五十五話 誰がために
星宮ダンジョンに挑んだ翌日、空は学校で花屋敷に呼び出された。
人のいない教室に連れ込まれると、告白か何かかと勘違いしそうになる。
告白などあり得ず、SOSの話だ。
「あの子とは仲直りできた? なんて名前だっけ? イイア?」
「イアだよ。俺が名前を呼んだ時はどもっただけだ」
「イアさんね。で、イアさんとはどんな感じ? ユメが気にしててさ。シンガーさんも気にしてるし、あたしだって同じだよ」
イアを怒らせたのは空の責任だが、決定打になったのはユメの過激なファンサービスだった。気にするなと言っても気になるのだろう。
「それが、会ってすらもらえない。メッセージ送っても無視されるし、SOSは広いせいでどこにいるかも不明だし、正直困ってる。妹が言うには、SOSは続けてるらしいが」
「妹さんとイアさんは、連絡取り合ってるんだ」
「連絡を取り合ってるっつうか、二人は同じ高校の同級生なんだよ。クラスは違うが親友同士だし、学校で話ができる。学校じゃ普通の態度なんだと。俺の話題さえ出さなけりゃ」
「厄介なんだね」
「厄介なんだ。こじれまくってる。妹が言うには、ヤンデレの素質があるとさ。少し前には、俺と妹で詐欺師の素質があるってからかったし、詐欺師のヤンデレだ。どんな人間だって話だよな。ははは」
冗談めかして発言したが、花屋敷は笑ってくれない。
笑える冗談ではなかったか。空気を和ませようとしたが失敗した。
「とにかく、俺は諦める気はないから、ユメさんにも気にしないでって伝えて」
「ストーカーにはならないよう注意してね。御堂君が警察に逮捕されるとか、今の冗談以上に笑えないよ」
「分かってる。学校まで押しかける真似はしてない」
「ならいいよ。あたしたちの協力が必要なら連絡して。御堂君は断ってたけど、ユメは事情を説明するって言ってるから。あたしも、ユメが気に病んでる姿は見たくないし、あたしのためにも協力するから」
「ありがとう。でも、気持ちだけ受け取っておく。一応、対策は考えてあるし、なんとかなるさ」
イアが落ち着き、話を聞いてくれるのが一番だったが、その気配はない。
空の考えた対策を実行する時かもしれない。今日、SOSにログインすれば、すぐにでもやってみよう。
花屋敷との密会を終えた空は決意していた。
学校から帰宅し、SOSにログインしたタゴサクは、ソーニャと合流する。
「イアにメッセージを送ろうと思う」
「散々無視されてるのに? それとも、あれを伝えるの?」
「あれだ。引き延ばすより早い方がいいだろ」
タゴサクはイアにメッセージを送る。
内容は短い。「俺と一対一で決闘しよう」とだけ書いた。
厨二病患者のイアなら、決闘の文字に反応してくれるかと期待したが、返信はなかった。
もう一度送る。今度は少し具体的な条件にも触れた内容だ。
返事が欲しい。もしくは、【桃源郷シュト】にいるのでこちらにきて欲しい。
決闘の条件と一緒に書いておいたが、やはり返信はない。
まだログインしていないだけかもしれないし、待ってみる。
「ソーニャは待たなくてもいいぞ。レベリングでもクエストでもすればどうだ?」
「こっちが気になって集中できないわよ。お兄ちゃんの恋の行方も重要だけど、私だって三人で遊びたいの。私のために協力するし、お兄ちゃんにも頑張ってもらわないとね」
「我が妹ながら、格好いいな。俺のために、頑張ってみるよ」
「それでこそお兄ちゃん」
ソーニャと雑談をしながら、イアからの返信を待つ。
三十分がたち一時間がたち、しかしなかなか返信がもらえないと思っていると、意外な人たちが姿を現した。
「ソーニャさん、お久しぶりです」
「ミディーリ? なんで? しかも、大勢で」
ミディーリを含め、四人もいる。
他の三人は、ナンパ、ヴァイス、サンサンだ。懐かしい顔がそろっている。
「ヤッホヤッホ、久しぶり久しぶり。タゴサクと、そしてソーニャちゃん! その藍染の服、とってもとってもキュートだよ!」
「いきなり口説くな。これ、どういうパーティーだよ。てか、ナンパはまだしも、ヴァイスはコダるプレイヤーが嫌いじゃなかったのか?」
「事情がある。僕の平穏な日々を取り戻すために、タゴサクに会いにきた」
四人から事情を聞かせてもらう。
まずはヴァイスとサンサンだ。
「コモンステラでのPKをやめてから、上の星に戻ったんだ。僕はジャパンステラよりも上に行ってるが、ダンジョンなどはジャパンステラの方がいいこともある。四十七の星があって広いからな。上とジャパンステラを行き来していたが」
「そこで、私と出会いました。話しているうちに知りましたけど、年齢が一緒なんです。高二ですし、色も同じ白と縁を感じました。最も意気投合したのは、タゴサクさんへの恨みですね。恨みを持つ者同士、話が合いまして、お付き合いを始めました」
「お付き合い!? 男女交際の意味か!?」
「ま、まあ」
ヴァイスは、病的なまでに真っ白な肌を赤く染め、照れていた。
パーティーを組み出したという話なら分かるが、付き合い始めたとは驚きだ。予想外にもほどがある。
「私もヴァイスも、『タゴサク許すまじ』という方向性が合致しまして、そのうちにですね。真っ直ぐに強くなろうとするヴァイスが素敵でした」
「僕なんかを好きになってくれる女性がいるとは思わなかった。ましてや、サンサンのように綺麗な女性があり得ないと。美人局か何かかと疑ったほどだ」
「私の気持ちが伝わるまで、結構かかりましたね」
「今では疑っていない。僕も好きだし、僕を好きでいてくれることも嬉しい」
酷いのろけ話を聞かされた。
幸せそうなのはいいが、修羅場の真っ最中であるタゴサクには目の毒だ。
「リア充が嫌いとか言ってたのに、自分がリア充になってコダってるのかよ」
とげのある言い方になってしまう。
八つ当たりだし、タゴサクも自分自身の醜さに嫌悪感を抱く。
ヴァイスは、幸い怒っていなかった。
「言っておくが、コダってはいない。レベル差もあるし、僕はコダることに反対の立場だ。恋人になったからといってコダるのは僕の理念に反する。ソロを貫き、コダるプレイヤーをPKする。僕の信条は今も変わらない」
「こういう部分が素敵です。大好きです。愚直なまでに真っ直ぐな男性は、私の好みです」
「ごめん。すっげえ嫌味な言い方になった。二人とも、おめでとう」
「おめでとうございます」
タゴサクは謝罪と祝福の言葉を述べた。ソーニャもおめでとうと言っている。
「ありがとう。話を戻して、僕とサンサンがこのような関係になった時、サンサンとミディーリが出会った」
ここでミディーリの名前が登場する。
「わたくしもサクさんに辱められましたからね。サンサンさんとは、それはもう盛り上がりましたよ。主にサクさんの悪口で」
「私を辱めておきながら、ミディーリまで辱めたらしいですね。信じられません。死んでください」
「という感じで、『タゴサク死すべし。慈悲はない』がわたくしたちの共通見解でしたね。わたくしは、サクさんを恨んでいないつもりでしたけれど、他の女性まで辱めたのは別です。ヴァイスさんもご紹介していただき、三人で悪口……仲良くしました」
ある意味、タゴサクが懸け橋になったと言える。予期しない方向での懸け橋に。
「サンサンとミディーリが仲良くなったのはいいが……僕では役者不足だ! 現実では女性に縁のない非リア充だぞ! 魅力的な女性が二人もいると、嬉しいが苦しいんだ!」
「そしたら、ヴァイスが俺に助けを求めてきたって流れね。大体こんな感じ感じ」
「付け加えますと、わたくしは誰ともお付き合いしておりません。わたくしの理想の男性は、身長百八十センチ以上、年収一千万円以上の、十八歳から二十二歳までの細マッチョイケメンです」
「ミドリちゃんには、俺じゃダメって言われた! 悲しい悲しい!」
「わたくしは、ミドリではありません。ミディーリです。イアさんの悪い影響を受けないでください」
四人の事情は把握した。ややこしい人間関係もあったものだ。
彼らがどのような関係になろうと構わないが、この場にいる意味は不明だ。ヴァイスが言った「平穏な日々を取り戻すため」の意味も分からない。
そこは、ミディーリが説明してくれる。
「コダってはいませんけれど、わたくしたち四人は知り合いになりました。仲良しと言ってもいい関係です。すると、イアさんまで加わったのです」
「イアが!?」
「サクさんとイアさんは、喧嘩別れしたらしいですね。わたくしに対し、『聞いてよミドリちゃん!』と不平不満をぶちまけておられましたよ。一度や二度では済まず、毎日のように聞かされております。耳にタコができました」
「私も聞かせてもらいました。タゴサクさんは死んでください」
「僕も巻き込まれているわけだが……分かるか、タゴサク? ただでさえ女性に免疫のない僕が、魅力的な女性三人に囲まれたんだぞ! 二人でも厳しいのに、三人だ! これに喜べるほど、僕の神経は図太くない! 毎日胃が痛くて敵わない! 平穏な日々を返してくれ!」
美少女三人を侍らせたハーレムを自慢するのではなく、ヴァイスは本気で困っていると叫んでいた。心の底から出た叫びだ。
「ナンパに助けてもらえばいいんじゃないのか?」
「ナンパは僕を見捨てた!」
「だってさだってさ、みんな俺の彼女になってくれないんだもん。サンサンちゃんはヴァイスの彼女だし、ミドリちゃんは条件が厳しい。イアちゃんを寝取る趣味もないときたら、俺にどうしろっていうのさ。他の子を狙ってナンパする方が建設的建設的」
「今日のイアさんも、わたくしとサンサンさん、ヴァイスさんに愚痴っていましたよ。愚痴ってからソロで行動するのが日課となっておりますので」
ミディーリの言葉から、イアはログインしていると分かった。
つまり、タゴサクのメッセージにも気付いたはずだ。返信してくれないのは怒っているからだろう。
「わたくしたちに愚痴をぶちまけている時、サクさんのメッセージが届いていたようですね。何やら決闘を申し込んだとか? イアさんは受ける様子がなさそうでしたし、お節介かとは思いましたけれど、ここに出向いたわけです」
「以上が顛末だ。タゴサクは、僕のためにもイアさんと仲直りしてくれ!」
「そりゃ仲直りはしたいが」
誰のためでもない。タゴサク自身のために仲直りしたい。
しかし、イアが何も反応してくれなければ、話し合いも仲直りも不可能だ。
「私なんかは、このまま別れてしまう方がイアさんのためだと思っています。私はタゴサクさんを許したわけではありませんよ。あなたにされたことは今でも恨んでいますし、許せません」
「すみません」
「ですけど、タゴサクさんがどうしようもない人だからといって、私には二人を引き裂く権利などありません。ヴァイスやミディーリも同様です。決めるのはイアさんであり、タゴサクさんです。イアさんがタゴサクさんと別れ、私とパーティーを組みたいと言い出せば、私も私でパーティーを組むかどうか決めます。要するに、他人任せにはせず、自分で決めましょうと。なのでお聞きします。あなたは何をしたいですか?」
「もちろん、イアと仲直りしたい。話をしたい。他の誰のためでもなく、俺のためにです」
タゴサクは即答した。
イアは許してくれないかもしれない。話し合いの結果、本格的に関係が壊れ、別れることになるかもしれない。
だとしても、このままサヨナラは嫌だった。
「結構です。決闘は、話し合いのためですか?」
「はい。メッセージにも書きましたが、俺が勝てば話をしてもらいたいと。俺が負ければ大人しく諦めると伝えました」
「でしたら」
サンサンは、ヴァイスやミディーリと視線を交わしていた。一応ナンパも加わっている。
「僕たちも協力しよう」
「決闘に応じるよう説得してみます」
「仲直りするための説得は無理ですけれど、決闘でしたらなんとか」
「俺もね俺もね」
ヴァイス、サンサン、ミディーリ、ナンパ。
四人は順に協力を申し出てくれた。
「ありがたいが、いいのか?」
「言ったはずだ。僕の平穏のためだと。僕たちは、SOSの理念に従って動く」
「タゴサクも知ってるよね? 自分が一番。一緒に遊んでも協力しても、結局は自分が一番一番。それがSOSだよ。俺は俺のため。ヴァイスはヴァイスのため。みんなおんなじおんなじ」
「えらく綺麗に解釈したな」
確かにSOSのコンセプトだ。
人は、誰もがたった一つの星である。
たった一つの星を目指し、自分が一番になることを考える。他人を蹴落とし、自分一人が強くなる。仲間はいらず、パーティーを組む必要もない。
どこまでもひたすらに、自分第一。情報もアイテムもモンスターも独占する。
究極の自分本位と言える遊び方だ。
ナンパたちも自分のためとは言っている。
ただし、こちらは似て非なるものだ。
タゴサクに協力することでメリットがあるのは事実だが、タゴサクやイアのために行動しようとしてくれている。
友人や仲間のために行動したい。と考える自分のためだ。
同じ「自分のため」でも意味合いが全然違う。
さらに、「タゴサクのためだ」と恩着せがましい言い方をしないところに人間性が出ている。
「みんないい人だな。ありがとう」
「うるさい。僕など計画が台無しになったんだぞ。コモンステラでは、『上の星で待つ』と格好つけておきながら、このような形で再会するとは思わなかった」
「イアも言ってたな。序盤に戦ったライバルが、終盤に最大の敵として立ちはだかるんだったか?」
「僕もすっかりその気になっていたのに、この有様だ。早く解決し、平穏を取り戻すと同時に、終盤に立ちはだかれるようになる。三人で僕のところまでたどり着いてもらわないと、僕が困るんだ。世界が定めた運命に抗ってくれ」
「じゃあ、お願いします。俺に協力してください」
タゴサクは四人に頼み、イアが決闘を受けるよう説得してもらうことにした。




