五十六話 決闘に向けて
ナンパたちに協力を頼んだ数日後、イアがタゴサクに接触してきた。
久しぶりに会うイアは表情がない。タゴサクに対しては当然として、ソーニャにも笑顔を見せない徹底ぶりだ。
この様子を見ていると、学校で普通にしているという話が信じられなくなる。
嘘ではないだろうし、今はタゴサクがいるから無表情なのだと思うが。
「決闘のお話ですけど」
声にも抑揚がなく、必要事項だけを淡々と語る。
「決闘してもいいです。むしろ望むところですよ。わたしは、サクさんに復讐したいです。ギッタギタのボッコボコにしたいです」
「ああ」
「サクさんが勝てば、話を聞きます。わたしが勝てば、二度と会いません。これが条件でいいですね?」
「問題ない」
タゴサクをギッタギタにしたいとの理由で、決闘は受けてもらえた。
怒りが収まらないどころか、日を追うごとに増していっているようだ。
「覚悟してください。グッチャグチャのメッタメタのバッキバキのケッチョンケッチョンのオッペケペーでパープリンでキンカンナマナマにしてやります」
「オッペケペーとかパープリンとか、イアの語彙って……」
「ソーニャちゃん、なんか言った?」
「なんでもありません!」
一睨みでソーニャを震え上がらせる。さすがの迫力だ。
声に抑揚がないのが余計に怖い。
暗黒面に堕ちた少女から、追加の条件が出される。
「もう一つ、わたしから条件があります。勝敗に関係なく、以前の約束は守ってください。わたしの猫ちゃんになる約束でしたよね? いっぱい、いーっぱい、もふもふしますから」
「そっちも問題ないが、猫になると二度と会わないわけにはいかなくないか?」
タゴサクが突っ込めば、イアは少し怒った顔を見せる。
「揚げ足を取るサクさんは嫌いです! 猫ちゃんになればいいんです!」
「ごめん」
「許しません。罰として、わたしが飽きるまで猫ちゃんになってください。一回だけのつもりでしたけど、飽きるまでです。わたしのペットですよ。わたしにもふもふされるだけの存在です」
「わ、私もお兄ちゃんをもふりたいんだけど……ダメ?」
イアにビビッているのか声は小さいが、ソーニャまで便乗した。
兄を猫扱いするとは酷い妹だ。
「わたしが飽きればソーニャちゃんにあげる。好きにしていいよ」
「イアはまだしも、ソーニャに好きにされる気はなくてだな」
「お黙りやがれです」
「お、お黙りやがれ?」
「サクさんは、わたしを弄んで捨てました。わたしも同じことをやり返します。猫ちゃんになったサクさんを弄んで、飽きればポイポイポイです。鳴き声も真似してください。サクさんが口にしていい言葉は、『ニャー』や『ニャン』だけです。人間の言葉を話すのはダメです」
弄んだ気はないし、捨てた気もないが、イアはそうやって受け止めている。
深く傷つけてしまったのだ。ちょくちょく擬声語が出ても、ふざけていると考えてはいけない。
怪しいプレイをするのはどうかと思うが、一緒にいられるなら構わない。
なんとか決闘の日時を決めることはでき、イアは帰って行った。
「お兄ちゃんがイアの猫……兄が道を踏み外す時って、妹はどうすればいいの?」
「知るか。俺は道を踏み外してないぞ」
「でもさ、お兄ちゃんも嬉しいでしょ? イアに会えなくなるくらいなら、猫でもいいから会える方が嬉しくない?」
「その通りだよ、ちくしょう!」
イアはネコサクにご執心らしいが、猫でもいいと思えるのは惚れた弱みだ。
「お兄ちゃんやイアの性癖はいいわよ。飼い主とペットにでもなればいいけど、決闘の場所は平気? というか、私は正直行きたくないわね」
「俺は見てみないと分からん。イアは、自分で指定したんだし平気なんだろ」
決闘は次の土曜日に行われる予定になっている。
場所はコモンステラだ。イアから指定された場所になる。
ちょうどいいフィールドがあるらしい。【離別の草原】と呼ばれる場所だ。
不吉な名前の通り、不吉な言い伝えがある。恋人と一緒に訪れた場合は、必ずトラブルが発生してしまい、それが原因で別れることになると。
イアからすれば、タゴサクと決別するにふさわしい場所を選んだのだ。
現実的な話をするなら、他のプレイヤーに邪魔されない場所とも言える。
立ち寄るプレイヤーは少ない。仮にいたとしても、コモンステラのプレイヤーが相手なら、ソーニャたちがいれば余裕で撃退可能だ。
タゴサクとイアは決闘に集中できる。
ジャパンステラではこうはいかず、最下級のコモンステラがちょうどいい。
ここまでは理解できるが、【離別の草原】には別名がある。正式名称ではなく、プレイヤーたちが勝手に呼んでいる名前だ。
その名も、【害虫たちの楽園】と。
SOSを始めたばかりの頃、害虫モンスターの巣窟の話題が出ていた。【離別の草原】がそこになる。
呼び名の通り、害虫系モンスターが我が物顔で闊歩する場所なのだ。
ムカデやらミミズやら毛虫やら黒い悪魔やら、他にも多種多様な害虫たちばかりが出現する、プレイヤーにとっては地獄のようなフィールドだ。
コモンステラのモンスターにしては経験値が高く、経験値の割に弱いため、レベリングには適している。ゲームだし作り物だと割り切って、気持ち悪さを我慢できるプレイヤーにとってはおいしい狩り場だ。
害虫が苦手なプレイヤーは、まず近寄らない。
「そりゃ別れもするわよね。キモい害虫がわんさかいる場所に案内されれば、恋心も冷めるわよ。正気を疑うし、この人とはやっていけないってね」
「リアルなVRゲームのせいで、相当キモいらしいよな」
リアルであることを呪いたくなるほどの気持ち悪さだと評判だ。
モンスターだからサイズも大きく、現実の害虫が可愛く見えると。
「みんなに連絡して見学にきてもらうつもりだったけど、きてもらえるかな?」
「見世物じゃないんだが」
「みんなに散々迷惑かけて、お世話になったのよ。見届けてもらわなきゃ。場所は問題だけど、連絡を入れるだけ入れておくわね」
「誰を呼ぶ気だ?」
「ナンパたち四人に、シンガーさんたち三人。お兄ちゃんが呼びたい人がいるなら追加するけど」
「連絡先を知ってるプレイヤーの方が少ないって。七人もいりゃ十分だ」
PKのアキオーダックやガンタは、仮に連絡を取れても呼びたい相手ではない。
二刀流男のリュウキオウなら呼んでもいいが、連絡がつかない。
連絡はソーニャに任せ、タゴサクはステータスを確認する。
レベルは161で、ジョブは【教祖】だ。
スキル構成も、ソーニャと二人で戦う前提で考えたものではなく、決闘用に変更する。
・スキル
【再声】
【堕天】
【流星衝】
【流星帝】
【極悪剣】
【狂祖】
・魔法
【バースト】
【エクスクラメーション】
【トリノライオン】
【ユキダルマン】
【ニビイロバード】
【ヒールヒール】
・奥義
【全テヲ滅スル光】
【儚キ者ノ回想録】
【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】
【星ヲ滅ボシ獅子ノ王】
以上である。
レベルが上がり、スキルも奥義もかなり充実している。
その分、構成にはいつも悩む。
あれも入れたいしこれも入れたいが、枠は限られているし、何を選ぶか。
魔法は比較的少ないのでまだいいとして、スキルは本当に悩むのだ。
今回は、タゴサク的にはバランスのいい構成にしたつもりだ。攻撃、防御、回復とそろっている。
また、印象の悪い物は外した。外してこれかという苦情は受け付けない。
奥義では、【神ニ反逆セシ小鬼王】や【生者ヲ悼ム詩】が入っていないだけかなりマシだ。
スキルで外した物は、【奴隷創造】がある。
敵を奴隷にし、主に危害を加えることを許さない。すなわち、攻撃の一切を禁じるスキルだ。
決まれば強いが、成功確率が極めて低いのが欠点になる。いつもの博打だ。
命中率の悪い【エクスクラメーション】が当たる確率の方がまだ高い。
成功するとは思えないし、成功してもらってもタゴサクの心証は最悪になる。美少女を奴隷にする最低の男だ。
他の人に軽蔑されるのはまだいいが、イアも怒ると思うし、仲直りできなくなってタゴサクが困る。
話し合いをしてもらうために決闘するのだから、これらの使用は見送った。
負けられない戦いでも、勝ち方がある。ミディーリと試合をした時のように、なんでもありではまずい。
勝ち方にこだわるために選んだのが【再声】だ。他に有用なスキルがいくらでもある中で、これだけは使い道も碌にない。
コモンステラの【底都テイヘーン】で、クエストのクリア報酬として得たスキルになる。
覚えたはいいものの、ほとんど使ったことがない。
イアとの戦闘では切り札になってくれると考えている。
「連絡しといたわよ。で、お兄ちゃんは勝てそう?」
スキル構成を考えていれば、ソーニャが問いかけてきた。
「イアの力が不明だから、なんとも言えない」
タゴサクが強くなっているのに、イアが昔のままということはない。レベルが上がり、スキルなども新しく覚えている。
「参考までに聞くが、ソーニャがイアと戦えば勝てると思うか?」
「うーん、私って紙装甲だからねえ。物理特化のイアとは相性が悪いと思うわよ」
「和装なんか着てるからだろ。普通の防具にすればいい」
「普通の防具にしてもキツイと思うけど。近寄らせずに遠距離から魔法を放ちまくるとして、【虹ノ二番ハ橙々キ雨】や【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】も使って……もし近付かれれば【初メテヲ捧グ】や【豊ナル穣ノ声】? そんなにうまくいくとは思えないわね」
「うまくいくかは別にして、戦い方としてはそうなるよな」
黒のイアは物理特化で、接近戦に強い。
こちらは遠距離から攻撃すればいいと考えるのは普通だ。
イアも承知の上だろうし、易々とやらせてはくれまい。対策を講じている。
「裏をかいて接近戦か? 少し気は引けるが」
「ボスを殴り倒したみたいに、イアをボコボコに?」
「それが問題なんだよ。モンスターならいいが、女の子を素手でフルボッコはな」
「剣や魔法で攻撃するのも同じでしょ。ゲームなのに誰も文句は言わないわよ」
「ゲームだが、【神ニ反逆セシ小鬼王】を使ったせいで恨まれてるぞ?」
「あー……うん、そうね。女の子を素手でボコボコ……批判する人はするかも」
「まあ、悪いとは思うが使う気だ。だから奥義にも入れてある」
女の子を殴ってはいけないと言われてしまえば、女の子を武器で攻撃してはいけない、女の子を魔法で攻撃してはいけないとなる。
現実ならその通りだろうが、ゲームでも同じではゲームにならない。
気持ち悪い奥義や奴隷にするスキルとは違い、真っ当な攻撃手段なので使おうと考えた。
タゴサクなりの線引きだ。
「今回は予防線とか言わない。使いたいから使う」
「予防線って?」
「ミディーリとの試合でな」
レアステラでミディーリと試合をした時の考えを、ソーニャに説明する。
あの時は、【神ニ反逆セシ小鬼王】をギリギリまで使わなかった。
やむを得なかったという予防線を張りたいがために、ギリギリまで待ったのだ。
仕方ない。しょうがない。不可抗力だ。
要は、「俺は悪くない」と。
あのように卑怯な真似は、今回はやらない。使いたいから使う。
勝つために。イアと話し合いをし、仲直りするために。
タゴサクの気持ちを伝えるために。
「真面目に考えてるのね」
「今回だけは真面目だからな。よし、次は装備を買うか。ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃい」
タゴサクは【絶壁街ゼル】に転移する。
イアを探して訪れた時、店にも立ち寄ったが、いい装備が売っていたのだ。
特に防具が充実している。タゴサクは鎧を購入した。
ダジャレなのかなんなのか、【絶壁鎧】という鎧があったのは呆れたが、防御力は高いから採用する。物理特化のイアには有効なはずだ。
武器は金色モンスターがドロップした剣を使う。【金剛石の剣】だ。
普段は使わず、店売りの【白銀剣】で戦っている。今回限りの大盤振る舞いだ。
なぜ普段は使わないかというと、【金剛石の剣】は耐久度が低過ぎるからだ。攻撃力は【白銀剣】よりも圧倒的に上だが、耐久度がないせいで使用は躊躇する。
ちょっと使えば壊れかねない。壊れてしまえば修理もできず、武器を喪失する。
今回は、壊れる前提で考えている。途中からは奥義を使い、素手で殴ることになるだろうし、壊れても構わない。
できる限りの準備は整えた。決闘の日を待とう。




