。タゴサクの名前は空が考えたものだ。
猫のタゴサクとさえ言わなければ嘘にならないが、卑怯としか思えない。
「サクさんは、サクちゃんの名前が嫌ですか?」
「メスなのにタゴサクってのはおかしいし、第一ややこしいぞ。俺と猫、どっちのことを言ってるのか分からん」
「サクさんとサクちゃんですよ?」
「ゲーム中じゃないんだし、本名で呼んでもらいたいが」
「混乱します。空さんとサクさんを使い分ける自信がないので、サクさんです」
「双那は?」
「双那ちゃんとソーニャちゃんは、どっちで呼んでも通じるじゃないですか。現実でソーニャちゃんになっても、ちょっと噛んじゃったとか、舌足らずとかで納得してもらえます」
藍子に丸め込まれてしまい、空は「サクさん」で猫は「サクちゃん」になる。
「サクちゃんが可愛いです。めっちゃ可愛いです」
「ほどほどにしとけよ。あんまり可愛がり過ぎると、猫が疲れる」
「サクちゃーん」
全く話を聞かない藍子に呆れるが、美少女と小動物の組み合わせは最強だと思ったり思わなかったり。
普段の日曜日はSOSにログインして遊ぶが、この日は猫を可愛がり続ける。
「わたし、サクちゃんをお嫁さんにしてもいいです。サクちゃんも、わたしのお嫁さんになってくれますよね?」
藍子がアホな発言をすれば、猫のタゴサクは「ニャー」と鳴いた。
ただの偶然だと思うが、プロポーズを受け入れる返事にも聞こえる。
藍子は一発でノックアウトだ。
「ヤバいです。これはヤバいですよ。ヤバヤバのヤバです」
「語彙が貧弱になるほどかよ」
「もっと贅沢を言うなら、サクちゃんがお嫁さんで、双那ちゃんがお婿さんだと最高ですね。ペットにサクさんもいればなおよしです」
「ペットの猫がいるのに、俺がペット……」
「サクさんが、女の子に見境がなくてハーレム好きな理由が分かりました。これはわたしのハーレムです。めっちゃ幸せです」
危ない世界に旅立ってしまった藍子は手遅れのようだ。
御堂家の誰よりも猫のタゴサクを可愛がっている。
しかも、こんなことまで言い出す始末だ。
「双那ちゃん、わたし決めたよ」
「何を? すっごく嫌な予感がするわ」
「サクちゃんと一緒にいられるなら、サクさんと結婚してもいい!」
「待ちなさいよ!」
「ていうのは、ちょっとだけ冗談だけど」
「せめて、ちょっとだけ本気にしておいて。本気の割合を少なくして」
双那の突っ込みも意に介さない。藍子は暴走を続ける。
「双那ちゃんの部屋に、わたしのVRゲームデバイスを置かせてくれない? 毎日お邪魔するつもりだし、サクちゃんと遊んでからSOSにログインするのが日課になると思うの。帰るのは面倒だから、双那ちゃんの部屋からログインするね」
「タゴサクと遊ぶのはいいけど、私の部屋でログイン?」
「ダメ? お願い、双那ちゃん! 代わりに、なんでも言うこと聞くから!」
「なんでもなんて軽く言わないの。対価は要求しないけど、藍子が私の部屋からログインするなら、私はどこからすればいいの?」
「一緒に双那ちゃんのベッドでいいじゃない。女の子同士だしセーフだよ」
「まあ、いっか。床に寝させるわけにもいかないし、私のベッドなら二人でもなんとかなるし」
空も双那もダブルベッドを一人で使っている。
体の大きい空とは違い、双那も藍子も女の子だ。二人で横になっても、多少狭い程度で済むだろう。
空と双那が一緒に寝た時は窮屈だった。一晩なら耐えられるが、毎日では辛い。
そんなこんなで、藍子が猫のタゴサクと遊び倒したところでゲームを始める。
用意周到なことに、藍子はVRゲームデバイスを持参していた。先ほど言っていたように双那の部屋からログインする。
三人は【皇星ジャパン】に出現した。
「ソーニャちゃんのベッド、いい匂いがしました」
「ゲームを始めて第一声がそれかよ」
「だって、いい匂いだったんですよ。石鹸の匂いとシャンプーの匂いと、あと甘い香りもしてですね」
「やめて。私が恥ずかしいわ」
「サクさんと匂いが似てるなって思いました」
「え゛」
ソーニャは濁った声を出した。心底嫌そうな顔になっている。
猫のタゴサクとたっぷり遊んでテンションが高いのか、イアは弾んだ声で話す。
「正確には、今日サクさんに会った時、ソーニャちゃんの匂いに似てるなって思ったんです。SOSじゃ体臭は分かりませんからね。男子と女子なので同じ匂いじゃないんですけど、どこか似てます。落ち着く匂いでした」
「イアって匂いフェチ?」
「フェチのつもりはなかったですけど、サクさんとソーニャちゃんの匂いは大好きですよ」
臭いと言われなかったのは喜ぶべきだろうか。
タゴサクは嬉しいが、ソーニャは絶望の顔になっている。
「私とお兄ちゃんが同じ……私、あんなに臭くないのに」
「俺のベッドを臭いって言ってたもんな。完全にブーメランだ。ソーニャが臭いって言ったに等しい」
「なんで、ソーニャちゃんがサクさんのベッドの匂いを知ってるんですか?」
話題選びに失敗したと思った。こういう疑問を持たれるに決まっている。
いい歳をした兄妹が同じベッドで一晩眠った事実は、イアにも教えていない。
ソーニャも恥ずかしいだろうし、言っていないはずだ。
「お兄ちゃんの部屋に入って、ベッドに座ったりするのよ。そしたら臭いの」
誤魔化してくれたソーニャに感謝する。
またしても関係がこじれるところだった。
「兄妹って、お互いの部屋に入るの? わたしは一人っ子だから分かんなくて」
「しょっちゅう入ったりしないけど、たまにはね。ゴールデンウィーク前に、お兄ちゃんをSOSに誘った時も、部屋に行ったわよ。お兄ちゃんは、私の胸をガン見してたわ」
「あれは、見た俺も悪いが、お前だってパジャマの胸元を開いてただろ」
「痴女?」
「失敬な! 私は痴女じゃないわよ!」
「やっぱり兄妹だね。二人ともエッチだよ。匂いも似てるし」
「匂いフェチのくせに」
「エッチな兄妹が二人で遊ぶと、ボケとボケになってバランス悪いよね。わたしが一緒にいてあげるよ」
「イアも十分にボケ役よ!」
ログインするなりアホなやり取りをするが、この空気が懐かしい。
くだらない漫才や掛け合いができる関係を取り戻せた。
感動に浸るのもいいが、ぼちぼちゲームを始めよう。
「おーい、そろそろやろうぜ。【皇星ジャパン】を散策しよう」
二人に声をかけ、町を散策する。店に行って装備やスキルを見たり、NPCから情報収集をしたりと。
町の様子は、【桃源郷シュト】や【空中都市アオゾラ】と似ている。明治から大正時代の日本風だ。
ジャパンステラの星々では、こうなっている町が多い。
無論、例外はいくらでもある。【絶壁街ゼル】などは、要塞都市のように堅牢な造りになっていた。西洋ファンタジー風の都市も存在する。
さておき、町を回っていれば、手がかりになりそうな情報も手に入った。
皇帝陛下に認められる手がかりだ。
皇帝陛下には、息子や娘が八人いる。皇子殿下や皇女殿下になる方々だ。
この八人は、一風変わった趣味を持っているとの話で、趣味に関連する物を求めている。
「つまり、皇子や皇女の願いを叶えればいい?」
「でしょうね。誰でもいいから願いを叶えれば、皇帝陛下にとりなしてくれて、上の星に行けるようになる展開よ」
「意外と分かりやすいのは助かりますよね。皇子殿下や皇女殿下にお会いする方法が不明ですけど」
イアの言う通り、普通に会えるとは思えない。
ゲームとはいえ、一般市民が皇族にホイホイ会えてしまうとリアリティがない。
上の星に行くのも簡単になるし、そちらの意味でも難しくしてあると思う。
「RPGでよくあるパターンですよ。連続したお使いみたいなイベントです。目的を達成するためには何かが必要で、その何かを達成するためには別の何かが。どんどん本筋からずれていって、当初の目的を忘れかけるまでがお約束です」
上の星に行くためには、皇帝陛下に認められなければならない。
皇帝陛下に認められるためには、皇子や皇女に認められなければならない。
皇子や皇女に認められるためには、願いを叶えなければならない。
願いを叶えるためには、何かしらの行動を起こさなければならない。
行動を起こすためには、皇子や皇女に会って願いを聞かなければならない。
皇子や皇女に会うためには、会う手段から探さなければならない。
「面倒くせえ」
タゴサクの短い一言が実情を物語っていると言えよう。面倒臭い展開だ。
遊んでいると忘れがちだが、タゴサクにはあまり時間が残されていない。
今は六月の下旬だ。残り一ヶ月もすれば、SOSをやめる時期になる。
両親と約束したわけではない。ゲームを続けても、おそらく怒られはしない。
両親が甘いからこそ、甘えていてはどんどんダメ人間になる。受験勉強に集中したいし、今度こそやめる。
とか言いつつ、キャラクターを完全に削除して引退するのはもったいないと考えているし、残しておくつもりだ。
月に一度か二度くらいなら、息抜きに遊ぼうか。
などと甘いことも考えているが、ゲームの時間が大幅に減るのは間違いない。
今の調子では、ジャパンステラを脱出できるかどうかといったところだ。
「ちょうどいいや。今のうちに、二人に宣言しておく」
「改まって何?」
「エッチなことですか?」
「真面目モードのタゴサクだぞ。俺は、ジャパンステラを脱出すればSOSをやめる。多分、ちょうどいい時期になるだろうしな」
「本当にやめちゃうんですか? もしも一週間で脱出してもですか?」
「キリがいいだろ。上の星に行けば、面白いことがありそうだ。やめにくくなる。脱出できなくても、夏休みになればやめるし、最長で一ヶ月だな」
これでも延びた方だ。
当初はゴールデンウィーク中と言っていたのに、結構長く遊んでしまった。
「やめるっつっても、キャラクターは削除しないぞ。もったいないし残しておく。勉強の息抜きに、たまに遊ぼうかなって思ってる。月に一度とか二度とか」
「お兄ちゃんのことだし、ズルズルと続けるかと思ったけど、言い切ったわね」
「ズルズル続けそうだから宣言したんだ。さて、情報収集しよう」
ここで宣言した以上、発言を撤回するのは格好悪い。
残り一ヶ月を思い切り遊んでから引退しよう。




