六十一話 女子会
本日二話目になります。一話目を読まれていない方は、そちらからどうぞ。
主人公は登場しないサイドストーリーとなっています。
ソーニャこと御堂双那。イアこと木野蔵藍子。
そしてもう一人、ミディーリも加えて女子だけのお泊り会が開催される。
場所は藍子の家だ。家族でマンション住まいなので、双那とミディーリは二人で訪ねた。
「いらっしゃい、双那ちゃん、ミドリちゃん」
「おじゃまします」
「おじゃまします。現実でミドリはやめてください。そもそも、ミディーリだと何度言えば理解するのですか」
「わたしの中ではミドリちゃんだもん。本名も知らないよ」
「冬間渚です」
「渚ちゃんだね」
「わたくし、これでも二十歳なのですけれど」
年下からちゃん付けされた渚は、わずかに眉をひそめていた。
双那は「渚さん」と呼んでいる。ゲームでは「ミディーリ」と呼び捨てだが、現実で年上を呼び捨てるのは気が引けた。
藍子は「渚ちゃん」だ。年齢に関係なく友人という意識が強いのだろう。
挨拶もそこそこに、藍子の部屋に案内してもらう。女子高生らしい華やかな部屋だが、本棚にあるのは少年マンガばかりだ。
テーブルが用意されており、お菓子やジュースもある。
「ご飯は食べてきたよね? お風呂はどうする?」
「入ってきたわよ。藍子や渚さんと一緒に入るのは、ちょっと恥ずかしいし」
「わたくしも入ってきました」
「一緒に入りたかったな。このマンションのお風呂、結構大きいの。お父さんがこだわって探したんだって。三人だとさすがに窮屈だけど、入れなくはないよ」
双那としては、女同士だし入ってもいいと思わなくはない。
温泉旅行でもしているのであれば、迷わずに入っていた。
友達の家のお風呂というのが気恥ずかしくてやめたのだ。
三人とも入浴済みなので、パジャマに着替える。
「じゃあ、乾杯!」
藍子が音頭を取り、ジュースが入ったコップを掲げて乾杯した。
「冷蔵庫にお父さんのビールもあるけど、渚ちゃんは飲む?」
「ジュースで結構です。お酒はあまり好きではありません。甘いチューハイならまだしも、ビールは苦いです」
「お酒ってどんな味なの? 私は飲んだことなくて」
「わたしは、お父さんのビールを一口もらって飲んだけど、まっずいよ」
「ええ、まずいです。苦いだけでおいしいとは思えません。チューハイは、ほとんどジュースですね。調子に乗って飲むと酔っ払いますけれど、味はおいしいです」
お酒の話題を皮切りに盛り上がる。
アルコールは入っていないが、テンションの高いパジャマパーティーだ。
「着替えの時にお二人の体を見ましたけれど、スタイルいいですよね。一番年上のわたくしが、一番お子様です。ツルペタです」
「ペタは分かるよ。渚ちゃんの見た目そのままだし。ツルはないんじゃない?」
「藍子さん、お下品です」
「というか、ツルペタは分解できるものなの? ツルペタで一語じゃなくて?」
「双那さんまで」
異性の目がなければ、女性も下品になる。
空がいる場所ではまずしない話題になった。
「分解できないの? わたしは、ツルツルでぺったんこを略してツルペタかなって思ってたよ?」
「それは私も思ってるわよ。でも、子供体型を指す意味で使われてるし、分解はできないんじゃないかなって」
「できないのかなあ?」
「そもそも、ペタは胸のこととして、ツルはどっち? 胸? 下?」
「下じゃないの? どっちも胸? 胸がぺったんこは分かるけど、胸がツルツルって使うかな?」
「お二人とも、わたくしに喧嘩を売っていらっしゃいます?」
渚のスタイルを揶揄するようになってしまったので、ここらでやめておく。
渚も本気で怒ってはいない。ゲームのロールプレイであるお嬢様口調がそのままだ。怒っていれば素の態度が出ると思う。
二人で謝罪し、許してもらった。
不健全な話題から健全な話題に変える。
「そうそう、うちで猫を飼えることになったわよ。さっきお父さんとお母さんに許可もらったの」
「ホント!? いいないいなあ」
「猫とはなんですか?」
「渚さんも見たと思うけど、お兄ちゃんが猫耳になってたわよね? あれを見て、猫を飼いたいなって思ったの。両親にお願いして許してもらえたわ」
「よいですね。一人暮らしの大学生には無縁ですし、羨ましいです」
「うちにくればいいわよ。藍子も遊びにくるし」
「いつから飼うの? 飼ったらすぐに行くよ」
「明日にでもペットショップに見に行ってみようかって言ってたわね」
ペットショップという単語を聞けば、藍子の表情が曇った。
「あの……わたしが口出しするのは変だけど、保健所から引き取るのはダメ?」
「保健所? なんで?」
「わたしね、猫ちゃんが大好きなの。大好きだから、保健所で処分されるのは悲しくて。偽善だと思うけど、一匹でも助けられるなら助けたい」
「……ちょっと待ってて」
双那は家に電話をかけて、ペットショップではなく保健所から引き取りたいと話した。
両親は少し驚いていたが、猫を飼いたいと頼んだ時と同様に認めてくれた。
「オッケーだって。明日の行き先も変更で、保健所になったわ」
「ありがと! 双那ちゃん、大好き! ちゅーしてあげる!」
「やめい!」
女同士でキスされても困る。双那は全力で拒否した。
藍子のキスからは逃れたが、渚が変なことを言い出す。
「キスでしたら、サクさんにして差し上げればいかがです? お付き合いを始めたのですよね?」
「わたしとサクさんが? 別に付き合ってないよ」
「しかし、仲直りをしたと」
「したよ。三人パーティーに戻ったし、これまで通りに遊ぶけど、付き合ってはないよ。告白はされたけど」
「断ったのですか?」
「断ったっていうか、お付き合いをするのはないって答えたけど」
「サクさんは諦めました? 恋人にはなれなくとも、友達として付き合うと?」
「諦めてはない……かな? わたしたちの関係ってなんだろ?」
「わたくしに聞かれましても」
双那の頭に「ご主人様とペット」という関係が浮かぶが、口には出さない。
空も周囲に知られるのを嫌がっていたし、双那も兄のただれた関係を知られるのは恥ずかしい。
「まあ、今のところは付き合ってないから。将来的には分からないけど」
「キープですか? 藍子さんも悪女ですね。褒められた行動ではありませんよ」
「キープ……に見える?」
「お話をうかがう限り、そう感じますね。自分を好きでいてくれる異性を、受け入れるでもなく突き放すでもなく、態度を保留にしております。仮に断ったにせよ、傍に置いていればキープですよ」
空と双那も似たことを話した覚えがある。
SOSのパーティーは解消が容易だ。学校などの同じコミュニティに所属しており、否が応でも顔を合わせる関係ではない。
一緒に遊ぶのは、空が望んだだけではなく藍子も認めたからだ。
自分を好きでいてくれ、断っても諦めていない相手を、自らの意思で傍に置く。
キープと言われても反論できない状況だ。
「本気で突き放そうと思えばできますよね? サクさんがかわいそうなのかなんなのかは存じませんけれど、突き放さない藍子さんが悪いです。突き放さないのが優しさだとお考えでしたら、大間違いですよ」
「で、でも……」
「それとも、今すぐに答えを出せないので、待って欲しいと答えたのですか?」
「答えを出せないんじゃなくて……わたしが信じられるようになれば」
答えは出ている。
女性に見境のない空は、付き合う相手としては信用できない。いくら愛の言葉を囁かれても疑ってしまう。
だから、信用できる人間になるよう、藍子が教育する。信用できれば付き合うのもありだ。
双那は二人の話を聞いただけだが、こう受け止めている。
藍子も、なんだかんだ空を嫌っていないし、むしろ好意的に見ていると思う。
あれだけ怒ったのは、空がスケベなだけが理由ではない。嫉妬も含んでいる。
要は、「わたし以外の人にデレデレして!」と。
「わたしって性格悪い……かな?」
「正直に申しますと、悪いかと。サクさんが、いつまでも藍子さんを好きでいてくれるとは限りませんよ。離れて行ってから後悔しても遅いです」
「わたしにはわたしの考えがあって……渚ちゃんには言えないけど……」
「老婆心からの忠告です。これでも年上ですしね。深刻に受け止める必要はありませんけれど、頭の片隅にでもとどめておいていただければと思います」
「お兄ちゃんも満更じゃなさそうだし、いいんじゃない? それに、お兄ちゃんがSOSで遊ぶのって、残り一ヶ月ほどだし」
夏休み前にはやめると言っていた。受験勉強に集中するためには、ゲームばかりしていられない。
「やめるのですか?」
「お兄ちゃんは受験生なのよ。受験勉強があるし、やめるって言ってるわ」
「サクさんはもうちょっとでやめる……受験勉強なんかどうでもいいとは言えないし、わたしと一緒にゲームして欲しいとも言えないし……」
「暗くなっちゃったわね。ごめん。ほら、楽しい話をしましょう」
双那が明るく言って、空気を切り替えた。
三人に共通することで空を除けば、自然とSOS関連の話題になる。
「ソロでやってる時、女神様の話を聞いたよ」
「女神って、空中ダンジョンに出たあれ? ニフナジュレタって名前だっけ?」
「やっぱり同じ名前が出て、人間を見守ってくれてるとかなんとか。双那ちゃんは何かあった? 渚ちゃんは?」
「私は、新しい情報は何もないわよ」
「女神の話でしたら、わたくしも聞いたことがありますね。ジャパンステラでは、四十七の各星に、女神の情報が散らばっているのだと思われます」
空中ダンジョンやコモンステラの泉だけではなく、他の場所にも女神の情報があると分かった。
情報を集めたらどうなるかは不明だが、思わせぶりに用意してあるのだから、何かが起きるのだろう。
女神以外でSOSの話もする。
「わたくしのお勧めは、【愛都セス】です。女性向けの可愛い服がたくさん売られています。それだけですけれど、店を見ているだけで一日潰せますよ」
「渚ちゃん、服が変わってたっけ? 今までと同じ巫女服だったような」
「新しい巫女服を買いました。細部が変わっています。三千九百八十万スターもしました」
「さんきゅっぱって……」
双那が【桃源郷シュト】で見た巫女服は、三百万スターだった。
三百万スターでも高いと感じたのに、十倍以上とは驚きだ。
今なら買えなくはないが、他の装備を買う方がいい。
「渚ちゃんは巫女服が好きなの? 確かに可愛いけど、こだわって着るほど?」
「清楚で可憐なお嬢様風ですし、素晴らしいではありませんか。双那さんの和装も素敵でしたね」
「ありがと。今度、三人で行かない? 私も服が欲しくなっちゃった」
「申し訳ありません。SOSでコダるのはやめておきます。一緒に買い物程度でしたらよい気もしますけれど、わたくしは孤高のお嬢様ですので」
「今もその口調で通してるほどだしね。現実じゃ違うって言ってたのに」
「素の口調を知る人の前では、お嬢様口調が恥ずかしいです。お嬢様口調を知る人の前では、素の口調が恥ずかしいです」
「複雑なのね。コダるのを強要もできないし、残念だけど諦めるわ」
「わたしは付き合うよ。今度一緒に行こ」
RPGの目的としてはおかしいが、可愛い服を買うためには労力を惜しまない。
次は何を着ようかと想像を膨らませつつ、藍子にあの話を聞かせてもらう。
「今日、藍子が言ってたやつを教えてくれない? 【陰火帝国モッコリーゴ】の王様に認められた話」
「藍子さんは、あそこに行ったんですか? なんでまた?」
「サクさんなんか大っ嫌いって思ったから、セクハラモンスターをサクさんに見立ててやっつけるためだね。ついでだし、王様に認めてもらおうと考えたら、内容が予想外だったよ。攻撃して欲しいって言われた」
「えっと、要するに、その王様は……」
「被虐趣味のあるお方、いわゆるドMですか?」
「みたいだね。お望み通りやってあげたら認めてもらえた。簡単だったよ」
SOSはバカだし、やる藍子も藍子だ。
「女性プレイヤー限定ですか? 男性プレイヤーから攻撃されても喜ぶ、真正の変態ですか?」
「そこまでは分からないけど、あれはよかったよ。王様は、ダンディというかナイスミドルというか、仕事ができる男って感じで格好いいの。格好よくて、王様っていう立場にいる大人の男性が、わたしみたいな小娘に攻撃されて喜ぶんだよ。めっちゃ快感。男の人ってチョロいね。サクさんも教育して、いずれ」
「それは開いちゃダメな扉だから! 行っちゃいけない道だから!」
「藍子さんは戻ってきてください! 冗談では済みませんよ!」
道を踏み外しかけている藍子を、双那と渚の二人がかりで引き戻そうとする。
真面目な子ほど、羽目を外した時の解放感にはまりがちだと聞くが、藍子はなりかけている。このままではまずい。
「大丈夫大丈夫。わたし、まだまともだから」
「まだって何!?」
「危ういですね。双那さん、わたくしたちで注意して見ていましょう。藍子さんに不穏な気配を感じたら、すぐに連絡してください。飛んで行きます」
藍子は要注意だと認識したところで、ドMの王様の話題を終わらせる。
だが下ネタは継続して、【陰火帝国モッコリーゴ】のセクハラモンスターでわーきゃー騒ぐ。
藍子はタブレットを持ち出してネット上の掲示板を見せてくれた。
SOSのプレイヤーたちも、セクハラモンスターをネタに騒いでいる。
『毛むくじゃらなモンスター発見』
というタイトルから始まっていた。
『モンスター名は、【毛深き雪男】だ』
『ちょ(笑)』
『毛深き(笑) 雪男(笑)』
『顔だけはイケメン。なのに、全身がきったねえ毛で覆われてる』
『誰得だよ』
『顔がイケメンなら私はあり……あり?』
『実際に見てみりゃ、ありなんて口が裂けても言えないぞ』
『イロモノって言ったら、イロモノに失礼なレベル』
『体毛が濃いってもんじゃないよな』
『全裸なのに、男のアレは全く見えない。全身、毛』
『とにかく、毛』
『まごうことなき、毛』
『端的に言って、毛』
『毛、そのもの』
『まさに、毛』
『余計な修飾子はいらない。毛』
『うむ、毛』
『毛』
『毛がゲシュタルト崩壊を起こした件について』
『だって、毛、だし』
『毛、だな』
『全国の毛利さんへの熱い風評被害』
『じゃあ、ケ、で』
『ケ、ならマシか?』
『ケ深き雪男』
『ケったいな名前だな』
『誰がうまいこと言えと(笑)』
『ケ』
『ケ』
『ケ』
『ケケケって笑ってるっぽい』
『ケケケの鬼○郎?』
『ケケケのおじさんかも』
『ケッ、どっちも古いよ』
『ケがケシュタルト崩壊を起こした件について』
『ケシュタルト崩壊(笑) この際だし、毛シュタルト崩壊にしとけよ(笑)』
『誰がうまいこと(ry』
こんな感じだ。ソロ前提、他人を蹴落とすこと前提のゲームにしては、妙に仲良く盛り上がっている。
内容はバカだが、バカだからこそ盛り上がれる。
特定のプレイヤーをバカにしているのでもなく、モンスターをネタにすれば被害者も出ない。
「なんだ、みんな仲いいじゃない」
「ですね。殺伐とした空気よりも、こちらの方がよいと思います。風評被害を受けている方を除けば、ですけれど」
「渚さんの知り合いで、誰か風評被害を受けてるの? 毛利さん?」
「わたくしの知り合いの女性プレイヤーに、ケランルーシャという人がいます。フルネームで呼ばれることを嫌がり、『ルーシャ』と呼ばれたがっておりました。理由は存じませんでしたけれど、おそらくこれが原因ではないかと」
ケランルーシャの名前が、毛ランルーシャにしか聞こえない。
予期せぬ被害があったようだ。
ケランルーシャという人には悪いが、楽しそうな空気は尊いと感じる。
双那だって、藍子や渚とこうして話すのは楽しい。
女子三人のパジャマパーティーは夜遅くまで続いたのだった。




