五十七話 害虫
土曜日になり、イアとの決闘の日を迎える。
朝の十時に待ち合わせだが、タゴサクとソーニャは三十分前に決闘場所に行く。
コモンステラにある【離別の草原】だ。別名【害虫たちの楽園】とも呼ぶ。
害虫系モンスターが闊歩する地獄のフィールドだが、訪れたソーニャの様子は酷いものだった。
「お、お兄ちゃん……なんだか、地面がぬらっとしてるんだけど……」
「ミミズとかナメクジとかのモンスターがいるんだろ」
「あ、あっちの方は、あり得ない量の蜘蛛の巣が……でっかい蛾が引っかかって、うごめいて……」
「蜘蛛もいるんだろ」
「ひっ! なんかカサカサって音が!」
「ムカデかゴキか、そんなところだろ」
「お兄ちゃあん……」
ずっとこの調子だ。半べそをかきつつ、タゴサクにくっつく。
ソーニャは特別に虫嫌いではないが、でかくてキモい害虫モンスターともなれば平然としていられない。
コモンステラは紫の雲が空を覆っているし、空気も澱んでいる。肌を撫でる風は生温い。
雰囲気たっぷりなのに、加えて害虫だ。そりゃあ怖がりもする。
「お、お兄ちゃんは平気なの?」
「いや、俺もぶっちゃけ怖い。害虫が大好きって奴の方が少数派だろ。ゲームだからって割り切れるもんじゃない」
気持ち悪い物は気持ち悪い。イアから指定されたのでなければ、絶対に近寄らない場所だ。
ビビりまくるソーニャの前に、害虫モンスターが姿を現す。
「【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】ッッ!!」
即座に奥義をぶっ放し、グロい蜘蛛のモンスター【グロスパイダー】を瞬殺するソーニャがいた。
奥義名の通り、モンスターは跡形もなく消え去った。
「おー、豪快豪快。雑魚モンスター相手に【遠キ彼ノ地ヘ消エヨ】か。ソーニャちゃんは強くなったね」
「ナンパ、おはよう」
「おっはーおっはー、タゴサク。今日は誘ってくれてありがとね。イアちゃんとの決闘、楽しみにしてるよ」
ナンパは、ソーニャが連絡をして誘っていた。きてくれたようだ。
ミディーリもいるが、こちらはソーニャのように脅えている。
「よりにもよって、なぜここを……」
「無理しなくてよかったんだぞ」
「無理などしておりません。高潔なお嬢様は害虫になど屈しません」
強がるミディーリへの洗礼として、モンスターが襲いかかる。グロいナメクジのモンスター【グロスラッグ】だ。
「【一宵ノ影月ヨ踊レ】!」
ミディーリは奥義をぶっ放して、綺麗さっぱり消滅させた。
「おっほっほー。ミドリちゃんも豪快豪快」
ナンパのミドリちゃん呼びを訂正する余裕もなく、ガクブル震える。
同じくガクブルのソーニャは、タゴサクから離れてミディーリとくっつく。
「ミディーリ」
「ソーニャさん」
「美少女同士の百合ん百合んな展開キターッ! 目の保養目の保養!」
鼻息を荒くするナンパは、本日も絶好調だ。
タゴサクも便乗したい気持ちはあるが、決闘前なので控える。
時間が近付くにつれ、他の人も現れる。
ヴァイスとサンサンのカップルに、ユメ、レン、シンガーの三人組だ。
ソーニャが連絡を回した人たちは、なんだかんだ全員集まっていた。初対面の人もいるので軽く自己紹介をしている。
ユメたちは、つい先日コモンステラを脱出し、レアステラに行っているらしい。ジョブにも就いたと言っていた。
最後に登場するのはイアだ。十時ジャストである。
「イア」
「イアさんは、なぜここを選んだんですか!」
タゴサクが声をかけようとしたのに、ミディーリに割り込まれた。
イアもタゴサクを無視してミディーリに答える。
「【離別の草原】だし、サクさんと別れるにはピッタリだもん。あとは、害虫が多いからだね。SOSだと、見た目が気持ち悪いって意味で害虫なんだよ。益虫もいるのに酷いよね。かわいそうだよね。サクさんの方が害虫なのに」
「俺は害虫か……」
「違いますか? サクさんは、顔は悪くありません。害虫みたいに気持ち悪くありません。だけど、害虫よりも害虫らしいですし、気持ち悪いですよね? サクさんなんか、ここでモンスターの餌になっちゃえばいいんです」
辛辣な意見にショックを受ける。
害虫よりも害虫らしい。気持ち悪い。
イアの毒舌は何度も聞いていたが、全て冗談だった。タゴサクを傷つける目的で口にしたのではなく、冗談を言って笑い合うための物だ。
今回の発言には、イアの怒りが込められている。タゴサクを傷つけても構わないという気持ちがある。
非常に効いた。
「そんな顔しないでください。わたしの方が傷ついてるんです。これでもサクさんを信じてたんですよ。信じてたんです。それなのに、サクさんは……」
タゴサクへの文句を途中で切り上げ、イアは首を振った。
舌戦よりも決闘をしようとする決意だ。
「悪いが、モンスターやプレイヤーの露払いを頼む」
「了解了解。ヴァイスも、今だけはコダるとかなんとか言わないよね?」
「僕も空気は読める。露払いを引き受けよう」
「私も手伝います。ソーニャさんとミディーリは頼りになりませんし、ユメさんたちはレベルが低いですからね。私、ヴァイス、ナンパの三人で」
露払いも頼んだし、いつでも決闘できる。
「サクさんは、覚悟はいいですか? 死宮のイアがお相手します」
「し、しきゅう?」
支給か、もしくは至急か。
まさかと思うが、子宮ではあるまい。子宮では下ネタだ。
タゴサクは面食らい、他のメンバーも何を言い出すのだという目で見ている。
「エッチな想像しないでください! サクさんが考えてる意味じゃありません!」
「俺だけじゃなくてみんなも」
「言い訳するサクさんは格好悪いです! 死の宮で死宮です! エッチな意味じゃないんですよ! わたしのジョブが【死宮女王】だから死宮のイアです! 文句ありますか!」
イアのジョブは【深淵門番】だったが、【死宮女王】になったらしい。
死宮に女王とつけるのは、エロ方面を暗示させたいとしか考えられない。
王にして【死宮王】でもいいのに、わざわざ女王にしているのだから。
「なんつうゲームだ」
SOSはバカだ。アホだ。なんというゲームだ。
タゴサクの感想はさておき、エロい意味ではなく二つ名を名乗っているだけだと知って、一応納得する。
「僕が白弓のヴァイスと名乗るのと同じか」
「この子、ヴァイスさんに影響されたんですよ。黒天女のイア、深淵のイアって名乗っていて、今は死宮のイアだそうです」
ソーニャが補足を入れれば、各々が感想を述べる。
「お嬢様のロールプレイをしているわたくしに言えた義理ではありませんけれど、どんどん酷くなっていっていますね」
「死宮のイアちゃん! 興奮興奮! ソーニャちゃんならもっと興奮興奮!」
「ナンパは、タゴサクさんと一緒に死んでください」
厨二病患者のミディーリですら呆れ、ナンパは興奮し、サンサンはナンパを軽蔑する。
「ユメは聞いちゃダメ! アイドルなのに穢れちゃうよ!」
「私、子供じゃないんだけど」
「子供じゃなくてもアイドルだからダメなんですよ。マネージャーとしては許可できません」
ユメたち三人も色々と言っていた。
決闘を前に変な空気になるが、仕切り直しだ。
「深淵だろうと死宮だろうといいが、戦おうか」
「戦いじゃありませんよ。これから始まるのは、わたしの復讐です。ギッタギッタにします!」
ソーニャたち八人が見守る中で、タゴサクとイアの戦いが始まる。
「【儚キ者ノ回想録】!」
「【地獄ニ誘イシ千手乙女】!」
二人は奥義を放つ。
タゴサクの【儚キ者ノ回想録】は、【地獄ニ誘イシ千手乙女】によって生み出された亡者の手を貫き、イアに届く。
亡者の手は多数存在し、残った手がタゴサクの全身に突き刺さろうと迫る。
「【狂祖】!」
ここでスキルを使用した。敵のスキルや魔法に反応し、狂わせる効果を持つ。
狂った結果、亡者の手は同士討ちを始めてしまった。
全てを狂わせられるわけではない。生物を模した物に有効で、ただの斬撃や火球などには無効だ。
亡者の手は微妙な線だったが効いてくれた。
奥義もうまく防げたし、どんどん攻撃する。
「【ニビイロバード】!」
「【ブラックバード】!」
鈍色の鳥と黒の鳥が衝突。強力な技の応酬が繰り広げられる。
タゴサクがイアに接近しようと駆け出せば、イアも同じく駆け出した。
彼我の距離が瞬時に縮まる。物理特化のイアにとっては得意とする距離だ。
「【乱れ純黒】!」
「【流星帝】!」
イアの槍による乱れ突きに対し、タゴサクは激しい連続突きだ。
タゴサクのスキルも金色モンスターのドロップで強いはずなのに、イアはさらに上回る。槍の一突き一突きが純粋な黒の軌跡を描き、タゴサクに命中する。
対イアのために購入した【絶壁鎧】の防御ですら防ぎ切れない。
イアの乱れ突きを食らってしまうが、【儚キ者ノ回想録】の追加効果が入り、わずかに隙ができる。
「【ユキダルマン】!」
魔法で出現した雪だるまは、雪の白さを失い鈍色に汚れていた。
降り積もったばかりの新雪ではない。泥やスモッグで汚れてしまった雪だ。
鈍色の雪だるまが出現している間だけ、相手の色は鈍色に変化する。すなわち、鈍色以外の色専用のスキルや魔法は使えなくなる。無論、奥義もだ。
発動中だったイアのスキルは、名前や見た目からして黒専用だ。
予想通りキャンセルされる。
「【ヒールヒール】!」
「【死黒】!」
イアの【死黒】も黒専用スキルなので発動しない。その隙にHPを回復する。
悪役の意味のヒールと回復の意味のヒールが合わさった魔法で、ドレイン効果になる。敵のHPを吸い取り、自分のHPを回復するのだ。
イアは、スキルが発動しないことに動揺している。
「【首カラ吹キ出ス黒流血】!」
スキルがダメなら奥義でと考えたのだろう。【首カラ吹キ出ス黒流血】を唱えるが、こちらも当然発動しない。
「【極悪剣】!」
ボスモンスター【ライオンエンマ】の腕すらぶった斬るスキルでイアを斬る。
槍は両手持ちなので、片腕を失えば武器が使えなくなると考えたが、うまくはいかなかった。ダメージは与えたものの、それだけだ。
ここでようやく、イアは黒のスキルが発動しないと気付いたようだ。
攻撃手段を変えてくる。
「【六芒連槍】!」
黒のスキルでなければ発動する。
タゴサクもスキルで反撃するが。
「【流星衝】!」
スキル発動中に、なんと剣が壊れた。耐久度の低い【金剛石の剣】が限界を超えたのだ。
武器を失い、直撃を食らう。
チャンスと見たイアは、さらに畳み掛けてくる。
「【七英連槍】!」
「【エクスクラメーション】!」
命中率がすこぶる悪い【エクスクラメーション】は、今回も役に立たない。
イアのスキル二発をまともに食らい、タゴサクのHPが危険水域に突入する。
悪いことは続くもので、雪だるまが消えた。時間制限がある魔法だからだ。
イアの色は元に戻り、黒のスキルも復活する。【儚キ者ノ回想録】の追撃が入るが、黒のスキルが復活してしまったのが痛い。
とどめの奥義も放てるようになる。
「【復讐ノ憎悪ガ滾ル鬼】!」
発動の様子は【三途黒鬼】に似ている。
イアの体が、頭から爪先まで闇に覆われていく。復讐の女神ネメシスの闇だ。
闇は、イアとタゴサク二人を侵食する。共に堕ち、染まろうとするかのように。
ただでさえHPが減っていたのに奥義だ。このままいけば、HPが削り切られるのは必至である。
切り札の一つを切らせてもらう。
「【堕天】!」
起死回生を狙い、スキルでHP、SP、MPを全快させた。
デメリットとして、モンスターを倒せば経験値が減少するスキルだが、今回が使いどころだ。リスクを背負ってでも勝たねばならない。
全快させてもなお死にかけるが、死ななければよしだ。
イアの奥義に耐え切れば、二つ目の切り札を切る。
「【再声】!」
使い道のないスキル【再声】は、事前に登録した声を再生する効果がある。
事前登録した音声が、イアの耳元で囁かれる。
タゴサクの声で、短く。
――イア、好きだ。
「ふへ?」
「【獅子ガ纏イシ死屍炎魔】!」
イアが呆けている間に、ネコサクへと変身する。
決着まではあと少しだ。こじれにこじれた関係を終わらせよう。




