三十五話 神への反逆
「【流星衝】!」
頭上から迫るミディーリを迎撃すべく、タゴサクはスキルを使用した。
だが、スキル一発で迎撃できるほど柔な奥義ではない。
漆黒を纏ったミディーリの一撃が決まり、吹っ飛ばされる。
タゴサクはあっという間に瀕死だ。奥義に耐え切ったのが奇跡的とも言える。
次の攻撃には耐えられない。スキルどころか、斧で叩かれるだけでも死ぬ。
絶体絶命なのだから、もう使ってもいいだろう。
「【神ニ反逆セシ小鬼王】!」
タゴサクのスキルで湧き出したのは、大量の【リトルゴブリン】たちだ。
これぞ、対ミディーリ用の切り札である。
闘技場を埋め尽くす勢いで湧き出す【リトルゴブリン】たちに、ミディーリの顔が引きつる。
一体や二体ならさほどでもないが、多数の【リトルゴブリン】が集まるとかなりキモい。
キモい奥義だけで勝つのは無理なので、追加する。
「【花葬幻想】!」
両者のHPを継続的に減らすスキルを使い、さらに。
「【ゾンビヒール】!」
自分だけは回復できるようにしておく。
ミディーリは【花葬幻想】でHPが減る一方だが、タゴサクは【ゾンビヒール】で回復できる。ついでに【リトルゴブリン】たちもいる。
「【黒天冠】!」
レアステラ最弱であり、初期のモンスターと同程度と言われる【リトルゴブリン】など、ミディーリの前では赤子同然だ。
スキルで攻撃され、消えてゆくが、それでも尽きることなく生み出される。
さらに、そこかしこで合体が始まる。スライムが合体してキングになるように。
ただし、不定形のスライムとは違い、人型の【リトルゴブリン】が合体するとどうなるか。
答え。グギョ、メギョ、という異音を響かせながら、ゴリゴリ融合する。
合体途中のゴブリンは、筆舌に尽くしがたい様相だ。正視に堪えない光景だ。
SOSでは残酷な表現に規制がかかっており、ゴブリンも例外ではない。血は流れないし、内臓がでろんと露出することもない。
規制に引っかからない範囲で、いかにキモくおぞましく表現できるか。
それを追求したと言われれば信じる。
手足が十本くらいあったり、顔から別の顔が生えていたり、腹に口ができて名状しがたい液体を垂らしていたり、緑色の肉塊になったりと、キモさが天井知らずに上昇していく。
それはまさに、神が創造した生物の理に反する有様である。
ゆえに、【神ニ反逆セシ小鬼王】。
せめて、ゴブリンが合体して強くなり神の領域にまで達する、という意味にしておけばいいものを。
自分で使っておいてなんだが、言わせてもらう。SOSはとことんアホだ。
「ひっ……い、やあぁあああ!」
ミディーリは少女のような可愛い悲鳴を上げた。お嬢様のロールプレイを維持する余裕もなさそうだ。
「ス、【大爆斧】! 【剛腕斧】!」
半泣きになりながらも、戦う姿勢を見せるのは立派だ。
選考会で戦ったサンサンは、逃げ惑うしかできなかった。
あるいは、戦うのではなく、眼前の恐怖を拭い去りたい一心なのかもしれない。
「【極大爆斧】!」
ミディーリはスキルを連発するが、【リトルゴブリン】の出現も合体も止まらない。奥義を使ったタゴサク自身にも止められない。
止める方法は二つだ。合体が完了するか、術者であるタゴサクが死ぬか。
手を出さずにSPやMPを温存しておき、合体完了後に仕留める。
あるいは、【リトルゴブリン】たちを無視して、諸悪の根源を倒す。
どちらかが正解だが、眼前の気持ち悪い光景を潰したくなってしまうのは無理もない。ミディーリの判断ミスを責めるのは酷だ。
タゴサクも苦い思い出がある。まともな対処などできなかった。
この奥義を覚えるためには条件があり、単にスキルと魔法の熟練度を最大にするだけでは足りない。
モンスターとして【リトルゴブリン】の群れが出現した際に、合体が行われるのを見て、殺される必要がある。
タゴサクは二週間前に体験した。夜は一人で寝られずに、ソーニャに頼んで一緒に寝てもらったほどの衝撃体験だった。
気になったのでネットで調べてみたが、【リトルゴブリン】が合体したという情報は見つからなかった。情報を持つプレイヤーが隠している可能性が高いが、そもそもあまり知られていないとも考えられる。
合体のトリガーになるのは、おそらく【リトルゴブリン】に【最強無敵神業】を使うことだ。
弱くて使い道のないスキルを覚えるプレイヤーは少ないだろうし、【リトルゴブリン】相手に使うプレイヤーもやはり少ない。つまり、発見されにくいと。
「【黒旗】! 【黒眼の怪光線】!」
恐慌状態に陥ったミディーリは、次々とスキルを使う。
イアも使っていたスキルだが、同じ黒なので覚えていても不思議ではない。
「【獄界黒瑪瑙ヲ飾リシ姫】!」
今度は奥義だ。黒瑪瑙のような石がミディーリを飾り付けるように浮かび、猛スピードで射出される。
「【回転斧】!」
このスキルは不発に終わった。一つ前の奥義でSPが枯渇したようだ。
スキルが使えなくなれば、魔法で対処し始める。
「【ダークタイガー】! お願いだからそいつらを止めてぇっ!」
ミディーリは暗黒の虎を呼び出し、悲痛な声で懇願した。
主の声に従い、虎が吼える。合体中の【リトルゴブリン】を屠ってゆくが、合体は止まることなく続けられる。
暗黒の虎は、力及ばず【リトルゴブリン】の数の暴力に潰されてしまった。
顔面蒼白になってへたり込むミディーリに、絶望を与えるかのごとく、その時は訪れる。
「オオオオオオオオオオオオオオ!」
雄叫びと共に、ゴブリンの王【キングゴブリン】が爆誕した。
ちなみに、レアステラ脱出のために倒すゴブリンの王も【キングゴブリン】という名前だ。
名前は同じだが、別物と言っていい。
レアステラにいるプレイヤーにとっては、【キングゴブリン】は強敵だ。いかに奥義とはいえ、それほどのモンスターを使役できるとなると強過ぎる。
合体した【キングゴブリン】は、さほど強くない。ミディーリはもちろん、タゴサクですら勝とうと思えば勝てる。
何が厄介かというと、キモさだと答える。
合体事故でも起こしたかのように、およそまともな生物とは言えない見た目だ。心なしか腐臭が漂っている気もする。
ズチャ、グチャ、っと。
人型の生物が出すには不適切な足音を立てて、【キングゴブリン】はミディーリに接近する。
動きは遅いので、冷静になりさえすれば脅威ではないが、ミディーリに余裕があろうはずもない。
「こないで……こないでぇ……」
へたり込みつつ自らの体を抱き、幼子のように震えるミディーリがいた。
「こんなのやだぁ……やだよぉ……」
ミディーリの姿勢もセリフも、イケナイ妄想しかできない状況だ。
ヤられちゃう一歩手前である。
タゴサクは自他共に認めるスケベだし、この手のエロ作品も大好きだが、実際にあると罪悪感しか覚えない。
「ギブアップするか?」
ギブアップしなかったとしても、放置しておけば済む話だ。【花葬幻想】の継続ダメージでミディーリのHPがゼロになる。
苦しませる趣味はないので、ギブアップしてもらいたいが。
「す、する! するからもうやめて!」
ミディーリのギブアップ宣言により、勝負ありだ。
試合が終了すれば【キングゴブリン】も消えて、静寂が戻る。
あまりにもあまりな結果に、観客は静まり返っている。ブーイングの声一つすら出ない。
今回の試合で、タゴサクの名は悪い意味で広まることだろう。清純無垢な巫女さんを、キモいモンスターで蹂躙したとかなんとか。
ミディーリは、【キングゴブリン】が消えた今も立ち直れていない。
闘技場の隅で小さくうずくまり、目はハイライトが消えて虚ろ、口は半開きだ。
完全に事後である。それも、同意の上ではなく、無理矢理やられちゃった感がありありと。可憐な花がはらりと手折れる情景を思い描けば、大体合っている。
加害者であるタゴサクが言葉をかけても無駄だろう。
ミディーリのことは誰かに任せるとして、タゴサクはさっさと立ち去った。
試合が終われば、タゴサクは【港町ゲン】の町長の屋敷に招かれた。
見事な戦いだったと称賛されたが、本音だとしても皮肉にしか聞こえない。
称賛の言葉以外に報酬も受け取った。
まずはレアステラを脱出するためのチケットだ。
もう一つあり、何種類かの中から選べた。
五十万スターのお金、武器、防具、スキル習得用アイテムの中から一つだ。
コモンステラにいた頃なら五十万スターにしていたが、今は集中的なレベリングのおかげで結構貯まっている。
よって、スキルを覚えるアイテムにしておいた。あとで使っておこう。
チケットはNPCの少女に渡し、手元には残らない。喜んでもらえたが、クエストのクリア報酬は当然のように何もない。
苦労して試合に勝ったにしては、物足りない報酬だ。
「お兄ちゃん……あれはないわあ。勝てばいいってものじゃないわよ」
「俺も思ってるって。ミディーリには悪いことした」
「わたし、気持ち悪くて吐きそうになりました。ログアウトするのが怖いです。現実の肉体に影響が出ていて、ベッドの上で吐いたりしてないかって」
「ごめん」
「タゴサクを応援しにきたら、酷いものを見たね。後悔後悔」
「ナンパはどうでもいいや」
「冷たい冷たい!」
仲間たちからは、ねぎらいの言葉はなく批判の嵐だった。こちらも、苦労したのに批判されるのだから報われない。
自分が悪いと分かってはいるが、理不尽な結末だ。
「あれは今回限りの奥義だな。今後は使わない」
「俺は使ってもいいと思うけどね。キモいモンスターは意外といるよいるよ。害虫とかアンデッドとか。タゴサクのも同じ同じ。そもそも、本気でまずいなら実装されないし、アップデートもされるはずだからね」
ゲームで認められている正式な奥義だから、タゴサクだけが悪いわけではない。
だが、周囲はそう思ってくれない。悪評が広まるのは避けたいところだ。
今さらの気もするが。
「ソーニャからミディーリに連絡入れといてくれないか? 俺が謝ってたって」
「謝れば済む問題じゃないでしょ」
「つっても、他に何をすればいいんだ? 現実で訴訟とか起こされちゃ、さすがに困るぞ」
「訴訟ねえ。ゲーム中のトラブルを現実に持ち込んで揉める人たちもいるけど、他人事だと思ってたわ。家族が犯罪者になるなんて」
酷い言われようだった。
問題は残っているが、タゴサクのクエストは終わりだ。別行動期間も終わりであり、三人パーティーに戻る。
「ソーニャとイアは、俺と一緒でいいか? 俺は三人でいたいと思ってるが、仲間扱いされると単にコダるって以上にPKされかねない。嫌なら嫌って言ってくれ」
「イアはどうする? 私はお兄ちゃんと一緒でもいいわよ」
「わたしもいいです」
「ありがと」
なんとか三人に戻れて万々歳だ。
イアはチケットを入手済みなので上の星へ行けるが、タゴサクとソーニャに付き合ってもらう。
「ところで、タゴサクに聞きたいことがあるんだけど、いいかないいかな? 応援にきたのは、これを聞く目的もあったんだよね」
「なんだ?」
「トキヒメちゃんって、タゴサクのお姉さんか妹さんだったりする?」
ナンパの口からは、知らない女性の名前が出た。




