四十一話 空を飛ぶ
平日は学校があるため、SOSにログインできる時間は限られる。
三人の予定を合わせようとすると余計に難しい。学校の友達付き合いもあるし、勉強や試験もある。
ダンジョンに行こうと決めた翌日の月曜日も、イアの都合が悪かった。
ログインしてきたのは、ゲーム内でも日が沈み切った夜の九時だ。
普段よりも遅い時間に【桃源郷シュト】で合流する。
「すみません、遅れました!」
「俺も今きたとこだよ」
「すぐにバレる嘘ついてどうするのよ。私とお兄ちゃんで遊んでたでしょ」
「女性に対しては、嘘でもこう言っておくものじゃないのか?」
「時と場合によるって」
イアがログインするなりバカなやり取りをした。
いつも通りと言えるが、タゴサクは冗談で気を紛らわせた節がある。イアが遅くなった理由を聞くのが怖かった。
ソーニャに聞いても教えてもらえなかった。イアのプライベートだから教えられないと言って。
プライベートとなると、学校行事ではない。遅くなったがログインはしたのだから、体調不良でもない。
まさかと思うが、彼氏とデートでも?
タゴサクは不安で仕方なかった。
彼氏を作るよりゲームが楽しいとは言っていたが、心変わりした可能性はある。魅力的な男子に告白されて付き合い出したとか。
真剣に尋ねると空気が重くなるので、茶化す感じで聞く。
「デートでもしてたか? イアはモテるって話だしな」
「デートって言えるんでしょうか? クラスの友達と遊びに行ったんです。男子もいましたけど、デートかというと違う気がします。合わせて十人以上いましたからね。ダブルデートどころかトリプルですらなくて、クアドラプルでもなくて……」
「次はクインタプルだな」
「知識をひけらかすサクさんは格好悪いです」
「クインタプルの次はセクスタプルね」
「ソーニャちゃん、凄い! 頭いい!」
「今日もこの流れかよ!」
タゴサクが言えば否定するのに、ソーニャの場合は大絶賛だ。酷い。
だが、デートではなさそうなので一安心だ。
一緒に遊びに行った男友達を羨ましいと思うが、タゴサクの方が毎日のように遊んでいる。そう考えれば嫉妬するほどでもなく、むしろ優越感がある。
「にしても、イアは友達と遊びに行って、ソーニャはゲームか? お前、ハブられてんの?」
「クラスが違うのに、私が入るのは変でしょ。それだけよ」
「クラスが違う? マジで?」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
思い返せば、二人がクラスメイトだという話はしていなかった。仲がいいのでクラスも同じだと思い込んでいただけだ。
「てっきり、ソーニャとイアでクラスの男子の人気を二分してるのかと。俺はソーニャ派、俺はイア派って感じで」
「同じクラスだとしてもならないわよ。他にも可愛い子はいるから、私とイアだけが男子の人気を集めるのはあり得ないもの」
「謙遜してるのか自慢してるのか、判断に困るセリフだな」
自分が可愛く、男子に人気があると言っているに等しい。ソーニャでなければ自意識過剰と言われてしまうセリフだ。
現実の話題はここまでにして、SOSのことだ。
タゴサクは、昨夜調べた空中ダンジョンについて話す。
そこへ行ってみないかと提案すれば、二人は乗り気になっていた。
「私はどこでもよかったけど、面白そうね。景色が気になるわ」
「レベル的にも問題ありませんし、そこにしましょう」
空中ダンジョンへ挑むことになり、早速移動する。
別の星にあるため宇宙船に乗らねばならない。ジャパンステラの星々を移動するのであれば値段は安く、移動時間も短くて済む。
空中ダンジョンから最寄りの町のチケットを購入し、宇宙船で移動する。
一度行っておけば、次回以降はアイテムで移動できるし便利だ。
十五分ほどで到着したのは、【空中都市アオゾラ】だ。町の様子は【桃源郷シュト】と似ているが、夜なのに明るく青空が見える。
「名前からして青森県になるのか? 青しか共通点はないが」
「どうでしょう。四十七の星は、必ずしも実際の都道府県の特徴を表しているわけじゃないはずですし、違うかもしれません。わたしは黒なので、黒が行ける星を調べたんですよ。正確には、黒を含んだいくつかの色で行ける星ですけどね。【絶壁街ゼル】でした。これに該当する都道府県ってあります?」
「絶壁……ゼル……思い浮かばないな」
実は一つ思い浮かんでいるが、口にしなかった。さすがに違うと思うし、言えばますます軽蔑されてしまう。
絶壁だ。つまり、胸の小さな女性だ。
女性のバストサイズの平均値で、一番小さな都道府県が該当するのではないかと考えた。タゴサクらしい推測と言えよう。
変態的な推測は置いておき、【空中都市アオゾラ】からダンジョンへ向かう。
空中都市という名前になっているだけあり、空に浮かぶ島の上にある町だ。いくつもの島が点在し、町があったりダンジョンがあったりする。
陸続きになっていないため、徒歩では移動できない。
移動方法は空を飛ぶことだ。ハンググライダーのような物を借りられるので、それを使う。
タゴサクたちも借りて、いざ飛び立とうとしたが。
「こええ……高過ぎるだろ」
飛び立つための場所は、町の端に設置されている。
一万メートルもの高高度にある空中都市の端っこだ。眼下に広がる雲海は、現実では飛行機にでも乗らなければ見られない見事な光景だが、感動よりも恐怖が先に立つ。
道具なしで一歩踏み出せば、地上まで真っ逆さまだ。
「高所恐怖症じゃなくても怖いわよね。飛ぶのに失敗したらどうしよう」
「わたしは平気だよ。現実なら怖いけどゲームだし」
ソーニャは若干及び腰で、イアは余裕綽々だ。
周囲を見渡すと、平気な顔をして飛び立つプレイヤーもいれば、呆然と立ち尽くすプレイヤーもいる。帰るプレイヤーもちらほらと。
「先に行きますね。サクさんも追ってきてください」
言うや否や、イアは飛び立って行った。度胸があると感心する。
「俺たちも行くか?」
「イアに負けてられないわよね。いっせーので同時に飛ばない?」
「死なばもろともだな」
「縁起でもない。お兄ちゃんと心中なんてごめんよ」
タゴサクとソーニャは覚悟を決め、同時に飛び立った。
最初は怖かったが、いざ飛んでみると気持ちいい。
どこまでも無限に続く青空がある。三百六十度、青の世界だ。
遥かなる青の中には、太陽光による光の道が形成されている。白光に導かれるようにして進むと、別世界へと迷い込みそうに錯覚する幻想的な光景だ。
「これ凄い! 病みつきになりそう!」
「マジで凄いよな。自力で空を飛んでるように感じる」
興奮し、隣を飛ぶソーニャと会話をする。
ハンググライダーは自動運転になっており、目的地を設定すれば勝手に飛んでくれる。自分で操縦せずともよいため楽なものだ。
目的地を設定せずに飛び立った場合は自分で操縦もでき、これなら好きな場所へと飛んで行ける。
おそらく、自分で飛んで探さなければたどり着けない場所が隠されているのだと思う。特別なダンジョンや、ボスモンスターの住処などがあるはずだ。
空中ダンジョン攻略後にでも探してみるか。
今は自動で飛んでくれるハンググライダーに任せ、空の旅を楽しむ。
「これってさ、モンスターは出るんだっけ? プレイヤーに襲われた場合は?」
「飛んでる最中は戦えないって聞いてるぞ。モンスターも出現しない」
「なら安心ね。思う存分、青空を楽しめる……あれ? 青空?」
はしゃいでいたソーニャが疑問の声を上げた。
「今って夜よね。夜の十時くらい。なんで青空が見えるの? 雲の上って夜でも明るかったっけ?」
「んなわけあるか。その理屈だと、晴れてて雲がない夜は、星も月も見えずに青空が見えることになる。しっかりしろ高校生」
雲の上は常に青空。そのようなバカな話があるわけない。
高校生の発言とは思えず、タゴサクは呆れてしまった。
「じょ、冗談よ、冗談。本気にしないで」
「本気に聞こえたが」
「お兄ちゃんにバカにされるとか屈辱だわ。いつもは私がバカにする立場なのに」
「バカな発言をしたお前が悪い。とにかく、この星は日が沈まない設定なんだと。景色を楽しむために、わざとそんな設定にしたんだろ。多分な」
「SOSってあれよね。かゆいところに手が届く良ゲーに見えて、たまにというかしょっちゅうというか、変な仕様もあるのがもったいないわ」
「全面的に同意だ。普通にすりゃいいのにって何度思ったことか」
SOSは完成度の高いゲームだと思う。
単純にゲームを攻略させるだけではなく、些細な部分も配慮が行き届いている。
昨日ソーニャが購入し、今も着ている服は、防御力が碌にないファッション目的の物だ。使い道のない扇子も合わせ、RPGには不要である。
今も空を飛んでいるが、飛べることが売りのゲームでもないのに作り込む必要はない。普通に歩かせればいいだけだ。
これだけ作り込まれているゲームは滅多にない。
おかしな部分はあれど、全体的な完成度を見れば、他のVRMMORPGと比較して劣るとは思えない。タゴサクも楽しんでいる。
ただ一つ、他人を蹴落とす前提になっている点はやり過ぎだ。
少々おかしな奥義があってもいい。クエストの結末が理不尽でもいい。
ソロ前提、PK前提のゲームにする必要はない。
SOSは十分面白いのだから、普通にパーティーを組ませてくれればもっと面白くなる。
おかしな奥義もクエストも、友達と一緒に笑い合うネタにできる。
この景色だって、一人で楽しむよりも誰かと一緒に見る方がいい。
ソロではできないことが多いのに、本当にもったいないと思う。
「他人を蹴落として笑えるのは、自分一人だもんな。笑うじゃなくて嘲笑するって言うべきか。この景色を見るよりも楽しいのかね」
「楽しい人はいるでしょ。そういう人向けのゲームだし、差別化したいんじゃないの?」
「まあ、それしか考えられないよな」
おかしな仕様にした理由は、他のゲームと差別化するためとしか考えられない。
いかに完成度が高くとも、ユーザーを確保できなければ無意味だ。廃れてサービス終了になる。
売れないゲームは作れない。人気を得て利益を出す必要がある。
普通に面白いです、完成度が高いです、ではアピールにならない。見向きもしてもらえない。ユーザーはシビアだ。
よって、ソロ前提にし、ソロでしか遊べない人を引き込もうとする。
理屈は分かる。感情では納得できないだけで。
「私たちがモデルケースになるとか? カンフル剤って言ってもいいけど」
「モデルケース? パーティーで楽しく遊ぶって意味か?」
「そうそう。ソロを否定するわけじゃないわよ。一人でマイペースに楽しむ遊び方はありだし、一人になりたい時もある。誰かと一緒にいると疲れるものね。でも、いつも一人だと寂しいわよ。人恋しくなっちゃう」
「だから、モデルケースか。ソロもいいが友達と一緒もいいぞって」
大きなお世話の気もする。
遊び方は自由だし、他人が口出しすることではないが。
「前から言ってることだな。世界が定めた運命に抗う。SOSの世界がパーティーを否定し、ソロを肯定するなら、抗ってやるって」
「ただの厨二病的な意味で使うより、ちょっと真面目っぽい理由があった方がいいかなって」
ソロでしか遊べない人たちに、ほんの少しでもいいので心境の変化をもたらすことができれば。
一介の高校生でしかないタゴサクが言うのは生意気だが、そう思った。




