三十六話 トキヒメ
「トキヒメって誰だ?」
「知らないの知らないの?」
「サクさん、あの人ですよ。ソーニャちゃんに似た女性プレイヤーです」
「ああ、あの人か!」
トキヒメとは、ソーニャのそっくりさんだった。
名前は初めて聞いたし、話題に出るのも久しぶりだ。
タゴサクがSOSを始めたのは、ソーニャのそっくりさんに物申すためだった。女神として男性たちから崇められる遊び方をしているせいで、容姿が似ているソーニャに風評被害が及ぶと。
ところが、当初の目的は重要ではなくなった。
タゴサクは、SOSで遊ぶことそのものを楽しんでいる。色々とおかしい展開がてんこ盛りになっているが、それもまた楽しい。
イアと知り合って、あわよくば関係を深めたいと思っている。
ヴァイスも上の星で待っているはずだ。
正直に言って、ソーニャのそっくりさんの件は、二の次三の次となっている。
頭からも抜けていたのに、ナンパから名前を聞くとは思わなかった。
「タゴサクたちの様子だと、顔は知ってても名前とかは知らないって感じ?」
「知らなかったな。女神と崇められてることは知ってるが、詳しい個人情報は全然だ。ナンパはなんで知ってるんだ?」
「知ってるに決まってる決まってる。トキヒメちゃんは、SOSで一番人気のある女性プレイヤーだからね。あれだけの美少女、アイドルにだってそうそういるもんじゃないよ。顔は超可愛いし、おっぱいも超大きいし、俺も大好き大好き」
女好きのナンパらしい評価だ。ソーニャやイアの前でも言えるのだから凄い。
「実はさ実はさ、コモンステラでソーニャちゃんに会った時から思ってたんだよ。ソーニャちゃんとトキヒメちゃんは、ちょっと似てるなって。だから、ひょっとしてタゴサクのお姉さんか妹さんじゃないかなって思った思った」
「あいにく、うちは二人兄妹だ」
「じゃあじゃあ、ただの偶然? 他人の空似?」
「偶然だろ。俺とソーニャがSOSを始めたきっかけは……」
ナンパに話しそうになって、ソーニャの事情を暴露するのはまずいかと思い、言葉を止めた。
隠すほど重要な話でもないが、タゴサクが勝手に判断できることでもない。
「言っていいわよ。たいした話じゃないし。というか、私が話すわ」
タゴサクが言い淀んだ理由に気付いたソーニャは、自分の口から説明する。
長い話でもないので、すぐに終わった。
「ふむふむ、本当に無関係なんだ」
「関係者だったら紹介してもらおうとでも考えてたか?」
「まあねまあね。超美少女とお知り合いになりたいって気持ちもあるし、金色の情報を知りたいって気持ちもある。トキヒメちゃんは、最近金色になったなった」
「金色? 誰もいないって話じゃなかったか?」
「いなかったよ。多分、トキヒメちゃんが最初最初。普通なら教えてもらえないけど、兄弟の頼みならもしかしてって。違うなら諦める諦める」
ナンパは引き下がってくれた。
ついでだし、トキヒメという女性プレイヤーの話を聞かせてもらう。
「俺もそんなに知ってるわけじゃないよ。トキヒメちゃんは超美少女で人気があって、おまけに強い強い。レベルが高いのもあるけど、対人戦に特化してるね。タゴサクの奥義みたいなのとかが対人特化だよ」
タゴサクの奥義である【神ニ反逆セシ小鬼王】は、オブラートに包んだ言い方をするなら確かに対人特化となる。
モンスターは、キモいモンスターにビビらない。プレイヤー相手に使ってこそ真価を発揮する。
同じように、プレイヤー相手に有効な技をメインで使うという話だ。
「性格は結構変わり者だって噂。プレイヤー名のトキヒメは、永遠の姫で永姫、氷の姫で氷姫。合わせて永姫氷姫だって言ってる言ってる」
「タゴサクってつけた俺に言えた義理じゃないが、ネーミングセンスが……」
どのようなプレイヤー名にしようと本人の自由だ。女神とまで呼ばれる美少女だから似合わなくはないが、痛々しいとも感じる。
「俺のナンパもおあいこおあいこ。トキヒメって名前から分かると思うけど、自信家だね。外見が抜群だから人気あるけど、嫌ってる人も多いよ。もしもプレイヤーの人気投票と不人気投票があれば、両方で一番になるなる」
「嫌われてるのは、性格の問題?」
「だねだね。ある意味、SOSをプレイするにふさわしい性格をしてる。自分は他の誰にも負けないし、一番だって確信を持ってる。男を侍らせてるのも、コダってるんじゃなくて下僕としか思ってない。男が自分に奉仕するのは当然、崇拝するのも当然。だって自分は女神様だから。てなことを公言してるしてる」
「公言してるだけマシなのか? 気に食わないなら離れりゃいいわけだし、性格に問題があるって知ってても男は崇拝してるんだろ?」
「確かに確かに」
自信家で変わり者。
なんとなく、ソーニャに似ていると思った。
「なんで私を見るの?」
「だって、お前も割と自信家だろ? 自分を可愛いと思ってるよな? 可愛いから男にナンパされるし、うざったいって」
SOSを始める時も、タゴサクへの報酬としてデートを持ち出した。
半分は冗談だろうが、半分は本気でデートが報酬になると考えていそうだ。
自分を可愛いと思っており自信があるから、そのように言える。
「そうだけど、トキヒメって人と同類扱いはやめて。私は客観的に見て可愛いってだけよ。むしろ、私の容姿でブスって卑下する方が嫌味でしょ」
「ほらみろ。自信家だ」
「謙虚と嫌味の区別がついてるって言って欲しいわね。一番とは思ってないし、男が奉仕するのを当然とも思ってないわよ」
ソーニャの言い分は正しい。
これだけ恵まれた容姿で謙遜されても、嫌味としか受け止められない。ソーニャに劣る女性はどうなるのだ。
なんでもかんでも謙遜すればいいものではない。ソーニャが「私は普通よ」とでも言えば、その普通にすらなれない人間の立場がなくなる。
かといって、常日頃から「可愛い、可愛い」と公言されては自慢しているように聞こえる。
「塩梅が難しいな。一番賢いのは、なんにも言わないことか?」
「沈黙は金。昔の人はうまいこと言った言った」
「こんな小難しい話は、俺たちに向かないな。やめやめ。ナンパ、色々と教えてくれてありがと」
「どういたしまして。じゃあ、俺は上に戻るね。なんか面白い展開があったら、また呼んでちょうだいちょうだい。面白い展開じゃなくても、ソーニャちゃんからの連絡は心待ちにしてるよ」
「つうか、いつの間に連絡先を交換したんだ?」
「コモンステラで、タゴサクとヴァイスが戦ってる時だね。イアちゃんは取らない取らない。安心していいよ。ソーニャちゃんはもらうけど」
「こんな妹でよければ、どうぞどうぞ」
真面目な話は不向きなので、男二人でバカな会話をしてから別れた。
タゴサクたちはレベリングをする。チケットを入手するためには、ゴブリンの王を倒さねばならない。
三人で【港町ゲン】を出る。
「お兄ちゃんのレベルはいくつ? 私は85まで上げたけど」
「わたしはレベル99ですよ。もう少しで三桁です」
「俺は91だ」
「わたくしはレベル136ですね。40以上の差があって負けてしまいましたか」
「おい、待て」
三人だったはずが、四人目の人物がサラッと会話に加わっていた。
彼女は【港町カン】の代表者なので、【港町ゲン】には入れない。だから外で待っていたのだろう。
「なんでミディーリがいる?」
「サクさんに文句を言いにきてはいけませんか? 大衆の目の前でわたくしを辱めておいて、知らぬ存ぜぬですか?」
「すんませんっした!」
試合の話を持ち出されては、タゴサクは何も言い返せない。
深々と頭を下げる。平身低頭あるのみだ。
「現実でしたら間違いなく訴えておりますけれど、これはゲームです。勝負でしたし、恨んではおりません。頭を上げてください」
「ミドリちゃんは大丈夫なの?」
「一度ログアウトして確かめましたけれど、なんとか大丈夫でした。現実のわたくしが、言葉にできない状態になっていればどうしようかと思いました」
「気持ち悪くて吐いちゃうとか? 怖くておねしょもある?」
「ええ。幸い無事でしたので、サクさんを許してあげるのもやぶさかではございません。もっとも、わたくしの出す条件を呑んでいただければですけれど」
「条件って? 無茶な要求をされても困るが」
「もう一度戦ってください。ただし、例の奥義は抜きです。わざと負けろとは申しません。本気でやっていただいて結構です。本気のサクさんを叩き潰してこそ価値があります。わたくし、これでも負けず嫌いでして」
変わった条件を出されてしまった。
戦うのは問題ない。ミディーリに負け、デスペナルティで金やアイテムを奪われれば、多少なりとも贖罪になる。
「分かった」
「随分と簡単に了承されますね。サクさんにとってはメリットのない戦いです。負ければデスペナルティが発生しますし、デメリットしかありませんよ」
ミディーリは勝つ気満々だ。普通に戦えば勝てると考えている。
タゴサクも勝てるとは思っておらず、デスペナルティを受け入れる気でいた。
こうまで自信たっぷりだと、舐められているようでぎゃふんと言わせたくなる。
「もし、【神ニ反逆セシ小鬼王】抜きでも俺が勝ったら?」
「何か報酬をお望みで?」
「お兄ちゃんの変態」
「ダメだよ、ミドリちゃん! 自分を大切にしなきゃ!」
タゴサクは何も言っていないのに、ソーニャとイアはスケベな要求をすると決めつけていた。
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「変態」
「エッチです」
「間違ってはない。間違ってないが……」
信用のなさも、ここまでくれば笑えるような笑えないような。
「変な要求なんかしないって。俺が勝って、何度もリベンジを挑まれたら面倒だって思っただけだ」
「では、サクさんが勝った場合は、わたくしの負けを潔く認めます。逆恨みしてPKをすることもありません。誓います」
「それで頼む。本当は、俺が悪いんだし条件を出せる立場じゃないが」
もっと恨まれ、悪しざまに罵倒されても仕方のない立場だ。戦うだけで許してもらえるのは助かる。
「ちなみに、もう一個問題のある奥義を覚えてるが、それは使ってもオッケー?」
「……ゴブリンですか?」
「ゴブリンじゃない。あれよりはいくらかマシだと思ってる」
「あれと比較してマシと言われても困りますけれど、使って構いません。奥義を二つも封じるハンデをつけてしまえば、本気で戦うとは言えませんので」
こうして、ミディーリと再戦することになった。
今回は、予防線だなんだと言わず、最初から奥義を放つ。
「【生者ヲ悼ム詩】!」
「【昇竜斧】!」
拘束された女性が現れたが、破滅の歌を紡ぐ前にミディーリの奥義が炸裂する。
「【天ヨリ降リシ黒キ聖煌】!」
試合でも使ったように、スキルで跳躍してから奥義へとつなげた。
黒の極光は【生者ヲ悼ム詩】の女性を消滅させる。
「【獄界黒瑪瑙ヲ飾リシ姫】!」
ミディーリは容赦なしだ。奥義を連発して攻め立てる。
「わたくしを辱めた報い、受けてください! 【一宵ノ影月ヨ踊レ】!」
「【全テヲ滅スル光】!」
「【浄華スル黒翼】!」
試合では見なかった奥義も使っている。
入れ替えたのだと思うが、本当に容赦ない。戦術や戦略を無視したごり押しだ。
「女性の尊厳を踏みにじるなど、恥を知りなさい! 【幸セ招ク闇ノ四葉】!」
「やっぱり恨んでるだろ!」
怒涛の奥義五連発だ。
せめてもの抵抗で【全テヲ滅スル光】を放ったが、意味はない。タゴサクは死亡してしまう。
戦闘開始から一分と経過していない秒殺劇だった。
なお、デスペナルティで失ったのは、試合の報酬でもらったばかりのスキル習得アイテムだ。
チケットはNPCの少女に渡し、アイテムは失い、報酬なしという散々な結果となった。




