三十七話 人間関係
ミディーリにフルボッコにされたタゴサクは、不満を抱いている。
「あれだけ奥義を覚えてるなら、試合でも使えよ。そうすりゃ、俺が奥義を使う暇もなかったんだ」
奥義五連発の前に、タゴサクはまともに反撃できなかった。
試合でやられていれば、【神ニ反逆セシ小鬼王】を使う前に殺されていたに違いない。
「ああいった戦い方は嫌いなのです。強力な奥義を連発してのごり押しでは、優雅さの欠片もありません。高潔なお嬢様プレイヤーとして許されざる戦いです」
「さっきはよかったのか?」
「復讐するためには手段を選んでいられません。わたくしのポリシーを曲げさせたのですし、サクさんは誇りなさい」
「なあ、やっぱ恨んでるんだろ? 恨んでないってのは嘘だろ?」
「恨んでおりました。過去形です。高潔なお嬢様は根に持ちません。仲直りの握手でもしましょう」
ミディーリが右手を差し出してくるが、疑心暗鬼になってしまう。
「……手のひらに画鋲とか仕込んでないか? もしくは、握手のふりをして俺の手を握り潰すとか」
「失礼な方ですね。そのような性格では女性にモテませんよ。外見はわたくしの好みなのに、もったいないです」
「マジで!?」
好みと言われたのは驚いたが、事実なら非常に嬉しい。
魅力的な女性に好みと言われれば期待してしまう。
「あくまでも外見です。サクさんの容貌はまあまあ優れていますし、背が高いのもよいですね。見ての通り、わたくしは小さいため、長身の男性が好みなのです」
「身長は、俺の数少ない魅力だからな」
「長身の男性に包み込まれるのは至福です。自分が小さくてよかったと思える瞬間です」
「いくらでも包み込みましょうとも!」
「ただし、性格が好みではありません。わたくしを辱めさえしなければ、お付き合いする未来もあったでしょうけれど、完膚なきまでに潰えましたね」
「俺のバカ野郎!」
ミディーリがどこまで本気なのかは分からない。
タゴサクへの意趣返しとして、期待を持たせる態度を取っているだけかもしれないが、付き合う未来が失われたと聞けば後悔してしまう。
普通に戦ってさえいれば。【神ニ反逆セシ小鬼王】さえ使わなければ。
悔やんでも悔やみ切れない。
「お兄ちゃんが好みとか、ミディーリの趣味って変じゃない?」
「もう少し正確に申しますと、身長百八十センチ以上、年収一千万円以上の、十八歳から二十二歳までの細マッチョイケメンです」
ミディーリからゲスい発言があった。高望みし過ぎだ。
「ミドリちゃん、酷い……」
「大学生くらいの年齢の男に、年収まで要求するの? 私ですらそこまでは言わないわよ」
「近いうちに年収一千万円以上になれそうでしたら、妥協してもよいでしょう。将来性を評価して差し上げます。四十歳、五十歳まで無理と言われれば論外ですね」
「それなら分かるわ」
「ソーニャちゃんも酷いよ」
女子三人で好き放題言っている。
イアだけが癒しだ。希望だ。やはり、タゴサクには彼女しかいない。
自分は無節操にデレデレしておきながら、不誠実なことを考えた。
「じゃあ、イアはお兄ちゃんでもいいの?」
「サクさんはないなあ」
希望は粉微塵に打ち砕かれた。
可愛い女の子と出会えているのにフラグが立たない。
イアはこの調子だし、ミディーリには完膚なきまでに潰えたと言われた。この場にはいないが、サンサンには絶対に許さないと言われ、恨まれている。
この世には、夢も希望もないのだ。
「イアさんは、学校の男子から告白されたとおっしゃっておりませんでしたか? 彼氏がいらっしゃるのでは?」
「断ったよ。入学してから二週間くらいで告白されたし、ほとんど話したことがない人だったもん。わたしを好きになってくれたのは嬉しいけど、彼氏としては見れないよ。彼氏作るよりもゲームの方が楽しいし」
「青春真っ盛りの女子高生のセリフじゃないわね」
「ソーニャちゃんだって彼氏いないくせに」
「学校の男子って、子供っぽくて嫌なのよ。大人っぽい人がいいわね」
「援助交際?」
「年齢じゃなくて性格よ。責任感があって頼りになって、確固たる自分を持つ人」
「あ、分かる! マンガでも、魅力的なキャラクターはそういうタイプだよね!」
「わたくしも分かります。ソーニャさんは素敵ですし、お子様の男子では不釣り合いです」
いつの間にか恋バナになっているが、三人の見解は共通している。
すなわち、タゴサクは対象外だと。
妹のソーニャに恋愛対象として見られては困るが、イアとミディーリにまで対象外とされるのは辛い。
疎外感を味わっていると、三人はもっとおしゃべりをしたいと言い出した。
今日は、レベリングではなく女子会に変更すると。
女子会に男のタゴサクが入れてもらえるわけもない。一人でゲームを続ける気力もないし、ログアウトした。
「お兄ちゃんって、イアのことはどこまで本気なの?」
夜になり、SOS内での女子会を満喫した双那もログアウトした。
空の部屋を訪ね、出た質問が先のものだ。
「急にどうした?」
「三人で恋バナ中心におしゃべりしたんだけど、お兄ちゃんの話題で盛り上がったのよ。私たちが共通して知ってる相手ってお兄ちゃんくらいだし」
「タゴサクさんは素敵です……なんて言うわけないか」
「ないわね。ただまあ、イアやミディーリに言わせれば、悪くもないって感じ。特にミディーリなんて、お兄ちゃんの外見は本当に好みらしいわよ。イアとの関係も気にしてたし」
「イアとの関係なあ」
「向こうはないって言ってるけど、お兄ちゃんの気持ちは?」
改めて問われると返答に困る。
イアを可愛いと思っているのは間違いない。空の好みだ。
付き合いたいとも思うし、脈ありだと判断すれば即座に告白してもいい。
「俺さ、冗談めかした態度になってるだろ?」
「自覚はあったんだ。わざと?」
「俺だって、今のやり方で振り向いてもらうのが無理なのは理解してる」
スケベな発言ばかりし、イア以外の女性にも色目を使う。可愛い子なら誰でも大歓迎だ。
このような状態で、受け入れてもらえるとは考えていない。その程度のことも理解できないほど愚かではない。
「一応、悩んではいるんだ。本気になっていいものかどうか。本気でイアを狙ったとするよな。会えなくならないか?」
「なんで?」
「双那も男友達の一人や二人はいるだろ? 一緒にゲームで遊ぶとして、本気で好きになられたらどうする? 双那は友達としか思ってないのにだ」
「困るわね。気持ちに気付かないふりをして遊ぶのは気まずいし、素直に楽しめない。だからって付き合う気もないし、ゲームをやめるか、少なくともパーティーは解消するわね」
空が懸念しているのも、まさしくそれだ。
イアと気まずくなり、一緒に遊べなくなる状況は避けたい。
同じ学校に通っていれば、もっと積極的になっている。
学校等のコミュニティに所属している限り、関係は途切れない。ストーカーレベルでつきまとえば別だが、好意を寄せられた程度で転校なり退学なりをするのは大げさだからだ。
学校のクラスメイト。部活や委員会の仲間。
社会人であれば、会社の同期とかチームメンバーとか。
どのような形であれ、関係が続いてくれれば、振り向いてもらえるチャンスだって残る。
空とイアの関係は、SOSというゲームを通じて維持されているに過ぎない。関係の解消も容易だ。恋愛沙汰に発展すれば、一緒に遊びにくくなる。
「ただの友達ならいいんだよ。お互いに恋愛感情はない。あくまでも、ただの友達だ。友達と一緒に、楽しくゲームで遊びます。これは、なんにもおかしくない」
同性としか遊んではいけないという決まりはない。男女の場合は、恋人でなければいけないという決まりもない。
性別も年齢も違うが、仲良しの友達と一緒に遊ぶだけだ。
「もしくは、イアも俺に気があって、友達以上恋人未満みたいな関係とかな。一緒に遊びながら関係を深めていける」
こちらも問題ない。お互いに意識し合っており、一緒にいたいと願っている。
「俺が恋愛感情を押し出し過ぎると、ただの友達とは言えなくなる。イアに付き合う気がない場合は、友達以上恋人未満の関係でもない。そんな男と一緒に遊ぶか? 仲間としてパーティー組むか?」
「遊ばないし、組まない。だって迷惑だもの」
一緒にいれば、空から迫られてしまい迷惑だ。しつこく迫る男は、友達とも仲間とも言えない。
イア自身も、自分に惚れている男をキープする形になるし、性格が悪く見られかねない。好きな男がいるとすれば、性格の悪い女はお断りと思われ、フラれてしまう展開もあり得る。
空と一緒にいるメリットがほとんどなくなるのだ。
学校のような関係を解消しにくい状態ではなく、簡単に離れられる。ならば離れればいいと考えるだろう。
楽しく遊ぶというだけでは、様々なデメリットを覆す理由にならない。
だったら、イアへの好意は冗談の範疇に抑えておく。スケベなだけの男だと思われておく。
スケベだが悪人ではないし、友達と一緒に楽しく遊ぶ。
イアがそうやって思える状態を維持する方が望ましい。
「イアには、『サクさんと付き合うのはないですね』って言ってもらえりゃいい。んで、俺はわざとらしくショックを受けてな。本気だと思われないように、軽い性格のお調子者っぽく振る舞う。くだらない掛け合いができれば満足だ」
実際に、空の性格は軽い。スケベなのも素の態度だ。
演技というほどでもないし、難しくない。
「今のところはってこと?」
「一緒に遊んでりゃ、いつかチャンスが巡ってくる……といいな」
「消極的ね。うまくいく?」
「他に方法ないんだよ。あるなら教えてくれ」
「イアがトキヒメって人みたいな性格だったら、ワンチャンあるかも?」
自分に夢中になる男性プレイヤーを侍らせる女性だ。
そのような性格であれば、空が好意を寄せても傍に置いてくれるだろう。誰になんと言われようと無視して、空をキープする。
普通に考えるなら、好きでもない男に好意を寄せられても困る。
最初は好きになってくれて嬉しいと感じたとしても、行き過ぎは迷惑だ。友達として一緒に遊ぶことすらしてもらえなくなる。
「他は……そうね。イアって高校生にしてはお子様だし、割り切れないかもしれないわよ。好きではないし、付き合いたくもない。でも嫌ってるわけじゃない。お兄ちゃんを傷つけたくないって考えて、突き放す勇気を持てないから、なし崩し的に遊ぶってね」
「長続きしないだろ。苦しいだけだ。楽しいからゲームで遊ぶのに、苦しくなると意味ない。確実に破綻する。しかも、そうなった場合は、俺たちの間に挟まれるのはお前だぞ」
「うわっ、それは勘弁ね。私が真っ先にやめるわ」
「つまりは、現状維持ってことだ。今の俺にできる精一杯だな。世界が定めた運命に抗ってるうちに、二人は親密な関係に。そうなってくれりゃベストだ」
コモンステラでヴァイスにも告げた、空がSOSで遊ぶ目的だ。
いつかイアに「サクさん、素敵です!」と言わせる。
今は友達で構わない。楽しく遊んでいる限り、関係は壊れない。
イアが「サクさん、素敵です!」と言ってくれるようになれば、友達以上の関係になったと考えられる。恋人にまで至れるように踏み込むのもいい。
人間関係とは複雑なのだ。
「お兄ちゃんの考えは分かったわ。考えなしかと思ったけど、考えてたのね」
「兄を見直したか?」
「常識的なことしか言ってないし、見直すほどじゃないわね。でも、ミディーリに話せば見直してもらえるかもよ? 彼女を辱めた鬼畜野郎から、最低限の常識を持つ男にランクアップしたりね」
「恥ずかしいし話さない。双那も言うなよ。妹のお前だからぶっちゃけたんだ」
「はいはい」
生返事をしてから、双那は空の部屋を出て行った。
柄にもなく真面目ぶった会話をしたが、明日からもSOSで楽しく遊ぼう。
次で第2章最終話となります。




