五十四話 しし座の【ライオンエンマ】
しし座のボスの名前は【ライオンエンマ】である。
しし座でライオンとくれば、獅子のモンスターだろうと予想するのが普通だ。
あながち間違ってはいない。確かに獅子である。
獅子にしては、少々おかしな外見をしているだけで。
「見るのは三度目だけど、これってどう考えても阿修羅よね? もしくは、ケルベロスと阿修羅の中間っていうか」
「突っ込むだけ無駄だ。SOSだぞ」
阿修羅もケルベロスも有名だ。ファンタジー作品には頻繁に登場する。
阿修羅は、三面六臂と呼ばれる三つの顔と六本の腕を持つ神様だ
ケルベロスは地獄の番犬。三つの頭を持った巨大な獅子、あるいは犬になる。
そして【ライオンエンマ】は、獅子の頭が三つあるのでケルベロスに近い。
四足歩行をしていればケルベロスだと思えるが、こいつは二足歩行だ。
手も足も獅子のそれなのに、後ろ足で巨大な体を支えて直立し、腕は六本ある。器用に武器まで持ち、プレイヤーを叩き潰さんと仁王立ちする姿は迫力満点だ。
三面六臂の阿修羅にして、三つの頭を持つケルベロスでもある。
「私が開発者の立場なら、名前も合体させるわね。【アシュラロス】とか【ケルベシュラ】とか」
「だから突っ込むなって。んなことより、やるぞ」
しし座のボス、【ライオンエンマ】との戦闘開始だ。
勝てない相手ではないが、油断できる相手でもない。一度目は二人とも負け、二度目はソーニャが死んでいる。
十二連戦のボスは、後半になるにつれて実力も上がる。気合いを入れていこう。
「【虹ノ二番ハ橙々キ雨】!」
ソーニャはいきなり奥義をぶっ放した。手加減抜きだ。
橙の弧が七つ、虹のように重なってかかり、雨のように降り注ぐ。
タゴサクも【ライオンエンマ】に向かって駆けつつ、奥義を放つ。
「【儚キ者ノ回想録】!」
タゴサクは、新しいスキルや奥義をいくつも覚えており、今使った【儚キ者ノ回想録】もそれになる。
イアと別れてからの一週間、のんべんだらりとしていたわけではないのだ。
そもそも、レベルが相当上がっている。一週間で40以上の上昇だ。
これだけ上がったのは、効率のいい狩り場でレベリングをしたからだ。
金色のモンスターが多数出現するフィールドである。
金色のモンスターを倒せば様々な特典があるため、大量の経験値を稼いでレベルが上がったし、スキルを覚えるアイテムも入手した。
当然、それほどおいしい狩り場に他のプレイヤーがいないわけがない。金色のモンスター狙いのプレイヤーからPK狙いのプレイヤーまで、大勢いた。
取り合いになって苦労したし、PKもされた。
とある事情からPKをしたくないと考えているタゴサクは、PKされる一方だった。ソーニャはPKし返していたが、タゴサクは一度もPKしていない。
何度も死につつ戦う中でレベルを上げ、スキルや魔法の熟練度も上げた。
習得した奥義の一つが【儚キ者ノ回想録】だ。
効果は、必中の攻撃になる。一筋の流星が敵に迫り、回避しても追尾して命中してくれる。発動から命中までの時間が一瞬のため、回避自体が困難だ。
もう一つ効果があるが、おいおい分かるので置いておく。
二人の奥義で先制攻撃はできた。ここから激しい戦闘が繰り広げられる。
なにせ、【ライオンエンマ】の腕は六本もある。体も大きく、プレイヤーなら両手持ちになる大剣を片手で軽々と振るほどだ。
大剣を二本、斧を一本、棍棒を一本持っている。いずれもバカでかく、破壊力も抜群だ。残る二本の腕では巨大な弓を扱い、遠距離攻撃も完備と隙がない。
一度目と二度目の挑戦時は、ソーニャが矢に射抜かれて死亡している。
タゴサク一人では【ライオンエンマ】の攻撃を抑え切れないし、ソーニャには自力で対処してもらう。
タゴサクはタゴサクで、大剣などの近距離攻撃を捌くのに必死だ。
「【流星帝】!」
連続突きをお見舞いし、でかい【ライオンエンマ】とガチンコ勝負といく。
これは、【流星衝】の上位スキルだ。【流星衝】がレアステラの【オーロゴブリン】からドロップしたスキルなので、【流星帝】も同じく金色モンスターのドロップになる。
激しい連続突きだ。【流星衝】以上の回数と威力を誇る。
巨大な【ライオンエンマ】をのけぞらせ、さらに追撃も入る。
最初に放った奥義【儚キ者ノ回想録】の追加効果だ。
過去に思いを馳せるように、初撃と同様の攻撃が一定時間ごとに炸裂する。まさに回想録と言えよう。
ソーニャも後方から魔法を放ち、タゴサクを援護する。
「【パラライズミスト】!」
麻痺効果を持つ橙色の霧を生み出した。直接的な攻撃力はないが、敵を状態異常にできる。
問題は、効果範囲が狭い点だ。敵と距離があっては届かない。
だが、やりようはある。
「【ウィンド】!」
風の魔法で麻痺の霧を拡散する。この方法ならば、距離があっても届く。
タゴサクも霧を吸い込んでしまうが、麻痺を防ぐアクセサリを装備済みだ。ソーニャと一緒に戦っているうちに、お互いをフォローし合う構成になっている。
百パーセントの確率で防げるわけではないのが、欠点と言えば欠点だ。
今回は、タゴサクは麻痺状態にならなかった。
肝心の【ライオンエンマ】は、動きが鈍っているので効いていると見える。完全に止まりはしなくても、鈍ってくれるだけでもありがたい。
動きの鈍ったところを一気に叩く。
「【極悪剣】!」
あまりにもあまりな名前のスキルで攻撃した。
まあ、SOSだからでファイナルアンサーだ。
名前はさておき、攻撃力は高い。【ライオンエンマ】の腕を一本ぶった斬った。【儚キ者ノ回想録】もちょくちょく当たっているし、好調である。
とか考えていれば、フラグになるのは世の常なのか。【ライオンエンマ】はソーニャに向けて矢を放った。
「【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】!」
豪勢なことに、通常攻撃を奥義で迎撃するソーニャがいた。二度も殺されているだけに、念には念を入れたのかもしれない。
古代の超文明、アトランティスの名を冠する。【古代魔導】のジョブで覚えたスキルと魔法から奥義になったものだ。
大昔に海底に沈んだとされるアトランティスなので、大陸一つが沈むほどの超威力という意味になる。
早い話が、超強いと。
いくらボスモンスターの攻撃とはいえ、ただの矢を迎撃するには十分過ぎる。
「【フレイムムーン】!」
矢の脅威から逃れたソーニャは、炎熱の月を生み出した。
敵を熱し、ダメージを与える。
タゴサクもダメージを受けてしまうが、こちらも対策済みだ。熱防御に優れた鎧を装備しているため、HPはわずかずつしか減らない。
スキルも魔法も装備も、二人で考え選んだ。
兄妹の連携により、【ライオンエンマ】を追い詰めていく。
敵の攻撃も苛烈だ。麻痺で動きが鈍り、腕も一本失って、なお巨大な武器を操りタゴサクのHPを削る。回復しなければまずい状況にまで減っている。
とはいえ、ポーションを使う余裕はない。回復手段は魔法になる。
タゴサクが覚えている回復魔法は一つだけだ。
「【ゾンビヒール】!」
継続ダメージを回復に変換できる魔法、【ゾンビヒール】を使用した。
毒状態でもないのに意味があるかというと、実はある。
ソーニャの【フレイムムーン】により熱せられ、受けているダメージが、継続ダメージと判定される。
魔法の意外な使い道を見出した時は、嬉しくなったものだ。これもゲームの楽しみ方だろう。
戦局は終盤を迎える。【ライオンエンマ】のHPも残り少ない。
「お兄ちゃん!」
ソーニャの合図があった。
合図と同時に、後衛であるはずのソーニャが【ライオンエンマ】に飛び込む。
「【豊ナル穣ノ声】!」
ソーニャは接近戦ができないわけではない。魔法主体になったのは最近だ。
タゴサクが奥義を発動するまでの間、時間を稼いでくれる。
神々しく光り輝く、太陽の女神の援護を受け。
「【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】!」
タゴサクも奥義を発動した。鈍色の炎が収束し、猫の耳と尻尾になる。猫の手と肉球も当然ある状態だ。
イアに好評だった猫のタゴサク、略してネコサクの完成である。
もふもふさせる約束は果たせていない。恥ずかしくて嫌だったが、仲直りできるなら好きなだけもふってくれていいと思える。
さておき、奥義で変身を終えたネコサクは、ソーニャと入れ替わりで【ライオンエンマ】に肉薄する。
そしてタコ殴りだ。
猫が獅子をフルボッコにする下剋上だ。
もちろん反撃も食らうが、防御している余裕はない。奥義の効果が切れる前に倒さなければならず、攻撃あるのみだ。
ネコサクがとどめを刺す必要があるため、ソーニャは手を出せない。後方に下がり見守っている。
「この……倒れやがれ!」
しぶとい【ライオンエンマ】を殴り続けていれば、ようやく倒せた。
三度目の挑戦にして、二人とも生存した状態での撃破となったのだ。
狙い通り【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】でとどめを刺させたし、上々の出来だ。
ソーニャもねぎらいの言葉をかけてくれる。
「やったわね。おめでとう、お兄ちゃん」
「ソーニャも色々とフォローありがとな。【パラライズミスト】も【フレイムムーン】も【豊ナル穣ノ声】も、タイミングばっちりだった」
「一緒に組んでれば、嫌でも慣れるわよ。お兄ちゃんはトリッキーなスキルが多いから、連携するには私が合わせなきゃね」
「ここ最近は、意外と普通になってないか?」
「普通に、カッコ書きで当社比ってつかない?」
「ソーニャちゃん、うまい! って言うだろうな。イアなら」
「言いそうね」
二人で漫才をしていても、ついイアの名前が出てしまう。
二人にとってかけがえのない人なのだ。
とりあえず、【ライオンエンマ】は倒せた。あとはドロップアイテムだが。
「お? おおっ!」
「ドロップした?」
「した! したぞ! 予想が正しかった! 俺ってすげえ! 賢い!」
「自画自賛の言葉、お疲れ様。どんなアイテム? スキルを覚えるの?」
「えーっと……説明を読む限りだと奥義の強化だな」
「奥義の強化? できるの?」
「奥義にも熟練度はあるし、できないことはないだろ」
スキルや魔法には熟練度があり、成長させられる。
成長すれば効果がアップするし、熟練度を最大にしたスキルと魔法の組み合わせによっては奥義を覚えられる。
熟練度は奥義にも設定されており、使えば使うほど強くなる仕様だ。
では、奥義の熟練度を最大にすればいいことがあるかだが、タゴサクは知らないと答える。そこまでの情報はネットにも書かれていないし、ゲーム中でも聞いていない。
最初に覚え、よく使っている【全テヲ滅スル光】ですら熟練度は最大になっておらず、現時点では確かめようがない。
「単に熟練度が上がるだけ? それとも、【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】が別の奥義に進化する? 新しい奥義を覚える?」
「よく分からん。使ってみなきゃなんとも」
「微妙に不親切ね」
「悪くなりはしないだろうし、使ってみりゃいい。罠ってことはないよな? いくらなんでもないよな? SOSを信じていいよな?」
「疑心暗鬼になり過ぎでしょ。気持ちは分かるけど」
いまいち信用できないゲームだが、ここは信用しておく。
今は連戦中なので使うのは終わってからだ。星宮ダンジョン攻略の続きを行う。
結果だが、六番目のおとめ座のボスはなんとか倒したものの、七番目のてんびん座のボスに負けた。
半分までしか行けなかったが、アイテムがドロップしたのでよしとする。
「ところで、物は相談なんだけどさ」
「改まってなんだよ」
「私、お兄ちゃんがアイテムを入手するのを手伝ったわよね? 感謝の印にご褒美くれない?」
「嫌な予感がするが、具体的には?」
「猫のお兄ちゃんをもふもふしたい! いいでしょ! ちょっとだけ!」
「拒否する! イアにすらさせてないんだぞ! ソーニャにさせられるか!」
「じゃあ、イアの次でいいから! 二号さんでいいから!」
「言い方!」
バカなことを言い出したソーニャだったが、必死で拒否し、タゴサクの猫耳は守られた。
バカな兄妹には、突っ込み役が必要だと思ったり思わなかったり。
そういう意味でもイアは必要だ。本人にとっては、役割に不服があるだろうが。




